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020 どうか幸せになってください

 目覚めた時に、敬を慰めてくれた女聖騎士はいなかった。恐らくは見回りと食料の確保のため、外へ行ったのだろう。


 何から何までレリアに任せきりで、八つ当たりするように弱い部分まで晒した自分自身に、今更ながら恥ずかしくなってくる。


「フン。女の胸に抱かれて見る夢は楽しかったか?」


 背後から降り注いで来た声に驚き、反射的に敬は振り返る。魔王との戦闘の影響で折れた柱の一本に尻を乗せ、足を組んで見下ろすのは半魔の少女。とっくに敬へ見切りをつけて出て行ったはずのルーファだった。


 嘲るような視線に耐えられず、立ち上がりながらも敬は少女から目を逸らす。


「何も言えずにだんまりか。なんとも脆い心だな。それで勇者とは笑わせる」


 容赦のない言葉が、敬の胸に突き刺さる。


「俺は……もう、勇者じゃない……」


 鼻で笑うようにルーファは応じる。


「そうだな」


 さらにいたたまれなくなった敬は、泣きそうになるのを堪えるので精一杯だった。そこへ追い打ちをかけるように、半魔の少女は言葉を続ける。


「貴様を勇者たらしめた力は女神――いや、堕神となったイシュルに回収され、何の力もない役立たずな人間になり下がった。ならば人として暮らせばいいだろう」


 わざとと思われる無神経な発言が、惨めさよりも怒りを覚えさせた。目を吊り上げた敬は、拳を握りしめて顔を歪める。


「お前に俺の気持ちがわかってたまるか! 街で暮らしても、勇者として頼られたらどうすればいい! 何もできないって、へらへら笑ってろとでも言うのかよ!」


「そうだ」


 ルーファはあっさりと首肯した。


 他者を顧みないあまりの身勝手さに、敬は激怒する。


「簡単に言うな! それがどれだけ惨めで辛いか、わかってんのか!」


 無表情で敬を見下ろしていたルーファが、椅子から降りるような気安さで床に立った。


「惨めで辛かろうが、へらへら笑っていれば生きていられるのだろうが! 十分幸せではないか!」


 可愛らしい体型と異なる大人びた顔立ちに、激憤を宿らせた少女の剣幕に敬は言葉を失う。


「気持ちがわかってたまるか、だと? ならば貴様は理解できるか! 半魔というだけで人間に追いかけられ、石を投げられ、挙句にはナイフや槍で肌を切り裂かれそうになる恐怖が! 意味もなく頭を地につけさせられ、靴を舐めさせられ、それでも笑うことを強要され、従っても顔を蹴られる屈辱を想像できるのか!」


 全身から赤黒い炎が滲み出ているのかと錯覚するくらい、ルーファの激昂は凄まじかった。


 血が出るほど下唇を噛み、目に殺意を宿らせる様は恐怖の一言だ。年齢は同じでも、辿ってきた道が違う事実の重さを、この時になって敬はようやく理解した。


「満足に食事もできず、飢えを凌ぐために雑草を食い、腹を下してまた空腹に襲われる。半魔なのに魔物に襲われる恐怖に怯えながら、茂みに隠れて見る夢は楽しかったぞ。一時的に現実を忘れさせてくれるからな」


「お、俺は……」


「やめろ! 謝ってもらおうだの、同情してもらおうだのとは思っていない。ただ貴様は選択できる。イシュルが言っていた通りに只人として生きるか、それとも勇者として生きるかだ」


 俯く敬を数秒睨んで、ルーファは大袈裟にため息をつく。


「多少は見所がある人間だと思っていたが、とんだ見込み違いだったようだな。こんな男に縛られ、生涯を捧げることになる女聖騎士が哀れで仕方ないぞ」


 ようやく顔を上げた敬に、ルーファの好戦的な視線が刺さる。


「何を惚けた顔をしている。あのレリアとかいう女は、最後まで貴様に尽くすだろう。親元にも帰らず、必要最低限の人間としか関わらずにな。良かったではないか。おかげで貴様は何の苦労もせずに、食事を取れる。そして暗い夜には女の胸に抱かれて、幸せに眠ることができるのだぞ」


