002 いわゆる転生とか転移とかってやつですか?
「今、この世界は危機に瀕しています。魔王と呼ばれる存在が、人類を滅ぼそうとしているのです。わたくしを信仰してくれる人の子らのためにも力を貸してあげたいのですが、定められた神法によりできません」
なんとなくゲームのRPGっぽい流れになってきたことで、元々がゲーマーの敬の中で混乱よりも期待が大きくなる。
「そこで魂となったあなたにこれまでと同じ肉体を与えますので、わたくしの代わりに魔王を討伐していただきたいのです」
「もしかして、それって、いわゆる転生とか転移とかってやつですか?」
これまでの心細さも忘れ、声に興奮を隠せなくなる。ラノベにしろアニメにしろ大好きで、学校にも行かずに物語を楽しんでいたくらいだ。弥が上にも期待は高まる。
「そういえば地球には、そうした文化が根付いていましたね」
「特に俺が好きなのは――って、女神様は地球の娯楽を知ってるんですか?」
「ええ」ふわりと女神が微笑む。
「他の神が創造した世界でも、鑑賞は許されていますから」
なるほどと頷いたあとで、敬は好きな作品を語る前にテンションを落ち着かせて、肝心な質問をする。
「魔王を倒すのはいいんですけど、俺、普通の人間ですよ」
「わかっています。ですから、わたくしの力をお貸しします」
ここまでくれば確定だ。現世で事故死したのは悲劇だが、常日頃からそうならないかなと密かに期待していた異世界行きが現実になったのである。
十六年過ごしてきているので地球のゲームなどといったものに未練はあるが、口を開けば優秀な兄と比べて、勝手に敬に失望する両親には未練は残っていない。
敬が死んだと知っても悲しむどころか、兄に一層の資金を注げると喜ぶ可能性だってある。
昏く不愉快な想像をやめ、敬は改めて女神イシュルに尋ねる。
「女神様の力ってことは、魔法とかも使えるんですかね?」
「異世界とはいえ、あなたの想像とは異なります。率直に言うと、わたくしの世界に魔法は存在しません。ただし、似たような効果を持つ力を奇跡として使えるようになります。他に類を見ない聖なる力であるがゆえに、わたくしに選ばれた勇者の証となるはずです」
剣と魔法の世界を想像していただけに、若干の拍子抜けをしてしまったが、考えようによっては素晴らしい展開だ。奇跡を使えるのが女神と敬だけだというのなら、願ってもいないチート能力だった。
「この世界って、地球でいうとどの時代の文明なんですか?」
「一概には言えませんが、近いのは中世ヨーロッパだと思います。剣はありますが電気などはないため、明かりは基本的に火を使ったランプなどが主流です。気候はあなたが住んでいた国の春が一年中続く感じです。地球と比べて惑星の規模そのものが小さく、太陽と月は宇宙ではなくわたくしが作り出したものです。決まった時刻に正確に交代するため、季節によって日が伸びたりといったこともありません」
環境が極端に変化しなければストレスも溜まらないだろうと、世界の創造時に気を遣ったのだと女神は付け加えた。
「お金は金貨、銀貨、銅貨でやりとりします。地球で言うと、金貨は一万円、銀貨は千円、銅貨は百円となります。それ以下の通貨は存在しません。食用のパン一つで、大体銅貨一枚です。住民は働く際に日給でお金を受け取りますが、相場は大体銀貨二枚程度だったはずです」
給料は安いが、代わりに物価も安いのだろう。女神イシュルが、お金を持たせると続けてくれたので、あえて敬が働く必要はなさそうだ。
「ちなみに冒険者という職業もありません。戦うものは基本的に王国や各街に所属する兵士です。そのあたりのことは知識も貸し与えますので、ご自身の目で確かめてください」
女神イシュルが人差し指を伸ばす。触れられた額がほんのりと熱くなり、激流のごとく様々な情報が敬の頭脳に流れ込んでくる。
一秒にも満たない時間で、女神イシュルが創造した世界の情報を理解した。覚えたというよりも、最初から知っていたという感じに知識が上書きされたような感じだった。
「す、凄え……ははっ! これは凄え!」
登校拒否の引き篭もりだったとは思えないほど、全身に力が漲る。奇跡を使えるだけでなく、身体能力も劇的に強化されていた。
「満足していただけましたか?」
尋ねてきたイシュルに対し、敬は何度も首を振って肯定した。
「言語も勝手に翻訳されるんですね。世界にある大きな国は一つだけか。本当に地球と比べると規模が小さいんですね」
なんとなく口にした感想に、女神が殊の外傷ついたような表情を浮かべた。
「小規模の方が隅々まで見守り易いと思ったのです。わたくしの願いは一つ。世界に根付いた生物が、等しく平和に過ごせることです。ゆえにそれを乱そうとする魔王は放置できません」
「わかりました!」威勢よく敬は言った。「俺に任せてください!」
すでに死んだと認識されている地球には戻れない。仮に帰還できると言われても、躊躇なく断る。それだけ敬にとって異世界での冒険は魅力的だった。
「魔王討伐後はせめてもの罪滅ぼしではないですが、わたくしの世界で平和に暮らしてくださればと思います」
「罪滅ぼし?」
訊き返した敬に、女神は陰のある笑みを見せる。
「勝手にこちらの世界へ招いてしまったことです。定められた死ではなかったのですから、黙っていればあなたは地球の神によって新たな生を与えられた可能性が高いのです」
「ああ、そういう理由ですか。だったら気にしないでください。むしろ俺は喜んでます!」
サムズアップする敬を見た女神は、少しだけ嬉しそうにする。
「そう言ってくだされば、わたくしも救われます。それではそろそろ地上へお送りしましょう。人間が治めるもっとも大きな国、ドラハム王国が最初の舞台となります。奇跡を見せてわたくしに遣わされた勇者だと言えば、国王も色々と力を貸してくれるでしょう」
「わかりました。せっかくだから魔王を倒して、こっちの世界でハーレムでも目指します」
「フフ。是非、そうなさってください。魔王討伐、よろしくお願いいたします」
慈愛に満ちた女神が手をかざすと、敬の全身が眩い光に包まれた。
そうして光が収まった瞬間、敬は天空城とは別の場所に立っていた。