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ヘッジホッグ&サンラーサン

 1


 志穂が波沙美と足技で闘いを繰り広げていた頃、真也は二四時間営業のファミレスの駐車場へと入り込んでいた。

 志麻子から繰り出されてくる幾つもの拳を、真也は受けて払って流してゆき、踏み込んで拳を真っ直ぐ打ち出した。それを志麻子は叩き除けたすぐに、踵を軸にして回転してバックハンドを放つ。とっさを身を落とした真也の頭上を、志麻子の拳が風を斬って通過した。そして、真也は志麻子の空いた脇腹をめがけてタックルをかまし、突き飛ばす。黒い軽自動車に背中をぶつけて、志麻子は尻餅を突く。直後、息を着かせる間も与えずにアリスから真正面から組み付かれた。確実にロックされたアリスの腕は、両側から真也の肩を絞め上げて、押さえつけている胸が女の呼吸を圧迫してゆく。歯を食いしばりながら、真也はアリスを睨み付けた。

「ふ、ふん。それでアタシを絞めているつもりかよ」

「強がんな。ボケ!」

「いやなに、ただな、アンタの“おっぱい”に押し付けられて気持ちいいってだけだぜ」

「はぁあ!?」

 真也の言葉に片眉をあげて顔をしかめたアリスが、その女の額に頭突きをかました。肉と骨とがぶつかり合う鈍い音を鳴らす。

「こんな格好で何云ってんのよ!? アタシの“おっぱい”がどうしたってか? 馬っ鹿じゃねーの」

「そのー、なんだ。アンタ“それ”でいったい何人の野郎のアレを挟んできたのかなぁー、なんて失礼なこと考えちまってさ」

「な ん だ っ て!!」

 その言葉がアリスの怒りに触れたらしく、女は脳天まで熱くなった。と同時に、一瞬、ロックしていた腕の力が緩んだ。これこそ真也が狙っていた事である。その隙を狙い、絞めつけていたアリスの腕を広げて、密着していたお互いの躰の隙間に真也が両手を滑り込ませた。そして、アリスの胸の間から腕を出して、顎を手で押しやる。もう片方の拳は、相手の腹に添えていた。「しまった!」と、察したアリスだったが時既に遅く、真也が踏ん張っていた足で更に地面を踏みつけたその瞬間、直下型地震並みの音を鳴らして女を吹き飛ばしたのだ。向かいの壁に背中を強打した時に、アリスは躰を弓なりにさせて大きな痙攣を起こしたのちに、シルバーの自動車のルーフに落下した。

 息を切らしながら、真也が倒れ込んだ二人へと吐き捨てる。

「二人がかりでそんなざまかよ!? ちったぁ身ぃ入れて来いや! ああぁ!?」

 ふと志麻子の構える姿が視界の横に入ったので、そっちに首を向けたら、女は肩を出して踏ん張るという姿勢になっていた。そして、志麻子の黒髪が逆立ってゆき硬質化して針金の如くなったのだ。その間、ほんの一秒。この一秒で真也はどこへでも逃れることのできた筈であったのだが、その異様さに思わず足を止めてしまった。そして、志麻子の髪の毛が黒い槍となって発射されてゆく。狙うは、真也の左胸。それらは容赦なくいくつもの髪の毛が真也の躰を貫いて吹き飛ばし、叩きつけた柱ごと貫通して女を張り付ける。構えを解いた志麻子は、そこに目線をやって薄笑いを見せるも、すぐに悔しい顔に変わった。それは、貫いたのは真也の左胸でなく、左肩と左腕だったからだ。真也は射抜かれる寸前に、反射的に躰をずらしていた。そして、柱に右手と両足をついて力を入れてゆく。頭も前へ前へと出して歯を食いしばり、こめかみには青筋が浮き出てきた。

「ぐああぁぁぁっっ!」

 腕と肩の傷口から赤いものを噴き出しながらも、お構いなしに真也は志麻子の髪の毛から己の躰を引き抜いていく。熱いものが左半身を内部から焼いていくような感覚を味わいつつ、やっと脱出して着地した。

