部室
「なんで止めたんだよ!」
放課後。空手部の部室で涼子の叫び声が響いた。昼休みに止められた事に、納得がいかなかったらしい。その訴えに、零華はサラッと答えた。
「多勢に無勢は好きではないの」
「ちょっと待て零華……。―――んじゃ、ありゃ何なんだよ!?」
涼子が己の斜め後ろに立つ包帯女を力強く指差して、声を荒げてゆく。
「この前、化学室で口縄を襲ったのって多勢に無勢じゃねえのかよ!? いくらなんでもひとりじゃあそこまで出来ねぇぞ!」
「あははは。あれはちょっとやり過ぎたよねー。めんごメンゴ」
椅子に座ったまま零華は手を後ろ頭にやって、破顔一笑した。
「『ちょっとやり過ぎたよねー』……じゃ、ねえって……」
涼子が思わず脱力してしまう。
「八千代から鼻を折られっぱなしで何もできなかったくせに」
その隣りから、すかさず涼子に横槍を入れてきた生徒は、鶴嘴黄緑という。三年生。悪戯が好きそうな顔立ちをしていて、腰まである黒髪を二つ括りにしていた。身長は百六〇弱で、痩せがたの体格。瞳は大きくなく、切れ長のようだ。黄緑の言葉に、涼子は一気にカッとなって胸倉を掴みあげた。
「んだとぉー。てンめッ……!」
「おぉーっ? やるか?」
涼子の胸倉を掴み返して顔を近づけていき、そして静かに凄みを利かせていった。
「やるんなら良かぞ。ウチの剣術とアンタの空手、どちらが強いか試してみたかったんやーー」
「ああ、乗ってやらあ!」
「貴女たち。やり合うのなら、後に回して」
零華の放たれたそのひと言に、涼子と黄緑はお互い素早く胸倉から手を放した。その様子を見ながら「いーい?」と、零華が確認を取る。気まずそうに頷く涼子に対して、黄緑の方は横の女に目を流してニヤけていた。椅子に腰掛けたまま、面々に話してゆく。
「私たちもだいぶ数が揃ってきたわ。けれども活動をしてゆくにはまだまだ人材が必要なのよ。だからね、貴女たちにも仲間を増やす手伝いをこれからしてもらいたいの」
「いったいどれくらい要るのよ?」
珠江の質問に、零華は答える。
「そうねえ。涼子と口縄と珠江と結美と、あとひとりを入れて幹部クラスにしたいわ。そして、六人ばかりに絞った特殊クラスが欲しいわねー。―――上はこのくらいが丁度いいんじゃないかしら。下は三〇人で充分よ」
「ず、随分と具体的なのね」
それに珠江が感心したというか、呆れたというか、溜め息とともに言葉を吐いていった。そのひと言を聞いた零華は、嬉しそうに微笑んだ。
「あら? 褒めてくれるのね、珠江。ありがとーー」
「そ、そんなことより。必要な人たちって、誰なんだよ」
零華の微笑みを見ていた涼子が、照れながら横槍を入れてきた。
「うん。まず三人あげるから。―――ひとり目は、神棚八千代。二人目は、八尋鰐真也。そして三人目、城麻実。今のところ、この人たちがどうしても欲しいわね」
ふと、上着の肩を引っ張られたので、零華は首を横に向けた。するとその隣りで、立っている八爪目煉が彼女の上着を指で摘まんで見つめている。
「どうしたの?」
「麻実は、駄目」
「どうして?」
「わざとらしいわね、零華。解っているんでしょう……?」
「んふふふー。解った、麻実はなしにする」
「……ありがとう」
恋人の事情を知りながら、ちょっとからかってみた零華が、正面の皆に向き直ると改めて切り出していく。
「まあ、そういうことで。ある程度の人材に目をつけているから、名前をあげていくわね。……まずは、D組の――――」
そう云いかけて、突然と断ち切った。そして、ゆっくりと立ち上がってゆき、上の小窓に顔を向けたあと珠江にまずは目線だけやったのちに、次は面と面向かって確信したことを告げる。
「珠江」
「な、なに……?」
「つけられたね」
途端に珠江の躰じゅうに寒気が駆け巡っていった。そして勢いよく踵を返して、その小窓を見る。
「しまった……!!」
「よしなさい、珠江。代わりの人たちに行ってもらうわ。――――令子、お願いね」
令子と名を呼んで頼んだ零華の後ろから「わかった。じゃ、行ってくる」と、嗄れた声を発したのちに、部室の扉を開けて影が出て行った。
椅子にゆったりとかけ直した零華が薄笑いを浮かべて、ひと言呟く。
「ふふ……。高校生にもなって忍者ゴッコだなんて。―――なるほど、ね。麻実は駄目だわ」