増やす殖やす
1
放課後。
教室には二人の生徒しかいなかった。
零華が頬を赤らめて、上目遣いに告白する。
「私、前から貴女のことが好きだったの……」
「ほっ、本当かい!? そりゃ!」
それを受けた生徒は、頭のてっぺんまで熱くなったせいか、思わず声をあげてしまった。この女は、鱶涼子という。細面の顔に、険のある目つき。襟足まで伸ばした短髪は、真ん中分け。そして、百七〇の身長を持つが、空手をしているとは思えないほどにモデルが勤まりそうである。それとプリーツは、太股が半分も露出する短さまで詰めていた。
涼子は舞い上がっていたのだ。しかも、校内でナンバーワンの女からの愛の告白。零華を入学当初から一目惚れしていた。空手しか知らない涼子にとって、文武両道な零華は憧れの存在。それは今もって変わらない。そして、嬉しさのあまりに頭が沸騰しっぱなしで、涼子が言葉にできないであた。
「あ、ああ……、うれ嬉しかぜ……。アタシも、毒島の―――零華のことが好きだったんだ……」
「今は、どうなの?」
近づいてきた零華が、そう静かに囁きながら微笑んで、涼子の首に腕を巻いて顔を寄せてきた。
「今だって、零華のことが好………!」
皆まで云うことを待たずに、零華の唇に塞がれた。その瞬間、今まで抑えていた涼子のリミッターが弾け飛んで、零華の躰に腕を巻き付けると勢いに任せて机に押し倒した。
執拗に零華の唇と舌を求めて、吸い寄せて絡ませる。上着から手を滑り込ませて、インナーの上から小振りな胸を揉んでいく。次に涼子が、零華の太ももを撫でながら、プリーツを捲り上げていったその瞬間に、口内を何物かが通過していき、それは二手に別れて、一方は猛スピードで食道を下り、そしてもう一方は上ってゆくと鋭い鈎爪で脳味噌を鷲掴みにしたのである。今までに無かった激痛に、涼子の眼は血走り、こめかみに青筋を立たせた。声をあげたくとも、零華から頭を押さえられて出来ない。その直後、涼子は顔を引き剥がされて、床に叩きつけられた。女の口が歯と歯茎がむき出しになっている。剥がされた時に、零華から唇を噛みきられたようだ。
涼子の唇を飲み込んだ零華が、女の口を片手で塞いで見下ろすなりに、嘲笑してひと言吐き捨てた。
「この私が、貴女を好きなわけがないじゃない」
しかし、涼子はそれでも良かったのである。
2
翌々日の放課後。
化学室で二人の生徒が逢い引きしていた。軽い口付けを幾度も交わしたのちに、お互いの額を付け合って囁くように話してゆく。
「ねぇーえ、りょう……」
「どーした?」
「夏休み、私の別荘で泊まろうよ」
「珠江の別荘か。そりゃあいいな」
龍と呼ばれた女は快く受け入れながら、珠江の腰に巻いていた腕を下ろしてゆき、スカートを捲り上げたその脚の間へと指先を滑り込ませた。そして、空いた手で制服の上から胸を撫でて、白い首筋に唇を這わせていくと、珠江が頬を赤くして上擦った声を漏らしていく。
「んんっ……」
そうして、珠江の肩を抱き寄せると、そのまま黒い机に倒れて今度は深く唇を重ねる。次に指先を使って蜜の溢れる珠江の花を広げたそのときに、勢いよく扉を引いた影が乱入して来た。
龍と珠江は声をあげて驚き、慌てて制服を整える。そして、龍は反射的に言葉を投げつけた。
「零華、手前ぇ何しにきた!」
「何しにって……。強力な人材を集めに来たに決まっているじゃない」
ニッコリと笑みを見せて、零華が二人に言葉を送る。両手を後ろに回して近づいていく。
「実はね、私、貴女たちが必要なのよ。有無を云わずに私に協力してちょうだい」
何という勧誘。
龍がこれにはカッときた。
