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最終話 零華、襲撃!!――前編――

 1


「本日は、お忙しいなかお集まりしていただき、ありがとうございます」


 翌日。

 週末の放課後。

 麻実は家に呼んだ面々へと、この言葉とともに頭を下げた。念の為に、八千代と真也が身を寄せている隠れ家には、客人たちでさえも招いてはおらず、徹底を要している。

 その客人たちとは、ワインレッド色のショートジャケットが特徴的な制服の『私立聖ガブリエラ女学園』から、四人。生徒会長のハンサムな女、眞輝神樹梨まきがみじゅり、三年生。以下、同じ学年の、透き通るような白肌と赤い髪の毛の対比が印象的な、阿部満月あべみつき。名の通りに稲穂色の頭髪と狐顔な、稲荷こがね。そして、その樹梨に付き従うかのように、ひっそりと斜め後ろに座っている蓮華道縁れんげどうゆかりがいた。次に招いた側では、『私立紫陽花女子高校』からも四人。毒島零華、八爪目煉、城麻実。そして麻実の斜め後ろに、風見志穂。以上のメンバーが、麻実の家に顔を揃えていたのだ。木目を浮かせた長四角いお膳には、皆にそれぞれ緑茶とお茶菓子とをふるまわれており、すでにキレイに戴いていた。やがて、ひと息ついたところで、樹梨が零華に切れ長な瞳を流して静かに唇を開いていく。髪質が天然のシャギーがかかっており、声もハンサムな女。

「零華」

「なぁに?」

「お前、とんでもない事をやってくれたな」

 直球である。

 これを受けた零華は、二・三秒ほど黙って斜め前の樹梨を見つめたのちに、軽く瞼を伏せてまた目をやると、口元にうっすらと笑みを浮かべた。

「なんの事かしら……?」

「昨晩、資産家でもある登山家の、野崎公彦を殺害しただろう」

 夜遅くに零華と戦って敗れた公彦は、代々の資産家のうまれで尚かつ登山家としての活動をしていた男。それが明朝のニュースで大々的に報じられて、世間を賑わせていた。樹梨の語りは続く。

「何故だ? これは、お前がここまでする必要があったのか」

「必要があったも何も、この私がするべきことだったのよ。―――あの男は、私を辱めたあとでも、のうのうとした顔で生きていたのよ。当然の報いだわ」

「それは、やはり“あの晩”の事が原因なのか」

「何もかも筒抜けなのね」

 微笑みを浮かべながらも、その中に悲しさを滲ませていた零華を見た樹梨は、一瞬悲痛な顔になりつつも切り直してゆく。

「ひとつだけ云っておくと。本来、零華が何をしようが、私たちは干渉するまでもない。……しかし、今回ばかりは違う。―――あの“生き物の力”を得た今のお前は、何かをやろうと着々に準備を進めていると聞いたぞ。いったい、なんの目的があって組織を作っている?」

「その質問には、お答えすることが出来ませんわ」

 樹梨の問いかけをはぐらかすなりに、麻実と煉の間に正座していた零華は、そのまま引き下がってゆくと、畳に両手を突いて頭を深々と下げたではないか。

「この度、この私、毒島零華ならびに八爪目煉は、貴女がたと敵対関係になることを、此処に宣言いたします」

 そして、面を上げて冷笑を見せた零華の後ろに煉がついたのちに、立ち上がった。

「そして今から、その証拠をお見せして差し上げましょう」

 零華の指笛とともに、部屋の障子と襖が静かに開けられて、多数の紫陽花女子高校の生徒たちが入ってきたのだ。それを見た樹梨たち全員が、構えながら立ち上がってゆく。



 2


 部屋に踏み入れてきた零華が呼んだその面々とは。

 まずは紫陽花女子高校柔道部主将、山椒真魚さんしょうまなと、その副主将の蝦蟇口温子がまぐちあつこ。次に零華が主将と部長をつとめる空手部から、副主将の大空燕おおぞらつばめと、部員の一文字隼美いちもんじはやみ鷲尾嶽子わしおたけこに、鷹爪翔子たかのつめしょうこ。そして、鱈場伽寿美たらばかすみ伊勢蝦菜いせえひな。あとは、稲穂姉妹の専属手下である、明恵、小百合、馨、操子、由夏、峰子が加わる。続いて、弓道部副主将の蜂巣蜜恵ほうすみつえ。煉の所属する合気道部からは、部員の戸陰ハガネに大竜緑子おおとかげみどりこ。最後は、稲穂姉妹と鬼山銀。以上のメンバーであった。しかも、全員が揃って細身。出揃った我が部下たちへ首を回したのちに、微笑みを向ける。