 それを見ていた志麻子が呆れていたのだ。焼ける痛みに顔をしかめつつも、真也は貫かれていた腕の神経を確認していた。

 ―親指うごく。小指うごく。中指は辛うじて無事だ。肘も曲がる。よし、イケる!――

 そして、志麻子をめがけて地を蹴った瞬間、アリスから体当たりを喰らって深緑の外車のボンネットに激突した。アリスは車のルーフから、真也を狙って滑空してきたのである。窪んだボンネットで真也に馬乗りになったアリスが、拳を次々と浴びせてゆく。

「二人がかりで何だって? ああぁっ!? 糞女!!」

「手前ぇらが雑魚だって云ってんだよ!」

 雨の如く振り下ろされてゆく拳を突き抜けて、真也の拳がアリスの顔面に炸裂した。メチっと鼻柱の砕ける音。その隙を突いて、真也がアリスの股下から膝を入れて蹴飛ばした。ボンネットから降りた途端に、今度は志麻子の拳を喰らう。そして、真也が志麻子にお返しの拳を喰らわせる。こらえて踏みとどまった志麻子から胸倉をつかまれて、拳で腹に重い一撃が叩き込まれた。一気に鉄の臭いが鼻まで駆け上る。その吐き気に耐えた真也は、躰を捻って肘を志麻子の横顔に叩きつけた。二発、三発と肘打ち込んでゆく。脳は揺され、口内を切られ、それでも志麻子は真也の胸倉を放さなかった。真也の前蹴りが腹に叩き込まれて、志麻子は躰を折って吹き飛んだ。そして、真也は次の一手を出そうかと歩き出した瞬間に、アリスから後ろをとられてしまった。強固にロックしたアリスの腕が、肋骨を砕く勢いで絞めていく。両脇から弾け飛ぶ稲妻のような痛みに顔を歪ませるが、真也は耐えた。

 蹴飛ばされていた志麻子が起き上がり、真也の前までくるなりに拳を頬に二撃浴びせて、腹に一発おみまいする。次は、両手で襟を掴んで鼻先が触れ合うところまで顔を近寄せたのだ。

「冥土の土産にその唇を奪ってやろうか!!」

 そして、志麻子が真也の唇を力強く吸っていく。強引に舌を絡ませていくなかで、お互いの血が混ざり合う。やがて離れた時は赤い糸を引いていた。志麻子が歯の間から赤いものを滲ませながら、口の端を釣り上げて声を投げる。

「ずいぶんと鉄臭いわね」

 そして、己の唇に付着した液を舐めとっていく。今度は真也がアリスの絞め技に呻きながらも、志麻子の顎をとって吸い付いたのだ。二秒に渡って深く深くキスをして、そして離れた。

「奪うのはアタシのほうさ」

「ちく、しょう」

 屈辱を受けて志麻子が震えだしたときに、真也の踵が顎を蹴り上げた。そして次は、後ろで絞め続けているアリスに腕を回して、両目に親指を押し付けてゆく。口から血を散らしながら、真也は叫び声とともにその指先へと力を集中していった。

「んがあぁぁぁっ!!」

「あぅっ!」

 眼に親指がわずかにめり込んだ瞬間、アリスの力が緩んだ。その隙を逃さず真也は腕のロックを解いて後ろへと身を捻り、アリスの横顔に肘を叩き込んで脱出。相手に痛がる時間を与えることを許さず、真也は片脚を軸にして回転し、踵をアリスの腹に射し込んだ。次に軸足を使って真也が脚を振り上げた時に、アリスは飛翔して離脱。そして、柱の天井付近にしがみついた。力を溜めるだけ溜めて、柱を蹴る。空間を猛スピードで滑空してくるアリスの姿は、まるでロケットだった。真也は、それを真正面から受け止めて柱に激突する。背中からくる衝撃波により、一瞬のみ呼吸が詰まったものの、構わずにアリスの頭に腕を巻き付けた。

