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麻実たちと結託

 1


 あれから数日後。

 りょうから殴られた八千代の顔の治り具合が気になったので、真也は昼休みを利用して様子を見にきていた。八千代の居る教室は、三年C組。勿論、真也と八千代に関する噂は未だ絶えてはいない。だが、真也はそのようなことなど構わずに八千代の席へとやってきた。昼飯を終えて机に伏せて寝ていた顔の真ん中に包帯を巻いている女が、傍らに立つ気配に気づいて上体を起こしてその人物の顔立ちを確認するなりに笑顔になる。

「やあ。真也」

「ひでぇ顔だな」

 二人ともにクスッと笑って、教室から出てゆく。


 三階踊場の廊下で八千代と真也は壁に背を預けて寛いでいる。廊下を賑やかに行き交う他の生徒たちもいて、彼女たち二人の会話は目立たない状態だった。

「まだ、痛むか?」

「ううん。腫れも引いてきたし、そんなに痛むことはなくなったよ」

「……良かった……」

 とは、安堵した声を出したものの、己の胸の奥に突き刺さる痛みを感じとった真也。いつの間にか八千代の頬に手をやっていた。真也の手を拒絶することはなく、八千代はそのまま頬に触れさせて瞼を静かに閉じてゆく。その時、会話が途切れて音の消えた長い一秒間を二人は体験する。

 そんな最中に、呼ばれた声を聞いて二人がその方向を見ると、長身の生徒が腰に両手を置いて見ていた。

「麻実からお前たちに話しがある」

 涼風松葉の後に付いていくと、そこは体育館倉庫内。メンバーは城麻実を始めに、涼風松葉と吹風紅葉。あとひとり居る生徒は影に隠れて、顔がうかがい辛いが全体の印象としては松葉と同じくらいの体格と身長の女だった。麻実は眼鏡を正して揃った面々を見渡す。

「折角の昼休み中に悪いな」

「気にすんなって。麻実よ」

「それはどうも」

 真也から労いのひと言を貰って礼を返した。真也が影で隠れている生徒を見て、麻実に質問をする。

「その姉ちゃんは、どこの誰だい?」

「当ててみるか?」

「ふん。どーせ近くにでもいるクラスメートだろ」

「当たってはいるな」

 麻実から言葉を返された真也は、両手をポケットに突っ込んだ。そして、先ほどとは違った質問をする。

「……で。何の用だい?」

「“私たち”と手を組め」

「その“私たち”って、どういうことだ?」

 真也が麻実の言葉に反応して噛みついた。続けて言葉を麻実へと投げる。

「しかも何かまるでそりゃ、アンタの支配下に置かれるみてーな口振りだなぁ」

「そういうことだ」

「ふん。はいそうですかと、このままアタシが受けると思ってんのかよ?」

「思ってはおらん。……だが、あの怪物たちをお前たちひとりづつが相手するとなれば、そりゃあー大変だろうな」

「アタシは、ひとりでもやってやらあ」

「真也。空手の複数組手とは、わけが違うのだぞ? その上、零華を頭にして後に続いている連中は肉体の再生ができるからな。骨を折ろうが砕こうが肉を斬ろうがすり潰そうが、それも短時間で全てが元通りに回復する」

 そして、麻実が一呼吸置いて眼鏡を正すと再び喋り出した。

りょうの顔を見てみたか? 五日ほど前に八千代とド突き合いをした際に、八千代からある程度顔面を破壊されたらしいが、その翌日はどうだ? もう、キレイサッパリと完治していたじゃないか。要するにな、相手を殺してしまわないと完全に倒せんのだ」

「人を殺すなんて……」

 八千代が呟きを漏らす。

「人ではないのだよ」

 麻実は、そう云った。

 更に話しを続ける。

「これまでに、私と松葉が倒した連中は六人。期間を見ても少なすぎる。その間にも、零華は手下を増やしているのだぞ。お前たち二人が参加してもらわなければ、私とて苦しい」