「じゃ、そういうことで。貴女たち、後はよろしくお願いね」

 そうひと言を告げて踵を返して、部屋から出て行く。一瞬だけその人数に圧倒されていた麻実が、零華と煉の後を追って駆け出した。この時、麻実の中で、直感的に胸騒ぎがとどめなく濁流のごとく流れてきて、そして鼓動は焦りを伴って大きく鳴らしていったのだ。そして、廊下に出ると声を二人の背中へと投げた。

「待て!―――零華、お前、樹梨たちに反旗を翻すなんてどういうつもりなんだ」

「どういうつもり、ですって……?」

 麻実に振り返るなりに、口の端を歪めて答えていく。

「昔の貴女と、似たようなことをしたまでじゃない」

「私と、似たような?」

「そう……。貴女は八年くらい前に、志穂と松葉と紅葉を引き連れて、煉のもとから去って行ったんですってね」

「―――あれは、あれは、八爪目家の人非人にんぴにんなやり方に異を唱えたまでだったんだ」

 零華と話していた麻実は、拳を強く握りしめて、その腕に震えが来ている。その女の様子を黙って見ていた零華だったが、それを解った上で再び語っていく。

「理由がどうであれ、貴女は大切な人の前から姿を消したのよ。そして今、こうして私たちの前で反旗を翻して活動しているのではなくて……? 麻実。―――いいえ、本来はこうお呼びしたほうがよろしいのかしら……ね? 八爪目那智やつめなちさん」

 城麻実は、もともと八爪目家の娘であった。その名は、八爪目那智。さらに零華は声を繋げてゆく。

「ただし、私は異を唱えることには口出しなんかしない。しかし、貴女は、何よりも唯一の妹であるこの煉を裏切ったのよ。―――けれども、そうしてまで敵対したのは、麻実なりの理由があったんでしょう」

