011 こいつは俺の従者だ
「お、己は何者だ!」
邪竜の声に焦りが含まれ出す。
「さっき教えてやっただろ。俺は敬。女神に魔王討伐を任された勇者だ!」
力強く胸を張った瞬間に、威光を示すかのごとく黒雲の隙間から一筋の光が舞い降りた。
「バ、バカな! ワシは邪竜ぞ。あらゆる者に等しく滅びを与える存在ぞ!」
「なら俺は、あらゆる者に等しく救いを与える存在だ。悔い改めて、今後は封印が解けても人々に害を与えないって誓えば見逃してやるぞ」
「ワシに頭を下げろというか! 愚弄するのも大概にしてもらうぞ!」
巨体にものをいわせて突撃してきた邪竜を、敬は片手で受け止める。頭突きするような格好になった邪竜は、空中で一歩も前に進めなくなった現状に驚愕する。
「ありえぬ! ありえぬうぅぅぅ!」
「人間と共存するつもりがなく、危害を加える気満々なら、放置はしておけないな。一気にカタをつけさせてもらうぜ」
左手で竜の髭を掴んで振り回し、右手に掴んだ光の剣で胴を斬り裂く。緑の血が雨のように舞い散り、邪竜が断末魔の悲鳴を上げた。
「これで終わりだ。生まれ変われるなら、今度はいい奴になれよ」
スプラッタ映画もわりと平気な敬は、邪竜の首を落とす。直後に敵の巨体は黒い霧となって消滅した。邪竜も魔物の一種だった証である。
「お? 空が晴れてきたぞ」
邪竜山の頂上に纏わりついていた雷雲が、逃げるように離れていく。代わりに現れたのは澄み切った青空と、雪解けを思わせるような爽快な空気だった。
「これだと、そのうち邪竜山とは呼ばれなくなるな」
急激に良くなった景色を見下ろしていると、レリアたちが近づいてきた。幼い兄妹のみならず、女聖騎士もはしゃいで敬に抱き着いてくる。
「邪竜でさえも倒されるとは素敵です。何より、人との共存を求めて慈悲を見せるなんて……私、ますますケイ様の隣で戦えることを誇りに思います」
「うわあ。お姉ちゃん、顔がまっかだー。お兄ちゃんのことすきなのー?」
少女に尋ねられたレリアは敬の首に手を回したままで、躊躇なく頷いた。
「はい。お慕いしております……」
「うえっ? こ、困ったな。いや、困ってはないけど、わ、わはは」
ひたすら照れる敬に、フードを被ったルーファがため息をつく。
「阿呆みたいに笑うな。それより早く戻るぞ。貴様が優先すべきは魔王の討伐だろう」
さっさと一人で歩き出すルーファ。
軽く肩を竦めたあと、敬は小さな背中を追いかけた。
※
夜になった港町レックスは、まるでお祭りでもしているかのように賑やかだった。普段は節約する油皿が贅沢に使われ、さながら不夜城みたいな様を見せている。
敬が幼い兄妹を救っただけでなく、封印されていた邪竜まで倒したのが町中に知れ渡った結果である。
勇者として魔王討伐に向かう途中であるのも判明し、住民たちは魔物に怯えなくても済む日が訪れるのを夢見てはしゃぐ。
たくさんのご馳走が並ぶ食堂には、日中に助けを求めた母親の姿もあった。
「体調は大丈夫ですか?」
敬が尋ねると、アマンダは我が子二人を抱き寄せて微笑んだ。
「この子たちが勇者様と取ってきてくださった薬草のおかげで、だいぶ良くなりました」
明かりとなっている火に照らされても顔色の悪さは相変わらずだが、とても喜んでいる。帰ってきた当初は大人に散々怒られた兄妹も、今はそれぞれが串肉を片手に屈託なく笑っていた。
ゲームといえばクエストも含めて完全クリアしたい敬だけに、単純な善意による行動ではなかったのだが、良いことをすれば気持ちいいのは確かだった。
だが、そんな楽しい気分は些細なきっかけで崩れる。
「何をするか!」
食堂に響いたのは聞き覚えのある怒声だった。
「おい、こいつ魔物だぜ!」
一気にザワつく食堂。住民の視線が殺到する先にいたのは、フードを脱がされたルーファだった。
半魔の少女は祝勝会と銘打たれた宴会への参加を最後まで拒絶していたが、敬を勇者と認めた大勢の住民に囲まれて逃げるに逃げられなかった。
食堂の隅で時間を潰し、機を見て脱出すると言っていたが、人だかりで身動きができない影響もあって、現在の状況を招いてしまったみたいだった。
「人型の魔物……もしかして半魔じゃねえのか」
「そんな奴がどうして俺たちの町にいるんだ」
一気に強くなる険悪な雰囲気。見れば温厚そうだった食堂の店主までもが目を吊り上げている。知識としては知っていても、半魔がここまで忌み嫌われているとは予想外だった。
「ケイ様……」
心配そうに隣に寄り添うレリア。会食の場というのもあって、今の彼女は鎧を脱いでいる。綿布の柔らかそうなシャツとハーフパンツに身を包み、豊かな双胸と艶めかしい太腿に男たちの視線を吸い寄せる。
敬もそのうちの一人ではあるが、今は邪な目で女聖騎士を凝視している場合ではなかった。
「フン。半魔だからどうした。石でも投げるか? それとも槍で突くか?」
「なんだと!」
挑発と受け取った男が筋肉剥き出しの腕を振り上げる。ルーファの実力であれば簡単に回避できるだろうが、ここで面倒を起こせばますます立場が悪くなる。
半ば強引に二人の間に敬は割り込む。
「ちょっと待ってくれ」
「勇者様? なんで止めるんです」
戸惑いながらも、腕を振り上げたまま動きを止めた男を敬は真正面から睨む。
「こいつは俺の従者だ。文句があるんなら俺に言ってくれ」
「な……! それは本当ですか!?」
「ああ。気に入らないなら、今すぐにでも町を出て行く。それでいいだろ」
魔王を討伐しにいく勇者の行動は、住民にとってまさかだったらしく、急速に食堂内の盛り上がりが冷めていく。シンとした空気の中、騒ぎの原因となったルーファがうんざりとした様子でため息をついた。
「その必要はない。もともとあたしは参加するつもりもなかった。貴様らだけで勝手に騒げ」
それだけ言い残すと、ルーファは食堂を出て行った。




