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最終話 零華、襲撃!!――後編――

 1


 時は遡って、麻実たちが屋敷へと樹梨たちを招いて、お茶会を開いていたのとほぼ同じ時間帯。

 ここは麻実がまた別に用意した、神棚八千代(かみだなやちよ)八尋鰐真也(やひろわにまや)のための隠れ家としている屋敷。住所の扱いも、(じょう)家としていた。中には、この二人の他に涼風松葉と吹風紅葉とが、護衛としてつかされていたのだ。数日前のあの同時発生の戦闘は、八千代と真也にとっては喧嘩以上のことは生まれて初めてだったという事もあり、戦いには勝ったものの、受けたダメージは相当たるもので当人たちの自覚はなしに躰に刻み込まれていた。よって、麻実から提供された治療薬により表面の傷は癒えても、内面的な物は完治していない。だからこそ、この隠れ家で完全に回復してしまうまでに、この六畳間で共に身を隠しておけと麻実に云われてそうしていた。ちなみに、八千代はこのことを姉の神棚千代に連絡しており、そのことを受けるなりに妹へと快く承諾したのだ。しかし、八千代は正直、ビックリしていた。それは、城麻実と姉が知り合いだった上に、何やら二人の会話から上下関係までうかがえた事である。それと、それ以上に驚くべき事があとひとつあって、麻実から聞かされた時は、複雑な気持ちを抱いた。それは、拝打花と笠羽月子との激戦のあとに二人を焼却処分した直後に倒れ込んだらしくて、事実上、麻実の隠れ家で意識を回復するまでは記憶がなかった。で、そんな状態の八千代を発見した―――はたまた初めから戦局を見ていたのかは不明であるが―――その人物というのが、毒島零華だったのでであり、その上、傷付いた女を負ぶさってここまで運んできてくれたのだ。

 同じような話しを麻実から聞かされた真也も、八千代にこう告げた。

「アタシを運んでくれた奴って、誰だと思う?―――りょうだったんだぜ」

 湯呑みに満たされた煎茶の暖かみを両手で感じながら、言葉を続けてゆく。

「体育してたあの時は、アタシを助けもせずにただ見ていただけだったのによ……。―――いざ、アタシがあんなかたちで倒れ込んでいた時は、運んでくれようとしていた志穂を呼び止めてまで、変わりをつとめてくれたらしいからな」

 そして、器を握る手に力を入れていき、悔しさを噛み締めたような顔をして、こうしめた。

「畜生……! こんな事されたら、次会う時ゃアタシはアイツにいったいどんな顔をすりゃいいんだよ……!」



 2


 同じ隠れ家内。

 台所で、松葉と紅葉は二人に昼ご飯を作っているところ。緊急で呼び出しをくらうかもしれないので、制服の上からエプロンという姿だった。紅葉が野菜を刻みながら、鍋で豚肉を煮込んでいる松葉にへと声をかける。彼女とは、頭ひとつ分の身長差があって、常に見上げていた。

「ねえ、松葉」

「どうした?」

「ここずっと、八千代さんと真也さんの身を匿わせてからは、松葉は何だか楽しそうだね」

「ば、馬鹿云うな。私は紅葉と一緒がいつも楽しいんだ。だから……」

 思わぬ指摘に焦りを示したものの、なんとか声を繋げてゆこうとしたその矢先に、紅葉から向けられた満面の笑みにドキッときた。そして、今度は、刻み終えた野菜各種を鍋の中へといれてゆき、松葉に語りかけていく。