 くつくつと嗤い、ルーファは背を向ける。再び視線を床に落とした敬は、半魔の少女の遠ざかる足音を黙って聞いていることしかできなかった。


     ※


 どれくらい時間が経過したのだろうか。昼も夜もわからない地底城の一室。寂しさを振り撒くように立ち尽くす敬の前に、静かな足音が聞こえてくる。


「ケイ様。晩御飯にしましょう。魔王が討伐されて以降、外はすっかり安全になりました。もっとも、少なくなったとはいえ魔物はまだいるので油断は禁物ですが」


 どこからか調達してきたパンとサラダを手にしたレリアが、笑顔でそう言った。


 毎日、彼女は色々な話をしてくれる。雪崩れ込む悪意の量が減ったおかげで、ここ暗黒大陸にも安らぎが戻ってきたこと。エスファーラからかなりの住民がやってきては開拓していること。段々と町も出来上がり、ドラハム王に開拓街と認められていること。


 外の世界に目を向けさせようとしてくれているのがわかっても、好奇の目に晒されたくない敬はすべて聞こえないふりをしてきた。それでもレリアは一緒にいてくれた。


(俺に縛られてるか。全部、ルーファの言う通りだ……)


 地底城に閉じこもったのも、自分の殻に閉じこもったのも、すべては敬の我儘にすぎない。なのに与えられる食料は、しっかりと胃の中に流し込む。


(これじゃ……地球にいた頃と何も変わらない。甘える対象が親からレリアになっただけだ)


 今にして思えば干渉せずとも家にいるのを許してくれ、三食きちんと食べさせてくれたうえに、小遣いまで用意してくれた両親は慈愛に満ちていた。兄に執着したのも、少しでも敬にやる気を出させる為かもしれなかった。


 しかし、そんなことを今更理解しても遅すぎる。地球で死んだ敬はもう両親の元に戻れない。新しい自分になりたいと、一念発起してみた異世界でもこの有様だ。


(こんな俺に最後まで付き合わせる必要はない)


 決意した敬は、真っ直ぐにこれまで寄り添ってくれた女性を見つめる。


「レリア。もうここには来ないでくれ」


「ケイ様? 冗談はおやめになってください」


「冗談じゃない。ウンザリなんだ! いつもいつもまとわりつきやがって! お前の顔を見るだけで吐き気がする! さっさと出て行け!」


 女聖騎士が持ってきてくれた食料を受け取ると、わざと床にぶちまける。


「落ちぶれた俺を世話をすることで優越感に浸ってるんだろうが! 綺麗なお顔に偽善の仮面を張りつけて、内心ではさぞ笑ってるんだろうな。俺には全部わかってるんだよ!」


「そんな……! 私は純粋にケイ様を……ケイ様をお慕いしているのです」


「それが重いって言ってんだよ! 俺はお前が大嫌いだ! わかったら消えてくれ!」


 何度も何度も心の中で謝罪しながら、敬は誰よりも心優しい女性の想いを踏み躙る。


「……わかりました。私がケイ様の足枷になっているというのであれば、こちらの都合だけを押しつけるわけにはまいりません。今日までお世話になりました」


 凛々しくも丁寧に腰を折ったレリアは、微かに涙を滲ませた瞳で最後に敬を見つめた。


「どうかお元気でお過ごしください」


 夜だと言っていたのに、律儀にレリアは敬の言葉に従って出て行く。聞こえなくなっていく足音が寂寥を抱かせ、筋肉に乏しい肩を震わせる。


 頬を濡らす涙を拭いもせずに膝をつき、床へぶちまけたパンとサラダを手に取る。


「こっちこそ……今日までありがとう。どうか幸せになってください」


 影すら見えなくなった美貌の女聖騎士の笑顔を思い出す。嗚咽を溢れさせながら、敬は彼女が用意してくれたパンとサラダの味を噛み締めた。

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