 そして、締め上げる。

 捻りも加えてゆく。

 まるで、万力だった。

 頭蓋骨の両側からじかに伝わってくる圧迫に、アリスは声にならない叫びをあげていく。真也が容赦なく力を加えてゆき、踏ん張りをきかせて身を仰け反らせたその時だった。ブツッ、と音を立ててアリスの首が神経も肉も骨も断たれたのだ。絞めていた真也の腕を剥がさんと掴んでいた手の力が無くなり“だらり”となり、気張っていた脚の力も消えてガクッと膝から崩れ落ちた。



 2


 志麻子が片膝を突いて身を起こした時に、爆音を聞いたので、思わずその方に顔を向けた。燃え盛る車の上の人影を見たとき、志麻子はそれが誰なのか直感した。解っても嫌だった。平面を保っていた心の水面が、大きな泡を出して弾ける。そして、それは再び膨らんで弾けることを繰り返してゆくと、今度は段々とトドメなく頻繁に起こっていき音も増大していったのだ。そのことは、志麻子の鼓動とシンクロする。

 握った拳が震えだし。

 動悸はあがり。

 息も小刻みに吐いていく。

 そして、志麻子の中で何かが弾け飛んだ。


「死ね! みんな、死ね!!」


 片膝を落として躰を丸めた瞬間に、志麻子の背面は膨らんでライダースーツを破いて現れたのは、無数の黒い体毛が槍のようになって全方位を狙っていたのだ。それに気づいた真也は、アリスの亡骸を投げて非難しようと地を蹴った。そして、志麻子の黒い槍が発射されていく。女の躰から、武器が全方位にわたって発射されて、ありとあらゆる物を突き刺してゆく。それは、ファミレスの駐車場にとどまらず、店の床を突き抜けて内装を貫いていき、さらには停めてある全ての車も蜂の巣にした。通行人や店内の客に従業員たちに、走行中の車や停車中に至るまで。その攻撃は志麻子が感情の高ぶっている限りは、やまないのだ。やがて、周囲の物を貫き通したきった時には、おさまっていた。息を切らしながら志麻子は身を起こしていく。完全に立ち上がって見渡し始めたときに、躰の前に着いていたライダースーツの残りがバナナの皮がむけるように剥がれ落ちた。志麻子は、周りを突き刺した無数の黒い髪の毛が覆う中でその白い裸をさらしていたのだ。その武器は役目を果たしたのちに、しなびいて普通の髪の毛へと戻っている。

 女は数歩ほど進んで止まると、気配を感じて見渡した。そして、手前の車に飛び乗ってルーフの伝いに移ってゆく。四台目のルーフで足を止めて、確信した。ここに真也が身を潜めている、と。

 そのとき。

 志麻子の前に、車下から影が飛び出してきた。先手必勝と黒髪を逆立てて、その影を射抜いて柱に貼り付ける。しかし、それは、真也のライダースーツを着たチャイルドシートであった。これを見た瞬間、志麻子はこれから何が起こるのかを悟って、後ろを振り返った。車下からタンクトップとパンツ姿の真也が飛び出して、狭い空間で窓を蹴って三角跳びを敢行して志麻子に組み付くと、さらにはルーフを力強く蹴って跳んだ。速度を増して落下していくその先には、荷台が空の軽トラ。荷台の縁に延髄が触れた瞬間に、志麻子の首は躰と切り離された。相手の躰をクッションかわりにして落下した真也は、地面に転がりうつぶせになる。息は切れて、視界も霞んできたらしい。すると、志麻子の首が転がって横切っていき、離れたところで止まった。真也が食いしばって起き上がるその背後で、志麻子の首は瞳を動かして唇をかみしめる。

 真也は後ろで、水銀の滴が背骨にそって流れ落ちるものを感じてとっさに踵を返すと、そこには志麻子が首になってもなお髪の毛を逆立てて、今にも全方位発射せんと構えていたのだ。しかし、先手を打ったのは真也。既に出していたスプレー缶とチャッカマンを同時に発射した。その炎は、志麻子の頭に巻きついていったのである。





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