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お茶会

 1


 週明け。

 八尋鰐真也(やひろわにまや)は、いつものように三時限目の終わり頃に登校してきた。時には、昼休みをまわって登校といったこともある。その代わりに、試験などの成績をだいたい上位でキープしている上に、授業態度も問題なく、解らないことがあれば職員室にまで尋ねてくるなどの面を持っているようで、よって真也の遅刻には学校も多目に見ていた。

 真也は三年生。

 ウェーブのかかった髪の毛を、肩まで伸ばしていた。ちょっと釣ってはいるが、穏やかな眼差し。鼻柱がスッと立っている美人。身体は、八千代より少し高いくらい。そして、道場で空手をしているそうだが、幽霊道場生である。しかし鍛えている割には、決して筋肉質などではなく、それが目立たない細い躰つきであった。


 二階踊場にきたところで、教室移動中の八千代を発見して、景気よく挨拶。

「ぃよぉ、八千代! おっはようさん」

「あ。おはよー」

 真也に微笑んで返した。しかし、これはいつもながら。

「けど、『おはようさん』って……。もうすぐお昼ばい」

 苦笑い。

 だが、当の真也にはどこ吹く風のようで、手をヒラヒラとさせて言葉を返した。

「んな(かて)ぇこと云うなってー。こうして今日も八千代と会えりゃあ、充分だぜ」

「な、なにバカなことば云いよっと。早く教室に行かないと」

「おや? 顔が赤い?」

 八千代の反応に、嬉しそうだ。

「じゃ。授業のあるけん、行くね」

「全く、今日も可愛いねー。チクショウ。―――おう、行ってらっしゃい!」

 そう笑顔になって八千代を送り出した。

 八千代と真也は入学したての頃に、お互い一目見た時点で親しくなった間柄である。



 昼休み。

 松葉は御手洗いから出てきたときに、八千代と会って心配そうに話しかけられた。松葉と八千代との身長差は、ほぼ十センチ。八千代が上目遣いになる。

「松葉ー。なんだか疲れているね」

「い、いや、大丈夫だよ。お気遣いありがとう」―かっ、可愛いっ。――

 八千代に胸をキュンとさせながらも、礼を述べた。すると、八千代の後ろから歩いてきた真也が、二人の間に割り込んでくる。

「そりゃお疲れ様だぜ、八千代」

「なんで?」

「だってほら。大好きな紅葉と土日を利用してニャンニャンしていたに決まっているじゃねぇか」

 なかなか鋭い。

「マジ……!?」赤面驚愕。

「マジよ……」真顔。

 それを聞いていた松葉が、眉間に皺を寄せた上に頬を痙攣させていた。そんなことは構わず、真也は今度は松葉に声をかける。

「ああ、そうだ。松葉」

「な、なんだ……?」

「今度の土日。紅葉タンを貸して」

「ぐ……!」

「んな恐い顔するなって。冗談だ冗談。―――そうそう。真面目な話し、何人か様子が変わっているじゃねぇか。いったい何が始まってんだ?」

 今度は真剣だった。



 2


 更に一週間後の日曜日。

 毒島零華は、別荘へとメンバーを招待していた。白を基調とした木造の洋風建築。零華が産まれた時に、両親が建てたという。それは、「この長崎の景色を全て、零華の目に入れられるように」との理由だったらしい。よって、この建物は山にあり、テラスから一望できる街並みと『鶴の港』は素晴らしいものであった。

 テラスには、白い円卓が四つ。椅子は一卓につき、五席ずつ。そしてそれぞれ皆の席には、レモンのレアチーズケーキをひと切れと、ハーブティーとでもてなしてあった。

「折角の休日のところを、お招きしてしまって申し訳ありませんわ」

 零華が椅子に着いた面々を見て、ひと言労う。そして、一番近い円卓の席にいる包帯女のところまで来ると、その後ろに回って再び語り出す。そういえば、この包帯女の巻かれている箇所は顔面のみとなっていた。

「今日、皆さんを呼んだのは他でもないわ。実は三つあってね。―――まずは、ひとつ。口縄(くちなわ)が完治したのよ」

 そう微笑んで、その女の包帯に手をかけて手際よく解いてゆく。すると、徐々にその顔が露わになってきた。解き終えたその包帯をポケットに突っ込んだのちに、零華は女の両肩に両手をそっと乗せて顔を近寄せるなりに、「貴女、綺麗よ」と耳元で囁いたのだ。そして、手鏡を手渡して女のところから外れていく。

 その女が手鏡で己の顔を見た瞬間に、目を見開いて感嘆のひと言を漏らした。

「すげぇ。整形費用ゼロかよ!!」

 声帯も回復していたようだ。

 この女は、口縄龍(くちなわりょう)。三年生。水野槌珠江を恋人に持つ。顔立ちは先ほど零華の囁いた通り、非常に整った造形。目元は一見するとツンとした印象があるが、笑みを浮かべ瞬間たちまち人懐っこい感じへと変わる女だった。唇は、やや薄い。身長は珠江よりも高いくらい。体格はスレンダー。肩甲骨まである髪の毛を、真ん中でふわりと分けていた。

 それらの特徴が、全て回復していたのだ。以前と一緒。寸分違わず、口縄龍である。化学室で零華たちから襲撃されて、二週間強は経過していた。だが、二週間ばかりで全てを回復させていたとは、この“力”は恐るべしである。