「大丈夫だよ、松葉。私だって、松葉と一緒にいる時が一番楽しいに決まっているもの」

「そ、そう。ありがとう」

 ホッとしたその時に、煮込む鍋本体に指が触れてしまい、声をあげて反射的に口でくわえようとしたところで、手首を優しく捕まえられた。

「私が、冷やしてあげるね」

 そう告げるなりに、口元へと運んでゆくと、松葉の人差し指をそっと中へ入れて、冷やしていく。胸が高鳴っていく、松葉。

「お、おい。そんな」

 紅葉の唇は前後に動いていきながら、その中では舌を巻いて絡めて熱をとってゆく。それにより、松葉の人差し指は濡れはじめていった。かわりに、頬が赤く染まってくる。

「もう、いいよ、紅葉。ありがとう」

 彼女の肩に手を置いて、唇からそっと引き抜いた。指先からは、透明な糸が引いている。そして、固形スープを鍋に二つばかり入れたのちに、次はカレーブロックを幾つか加えて蓋をした。あとは出来上がりを待つばかり。松葉はエプロンを畳みながら、紅葉に話しかける。

「お前、練習していたんだな」

「何のこと?」

「いや、さっき、私の指を冷ましてくれただろ。……その、ちょっと気持ち良かったから……」

 恥ずかしげにしつつも、正直に気持ちを述べる松葉の、そうした顔が好きだった紅葉。質問に答えてゆく。

「うん。将来、私も継ぎを残さないといけないから。いつかは、男の人と関わりを持たないとね」

「そうか、そうだな」

「あの時、松葉に男の人ができたって聞いて、嬉しかったよ」

 しかし、こう語る紅葉の大きな瞳は潤んで、声が震えてきていた。

「でも、でもね。いけないと思いながら、私、悔しさも一緒に感じていたの。……松葉が“女”になったって聞いたときは、凄く悔しかったんだよ」

「……紅葉」

「その松葉の大切な男の人は、長年私が一緒にいても、知ることのできなかった松葉の深いところまで知ることが出来たんだよ。―――突然あらわれて、私の前から簡単に奪って行ってしまったんだもの。―――けれど、ね。私、本当に嬉しいんだよ。松葉に、こうして素敵な人がみつかったんだということが……」

 なぜ、私は今こんなことを云っているのか、それは紅葉自身にも解らなかったが、なにかを直感的に察していたのかもしれない。そして、台所を離れてお茶を煎れていた紅葉の頬を、突然と滴が伝い落ちてゆく。

「あれ……? やだ、なに?」

 作業の手を止めて、瞳から零れていくものを、指で拭っていきながら、必死にこらえる。

「なんだろ、これ。どうして今ごろ……?」

「紅葉、お前……」

 そう心配そうに声をかけて、彼女の肩に手をやった。すると、これがスイッチとなったのか、松葉の胸へと飛び込んだ。セーラーのカラーを掴む手に力が入っていき、そして、紅葉は声をあげていった。


 松葉はもう、私の手が届かないところまで行ってしまった。


 紅葉が、松葉の胸の中で、想いをあげていく。

「私、大好きだよ! 松葉のことが一番、誰よりも好きだよ……!! だから、何処にも行かないで!!」

「私だって、紅葉が好きだ。放すものか……!」



 3


 ピンポーン


 と、隠れ家のブザーが鳴ったのを聞いた松葉が、できたての春野菜カレーをお膳に並べていた手を止めて、玄関に向かっていった。扉を開けた時に、その来客を見て驚いたのだ。

「れ、零華……! それに……、煉」

「ほんの少しだけ、お邪魔してもよろしいかしら?」

 笑顔でこう断りつつも、靴を脱いで、二人して強引に足を踏み入れていく。松葉が零華の背中へと、「何しにきたんだ!」と声を投げた。それに足を止めた女は、松葉に少し首を回すなりに、笑いもせずに答えてゆく。

