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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

化け物を育てたのはお前だ、責任取れよ。

作者: 縞々タオル

規模のでかいヤンデレを書きたいなと思って書きました。

 とある雪の降る日だった。それは確か、アンバリーさんに拾われて迎えた、最初の冬だった。

 年に一度のお祭りの日。ふだんは忙しいアンバリーさんも、この日ばかりは休みを取れたらしく、まだ距離感のあったハドリーと手をつないで、街へ繰り出したのである。

 見るもの全てが新鮮で、きらきらして見えた。「なんでも好きなものを買ってあげる」というアンバリーさんの言葉に、ハドリーははしゃぎ、アンバリーさんは、そんなハドリーに、温かな笑みを寄越してくれた。


 ……思えばその日から、ハドリーの運命は決まったのである。











「いい加減にしなさい。さすがの私も、君を庇えなくなるよ」


 国と王家と軍の紋章旗が、天井からぶら下がっている執務室にて。アンバリーさんは、ため息まじりに、ハドリーにそう言った。


「演習に遅刻するのは良い。君は、朝が苦手だからね」


 アンバリーさんは、ハドリーに怒るのが苦手だった。それをいいことに、ハドリーは、好き放題やっていた。「いや甘すぎんだろ」と、心の中で思うハドリーである。

 規律正しい軍隊に所属していながら普通に遅刻する奴には、体罰くらい必要ではないか。


「問題は、二つ。訓練で負ったかすり傷を、わざわざレアンドラを呼びつけて治したり、ライネと共謀して、クラルス教官を落とし穴に嵌めたりすることだ」

「でも、クラルス教官が落とし穴に落ちた時、みんなちょっと喜んでましたよ」

「……彼も少しやりすぎなところがあるから、そこはいいとして」


 やはり、アンバリーさんは、ハドリーには、優しいのであった。優しげな瞳を、ハドリーに向けて、諭すように言う。


「こんなことを、いつまで続けるつもりかな、ハドリー?」


 ハドリーは、胸を張った。


「ずうっと続けてやりますよ。僕は、軍のお荷物であり続けます。親子の縁を切っても良いですよ?」

「私は君と縁を切るつもりは一切ない。君を拾った日から、覚悟を決めている」

「それは僕も同じようなものです」


 話は、平行線を辿っていた。折れたのは、アンバリーさんの方だった。


「もういい、行きなさい。だけど、一つ忠告しておくよハドリー。君が育てたのは、人間じゃない、化け物だ」




「なあにが化け物だ。こんなに可愛い化け物がいるもんか。なあ? レアンドラ」


 今日も今日とて、ハドリーは、レアンドラを呼びつけて、自分の膝にできたかすり傷を治させていた。これは名誉の負傷で、訓練中に、相手に足払いをかけようとして転んでできた傷である。要は、自滅だ。


「ハドリーったら、可愛いなんて…ふふふっ」


 背中まで伸ばした緑の髪を束ねた少女は、顔を赤らめて笑った。レアンドラは、治癒の魔法を使える魔導師だが、その力はもっぱら、ハドリーが独占している。それというのも、ハドリーのことが大好きだからである。