「そうだな、二足の草鞋どころじゃなくてよ。三足も四足も履いてるんじゃねぇのか、学級委員長」

 真也の割り込みに、麻実は微笑んで訊いた。

「何を云いたいんだ?」

「お前たちが何者かと知りたくてなあー」

「忍者だよ」

 間を置かずに答えた麻実を、驚いた顔で見た八千代と真也。

「す、すげぇ……。マジでいたのか……!」

「うわ……。実在したんだ……!」

 実に素直な驚きの声を漏らした二人に、松葉が突っ込んだ。

「八千代。この間、目の前で私の変わり身を見ただろ」

「実に嬉しい反応だな」

 そう云った麻実は前髪を掻き上げる。

「まあ、私たちと手を組むかどうかはこの際後回しでも構わん。だが、一応、零華が再び増やした手下共の名前を述べておく。しっかりと聞いておけよ、いいか?」

 麻実が二人に確認した。

「まずは、鬼山銀。悟紅さとりこう。鶴嘴黄緑。山嵐志麻子。野襖アリス。そして、八爪目煉は今のところ、零華からは未だに“力”を受け取っていないらしい」

「え? 八爪目は、とっくに零華から貰っていたのかと思っていたぜ」

 真也は「そいつは意外だったな」といった顔をして後ろ頭を掻いた。

「それには私も驚いている」

「それもいいがよ。アタシたちの情報を調べた上で、この話しを持ち掛けてくるんなら、アンタの事を知りてぇなあー。交換といこうや」

「知りたければ教えてやる」

 麻実の声のトーンが落ちた。そして、少し間を作ったのちに語り出す。

「私は主に隠密だ。松葉と紅葉とそこに立つ者は戦闘を専門としているが、基本は潜伏だ。忍びは、なにも私たち生徒だけとは限らん。教師もいる」

「なるほどね。で、アンタたちはこの女子校で何を一体探っているんだよ?」

「それを知ったところで、お前は何を仕出かすつもりだ? 知っても何の価値も無い」

「いやーあ、何かとアンタは零華と煉に因縁があるんじゃねーかなぁー、と思ってさ」

「そうか、それは鋭い」

 麻実が溜め息混じりの声を吐き出して、片手をポケットに突っ込むと眼鏡を正して呟く。

「全く、油断ならんな。お前は」

「そうかい。そりゃどうも」

「しかしだな。今こうして此処で私が私の情報を語っていることは、隠密を棄てることに等しいからな」

「なんだ、そりゃ? 全てが“おじゃん”になるみたいな云い方だな、オイ?」

「あとは、己の首を差し出すようなものだ」

「嘘臭せぇーな」

「嘘ではない。―――まあ、万策が尽きたとは云えん。私たちのモットーは“武器に使えそうなならば、何でも武器として使う”からな」

「何でも?」八千代の質問。

「ああ、“何でも”だ」

 速答をしたのちに、目の前の二人を睨みつける。

「おい、話題を戻していいか?」

 麻実は真也へとつっけんどんに訊いた。しかし、そんなことで動じる真也ではなく、にやけて頷く。

「ここは、ひとつ、連中を確実に倒せる方法を教えてやる。しっかりと聞いておけ」

 麻実が歯を剥いて眼鏡を正すと、云うべきことを始めた。

「頭を狙え。そして、焼却処分しろ」

「そ、それだけか!」

「それだけだ」

 真也の突っ込みに相槌を入れる。そして、「以上」と云って体育館倉庫を出ていく。その後に続いて松葉が麻実を追う。八千代は、真也に顔を向けて「行こう」と声をかけて倉庫から出て行き教室へと向かった。



 2


 先頭をきって廊下を歩く麻実に追い付いた松葉が、怪訝な顔して呼び止める。

「待てよ、麻実。何なんだ? 今の態度は? お前らしくもない」

 松葉に背を見せたまま数秒間の沈黙ののちに、踵を返して向き合った。その女の顔は、口元を強く結んで切れ長な瞳を輝かせていたのだ。麻実は長方形の縁無し眼鏡を外してポケットに入れると、松葉の顔を両手で掴んで引き寄せて口を重ねてきた。