「八千代に逢いにきたに決まっているじゃないの。―――で、知っているなら、どの部屋に居るのか教えてちょうだい」

「それには、答えられない」

「そう……? ありがとう。自分で探すわ」

 首を戻した零華は、再び足を進めていく。これに舌打ちした松葉が、素速く二人の前に回り込んで、立ちふさがった。

「ちょっと待て、零華」

「なにかしら」

「どうしてお前に此処が解った? 八千代を運んできてくれた家とは――――」

 次へと云いかけた松葉の言葉を断ち切るかのように、零華は冷笑を浮かべたのちに、口を開いていく。

「そのくらい私にだって、八千代を運んだ“あの家”がフェイクだったって事ぐらいは気づいていたわよ」

 そうして、三度足を運んでゆこうかとした零華の肩を両手で軽く押さえた松葉は、もう一度だけやめるように声をかけていく。

「ま……待ってくれ、零華」

「なに……?」眉間に、皺。

「頼む。今日のところは、ここで引き返してくれないか。八千代たちはまだまだ全快じゃないんだ」

「貴女の意見なんて、私には関係のないことだわ。―――どきなさい」

「悪いが、断る」

 零華に速答で拒否したその瞬間に、松葉の腹を太い槍で貫かれたような激痛が走ったので、思わず口を尖らかせて躰をくの字に折った。青ざめた顔をあげながら、前方の女を伺ってみると、零華が膝を胸元のあたりまで上げていたのである。なんと零華は、松葉の目にも捕らえられないような速さで、その爪先を腹に射し込んだのだ。

「悪いけれど、こちらは通させてもらうわよ」

 微笑を浮かべて、松葉を蹴り飛ばして壁に叩きつけた。


 隠れ家内の半ばくらいまで足を運んだときに、零華と煉は再び道を塞がれた。八畳間から出てきた紅葉が、半身になって構える。

「さっき玄関で物音がしたとおもったら!」

「そう、私がきたのよ」

「松葉をどうしたの」

「さあー? あの子がヤワじゃなかったら、そろそろ私たちに追いつくんじゃないかしらね」

 零華のその言葉通りに二人の後ろから、苦痛をこらえた顔をした松葉が腹を押さえながら現れて、紅葉の横に並んだ。少し切らしていた息を整えたのちに、目の前に立つ女二人へと吐きつけていく。

「悪いが、何があってもここは通さない。どうしても八千代たちに会いたければ、私と紅葉を倒してからにしてもらおう」

 その覚悟を決めた松葉の言葉を聞いて、零華が小さく嘲りの笑いをみせたのちに、こう述べていった。

「まさか、私と煉が貴女たちの相手をすると思っていたの? 残念だけれども、私は八千代に用があるのよ。―――その代わり、お二方にふさわしいお相手を御用意してきたわ。感謝しなさいよ」

 そう云って指笛を鳴らした直後に、八畳間の障子を蹴り破って現れた二つの影が、零華たちの後ろに並んだ。その二人とは、細面に鷲鼻を持つポニーテールの悟紅さとりこうと、悪戯好きそうな顔立ちでツインテールの鶴嘴黄緑つるはしきみどりだった。それぞれ、括っている位置はトップ。二人は後ろから、各々の武器である青龍刀を取り出すと、それぞれ構える。そして、二本指を立てた零華が脇の二人へと指示を送った。

こう、黄緑。やることは解っているわね……?―――じゃ、私の指示通りにあの二人の始末をお願いね。仕事は速く終わらせなさい」

 薄笑いを浮かべた二人が頷いたのを確認して、零華はその二本指を軽く前にやった。それを合図に、悟紅と黄緑が床を蹴って駆け出していく。悟紅から蹴り飛ばされた紅葉は、障子を突き破って八畳間に入った。黄緑からの跳び蹴りを喰らった松葉が、なんとか交差させた腕で防いだものの、さらに当て身をされて隣りの六畳間へと投げ入れられる。

 そして零華は、煉を連れて八千代たちのいる部屋を目指して行った。




 4


 八畳間。

 身の丈が百七〇以上もある悟紅は、頭ひとつ分低い紅葉を相手に、腕の一部のように青龍刀を操ってゆく。畳を蹴って背面を捕ったときに、紅葉の延髄をめがけて銀の煌めきを走らせた瞬間に、金属音を鳴らして防がれてしまった。それは、紅葉が背中から引き抜いた忍者刀で、悟紅の青龍刀を防御したからである。だが、これは女は予測していたようで、驚くこともなく離脱をして刃のほうを紅葉に向けて構えた。そして、忍者刀を引き抜いた女は、切っ先を悟紅へと向けて身を屈める。

