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012 だったら、俺がそうしてやるよ

「よう。海でも見て黄昏てんのか」


 からかい半分の敬の顔に、鋭い視線がぶつけられる。町を出て少し、夜の砂浜に一人で立ち尽くしていたルーファのものだ。


「あたしを嘲笑いにでもきたか」


「ひねくれてんなあ。ま、俺も人のことは言えないけどよ」


 持ってきた串焼きと飲み物を、フードを脱いでいる少女へ強引に手渡す。


「あんま食えてなかったろ。その肉、美味いぞ」


「いらぬ気遣いは無用だ。腹が膨れれば、何を食おうとも変わらん」


 そう言って取り出したのは、携帯食として恒例の干し肉である。腐敗しないように塩を多めに絡めているので、敬にとってはあまり好ましくない部類に入る。


「いいから食えよ。さもないと、船に乗せないで置いてくぞ」


「フン。脅してまで半魔に食事を与えるか。狙いは何だ」


 強まった敵意に戸惑いつつも、敬は心の中にある感情をそのままぶつけてみる。


「単純に仲良くしたいだけだよ」


「半魔の私とか? 信じられんな」


「まあ、俺はこの世界の人間じゃないから、半魔とかよくわからないしな」


「そういえば女神に呼ばれたとか言っていたな」


 苦笑しながら敬は頷く。トラウマというほどではないが、たいして思い出したくもない地球の記憶が蘇った。


「俺には優秀な兄がいてな。いつも比べられたよ。両親も兄にかかりきりで、気がつけば俺は一人で遊ぶのが好きになってたな」


「……どうしてそんな話をあたしにする」


「境遇は違うけど、学校って人が集まるとこでも、似たような経験がある。ルーファほど深刻じゃなかったけどな」


「なるほど。つまりは同情か」


「どっちかっていうと、自己満足の類だな」


 組んだ両手を枕代わりに砂の上に寝転がる。吸い込まれた渇いた笑いが夜空で星となり、慰めるように輝いているみたいだった。


「フン、くだらんな。だが世界の為だとかぬかすクズどもよりは多少マシか」


 むしゃぶりつくようにルーファが串肉を胃袋へ落とし込んでいく。たったそれだけだが、敬にはなんとなく彼女が僅かながら受け入れてくれたような気がした。


「父も母も知らん。母はあたしを産んですぐに捨てたんだろう。それが人里の近くだったのは、多少なりとも罪悪感があったのかもしれんな」


 敬が持ってきた水を飲み干し、誰にともなく少女は語り出した。


「生きるのに必死さ。いつもひもじいが、誰にも食料など恵んでもらえない。それどころか、この目の色のせいで人間に見つかれば酷い目にあわされる。殺されかけたのも一度や二度ではない。ここはそういう世界だ。生まれた我が身を呪うか、それとも……」


「気にしなけりゃいい。お前は生きてんだ。死んだら全部、消えちまう。それまでどうでもいいって思ってたことだって、変に引っかかりやがる」


「そう簡単に割り切れるものか。だが、貴様の言葉にはずいぶんと実感がこもっているな」


 経験者は語るというやつなのだが、女神の力で生き返ったようなものだとまでは説明するつもりのない敬は、愛妹に笑って誤魔化す。


「生きてりゃ、そのうちいいことあるだろうぜ。例えば勇者になったりとかな」


「くだらんな。そんな幻想はとうの昔に捨てている」


 吐き捨てた少女の言葉が、穏やかな波に攫われて消えていく。後には何も残らない。


 月の明かりに照らされて神秘的に煌めく砂が、ジャリと音を立てる。それは小さな足音だった。近づく気配に振り返ったルーファが唖然と目を見開いた。


「あ、あの。助けてもらったお礼なの」


「皆、酷いよな。お姉ちゃんは優しいのにさ」


 見知った顔の兄妹が、食堂から持ち出してきたと思われる串肉をルーファに差し出した。


「……何の真似だ」


「その子らがお礼だと言っただろ。素直に受け取っておけよ」


「だがあたしは何もしていない。これは嫌味か」


 兄妹がブンブンと顔を左右に振る。


「お姉ちゃん、邪竜の火から僕たちを助けようとしてくれた」


「怖かったけど、お姉ちゃんがそばにいてくれた」


 満面の笑みを浮かべる幼い二人に困惑しつつも、ルーファはおずおずと手を伸ばした。しっかりと握った串に刺さる肉が、芳ばしい香りと共に湯気を立ち上らせる。


 夜の闇を微かに薄める白色に食欲をそそられたのか、子供たちが見ている前で、ルーファが受け取った串肉に歯を立てた。


「フン。なかなかだ。用がこれだけなら、さっさと帰れ。次に魔物に襲われたら、運良く助けが来るとは限らんぞ」


「うん。ありがとう、お姉ちゃん」


「ありがとう」


 お礼を言って駆けていく兄妹を見送り、ルーファはいつものようにフンと鼻を鳴らす。


「真っ当に生きてれば、あの子らみたいにわかってくれる人間も増える。そうすれば半魔だって、少しは過ごしやすい世の中になるんじゃないか」


「そう上手くいくとは思えないがな」


「だったら、俺がそうしてやるよ」


 驚くルーファを後目に、上半身を起こした敬は砂を払いながら呟く。


「強い気持ちをもっと前に持ててたら、地球での人生も変わったものになってたのかもな」


 敬の横顔に何かを感じたのか、ルーファは何も言わない。それが少しだけありがたかった。


「今更だな。俺はもうこの世界の住人だ。けど後悔を引き摺らないためにも、全力で生き抜いてやる。お前も幸せにしてやる。覚悟しとけ」


「何だ、それは。くだらん。どうせ無理だろうが、期待しないで待っておいてやる」


 そう言いながらも、半魔と人々に忌み嫌われる少女は静かに微笑んでいるように見えた。

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