「あ、そうそうライネ。次の計画だけどさ……」


 レアンドラに治療させながら、ハドリーは別の少女に話しかけた。ライネは、燃えるような赤い髪を持ち、レアンドラとは対照的な、強気そうな表情が似合う少女だ。


「後輩をいじめるカシューって生徒がいてね、そいつに、君の魔法で一泡吹かせてやりたいんだ」

「へぇ、面白そうじゃない? 今度は落とし穴、どこに掘る?」

「周りの目もあるからね、落とし穴だけっていうのも芸がない。今度はさ……」


 こうして、ハドリーは、二人の少女に囲まれながら、ほのぼのとした軍属ライフを楽しむのであった。






「まさに、魔導師の無駄遣いであります」


 議会は紛糾。イライラした様子で訴えるのは、先日、ハドリーによって落とし穴に落とされたクラルス教官である。


「彼は、戦況を理解しているのでありましょうか? いいや、理解していたら、レアンドラやライネという魔導師を独占しているはずがありません」


 落とし穴というのは、意外にも大きな怪我につながるものである。レアンドラの治癒魔法を使ってもらえなかったクラルス教官のそばには、松葉杖が立てかけられていた。


「レアンドラの治癒魔法に、ライネの攻撃魔法。この二つがあれば、前線の魔導師がどれだけ助かることか。もしかしたら、“魔女”さえ殺せるかもしれない」


 魔女、というのは、一般的に、敵国である隣国、帝国に現れた規格外の生物のことを指す。


 戦争が魔導師のものになって久しいとき、魔女は現れた。

 魔導師は、非魔導師を一瞬のうちに百人殺すことができるが、魔女はその魔導師を千人殺せる存在なのだ。おかげで戦争は、魔導師の遊戯から、殺し合い、いや、虐殺へと変わりつつある。


「しかし、現状レアンドラとライネを操作できるのは、ホークス司令官。あなたのご子息だけだ」


 厳しい瞳で、クラルス教官は、アンバリーを見上げた。


「そこで提案があるのですが」






「最後通牒だよ、ハドリー。レアンドラとライネを解放しなさい」

「いやです。二人には僕のハーレム要因でいてもらうので」


 やはり、会話は平行線だった。アンバリーさんは、ため息を吐いた。


「……よろしい。それならば、ハドリー・ホークス。君に、前線部隊への着任を命ずる」




「そんなわけでさ、僕は、戦場に行かないといけなくなったんだ」


 あっけらかんと、ハドリーは、レアンドラとライネの二人にそう話した。二人はぽかんとして話を聞いていたが。


「それは、私たちも、ついていっていいんですよね?」

「いいや?」

「ハドリーだけで、戦場に行くの?」

「そうだよ。あーあ、君たちを独占してた罰が当たっちゃったよ」


 ハドリーは、肩をすくめた。


「とはいっても、僕に甘いアンバリーさんのことだ。すぐに帰ってこれるだろう。だから二人とも、僕のことを、ここで待っていてくれるね?」


 もちろん、答えは「はい」や、「いいわよ」のはずだ。幼い頃からハドリーに依存するように仕向けた二人は、ハドリーのことが大好きで、ハドリーの言うことだけを聞くんだから。