「ふっ、ふざけるな! 意見もせずに協力する奴が何処にいるかってんだ!」
「馬鹿ね……。今からそんな奴に貴女たちが成るのよ」
「馬鹿はアンタだ。……珠江、出るぞ! バカバカしい!!」
吐き捨てた龍は珠江の手を取って、教室を出ようとしたときに、突然に視界を塞がれて突き飛ばされてしまった。壁に背中を強打して、うつ伏せに倒れる。「りょう!」と、珠江が悲鳴混じりにあげた刹那に後ろから髪の毛を引っ張られて、尻餅を突く。小さく呻いて片膝を突くなりに、珠江は投げ飛ばした女を睨みつけて言葉を投げた。
「零華、どういうつもりなの」
そう云っている間にも、教室に新たな影が六体ほど入ってきて、龍を取り囲むと、その方に首を回した零華が六体にひと言を告げた。
「好きになさい」
「嫌! 龍から離れて!」
素早く立ち上がって半身に構えて、言葉を繋げてゆく。
「あの子たち空手部の子よね。零華、止めてよ! 貴女の云うことなら聞くんでしょ!? 止めさせて!」
「そうね。私の云うことなら聞くわ」
「なら、早く止めさせてちょうだい! もし止めさせなかったら……」
「止めさせなかったら。なぁに……?」
次の瞬間。
珠江は床を蹴って拳を走らせた。その時、零華の腕がすり抜けてきて、珠江の顎を拳が殴りつけて吹き飛ばす。何とか踏みとどまった珠江は、間を置かずに長い脚を振り上げて、零華の頭を狙った。だが、それは虚しく空を切って流れて、零華を懐に招き入れてしまう。そして、背中に腕を巻かれて、完全にロックされる。すると瞬く間に珠江の視界は上下反転して、受け身を取ることも許されずに床に叩きつけられた。
背骨を走ってゆく太い稲妻に、珠江は躰を弓なりにさせる。気管支に詰まった息を嘔吐しながら、身を起こして零華に向き合う。
「近い相手の場合は、まず脚を破壊するものよ」
ほくそ笑みつつ、零華が踵を珠江の腹に真っ直ぐと差し込んだ。背中と後ろ頭を壁に打ちつけて、膝からずり落ちて、珠江はうなだれた。ゆっくりと歩んできた零華が胡座をかいて、珠江の顎を指で持って正面を向かせる。
「馬っ鹿ねぇー。貴女が私に勝てるとでも思ってたの?」
珠江は涙をいっぱい溜めて、前の女を睨んだ。しかし、当の零華には堪えていないようで。
「貴女って本当に日本人形みたいで、綺麗……」
ちょっとウットリとした顔と声で珠江を見つめながら呟いたのちに、女の両膝を無理やり立たせた。すると、女の下着に注目するなりに、零華は笑みをこぼして話しかけてゆく。
「あら? この染みは何かしらね……。お漏らし? いいや、ただのお漏らしとは違うわね」
その後ろでは、六体から肉体を喰い千切られていく龍が悲鳴をあげるも、喉を咬みきられて声が出せない。
「解った。貴女まさか後ろで喰われている口縄を見て、感じているんじゃないの? ほら……」
異様な光景に怯えて震える珠江に同情するどころか逆に、零華は嬉々としながら染みのある膨らみを指で差してゆく。それを赤らめた顔で、珠江が必死に否定した。だが、この零華には逆効果だったようだ。
「んふふふ……、珠江ってエッチね。でも好きよ」
楽しそうにこう吐いたのちに、直後真顔になった零華は立ち上がって隣りにきた鋭い眼差しの女に指示を出した。
「結美、待たせたわね。この子に移してやりなさい」
その直後に、珠江は口から脳へと伝う激痛を味わったのだ。
3
その翌日。
昼休み。校庭から教室へと戻っていた八千代が、二階の踊場の階段を上り始めたところで足を止める。すると、そこには三人の見知った顔がいた。
ひとりは日本人形のような。
ひとりは険のある顔立ち。
ひとりは鋭い眼差し。