015 見せ場を持ってかれるとは思わなかったぜ
不意を突かれた攻撃でさえも、光の衣は難なく跳ね返す。まさにチートと叫びたくなるのを抑え、脇腹に突き刺さるかと思われた敵の角を、光の剣で斬り落とす。
「ぐがあァァァ! おのれェェェ!」
血が通っていなくとも神経はあったらしく、激痛に顔を歪めた魔王が激昂する。
真っ赤な瞳を憎しみで爛々とさせ、しゃにむに腕を振り回す。柱の幾本かが切断され、不吉な音が天井から聞こえてくる。
「頭に血が上りすぎて、周りも見えてないか。ルーファもレリアも下がってろ。巻き添えを喰らっても知らないぞ!」
光の矢を突き刺すも、怒りが痛みを凌駕しているのか、魔王は止まらない。
全身の血を垂れ流し、開きっぱなしの口で放つのは身の毛もよだつ咆哮のみ。
それでも精神を乱さない敬は、深呼吸するまでもなく、斬撃の切れ間に飛び込んで魔王の右手を奪う。巨大蟹だろうとゴーレムだろうと、あっさり斬ってきた自慢の聖剣はここでも威力を発揮した。
「我が! 魔王であるこの我があァァァ!」
「これで最後――って、ルーファ!?」
「とどめはあたしが刺す!」
キツく握り締めたナイフを、半魔の少女がガントレットごと魔王の横っ腹にぶち込んだ。
「ぐ、ぐふっ! ク、ククク……我を倒すか。だが、その先に何があるかな」
自らの最期を悟り、ルーファの腕を肉体に埋められた魔王が嗤う。
「決まってるだろ。平和な未来だよ」
「ククク。おめでたい頭を……してるな。ガハッ! お、お主の……絶望に塗れた顔を……見るのを、楽しみに……しているぞ」
「意味わかんねえよ。お前がラスボスだろ。他に隠しボスでもいるのかよ」
魔王ゲーデは意味ありげに嗤うだけで、それきり言葉を残さなかった。
目的とする魔王討伐を果たしたというのに、そのせいで何とも言えない気持ち悪さが残る。
「チッ。考えても仕方ねえか。隠しボスが出たなら出たで、倒せばいいしな」
敬にはいわゆるチートな能力があり、魔王ですらノーダメージで倒せた。ヌルゲーもいいところの超初心者向け設定だが、実際にはゲームではなく、負ければ即死亡なのでありがたい措置ともいえる。
「それより、まさかルーファに見せ場を持ってかれるとは思わなかったぜ」
ガントレットの様子を確かめるように、手を握ったり開いたりを繰り返していたルーファは、喜ぶでもなく淡々と答える。
「最初から魔王を倒すと言っていただろう。あたしは目的を果たしただけだ」
「そっか。これからどうすんだ?」
「もう一つ、いや二つか。目的が残っている」
強い決意を携えてはいるが、そう言ったルーファの表情はどことなく辛そうでもあった。恐らく大変なことなのだろうと推測し、敬は当たり前に声をかける。
「手伝おうか?」
「……いや。貴様には無理だろう。それより、さっさと城を出るぞ。戦闘の影響で崩れるかもしれぬし、この後は女神に魔王討伐の報告をしに行かなければならぬのだろう?」
「その必要はありません」
敬が頷こうとした矢先、魔王城に温かくも強い光が舞い降りた。耳にするだけで安堵する柔らかな声の発し主は、敬をこの世界に導いた女神イシュルだった。
※
「よくぞ魔王を倒してくれました。これで世界を覆っていた瘴気は薄れ、わたくしの力を隅々まで行き渡らせることができるようになります」
にこりとする女神の美貌はやはり絶大だ。レリアなどは声もなく見惚れている。
「世界は平和になるってことですね。魔王が隠しボスみたいな存在をほのめかしたんで、ちょっとドキドキしてたんですよ」
「ウフフ。そのような者はおりませんわ。わたくしと対になる力で、世界を統治する妨害をしていたのは魔王ゲーデのみです。あなたをこの世界の為に用意して正解でした」
「いやあ。俺だって元は地球で――用意?」
笑顔を微塵も崩さずに、女神が頷いた。
「あなたにはかわいそうなことをしてしまいました。こうして堕ちてしまうのであれば――いいえ、それでも時間稼ぎはできました」
女神の全身を包んだ白光が背中へ移動し、天使の羽のように広がる。両手を広げたイシュルが天井を見上げ、光の翼から流星のように羽を放った。
マシンガンのごとく天井を突き抜けた羽は、そのままどこかへ飛び去るように消えた。呆気に取られているうちに、女神の作った大きな光の翼も消失する。
「あ、あの……女神イシュル。一体何をなされたのですか?」
おずおずと問いかけたレリアに、女神はその名の如く慈愛に満ちた笑みを向ける。
「二度と悪意が世界を蝕まないように、人々の心にわたくしの羽を植え付けたのです」
「植え付けたって、女神様は世界に直接手を出したら駄目なんじゃ……」
今度は敬が質問をした。
「その認識で間違っておりません。ですからわたくしは堕ちました。天界から見放され、戻るところはありません。この世界が滅べば、わたくしも一緒に朽ち果てるでしょう。ですが、そんなことは問題ではないのです。大切なのは世界の適切な維持です。その為には不完全な人間を導かねばなりません」
両手を広げたままの女神が、何事かを呟くと空中に光の環ができた。鏡のように、透明となった輪の中に人々の様子が映る。
見覚えのある景色に、敬は小首を傾げる。
「これは……ドラハム王国?」
「その通りです。心に刻んだ羽がわたくしに教えてくれたのです。今まさに悪意が放出されようとしていると」
女神イシュルも見つめる中、映し出されたドラハム王国の住人が露骨な悪態をつく。
――人生やってられねえよ。どうせ先行きは暗いんだ。適当な女を攫って、終わる前におもいきり楽しんでやるぜ。
聞こえてきた台詞に顔をしかめたのは敬だけではなかった。特にルーファが、怖いくらいに男を睨みつける。
「人々の何気ない不満が欲望を生み、悪意を纏って魔物となります。だからこそわたくしはあえてその心に踏み込みました。世界が悲しみに包まれないように」
再び女神の肢体が輝く。天界を追放されたと口にしてもなお、失われない神々しさには表現しきれない熱さみたいなのが感じられた。
――女神イシュルの名のもとに、そんな真似はできない。真面目に生きよう。
憑きものが落ちたように真顔になった男はそんな風に言うと、仕事を探すために人を雇っていないか各店に尋ね始めた。
けれど今日まで相当に暴れてきたのか、店主たちは揃って首を横に振る。
そしてまた女神の力が発動する。頑なに男の採用を拒んでいた店主の一人が、嫌悪が抜け落ちた平坦な表情で前言を覆したのである。