 数秒に渡る睨み合い。

 同時に蹴って間合いを詰める。そして、二人の空間で幾つも打ち合い、散らしていく火花。紅葉が忍者刀で上空を横になぎったら、悟紅は身を沈めて青龍刀で足首を狙って振り回していく。それらから飛び退けた紅葉は、力いっぱいに踏み出して、切っ先で突いてきた。心臓いただき、と、思った刹那。高い音を鳴らして弾かれたのと一緒に、悟紅の踵が槍のごとく腹を突き刺してきた。背中を畳に叩きつけられて呼吸困難を起こすも、すぐさま刀を横に捌いたのだが、振り下ろされた青龍刀から止められる。刃の影から、切れ長の瞳を覗かせるなりに歪ませた悟紅が、さらに力を加えて押しやる。負けてたまるかと、紅葉は食いしばって、忍者刀をあげていった。やがて、己の力負けを察した紅葉が力を抜いて、相手の青龍刀を横に流すと、畳に食い込ませる。肘を腹に撃ち込んで、転がって離脱。そして片膝を突いて構えたら、悟紅もすでに切っ先を紅葉へと見せて構えていたのだ。

 詰め寄ってきた紅葉が走らせた、横一線の軌跡をかわして、悟紅は踏み入れるなりに膝を打ち込んだ。続いて二撃目の膝を叩き込む。トドメに柄の先端部で紅葉の顔面を潰そうかとした時に、忍者刀の腹で防御された。素早く離脱して、青龍刀を真横に捌く。瞬間に、火花が散ってお互いに溜めを作ったその直後。忍者刀と青龍刀との打ち合いを繰り返していき、部屋じゅうに高い金属音を鳴らしていった。紅葉の振り下ろしてきた、袈裟狙いの攻撃を受け止めたすぐさまに、腕を回して青龍刀で忍者刀を跳ね上げるとともに懐へと入り込んで胸板めがけて肘を撃ち込んだ。そして、脚の軸を使い一瞬だけ相手に背中を見せた悟紅が、踵を紅葉の腹に突き刺して吹き飛ばした。障子を破った紅葉は、再び廊下に吐き出される。




 六畳間。

 紅葉が悟紅と刃を交え始めたのとほぼ同時に、こちらの松葉と黄緑も戦闘を繰り広げていた。あっちとは逆に、身長百七五の松葉に対して、十センチ以上低い、ツインテールの黄緑が青龍刀の二刀流で、かかっていく。正確に急所を狙ってくる数々の銀色の閃光から、身をかわしたり退いたりして凌いでいくものの、制服の各所を割いて、松葉の肌に赤い線を走らせてゆく。身を屈めた黄緑が、両腕の青龍刀を振り回していき、松葉の足首と膝を狙っていった。これらの攻撃に足を引いていって避けた松葉は、飛び退けて着地すると、両手で畳を思い切り叩いたその瞬間に、一枚を跳ね上げて、斬りかかってきた黄緑の刃を防いだ。そして、その下の床に隠してあった忍者刀を素早く取って、離れて畳に足を踏ん張る。次に、親指で鍔を弾いて鞘との隙間を故意につくたその直後に、鞘の先端部を黄緑へと向けて、真っ直ぐと腕を振るった。刹那、放たれたその鞘は、黄緑の顔面をめがけて矢の如く飛んでいったが、その目の前で青龍刀をクロスさせられて不発に終わる。だが、それは“おとり”だったらしく、前方を確認したときには既に松葉から踏み入れられていた。真上から振り下ろ

された忍者刀を、クロスしたまま反射的に上げて防御。そして黄緑は、そのまま身を沈めて前後に開脚をすると、鋭角な肘を松葉の下腹部へと叩き込んで、広げた脚を回転して折り畳むと同時に足払いを喰らわせた。松葉の躰は宙で旋回して、落下。

