014 どうやら俺は無敵っぽいぞ
空の代わりに岩があり、川の代わりにマグマが流れる。太陽の光は届かなくとも、血のような赤が全体を照らす。熱気と悪意に満ちた場所、それが魔王のいる地底城だった。
「女神が天空なら、魔王は地底か。ベタといえばベタだが、似合ってるな」
自分が先頭に立つと言い張ったレリアに続き、敬は周囲を見渡す。
地球でいうところの古代ギリシャ神殿みたいな城内は、調度品と呼べるものが一つもない。ただっぴろい空間があり、はてしなく長い階段が奥へ延びている。
「魔物の姿が見えないな。ゼニッシャーが連れてたのが全戦力だったのか?」
独り言のように疑問を口にするルーファ。
「わからないが、どちらにしてもやることは変わらない……って、何だ、それ」
ルーファに言葉を返した敬は、ふと少女が見慣れないガントレットを装備しているのに気付いた。
黒曜石みたいな輝きを放っており、装備品というよりは宝飾品を彷彿とさせる。
敬の記憶が確かであれば、地底城へ突入するまではつけていなかったはずだ。
「これは秘密兵器だ。まさか何の策も持たずに、一人で魔王を倒そうとしていたと思っていたのか。あたしとて、そこまで愚かではない」
フンと鼻を鳴らすルーファには、いつもの勝気さが満ちていた。
「あたしより、そこの聖騎士を心配してやれ。貴様よりずっと弱いのに、命を賭して守ろうとするなど愚かを通り越してくだらぬ」
「ご配慮ありがとうございます。ですが、これは私の使命なのです。ケイ様がダメージを負った場合、魔王との戦いが不利になりかねません」
油断なく周囲を警戒し、レリアが力の入った声で言った。あまりにも頑ななので先頭を任せたが、いざという時には敬が前に出るつもりだった。
「やれやれ。貴様はどこまでも勇者に傾倒しているのだな」
「はい。私のすべてはケイ様と共にあります。例え何があったとしても」
「フン。よくもそこまで尽くせるな。ドラハムで命を救われたからか」
「それもありますが、一番はケイ様のお優しい心に惹かれました。レックスでもそうでしたが、魔王討伐の大事な使命を女神イシュルに仰せつかりながらも、人々が困っている姿を見れば率先して助けに向かう。その姿はまさに、私が思い描いていた勇者様そのものでした」
ここまで褒められるとなんだかむず痒いが、悪い気はしない。
こっそりと鼻の下を伸ばしたつもりだったが、だらしのない顔をルーファには見られてしまった。
「締まりのない連中め。まあ、好きにすればいいさ。あたしはあたしの目的を果たす」
「そうツンツンするなよ。魔王を倒すって目的は一緒なんだ」
軽く背中を叩いてやるが、気負っているのか敬の言葉への反応はなかった。緊張を解してやるべきか悩んでいると、先頭を歩くレリアが声を張り上げた。
「大きな扉が見えました。恐らく、あの向こうに魔王ゲーデがいるのではないでしょうか」
視線を前方へ向ければ、三メートルはありそうな鉄製と思われる扉が存在感たっぷりに待ち構えていた。城内にも流れるマグマの影響で、禍々しさが尋常ではなかった。
「それじゃ、行くか」
唾を飲む二人を安心させるため、敬はわざと明るい声を出して扉を開けた。
カーペットはないが、ドラハム王城でも見た謁見の間に近い内装だった。やはり飾り立てる装飾品は一つもなく、剥き出しの柱が幾本も侵入者を見下ろすように建ち並んでいた。
マグマのせいで暑かったはずなのに、この場に入った途端、急激に肌を刺すような寒さが襲ってきた。
凶悪な視線を注がれているのに気づき、敬は顔を上げる。
「お前が魔王ゲーデか」
一歩一歩前に進む。重力が増したように体が重く感じられる。女神の力を得ている敬ですらこれなのだ。後ろに続く二人が受けているプレッシャーはもっとだろう。
「いかにも。お主が勇者ケイか。クク。やはり女神イシュルは介入を決断したか」
「お見通しってわけか。じゃあ、こっちの目的も理解してるよな」
「無論だとも」
魔王が玉座から立ち上がる。剥き出しの上半身にレスラーのようなパンツが一つ。ゼニッシャーほどではないにしろ、身長はゆうに三メートルは超えている。異質なのは淀んだ青色の肌で、これまで倒してきた魔物とはどこか違う。
それでも邪悪に輝く赤目だけは変わらない。左右に裂けた唇から、ルーファの持つナイフほどはあろうかという牙を二本生やし、威嚇するように顎を鳴らす。
丸太のごとき筋肉で包まれた腕を振るい、腰から二本の大剣を抜く。人間であれば両手でも扱えるかどうかの巨大さで、剣身は不吉な黒色に染まっている。
頭部の左右では、子供の腕ほどの角が悠然とそそり立つ。頭突きでもされたら、簡単に胴体を貫かれてしまいそうだった。
「我とて黙って殺されてやるつもりはない。全力で抵抗させてもらうぞ」
「魔物を使って人間の幸せを脅かした罪、その身で償うんだな!」
猛然と駆け、敬は両手に光の剣を生み出す。
三十メートル。
二十メートル。
魔王との距離が詰まる。
「ぬうン!」
筋肉の塊のような腕が、魔王に強力無比な一撃を放たせる。空気を押し潰すかのごとき振り下ろしを、敬は半身を捻らせて回避する。
すぐそばで炸裂音が響き、後に続くレリアが悲鳴を上げる。
「ケイ様!」
「攻撃は当たってない! 心配するな!」
後ろを見ずに叫び、懐へ入り込もうとする敬に二撃目が襲い掛かる。接近戦を嫌うように水平に放たれた大剣を小ジャンプで躱し、剣身に足を乗せて労せずにゲーダの右方へ到達する。
「片手が塞がってたら、すぐに防御態勢は取れないだろ!」
「味な真似を。だが我の攻撃が剣だけと思うな!」
闇色の炎が宙を踊る。だが敬は速度を緩めない。
「気が狂ったか!」
「魔王のくせに知識が足りてないぞ! 攻撃は最大の防御なんだよ!」
光の衣を纏い、大蛇の如く迫る黒炎に頭から突っ込む。
「ウオオ――ッ!」
行使した奇跡が魔王の力さえも上回る。黒いトンネルを通過するように飛び出した敬が捉えたのは、驚きを顔に張りつけたゲーデだ。
「勇者があァァァ!」
縮れ気味のくすんだ短めの金髪を振り乱し、恐らくは自慢のだろう角を横から敬にぶつける。
「悪いな。どうやら俺は無敵っぽいぞ」