「んんんっ……!」

 唇が強く吸われる。

 麻実が顔を傾けて口元を更に密着させると、舌を入れ込んで絡めてきた。余りにも力強過ぎて、松葉の眉間に縦皺が寄り息が詰まる。重ね合わさった唇の隙間から松葉が息を漏らしてゆく。やがて、麻実は唇を離した。

「ぷはぁっ」

 やっと酸素を吸えた松葉。少し息を切らしてしまう。麻実も少し息を切らしていた。松葉は赤面しながらも麻実へと訊く。

「一体何があったんだ?」

 その質問に、歯を見せて麻実は微笑みを浮かべて喋り出した。

「見たか? あの二人。秘められた素晴らしい素質を持て余しているではないか。八千代と真也が並んだ姿を見ていた私は嬉しかったぞ。それにな、“あの”八千代がりょうを屋上に呼び出して顔面を破壊したんだぞ。あのような暴走っぷりは素晴らしい」

 再び眼鏡をかけ直した。

「二人ともに“実に素晴らしい武器”だよ。私が上手く使ってやるさ」

「しかしだな、麻実」

「どうした?」

「何故、あの四人のことを云わなかった? 内、二人は八千代のクラスメートだろ。あとの二人は真也の通う道場で共に学んでいる同級生じゃないか」

「強くさせてやるのさ」

「何だって……!」

「八千代が以前、敵の零華に力が欲しいと懇願したそうじゃないか?―――全く……! 敵に願い出るとは、なかなか肝の座った女だよ」

「八千代は彼女なりに必死だったと思うが」

「それもある」

「何が云いたいんだ?」

「零華から取られないうちに、あの二人が欲しいと云っているんだよ。私は」

 麻実が眼鏡を外していた切れ長の瞳で、松葉を睨みつける。

「お前ならば、真也は無理でも八千代となら寝て手籠てごめにできる筈だ」

「な……!?」

「何だ? 紅葉以外の女は抱けませんとでも云いたそうだな?」

 麻実の言葉に、松葉の拳を握り締める力が加わってゆく。不意に胸倉を掴まれて、松葉は壁に叩きつけられた。

「松葉……。わた、私がいい今どういう状態か、わわ解る、か……?」

 麻実の息が小刻みに上がっていて、熱さを含んだいた。女は胸倉を掴みながらも、語りを続ける。

「なななんだか、内側から熱いんだよ……。びび病気、とも……違うんだ。な……なぁ、松葉……。わた……しは、どうすれば、良い……?」

「どうすれば良いって云われても、なぁ……」

 これには困った。松葉は麻実が今どのような状態を理解していたのだ。麻実の心理状態に、麻実の躰の状態の変化。

「なぁ……松葉……。わわ私ひとりではどうする事も、でき……ない……みたいなんだ。てて手伝ってく、れ。―――もう……、抑える事が、できないんだ……松葉……」

「ま、先ずは、ひとりで処理してみてくれるか……?」

 麻実が熱い息を吐きながら、松葉の声を聞いていた。数秒に渡り松葉の瞳を見詰めていたのだが、再び口を開いた。

「わ解った、よ……。ひとりで、試して……みるよ……」

 松葉の胸倉から、ゆっくりと手を離して後退をすると、ポケットから眼鏡を取り出して顔に掛けた。そして、二人はそれぞれの教室へと戻ってゆく。


 夜の八時。

 松葉は学生寮の自分の部屋で、お膳に教科書とノートを広げて勉強していた。ある程度に片がついたので、背伸びをして軽い欠伸をひとつ。木の扉をノックする音が三回聞こえて、松葉は畳から腰を上げると扉を開けに行く。

 開けてみて驚いた。

 麻実がいたのだ。

「珍しいな。何か用事か?」

 麻実の私服は膝丈スカートだった。ドアノブを握る松葉の手に、麻実が指を絡めてきた。

 そして。

「頼む。私に付き合ってく、れ……」



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