 とっさに起き上がるなりに、片膝を突いて黄緑の刃を次々と弾いていく。畳を蹴って詰め寄り、黄緑をめがけて銀色の閃光を走らせていった。それらの攻撃を、黄緑が片方で防御したのと同時に、残りの片方で青龍刀を振るうという戦法を繰り広げていく。そうして、真上からきた松葉の忍者刀を片方で弾き、身を沈めてもう片方で足下を狙った。これに飛び退けた松葉の視界には、いつの間にか宙に跳ね上がっていた黄緑が。その瞬間、黄緑が全身を槍のごとくさせて、両足を松葉の胸元へと叩き込んだ。松葉は、それを辛うじて腕を交差して防御したものの、蹴りの勢いに押されてしまい落下。

 松葉が素早く身を転がして立ち上がり、刃を前にして構えたその途端に、全身を捻って突き出してきた黄緑の足で腹を貫かれてしまい、障子を破って再び廊下へと吐き出された。




 やがて廊下へと移った戦闘。

 紅葉の忍者刀を弾いて、悟紅が青龍刀を真横に走らせたときに、女を上下真っ二つに斬り割いたと思ったが、それは丸太であった。そうして、悟紅の背後をとった紅葉は、勝利を感じたのとともに腕を横へなぎ払わんと構えたその刹那。ポニーテールの女の“上体のみ”が回転して、それと同時に紅葉の首を斬り飛ばしたのである。

「紅葉!!!!」

 瞬間を目撃してしまった松葉が、悲鳴混じりに声をあげて、動きを止めてしまう。“上体を反転させて”戻した悟紅は、遠くで放心状態の女と目を合わせるなりに、薄笑いを見せて血糊を払い落とした。そうこうしているうちにも、黄緑が二刀流を振るってきて、松葉と打ち合い火花を散らす。そして、忍者刀を横へと弾いたその瞬間だった。身を捻って、一本目の青龍刀で松葉の両腕の肘から下を切断。次に、今度は身を沈めて手首で青龍刀を回しながら、女の両脚の膝から下を斬り離した。四肢の断面から、赤い飛沫を噴き出してゆき、松葉は紅葉との今までにあった事を脳内にかけ巡らせていく。


 長い、長い一秒だった。


 落下して天井を仰いでいた松葉の細い首へと、ツインテールの女がとどめの一撃を振り下ろしたその時に、高い金属音とともに手前で止められたものだから、横に切れ長な目を流して確認すると、ポニーテールの女が下から青龍刀を突き上げて、首を横にゆっくりと振った。悟紅の顔は、黄緑へとこう云っていたのだ。「私たちのやる事は、ここまでよ」と。そして、「仕方ないわね」といった顔をした黄緑が、微笑みを悟紅に向けたあとに廊下の先を見ると、そこには、零華と煉が戻ってきていた。



 5


 時は前後して、松葉が黄緑と、紅葉が悟紅と、それぞれが刃を交えていた頃。零華と煉は長い廊下の角を曲がって、先ほどとは別の六畳間の障子をひいてみたら、二人して片膝を突いて構えていた八千代と真也を発見した。

「零華、なにしに来たの」

「見ればわかるでしょ。貴女に逢いにきたのよ、八千代」

 張り詰めている八千代の問いに、零華は極自然に優しく答えた。お互いに目を見合わせた、八千代と真也の二人は、緊張を保ったままゆっくりと膝をあげていく。この時、零華は八千代との間に、決して打ち破ることのできない分厚くて尚かつ重い質量で作られた、見えない鉄の壁を感じたのだ。旧知の仲から一気に突き放されたかのような差を、直感的に察した零華は、心のさらに奥深い底から悲しみを沸き上がらせていき、それは表情を固くして、四肢の先端部へと震えを生んだ。ここ数日の間に、この二人に“なにかが起こった”のかも、“未経験”である零華にさえ理解できたできた。だが、諦めたくはない。ここで動かなければ、貴女はこのまま遙か遠くへと行ってしまうだろう。

