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松葉と紅葉

 1


 松葉は学生寮にある紅葉の部屋に入って、布団を敷く。紅葉を気遣いながら寝かせると足早に台所へと向かい、濡れタオルと包丁を用意して戻ってきた。紅葉の顔じゅうから噴き出ている小粒の汗を、そのタオルで丁寧に拭ってあげる。それから松葉は次に、持ってきた包丁で己の舌に傷を付けると、紅葉の口を指で優しく開けてそっと唇を重ね合わせた。紅葉の喉が上下に動いて、松葉の血液を飲んでいく。紅葉の為ならば、自身の全てを消耗しても良いと松葉は常に思っていた。そして紅葉も、松葉の為ならばこの命を失っても構わないと思っていたのだ。この二人の間には、使い使われるなどといった関係は存在しなかったのである。

 やがて、お互いの唇が離れた頃には、赤くて細い糸を引いていた。もう一度、松葉は汗を拭ってあげたのちに道具を片付けて、紅葉と向き合うかたちで添い寝をすると、彼女の手を取ってキュッと握りしめる。


 十数分後。

 小刻みに吐いていた息は数も減ってゆっくりとなり、汗の状態も良好なものとなってきて、白くなっていた顔色も赤味を帯びていった。その紅葉の変化した状態を確認した松葉が「毒が裏返ったようだな……」と、安堵して呟く。そして、紅葉の前髪を指で掻き分けてやり、額を労るように撫でる。すると今度は、紅葉の顔は次第に紅潮をしていき、吐き出す息も熱を持ってきた。その変調と一緒に、紅葉の躰を強力な稲妻が貫いて、大きく仰け反らせる。

「ああっ!!」

 堪えきれずに声をあげて、眉間に皺を強く寄せて、敷き布団のカバーを力強く掴んだ。反射的に膝を寄せた脚の付け根からは、湧き上がってくるものを感じて、熱い息を大きく吐いてゆく。だが、紅葉のこのような変調によって起こる動きは決して苦痛からくるものではなく、むしろその真逆による感覚からだった。冷たかった紅葉の躰は程良い暖かさとなり、握り締められている手からそれを松葉へと伝えていく。潤ませた大きな瞳で、松葉を見つめた。

「躰が火照るのか?」

 そう耳元で囁かれて、口を強めに結んだ紅葉は頷いて知らせる。

「紅葉。その躰を一時の間、この私に預けてくれるか……?」

「う……うん。わ、私は……、松葉の……物……!」

「ありがとう、紅葉……」




 2


 あれから二人は心と躰とを交わして、ひとつになる時を過ごしたのちに、疲れきった紅葉が、松葉の腕の中で小さな寝息を立てていた。紅葉の寝顔を見詰めていた松葉は、このまま永遠に二人っきりでいたいと想いを馳せていったのだ。彼女が愛おしくてたまらない。どうして、こんなにも紅葉と居て飽きないのだろうか。独占だと云われてもいい、束縛だと云われって構わない、私は紅葉とずっと一緒に居たいだけなの。そして、唇を噛みしめると、紅葉の頭を胸元に抱き寄せた。しかし、現実はこのままという訳にもいかず。紅葉を起こさないように松葉はそっと腕を外して、布団を出た。外の様子に気づいて目を向けると、そこは既に暗闇の支配する時間を迎えていたのだ。そして、脱いだ下着と制服とを再び身に着けて、靴下も履き終えたのちに、音を立てないようにして扉を開けて部屋から出た。

 その時。

 目の前に人が居た。

 扉を閉めて、思わず壁に背中をぶつける松葉。


「あ……、麻実……」

「松葉。紅葉の治療、お疲れ様」

 そう笑みを見せながら、向かいの壁に背を預けている生徒が松葉へと労いのひと言を送った。

 この女は、城麻実(じょうあさみ)。三年生で、学級委員長を勤めている。整った顔立ちに、切れ長で精悍な眼差しを持つ。そして、長四角の縁無し眼鏡を掛けていた。黒い髪の毛は腰まで達しており、その上、細かい天然パーマの持ち主でもある。身長、百七五。躰つきは、ひょろっとした痩せ気味な印象がある。

 松葉が頬を赤くして、麻実に訊いた。

「み、見ていたのか?」

「まさかー。覗きは趣味でなはないな」

 片手をポケットに突っ込んで、縁無し眼鏡を正す。その答えを聞いて、松葉は心からホッとした。

「なるほど、そうか……」

 そして、もう片方の手をポケットに突っ込むと、麻実は話していく。

「あのさ」

「なんだ?」

「令子たちを手際よく始末したのは素晴らしいがな、実はその後処理までしてくれると、お前たちを使うこの私の身としても嬉しいんだが」

「あ。……ああ、すまなかった。ありがとう……」

「まあ、いいってことよ」

 そう口の端を歪めて流したのちに、更に話しを繋げてゆく。

「それよりも松葉」

「どうした?」

「お前、見られているぞ」

「なんだって」

 予想だにしなかった言葉に、松葉は目を見開く。迂闊だった。自身の仕事柄、慎重に慎重を重ねていたのだが。

 すると。

「……いや、敵からじゃなくってな。お前に日頃から憧れている後輩たちや、想いを寄せている同級生たちから。―――という意味なんだが」

「は……?」

「気づいていないのも無理はないか」

「……」

「お前を好きなあまり、四六時中どうしても目がいってしまう生徒たちがいるんだよ」

「そっ、そうだったのか」

「そうだったんだよ。―――まあ、普段から紅葉といちゃついているようでは、周りになかなか気づかんだろうな」

「……」返す言葉も無い。

「いいか松葉。私たちは“隠密”だ。目立ち過ぎてもならんし、影が薄過ぎてもならん。―――だが、お前は美しいんだ。黙っていてもその美しさが目立ってしまう」

「……」ちょっと赤面。

「お前、一昨年と去年のミス紫陽花で推薦されていたそうじゃないか。―――とまあ、話しは横路に逸れてしまったが。今度からは私たちの任務というものをよく考えて、少しずつ変えてってくれ」

「ありがとう。その忠告に、考えさせられたよ……」

 麻実の下を気遣うその心に、松葉は嬉しくなった。すると、向こうも微笑みを浮かべる。そして、壁から身を離した麻実が、松葉のもとへと歩んできた。

「そういえば、お前けっこう色っぽかったな」

「……!!」

 やはり、見られていたのか。

 恥ずかしさが増してくる。

 麻実が松葉の頬を撫でていきながら、こう囁いた。

「ちょっと私に付き合え」




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