 けれど。


「……そんなこと、許されるはずがないでしょう?」 

「私たちも、戦場に連れて行きなさいよ」


 暗い暗い二人の声に、ハドリーは困惑をして。






「だから言ったのに」


 アンバリー・ホークスは、執務室にて、二人の少女と対峙していた。

 遅かれ早かれ、こうなることはわかっていた。


「ハドリーは?」

「私の魔法で眠ってもらっています。ご安心ください司令官、彼は無事ですわ」


 治癒魔法とは名ばかりの、人間へ直接干渉できる魔法の持ち主・レアンドラは、おっとりとした口調でそう答えた。


「で、ハドリーの前線行きを提案したクラルスだけど、あいつも死なない程度に炙っておいたわ。殺すのは、ハドリーが悲しむからやめておいたけど」


 本来、落とし穴を作るだけでは済まない……本気になれば人を瞬時に殺せる魔法の持ち主・ライネは、腕を組みながらそう言った。

 かわいそうに、火炙りにされてしまったクラルスは、虎の尾を踏んでしまったのである。


「なに、他人事みたいな顔してんのよ、あんたが仕向けたくせに」 

「仮にも、自分のことを買ってくれた人間に、そんなことを言うものじゃないよ」

「ふふ、私たちが言っているのは、そういうことではありませんよ。それはあなたが、一番わかっているでしょう? ねえ、アンバリー・ホークス司令官?」


 彼女たちは、すべてを理解していた。理解した上で、馬鹿なふりをし、ハドリーのそばにずっといたのである。

 アンバリーは、額に手をあてた。


「やはり、魔導師は人間ではなく、化け物に分類すべきだ。可憐な姿をしていても、中身は醜悪だ」

「ええ、ええ。あなたの啓蒙に乗ってあげましょう」

「魔導師は化け物。それで良いわ。ハドリーが私たちに同情してくれるなら、私たちはいくらでも、化け物になってあげる」











 とある雪の降る日だった。

 アンバリーさんと街に出かけたハドリーは、胸の痛くなる光景を目にした。


「うすぎたねえ魔導師風情が、非魔導師から食いもんを盗もうなんざ!」


 お祭りの日に、ふさわしくない光景だった。赤い髪と、緑の髪の少女二人が、大人の男に髪を掴まれていた。二人の少女は泣きじゃくりながら、男に許しを乞うていた。


「何をしているのかね?」


 アンバリーさんが男に近づくと、男はたちまち、怒りの表情から笑顔になった。


「あ、ホークスさん。それがですね、俺の店から、この二人がパンを盗みやがりまして……」

「それはいけないね、すぐに、警吏に連絡しよう」


 二人の少女の顔が、一気に絶望に変わった。ハドリーは、思わず口に出していた。


「待ってください、アンバリーさん。僕、あの二人が欲しいです!」











「あ、起きましたかハドリー。おはようございます」


 戦争は、魔導師のものである。魔導師は戦いを好み、非魔導師が出る幕はない。


 そんな言説を、アンバリー・ホークスは、長い時間をかけて築き上げた。魔導師の居場所を戦場以外からなくすことで。

 レアンドラも、ライネも、たまたま偶然。両親を悪漢に殺されて、親類縁者など頼る人間もいない状況で、王都に流れ着いたのである。


「こんな偶然なんかあるもんか……」


 ハドリーは呟き、二人を力一杯に抱きしめた。


「わかったよ、レアンドラ、ライネ。君たちを戦場に連れて行く。だけど、ひとつだけ約束してくれ……絶対に、人は殺さないで」






 それは、命令などではなく、嘆願だった。

 愛しい愛しいハドリーの体温に触れて、二人の“魔女”の口の端は、緩やかに吊り上がった。

 確かに、アンバリー・ホークスのしたことは、万死に値する。けれど同時に、彼のおかげで、二人は、ハドリーという宝物を手に入れることができたのだ。






 それは、全くもって、不幸というしかなかった。

 意図した差別主義者、アンバリー・ホークスは、本当に、自分の拾った子供を溺愛していたのだ。

 だからこそ、ハドリーが二人を買って欲しいと言った時にこころよく返事をした。ハドリーから強引に、二人を取り上げることは、約束を違うことになるからしなかった。

 アンバリーの中には、軍人として、魔導師を効率的に使う冷酷な己と、ハドリーとの約束を守ろうとする己がいた。

 ハドリーは、アンバリーにはもったいない、賢い子どもだった。アンバリーの作った言説を見抜き、魔導師の少女たちを、自分のために見せかけて、戦場に向かわせなかったのである。

 そのため、アンバリーは一計を案じなくてはならなかった。密かに自分を尊敬していたクラルス教官に、ハドリーへの嫉妬心を芽生えさせ、二人の魔女ごと、前線行きを命じなければならなかった。

 それが、アンバリー・ホークスという軍人と、個人の妥協点だったのである。

 アンバリーの最大の不幸は、最愛の子どもが、二人の魔女を魅了してしまったこと。











ーー否。




「あなたがハドリー? ふぅん、へんなのっ、へんなのーっ」


 きゃらきゃらと笑う白髪の、子供っぽい少女に、ハドリーは顔を引き攣らせた。

 どうしてこうなったんだっけ。


「あの、君の名前は?」

「名前なんてないよーっ、でも、みんなからは、魔女って呼ばれてるよーっ!」




ーーアンバリー・ホークスへの報いは、まだ、終わっていないのである。

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