「ああ……」

「でしょう? そういうことで、私も私なりの理由があって貴女たちに敵対したまでじゃないの」

「じゃあ、質問を変える。……お、お前のその理由っていうのを、聞かせてくれないか……」

 麻実の問いに、零華は軽く鼻で息をすると答えた。

「さっきも樹梨たちの前で云ったよね。その質問には、答えられない、と」

 こう返すなりに、再び麻実に背を向けて歩き出した。

「待て! 零華!―――いったい、どこに行くつもりだ」

 そう声を投げつけた麻実の息は熱を持って、吐き出されていく。今度は背を向けたまま、零華は静かに告げた。

「私が行くところって、だいたい見当がつくでしょ」

 そうして、麻実の前から歩き去っていく。やがて玄関で二人を待っていた、二学年下で小柄な啄木紅子きつつきべにこに目を合わせて、零華が優しく声をかけた。

「待たせたわね、紅子。―――あの二人に知らせてくれるかしら。麻実の隠れ家に向かうようにと。お願いね、頼んだわよ」

「はい、解りました」

 そう返事をしつつ二人とともに表へと出た途端に、紅子は両腕を目いっぱいに広げて青黒く巨大な翼を生やして、羽ばたいていったのだ。



 麻実が部屋に戻ってみると、各々は臨戦態勢に入っていた。

「どうした? 随分と腑抜けなつらをしているじゃないか」

 樹梨から声をかけられて、麻実は周りを見渡す。

「どうして、連中は仕掛けて来ないんだ」

「どうしてか? そりゃあ、お前たちが余計な動きを見せない限りは、アタシらも手は出さないさ。―――ただし」

「ただし。……なんだ?」

 山椒真魚の声に麻実が尋ねてゆくと、すでに刀を腰に差していた稲荷こがねの横槍が入ってきたのだ。

「麻実ーー。答えは聞くまでもないんじゃないの。たった六人の私たちを相手に、この人数。念が入りすぎているわね」

「どっちにしても、零華さんは初めから私たちとこうなる事を考えていたのではなくて? ねぇ、こがね」

 そう云った阿部満月の両手は、適度に脱力をされていた。

「そういうことさ。私たちは貴女がたについて行く気などは、毛頭ない。ついて行く人は零華、ただひとりだ」

 こう答えながら一団の前に歩いて出たのは、鬼山銀。

「だから、それ以外の人間ならびに敵対する輩たちならば、零華からの指示のままに躊躇なく消せる」

「随ーー分、ご立派よね」

 志穂が袖を捲りながら口を挟んできて、銀に目線を向ける。

「麻実。貴女、零華を追いなさい。ここは私たちに任せて」

「志穂……?」

 目を剥いて驚く。

 だがこの志穂には、なんらかの自信があるようだった。

「大丈夫。―――まさか、こんな怪人大軍団に私たちがやられるとでも思っているの……?」

「……いいや」

「なら、なおさら行きなさい」

 長年連れ添った友のその言葉に、麻実は目を瞑って歯を食いしばって拳を握りしめていく。そして、見開くなりに決意した顔で告げた。

「すまない。ありがとう」

 部屋から駆け出して、隠れ家を目指していったのだ。すると、その直後に、銀が志穂たちに瞳を流す。

「動いたな?」

「ええ、動いたけれど。それが何か……?」

「よし。私は、この女をやる。そしてお前たちは、そこの客人たちをやれ」

 女がメンバーへ指示を送ると、再び志穂から声がきた。

「銀。こうまでして、この私と一対一サシの勝負がしたいのね」

「当たり前だ」

「嬉しいわね」

 そう受け答えを交わしてゆき、二人は庭へと出て行く。



「零華、待って」

「松葉と紅葉のところに行くのよね。私たちにあの二人を倒させて」

 門を出たところで背後から呼び止められたので、振り返ってみると、そこには稲穂姉妹がいた。これを見た零華の顔は、たちまち厳しさを露わにさせていったのだ。

「翠、茜。なんで抜け出してきたの。私は貴女たちに云った筈よ。あの屋敷にいる麻実たちを倒してちょうだい、って……」

 愛しい人の発していく威圧的な声と表情とに戸惑いを覚えながらも、翠と茜は訴えてゆく。

「わ、私たちは零華に着いていきたい」

「お願い。一緒に行かせて」

「今度は確実に、確実にあの二人を倒してみせるから」

「ね、零華……」

 だが、その愛しい人からこの姉妹へと吐き出された言葉は、残酷なものだった。

「“今度”は無いのよ」

「……え」

「あの時点で始末できなかった段階で、貴女たち姉妹の役割は終わったわ。もう、松葉と紅葉に何もしなくてもいいの。…………第一、私の指示通りにひとつも動いてくれなかったじゃない」

「そ、それは、あの時は仕方なかった。パトカーや野次馬が集まりだしていたから……それで」

「でも、その後日にだっていつでも隙を突いて松葉と紅葉を襲えた筈よ。何故、そうしようとしなかったの」

 眉をひそめながらも訴えを続けていた翠の言葉を、零華が断ち切った。

「その上、茜は二人に仕掛けることもせずに、八千代をあんな目に……。―――オマケに、花と月子から出し抜かれたじゃない。あの子たちは、いい働きを見せてくれたわ。……全く、何のために私が貴女たち姉妹を特殊クラスに置いたのか、考えてもみなかったのね」

「ごめん、零華……。でも」

「でもも今からも要らないわ。それにもう、私は、翠と茜に期待していないの」

 揃えて云いかけた翠と茜にへと、更にひと言を叩きつけた。

「残念だけれど、松葉と紅葉を倒してもらう人たちは別に用意してあるの。解ったわね? あとは、あの屋敷に戻って、銀たちのお手伝いをしなさい」

 そう最後に冷たく云い放つなりに、零華は煉を連れて麻実の屋敷から遠のいていった。いろいろな衝撃を受けて、言葉を失った翠と茜は、ただ立ち尽くしていたのである。




 3


 再び、麻実たちのいる部屋に戻る。

 真魚のひと声とともに、一団が一斉に飛びかかってゆく。こがねを狙って踏み込んだ温子が、襟を掴もうかと鈎手を突き出した時に、鞘で弾かれてさらに横っ面を叩かれた。温子を切り抜けて、燕の懐に潜り込みざまに、柄で腹を刺して当て身を喰らわせる。吹き飛ばされてゆく燕を避けて、緑子がこがねの間合いに踏み入れたその刹那に、銀色の光りが煌めいて、腹を斬り裂いた。腸を噴き出させながら倒れ込む緑子を蹴り飛ばして、こがねは次の標的のエリアへと入るなりに、鞘から引き抜いて銀色の閃光を下から上へと走らせたその時。甲高く噛み合った金属音を響かせたのだ。こがねの刀を防いだ相手とは、右腕をチェンソーに変えた戸陰ハガネだった。虹彩を蜜柑色に光らせて、瞳孔は縦に細くなり、剥き出したその歯は全てが鈍色にびいろになって尖っていたのだ。チェンソーの陰から歪めた瞳を覗かせて、こがねにひと言。