 頬を撫でたり摘んだりしながら、龍はいまだに信じられないでいた。

「ほわー。こりゃすげぇな」

 龍の目の前にいた珠江が音を立てて勢いよく立ち上がり、彼女のもとへと駆け寄るなりに抱きついたのだ。

「りょう! ああ……、私のりょう……」

 抱きしめた彼女の頭に、頬をすり寄せていく。その行為に、龍はたちまち照れていった。

「ば、バカ。みっともねー真似してんじゃねぇよ」


 じゃれついている二人を余所に、零華は次へと進める。

「そして二つ。私たちは早々と令子たちを失ってしまったわ。でもね、その代わり昨日、新しい仲間が加わったのよ。今から皆さんにご紹介するわ。―――皆さんにご挨拶して」

 そう云って部屋の中へと呼びかけたのちに、奥から長身でしなやかな影が現れてきて、零華の隣りに並んだ。

「もう、ご存知だとは思うけれども。豹紋波沙美さんです」

「どうも、改めてよろしく」

 そう挨拶したと思ったら、さりげなく零華の腰に腕を回して抱き寄せたのである。

「ひゃっ……」

「相変わらずイイ女だな」

 オマケに顔を近寄せて耳元で囁いた。そんな波沙美に対して、零華は強めに吐き出す。

「あら、志麻子を泣かせる気……?」

 波沙美(はさみ)が渋々と零華の腰から腕を外して、空いている席へと腰を下ろした。

 豹紋波沙美(ひょうもんはさみ)、三年生。全身の肌が白く、透明感があり、腰まである赤い髪の毛と見事に対比していた。赤毛は生まれつき。そして、野生種のネコ科を思わせる顔立ちは整っており、所属しているバスケ部で一番美しいとの評判。身長は百七〇に近く、スラリと長い四肢が特徴的である。そんな脚を強調するかのように、制服のプリーツをかなり短く詰めて、太股が半分も露わになっていた。


「最後に、三つめ」

 零華は指を三本立てて切り出す。




 3


「これだけ揃えていて云うのも何だけれども……。私たちの組織はまだ発展途上にあるわ。それを今から拡大していって、より良く住みやすい地球へと変えていく為の基礎造りは大切よ」

 その「今から拡大していって」のところで、両腕を一旦広げて下げる。

「私たちの勧誘………拡大方法はとても暴力的で且つ多少の痛みを伴うものだけれど、それだけじゃないのが私たちなわけ。何の為の頭? 使わなきゃね。―――幸い、貴女たちは紫陽花高校の生徒。優秀で頭脳明晰な才女たちが揃っているわ」

 人差し指で、こめかみを軽くトントンと突っつく。

「だ か ら。そろそろ活動を広げていってもらおうかなー、と。貴女たち、他校にも知人が居るのではなくて?」

 そう云い終えて腰に手を当てる。すると、瞳をチラッとメンバーに流した。

「なんなら殿方もよろしくてよ?」

 端っから力仕事前提。


「殿方はちょっと……」

「野郎は要らねぇんじゃ?」

「アイツら、()れることしか頭にないもの」

「女の子どうしがいいな」

 方々から飛び出してきた文句に、零華は呆れる。

「…………」

 質問が飛んできた。

「零華はどうなんだよ?」

「わ、私だって女の子どうしがいいに決まっているじゃない!」

 顔を赤くして円卓を叩いた。そして、そこに腰掛けていた煉と目と目を合わせる。


「まあ、そういうことで。あとはあれよ。今からあげる名前の人たちを消していって」

 展開は早く。

「八江と(はす)と十和子で、麻実を」

 後方右側の円卓にいる、ショートカットで長身と二人のおさげ頭の眼鏡とに指示を出した次は、短髪と長髪のGOTH娘たちを見た。

「翠と茜は六人を使って、松葉と紅葉を。―――場合によっては八千代と真也も始末したっていいわ。あと、念の為に鬼山をつけておくから」

 その言葉に、(りょう)が少し驚きを見せる。

「おいおい、零華。八千代と真也は人材にしたかったんじゃなかったのかよ?」

「いいの。……いずれは麻実と結託する筈よ。それどころか、真也は麻実が学級委員長のクラスじゃない? 必然性は充分にあるわ」

 少々、その突き放したような云い方が龍を心配させたらしい。

「待てよ。八千代ってお前の―――」

 皆まで云おうとした瞬間、零華から鋭く射抜かれて、龍は口をつぐんだ。そして気を取り直し、今度は龍を普通に見つめて語りかけてゆく。

(りょう)

「なんだ?」極自然に。

「貴女、真也とは幼なじみでしょ」

「まあな。最近、血は薄いが従姉妹とも判ったし……」

「そこを見込んで、真也を連れて来てちょうだい。あの子は是非欲しいわ。瀕死や虫の息であっても構わないから」

 この“力”を移せば、たちまち回復するし。

「八千代の件に関しては、私でなんとかするわ」

「解ったよ」

 そう微笑んだ。




 お茶会を終えて、皆を帰した頃には夕刻を過ぎていた。

 別荘には、零華と煉のみ。

 二人はテラスの手すりに腰を掛けて、夜景を見ていた。

「零華」

「なあに?」

 二人が、お互いにしか聞き取れないようなほどの静かな声で、言葉を交わしてゆく。

「麻実は私の手でやらせて」

「駄目……」

 強めに遮ったのちに、煉に顔を向ける。

「どうしてなの……?」

「煉は、ずっと私の傍にいてほしい。……私は貴女にそれ以上の事は望まないし、望んでいないのよ」

「そう……」

 煉は頬を赤らめて、瞼を閉じると静かに微笑んだ。

「ありがとう、零華。私、嬉しい」

 そして、零華が彼女の熱くなった頬に優しく手をのせて、撫で下ろしていった。その手に、煉は手を重ねて瞳を合わせると、吐息混じりに呟く。


「好きよ……、零華」

「私も好きよ、煉……」




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