 私の、永遠に一番の貴女。

「八千代。私と来てほしい。―――これ以上、貴女を危険なめにあわせる事なんてなくなるのよ。わ、私の傍にいれば、ずっと……いいえ、もうこの先、貴女が傷つくことなんてないわ」

「な、なに勝手なこと云ってんのよ」

 零華の言葉に、八千代が眉をひそめて切り出していった。

「アタシを危険なめにあわせない? アタシが傷つかずになる……?―――貴女、今までじぶんのクラスメートや部員たちに、その“力”を移しておいて、その上アタシのクラスメートの花と月子を使って殺し合いに仕向けたりして、いったい誰が、いったい何が傷つかずに済むようになるの!? 何が危険じゃなくなるってのよ!!」

 対して、八千代の中から湧き上がってきたものとは、怒り。握る拳に力が入ってゆき、わなわなと震えていく。

「じぶんがやってきた事が解ってんの!? この地球を住みやすいように、より良くしたいだって? 零華のしたい目標があれば、その“地球征服”に向かって突っ走って行けばいいわ。―――そのかわり。アタシは絶対に“そっち側”になんか行かない。全力で、貴女の計画を叩き潰してやるから」

「違うのよ、八千代……」

「何が違うの」

 静かに声を出した零華へと、八千代が語気を強くして投げつけた。それを受けて、零華は言葉をつないでゆく。

「私がしたいのは、“そんなこと”じゃないの。ただ……、八千代に傍にいてほしいだけ。―――だから、ね? お願い。私と一緒に来て」

 この最後に口から出された言葉は、零華に自身も解ることのなかった、八千代に対する最高の想いだったかもしれない。この女の中でいつの間にか、すでに八千代へと旧知の仲以上の感情を抱いていたようである。しかし、無情にもその想いは、次のひと言により完全に断ち切られてしまった。

「嫌だ」

「……え……?」

「嫌だと云っているのよ」

「どうして…………」


「貴女は、アタシたちの敵だからだ!!」


 数秒にも及ぶ沈黙。

 俯いて下唇を噛みしめていったのちに、零華は再び八千代と向き合い、声を出していく。

「そう……。貴女にとって、私は敵なのね……」

「そうよ。―――アタシは、零華に勝つために強くなる。そして、この状況を終わらせてみせる」

「解ったわ。貴女がそこまで云うのなら、私は私なりにいかせてもらうわ。―――そして、八千代。貴女を決して諦めないから」

 こう宣言して静かに踵を返すと、煉を連れて部屋から出てゆこうとして、ふと何かに気づいた八千代から呼び止められると、背中を向けたまま目線をやった。

「なあに?」

「ちょっと待って。零華、本当に、ただアタシに会いに来ただけなの……? さっきアタシたちに、玄関から不審な物音がしたからここで待っていてと、紅葉から云われていたんだけれど。―――松葉と紅葉は、今どうしているの……?」

 その問いかけから目線を外して、八千代に背中を見せたまま、少し強めに答えてゆく。

「そういえば、云い忘れていたわね。―――私と煉は、麻実たちの前で敵対関係になることを宣言してきたばかりなのよ。だから、そのお二人も私たちにとっては敵でしかないわ。…………この意味が解るわよね、八千代」

「な、なんだって……!?」

「そんなに心配なら、貴女たちも私について来るといいわ」

 こう云い残したのちに、零華は部屋から出ていった。



 そして、零華と煉は先ほどの六畳間と八畳間のある廊下へと戻ってきたときには、すでに悟紅と黄緑とに任せた仕事が終わっていた。木目の床に転がる紅葉の頭と、その躰。同じくそこで仰向けで倒れ込んでいた、四肢を失った松葉と、散らばっているその斬りはなされた部分たち。それぞれ二人の断面部分からは、液を際限なく溢れさせて、床に赤い溜まりを作っていた。これらに目を配った零華が、悟紅と黄緑へと微笑みを向ける。