「バケモノだね、あんた。躊躇い無しに緑子を斬り捨てるなんて」

「私がバケモノ? 貴女たちだって、人にそんなこと云えんの? なんなら鏡貸してあげよっか」

「残念だけれど、あいにくアタシ自身の顔は、よく知っているわ」

 そう云い括ったのちに、ハガネは舌なめずりをすると、刃を回転させてゆく。凌ぎを削り合い、火花が散る。暫く、お互いに踏ん張りあいを続けて、高い金属音を鳴らして二人は離脱すると再び畳を蹴って詰め寄った。ハガネが横から振るってくるチェンソーを刀で弾いてかわした直ぐに、こがねは切っ先を相手の胸板めがけて突き出してゆく。火花を散らして、退避したハガネは、今度は唸りをあげながらチェンソーを繰り出していった。確実に急所を狙った刃が、回転とともに雄叫びをあげてあらゆる方向から斬りかかってくるのを、こがねは刀で弾き返したり避けたりしながら、反撃の機会を窺ってゆく。そして、チェンソーと刀を深くかち合わせた瞬間に、こがねが小手を返してそのまま斬り上げた。次に、すかさず腕を真横に払って、鞘に本身をおさめたその直後に、ハガネの右肩からチェンソーごと腕が離れて、首は体液を擦れ合う音を鳴らしながらズレて落ちたのだ。ひと息ついた瞬間に、風の音を聞いて、こがねは飛び跳ねた。その低空を狙ってきた物とは、脊髄のあたりから生やした緑子の尻尾。その水銀の鞭は、こがねの足下と腹と首とを切断せんとばかりに、緑子が三回転スピンをして次々と横に振るっていく。だが、軽々しくステップを踏んでいったこがねにより、三撃すべてがかわされた。そして、緑子は隙を突かれて懐へと招き入れてしまったその瞬間に、こがねが体当たりざまに本身を引き抜いたのだ。緑子の躰に刃がめり込んで、肉を断つ。こがねは相手を蹴り飛ばして離脱するなりに、大きく踏み入れて、袈裟から斬り下ろした。橙色の眼を剥きながら、緑子の躰が斜めに割けていったのである。そして、こがねは刀に付いた血糊を払い落として、周りで身構えている敵の面々を見渡したのちに、ひとつ呟いた。

「主よ、穢れたこの者達の魂を清めたまえ。アーメン」

 その祈りの終わりと同時に、蝦蟇口温子が瞬く間に上着を裂いて喉と胸元とを大きく膨らませ、開いた口内の両端から二種類の液を射出した。それらが宙で交わるなりに、赤々と炎を巻き上げて、こがねに迫り来る。女がこれを回避。幾つも繰り出してくる、温子の放つ炎から飛び退けたその時に、こがねは女の頭上を越えてその背面を捕った。そうはさせるかと、踵を返した温子が喉と胸元とを再び膨らませたまさにその刹那に、銀色の閃光が斜めに駆け上がった。すると、忽ち、その割けたところから液を溢れさせていった温子の躰は、赤く眩く覆われてしまい、のた打ちながら庭に飛び出した。燃え盛る女を蹴り飛ばしたこがねが、すかさず躰を後ろに回して、横一線に捌いたのである。そして、こがねの背後に回り込んだ途端に、大空燕は首と躰を切り離されてしまった。



 4


 こがねが四人を相手にしていた、そのさなか。

 透き通るような白肌と、赤味のある髪の毛を持つ女、阿部満月は、廊下に出て稲穂姉妹の専属部下たちと戦っていた。その女を見ていた馨が、息を飲む。

「阿部満月さん。貴女を噂には聞いていたけれど、この女の私でも、ちょっとその魅力にどうにかなりそう」

「あら? ありがとう」

 礼を返して、小さく「ふふ」と、にこやかに笑う満月を見るなりに、六人が六人とも鼓動を高鳴らせてゆく。これは、ちょっとどころではなく、かなり危険な魅力を備えており、極端に云ってしまえば、この女の為ならば己を破滅させても構わないという、魔女を思わせる美しさを生まれながらに持っていたのだ。

