表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

ルスカ

 1


 二日後。

 留須家八江るすかやえは、放課後の校舎の廊下をうろついている。三日前に図書室で麻実へと挑戦状を叩きつけてからというもの、ある視線を感じていた。だいたいの見当はついている。あの女しかいない。後ろからか、前からか、等間隔で尾行されている。そして、八江(やえ)の足は図書室へと向かって行った。


 同時刻。

 浜の町観光通のある喫茶店の窓際席に、二人共に縁無し丸眼鏡をかけておさげ頭をした痩身の少女たちが向かい合わせになって紅茶を飲んでいる。お互いに表情が乏しい為か、無表情な印象。八江とは行動を共にしていなかった。三つ編みの少女が口を開く。

「このままあの女から連絡が来なかったならば、わたくしたちの力を使うことになるわね」

 その言葉に反応をした、鮫の瞳を持つ少女は眼鏡を正す。

「八江ねえ。……案外、早いのかもよ」

「連絡来るのが?」

「いいえ。来ないのが」

 それを聞いた三つ編みの少女は、薄笑いになる。

「まあ。わたくしたちが動く理由は、あの女の為などではなくて、全てを許した零華様の為だから」

「そうだわ。零華様は、わたくしたちの想いを受け入れてくれた方。あの女とは違う」

 これだけ会話していても、声の抑揚に起伏が無い。そして、紅茶を口に運んでいった。



 2


 露骨なほどに放たれている、この視線と気配にはワザとらしいと感じていた八江。女は百八〇もあるスレンダーな体躯で図書室内を徘徊していた。実に、ゆっくり歩いてゆきながら丁寧に本棚も見ていく。

 八江が思う。

 ―隠れていても無駄。アンタが現れた時、アタシの拳を顔面に叩き込んでやるんだから。――

 そうして図書室内を一回りし終えた直後に、八江の顔をめがけて何かが飛んできた。それを反射的にかわしたその後にまた、同じ速度で同じ高さで飛んでくる物が視界に入った瞬間、ソレは肩に当たって八江を吹き飛ばす。貸出受付の机を越えて、その下へと落下した。頭を振り痛さを堪えた呻きを漏らしながら片膝を突いて座り込んだ時に冷たく濡れた感触を覚えてソレの当たった肩に目をやると、流血していて赤い染みが広がっていた。しかめっ面になり刺さっていたソレをよく見てみたら、緑色をした実に薄っぺらい物。肩から引き抜いて確認をした八江が驚いて息を飲む。

 長くて細い、一枚の葉っぱであった。笹の葉である。八江はソレを力強く握り潰して歯を食いしばって立ち上がり、受付から出てくると構えをとった。再び周囲に目を配りながら歩き始めたその時に、前を横切るひとりの生徒を見る。ほんの一瞬だった。しかし、間違いない。

 ―今、アタシの前を通り過ぎて行ったのは麻実だ。――

 そして背後に気配を感じたその時、八江の後ろから唇を指で塞がれて腰に拳を軽く当てられた。全身から汗が噴き出す。この緊張感で、肩の痛さなどはどうでもよくなる。

 八江の柔らかい唇を指の腹でゆっくりと撫でながら、背後に立つ者が喋り出した。

「私をお探しか? しかも、お前ひとりだけなようだが。あの二人はどうした?」

 そう訊きつつも八江の唇を割って指を入れてくる。少しずつ女の口内をこねくり回した後に、ゆっくりと抜いて下へと移動してゆき、唾液の絡み付いた指を首筋に這わせていく。

 八江は答える。

「麻実だろ? そうさ。アタシひとりで来たのよ」

「これはまた大した自信だな」

「ふん……。いつも、お高く止まった態度なんかとっちゃってさ。以前からブチのめしてやりたいと思っていたのよ」

「随分と嫌われたものだな」

「ええ。大っ嫌い」

「はっはっは。―――八江。この私の位置は、いつでもお前の脊髄を戴けるぞ」

 後ろから囁きながら拳を背中に押し当てて、指を首筋から鎖骨へと這わせてゆく。そんな八江の中に押し上げて迫る感覚がきた。鎖骨を撫でられているだけである。麻実の指は更に下へと移動してゆき、胸を優しく包んだ。八江が唇を噛み締めたと同時に踵を軸にして拳を力強く後方に振り払った。既に麻実の姿はなく、静寂な図書室が視界に広がる。

「見事な裏拳だったよ」

 再び後ろから麻実の声。

「だが。私には当てられん」

 その声に舌打ちをした八江が再び踵を返すと、今度は振り上げた手刀を勢いよく真っ直ぐに斬り下ろした。勿論、麻実の脳天を狙っての一撃。瞬間、八江の手刀は赤黒い物に変形して伸びて貸出受付の机を破壊した。これで、麻実は潰された筈。女の片腕には吸盤が列をなして生えており、破壊した机の木屑を張り付かせている。力を弛めて吸盤から木屑を落とすと、左側に顔を向けた。

「惜しいな。私は右側だ」

 麻実の言葉が聞こえた方向をめがけて、もう一本の赤黒い物が八江の肩甲骨から噴き出すように生えて、その先端部が壁を殴った。

「学校の備品を壊すなよ」

 とっさに身を上げて声のする側に躰を向けてみるが、麻実は居ない。再び女の声のみ聞こえてくる。

「捕らえることができまい」

「必ず捕まえて、アンタの骨をバキバキに砕いてやるわ」

「やってみるがいい」

 麻実が声と共に現れた。

 図書室の端に立っている。

 遠いが真正面だ。

 八江は雄叫びをあげて、もう片方の腕を赤黒い物に変形させて肩甲骨から同じ物を生やす。背中側から筒のような物を出現させた瞬間に、墨を噴射させて弾丸の如く一直線に飛んだ。

「あーー、さーー、みーー!!!!」

 そのとき。

 下側から首を巻き付かれて飛ぶ勢いを止められたその刹那に頭を押さえつけられて、一気に頸椎を捻られて破壊された。八江の躰から力が抜けて膝を落として床にうつ伏せに倒れる。痙攣を起こしてはいるが、まだ息はあるらしい。


 八江を見下ろしている麻実は縁無し眼鏡を正して感心をする。

「流石は化け物だな。再生もできるらしい」

 そして床に片膝を突くと、静かに八江に語りかける。

「お前は良くやったよ」

 止めの一撃が振り下ろされた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