「貴女たち、よくやったわ。私の指示通りにキレイに、終わらせてくれたわね。……本当に、見事なものだわ」

 労いのひと言を二人に贈ったのちに、近づいてくると、松葉のもとまで寄ってきて座り込むなりに抱きかかえる。意識はあるが、何の反応もみせない松葉の顎を指で持って、親指の腹で女の下唇を優しく撫でてゆきながら、零華は静かに語りかけていく。

「松葉、私が解るわよね。そして、これから貴女に何をするのかも。―――私からの“力”を、受け取りなさい」

 そののち、零華は松葉へと口付けを交わした。




 6


 タクシーをすっ飛ばして隠れ家へと着いた麻実は、手際よく代金を支払った。そして家の中に飛び込んで、靴を脱ぎ捨てて廊下を駆けてたどり着いたその現場とは。


 床に転がる紅葉の頭。


 四肢を失って天井を仰ぐ松葉。


「松葉……、紅葉……」

 反応が返ってこないと解っていても、二人の名を呼んでいく。さらによく目を配っていくと、その脇で立ち尽くしている真也と、首を失った紅葉の亡骸のかたわらでへたり込んでいる八千代の姿があった。麻実のに気づいた二人は、ゆっくりと顔を向ける。こちらはこちらで、惨状を見たときに受けたダメージはあったようで、ともに顔に出ていた。やがて、八千代が目線の先の女に、力無く呼びかける。

「……麻実……」

「お、お前たちは、無事だったのか」

 安堵とともに出た僅かな笑みも、すぐに立ち消えた。そして、足を運んでいく。二人のもとにきて向けた麻実のその顔は、縁無し眼鏡の奥のその瞳に溢れさせていた涙と、限りなく強く結ばれた口。座り込んだ麻実は、紅葉の首をいたわるように、そっと松葉のところまで寄せて、そして一緒に抱きかかえた。

「松葉……、紅葉……。すまないが、私は今、お前たちのために泣けない。…………だが、この状況を終わらせることが出来たそのあかつきには、私は、私は、涙の枯れ果てるまで泣き続けられる……!」

 さらに、強く抱き寄せた。

「すまない……。松葉、紅葉」


 床を軋ませる足音に気づいた麻実たちが、その先に顔を向けたら、そこには涙を流している稲穂姉妹を連れた、志穂の姿があった。現場を無言で見渡したのちに、松葉と紅葉を抱きしめている女へと語りかける。

「麻実」

「なんだ……?」

「この子たち、居場所がもう無いの。私たちのもとに置いてあげて」

「……構わん。―――来る者は、拒まない……。飽きるまで、私たちのもとにいてくれ」



 7


 車内移動中の零華と煉。

 しばらく口を閉ざしていた零華が、静かに開いていく。

「煉」

「なあに」

「私、間違っていたのかな」

 膝に置いた両手が、プリーツを強くつかんでいき、声は震えだした。それを受けた煉は、彼女の手にそっと手を重ねて語りかける。

「零華は、何ひとつも間違ってはいないわ。今まで傍で見てきた私が云うのだから、大丈夫よ。―――だから、これからも……いいえ、この先もずっと貴女自身が正しいと思ったことを、続けていくといいわ。私がその零華の姿を、見守っていてあげる」

「ありがとう……煉」

 恋人の言葉を聞いて、それが切欠になってホッとしたのか、あるいは、張り詰めていた気が外されて緩んだのか、一瞬の笑みを見せたのちに、零華は隣りにいる煉の肩に頭を預けてもたれ掛かると、そのまま息を吐いてやがてそれは寝息に変わっていった。そうして、愛しい人の寝顔を見つめていた煉は、優しく頭を撫でたあとに自らも瞼を閉じて眠りに入っていったのだ。




『校内侵蝕〈第一部〉』

 完結




 今まで、このような完全趣味丸出しの書き物にお付き合いしていただきまして、大変ありがとうございました。これで『校内侵蝕』は、第一部は完結を迎えます。

 そして、これから次、第二部もよろしくお願い致します。


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