 数秒の静寂。

「アンタたち、なにやってんのさ!?」

 馨たちの後ろから、その空気を断ち切った叫びをあげた明恵が、腰に両拳を添えて意識を集中していく。すると、たちまち明恵の団栗眼は緑色に輝き、下顎は縦に割けて、四肢の先端はそれぞれ昆虫の外骨格のごとく装甲化して、最後は額から触角を突き出したのだ。そんな明恵に触発されたのか、他のメンバーも一斉に変化をして、目の前の敵へと拳を構えた。明恵、馨、小百合、操子、由夏、峰子の六人のその姿は、とある生き物を連想させた。


 イナゴ


 そして、六人が群をなして満月へと飛びかかってゆく。

「貴女たち、全力できてくれるのね。歓迎するわ……」

 小百合と操子の蹴りを弾いて踏み込んで、それぞれの顔に手を被せるなりに、一気に床へと叩きつけた。雄叫びをあげながら、飛んできた馨が膝を打ち出してくる。すると、首を傾げて満月にかわされたその時に、襟を掴まれてしまい、馨は背中ごと床に投げつけられて呼吸困難になる。側転してエリア内にきた満月の頭をめがけて、明恵と由夏がフックを繰り出した。だが、当の満月はニコッと微笑むと、頭を下げたて二人の拳を捌いて流すと交差させる。そして、お互いの拳は胸板に炸裂して、明恵と由夏は己の技に自爆。次に満月は、峰子の数々の繰り出してゆく蹴りを避けていき、難なくその懐に入って当て身で吹き飛ばし、そして顔を踏みつけた。起き上がりざまに横に振るってきた、明恵の脚から身を沈めてかわすなりに背面を捕って、首と頭に腕を巻きつけた途端に、ためらいなく捻りきる。続いて由夏が、飛び蹴りを繰り出してきた時に、満月は躰をずらしてやり過ごすと、着地した女の背中を踵で突き刺した。そして、転倒してさらされた由夏の延髄をめがけて、踵で踏み砕いたのだ。遠くで息を取り戻した馨は、床を蹴って満月へと突進してゆく。そうして、満月のエリア内に入った瞬間に、数々の拳と足を打ち出していった。だが、それらは全て余裕でよけられてゆき、しまいには満月を己の懐に招き入れてしまい、首に腕を巻かれてそのまま折られてしまったのである。

 ここまでやっておいて、満月は、この連中がこの程度では死なないと理解していた。零華から“生き物”を移された面々が、肉体の再生が速いことは麻実から既に報告を受けていたからだ。回復というか、自己治癒の速度が遅い場合もあれば、ほんの数秒で終わる場合もある。で、今回のは、遅れさせる方を狙って、全て頭部と頸椎とを破壊した。それは、この連中の役目が、ただたんに零華と煉の時間稼ぎであろう事がじゅうぶんに察知できたのだ。あとは、麻実たちの無事を祈るのみである。



