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ミス紫陽花

 1


 翌朝。

 昨晩の暴雨が嘘だったかのように、晴れ晴れとしていた。

 都内の電車通りに『長崎市私立紫陽花女子高等学校』がある。そこはカトリック系の学校で、百年を越える伝統があった。紋章は、紫陽花を簡略化したデザイン。制服はセーラー。薄紫のセーラーカラーに極細の白いラインが三本走っていて、プリーツも襟と同色。白い上着の両肩には、高校の紋章を薄紫色糸で刺繍していた。襟の中央にも、白い刺繍糸で同じ紋章。そして、スカーフは藤紫。

 校門を数々の生徒がくぐってゆく中で、あるひとりの生徒が華の香りを振り撒いて登校して来た。その女と甘い香りに、周りの生徒たちは振り返る。


 その生徒は、周囲の目を惹きつけるほどの美貌を備えていたのだ。ほぼ左右対象に整った顔の造りに、中央を緩やかに走る高い鼻梁。猫のように吊りあがった瞳。適度に脱力をして、描いたかのような眉毛。きめの細く透明感のある白い肌。肩甲骨まである髪の毛を両側からまとめて、蝶を象った髪留めでとめていた。

 その女の名は、毒島零華(ぶすじまれいか)

 毎年校内で催される『ミス紫陽花高校』で、優勝を二連覇したほどの容姿。身長は百六八もあり、スレンダーな躰をしていた。とても空手をしているとは思えないくらいなスタイル。零華は武家の生まれで、代々受け継がれている武術も身に着けていた。


 教室へと向かう途中で、ひとりの生徒が零華とすれ違って足を止めて振り返る。すると、零華もこちらを向いて微笑んで挨拶を交わした。

「おはよう。八千代」

「おはよう」

 踵を返してお互いの教室を目指していく。

 そして八千代は自分のクラスに着き席に腰を下ろしたら、隣りのショートボブの生徒へと話しかけた。

「ねえ、月子」

「なんね?」喧嘩腰でない。

「さっき零華に会ったばってんが、なんか違っとらんかった?」

「いいやー、いつも通りだったけれどー」

「そっかなぁー。んーー」

 どうにも腑に落ちない。



 2


 中休み。

 三階の御手洗い。

 神棚八千代(かみだなやちよ)は卵の輪郭をして高い鼻筋と、ちょっと勝ち気な感じのする瞳を持っている。肩まである髪の毛を、フワリと七三に分けていた。日々、打撃を中心とする合気道に励んでいる。

 用を足し終わって洗面器で洗い始めた時に、別の個室から出てきた零華が、八千代の隣りに並んで手を洗いながら話しかけてきた。

「ねぇ、八千代」

「なんね?」喧嘩腰に非ず。

「私のもとに来て」

「悪いけれど断るわ」

 その返答に、零華は微笑みを浮かべた。羨ましい。微笑みも華を感じる女である。しかも、八千代の断りを予定していた上での笑みだったようだ。それが何となく癪に障ったらしくて、八千代は少々ムッとした声を投げつけた。

「なんね。今頃になってとりまき増やすつもり? 貴女を慕う人たちがいるんだから充分な筈よ」

「私が必要とするのはパートナー。貴女がどうしても必要なのよ」

 零華が手の水を切りながら八千代を見詰める。その女の表情は、真剣であった。八千代がちょっと戸惑う。

「あ、アタシが必要ってどういうつもり? 何か企んでいるの?」

「企むって、貴女……。―――そうねぇー。この地球を私たちの住みやすいようにより良くするのだけれど」

「な、何ば云うかと思ったら、エラいぶっ飛んだことば云うとね。零華、あんまり夢がデカすぎると駄目よ。ほどほどにね」

 一気に熱が冷めて安堵した八千代は、ハンカチで手を吹き始める。鼻で笑った零華が、言葉を出していく。

「誰も早急って云っていないわよ。寧ろジワジワと内側からゆっくりと侵攻していった方が変え易いわ。それに、私が欲しいのは主要なメンバーだけ。全部が全部は要らないの」

「れ、零華……。貴女、本気で云ってんの」

「私と付き合い長いでしょ? 本気か冗談かくらい解っている筈よ。それに、私の財力は御存知でしょ」

 零華は本気だった。

 空気が緊張感で凍りついた瞬間。八千代はとっさに身構えて叫んでいた。

「ふざけるな。アタシが倒して未然に防いでやる」

 八千代が反射的に顔を傾けた時に、二つの滴が頬を掠めて壁に音を立てて弾けた。そして構え直した頃には既に、零華は背を向けてお手洗いを出ようとしている。思い出したかのように足を止めて八千代に振り返ると、言葉を出してきた。

「ふふ……。私がちょっと闘気を見せたら、すぐこれだもの。可愛い」

「ぐ……っ」歯軋り。

「ああ、そうそう。冷静を装っている時の顔よりも、貴女のその顔が私は好きだな」

「……!!」

 馬鹿にしないで! と、八千代は拳を強く握り締めてゆく。そして、何よりも一番に確かめておきたい事があった。

「零華……」

「なあに? 八千代」

「貴女、本当に零華なの?」

「私は私」


 零華が出て行った直後に、八千代はやり場の無い怒りと共に、蹴りを個室の扉へと喰らわせた。



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