 5


 山椒真魚を含めた六人を残して、それぞれが志穂と満月とこがねとに挑んで散った場には、眞輝神樹梨と蓮華道縁との二人のみだけいた。

「縁。悪いが、お前は聖マリアンナ女学院のお三方に、この状況を知らせてくれ。―――零華と煉が我々に敵対関係を宣言したと」

「それは構わないけれども、貴女ひとりで大丈夫なの?」

「心配することはないさ」

 その声を聞いた縁は、満面の微笑みを樹梨に見せるなりに、部屋から出ていく。縁を逃がすかと前に出た鱈場伽寿美と伊勢蝦菜を見た樹梨が、すかさず立ちふさがった。

「おっと、紫陽花のお嬢さん方。貴女たちの相手は、この私だ」

「た、大した自信だことね。貴女、まさか私たちが、普通の女の子だと思って戦うつもりじゃないかしら……?」

 伽寿美の問いかけに、口の端を釣り上げた樹梨が答えていく。

「私にとっちゃ、貴女たちは“普通の女の子”となんら変わらないの」

「ぐぐ……!」

 悔しさを顕した伽寿美と真魚たちは、身構えて、樹梨へと吐きつけた。怒号をあげたのは、真魚。

「眞輝神家の武術がなんだってのよ! しょせんは“人間前提”の戦術でしょ! 私たちの“力”を舐めるな!!」

 それと共に、一斉に駆け出した面々に向かって、その中へ樹梨が飛び込んでゆく。七人の群に入りざまに、一文字隼美の喉に腕を叩きつけて、そのまま沈み込むと首を破壊した。そして、伽寿美と蝦菜の足を払って立ち上がると、鷹爪翔子に抱きつき背中をそらせて、高角度の裏投げを喰らわせる。そのあと、素早く馬乗りになった樹梨は、翔子の喉をめがけて肘を叩き落とした。女から離脱したところで、鷲尾嶽子から幾つもの肘と拳とを打ち出されてゆくが、樹梨はそれを身軽に捌いていき、あっという間に相手の懐へと入り込んで、小手を掴むと同時にお膳に後ろ頭を叩きつけたのだ。次に、伽寿美と蝦菜とが繰り出してきた二つの拳を捕まえるなりに、捻りあげたのちに、前にやって肘を顔面に打ち込む。それから、蹴り上げた踵で蝦菜の喉を砕いたあとに、さらに踏み込んで、伽寿美の顎に手をやった途端に脳天を畳に叩きつけた。その速さに戸惑っていた真魚と蜂巣蜜子に気づいて、顔を向けた樹梨が声をかける。

「ご自慢の“力”を見せることなく、この有り様だ。―――どうする、お二方……?」

「どうするも何も、やるしかないのよ!」

 そう叫んで返した真魚の突き出した両腕から、筒のような物が盛り上がると、その穴から液をジェット噴射した時に混ざり合って、赤々と輝く炎を表した。その攻撃をかわした樹梨は、蜜子の懐に入るなりに繰り出された拳を流して、頭に腕を巻きつけて捻りあげる。再びきた炎を避けてお膳を盾にすると、そのまま突進していき、真魚を壁とサンドイッチにした。次は、勢いを付けて当て身をするなりに、壁をぶち破って廊下に倒れ込んだ。そして、最後は裏返ったお膳ごと踵で思い切り叩きつけて、真魚の頭を潰したのである。




 6


 場所は変わって、零華の呼んだメンバーが、樹梨たちへと襲いかかったのとほぼ同時刻、鬼山銀と風見志穂は屋敷の屋根の上で向かい合っていた。二人とも春の風に長い髪を靡かせて、見つめ合っている。そして、その沈黙を破いたのは、銀の吐き出した言葉であった。

「私はアンタが羨ましかった。……そして、好きだった。―――だが今は、とても憎い、この手で殺してやりたいんだ」

 この告白を聞いた志穂は、微笑みを見せて、顔に纏わりついた髪の毛をかきあげる。

「そこまで貴女に好かれていたなんて……。―――でも、悪いけれど、私はその気持ちには応えることが出来ないわ」

「そんなのは、承知の上だ。……だからこそ、全力でいかせてもらう」

「いいわよ、銀。受け止めてあげようじゃない」

 志穂のひと言ののちに、ニヤけた銀が構え始めてゆく。両腕を平行にして斜め上にすると、左から右へと回して、拳を腰に添えて左腕をそのまま伸ばしきった。するとたちまち、女の眼は青緑に変色して、額を突き破って触角が現れて、四肢の先端がそれぞれ昆虫のような装甲へと変わり、鎖骨のあたりから白い羽を生やして変化を終了したのだ。

「待たせたな……」

「ええ。本当に待ったわ」

 銀が息を短く吐いて、志穂へと飛んでいく。羽音を立てながら突っ込んで、蹴りを喰らわせた。だが、それを志穂は腕を交差して防ぐ。しかし、銀の攻撃はこれからであった。志穂の腕で跳ね上がると、そのまま宙で反転して、拳を真っ直ぐと撃ち込んだ。瓦を幾つも舞い上げながら、志穂は吹き飛ばされてゆく。先ほど喰らったパンチが、腕の骨を軋ませる。あと一回も受ければ、この腕は使い物にならなくなると思いつつ、志穂は嬉しさを噛みしめていた。銀の本気が、私の腕を通して伝わってくる。再び、銀が宙に舞った時に、志穂も跳躍して蹴りを放った。やがて、二人の脚は打ち合って鈍く重い音を鳴らして、交錯したのちにお互いに背中を向けて着地。そして、片膝からゆっくりと立ち上がり、再び向かい合う。すると、突然に枝が折れたような音を立てたかと思うと、銀の顔のみが天を仰いだ。そうして、今度はそのまま後ろへと倒れ込んで、屋根を転げ落ちていった。風見志穂が、鬼山銀を打ち破ったのだ。




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