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八千代と龍(りょう)

 1


 翌日。

 穏やかな春風の吹く校舎の屋上。神棚八千代は口縄龍(くちなわりょう)を呼び出していた。

「ふん。ひとりで呼び出すなんて、いい度胸じゃねーか」

「あの時、真也を襲ったのは。アンタと波沙美と涼子だよね?」

「志麻子も入れとけよ。アタシはただ見ていただけだ」

「幼なじみなら、助けてあげるとかしたらどうなのよ」

 そのひと言を聞いた龍が歯を見せてにやける。

「なあんだ。真也の事が、そんなにも心配かよ?」

「……」赤面。

「……ったくっ。妬けるねえー」

 そう云って前髪を掻きあげたあと、更にひと言吐き出した。八千代を睨む眼光が鋭い。

「真也からレイプされても、そんなに友達の事が心配かい。あぁっ!? 押し倒された目に会っても、そんなにも真也の事が気になって気になって仕方がないのかよ!!」

「ち、違う。あの日の真也は……、違う……」

 拳を握り締めて否定した。

 龍は歯を剥き出し、八千代を力強く指差して言葉を投げつける。

「いつでも襲われる準備ができているっつーたのは、真也じゃねーか! だから、やってやったんだよ! 何か間違っているのかよ!!――――犯されたその手前ぇも、よく登校しているよなー。オイ?」

 差していた指を下ろすと、眉をひそめて歯を剥いてニヤリとした。

「……まさか、八千代。アイツの指で感じていたのか?」

 この言葉が耳に入った瞬間、八千代の中で何かが切れた音がした。コンクリートを蹴る音を立てて、目の前の女を狙って走る。信じ難い速さだった。(りょう)がそのことに気づいた時には既に遅く、八千代の拳は女の横っ面を殴り飛ばしていたのだ。

 口縄龍は、完全なまでに八千代の怒りを爆発させた速さと拳に不意を突かれてしまい、躰が吹き飛んで旋回した。落下したものの、とっさに受け身を取って転がり、片膝を突いて姿勢を整える。口内の肉を切ったらしくて、唇の間から赤い血が滴り落ちてゆく。

 制服の袖で拭い去ると、力強く睨み付けた。

「いってぇーなー。やりやがったな」

 次の瞬間、八千代の爪先が口縄龍の顎を蹴り上げた。顔面を庇って、頭から落下。転がって仰向けになると、青空が視界に入る。しかし、間髪を入れずに八千代の顔が出てきて、鼻先が触れ合うところまで接近した。胸倉が掴み上げられる。

「糞っ垂れが!!」

 八千代の言葉である。

「手前ぇ死ぬか!? いっぺん死ぬか!? 地獄を見してやんぞ! こらあ!!」

「……八千代。いつの間に(きたね)ぇー言葉を覚えた……?」

「ああー? 何のことだぁー!? 手前ぇ、喧嘩のさいちゅうにお喋りか!?」

 八千代の額が龍の額に激突。「ぶ!!」鼻柱が折れた。鼻孔から血が吹き出る。龍も、八千代の胸倉を掴んで頭を引くと息を吸い込んで頭突きをお返しした。八千代は、自身の鼻の軟骨が折れる音を聞いた。

 龍にお返しの頭突き。

 八千代へお返しの頭突き。

 今度は、龍の頭を掴んで頭突き。

 八千代の腕と胸の間に龍の両膝が入ってきて、両足で蹴り飛ばされた。息を切らして起き上がると、(りょう)は左手に意識を集中する。すると、女の左手が紐解くかのように割けてゆき始めて肘から先が幾つもの触手と化して伸びた。

 八千代の躰がコンクリート面に落下して転がるが、受け身を取って止まった。しかし、龍から放たれた幾つもの触手が迫り来る。飛び退けようとして地面を蹴った途端に、足首に巻き付かれてしまい叩きつけられた。龍が跳躍をして、宙で左手を振り下ろすると、更に八千代の躰に触手が巻きついてゆく。両腕を上げて顔面と首を庇う体勢をとったままに、触手から縛られていた。そして、八千代の元に着地した女が見下ろす。

 次々と“りょう”の左手から飛び出してゆく触手は、八千代の両脚へ巻きつくと強引に開かせた。そして、その左手の中心から、特別に太い物が現れて顔を覗かせたその頭には横に裂け目がついており、ソレが口を開けた。龍の瞳が輝きを放つと、髪の毛が両側へと広がって変化し始めてゆく。触手で八千代を押さえ込んでいる龍は、邪悪に顔を歪ませて、血走った瞳でその少女の躰を舐めてゆくように視線を這わせて目を合わせると、口のある触手を見せつけながら吐き捨ててゆく。

「なぁオイ。この触手で何処を貫いてやろうか? 口からか? 腹からか? 下からか? 選ばせてやる。“どこから”貫かれてぇーよ?」

 その言葉に八千代は、射抜くほどに瞳を鋭くして睨み付けると、龍に向けて中指を立てた。

「うるせぇ。その特別なヤツは、手前ぇで手前ぇを慰めてやる時に使いやがれ」

 八千代の返し言葉にキレた龍が、左手を引いて口を持つ触手を硬直させた。歯を剥き出して目を見開くと、声を荒げて投げつけていく。

「そんなにも早死にしてえか! おおっ!?――――だがいい面だぜ、八千代。真也にビンタした時もその面だったのか? ひとつ教えてやる。波沙美たちから襲われていた真也の顔はな、そそるくらいいい顔していたぜ」

 口を持つ触手を撃ち出した瞬間に他の触手数本が弾かれたと同時に、八千代は跳ね上がって躰を旋回させて着地した。直後に躰を捻り脚を跳ね上げて、膝を(りょう)の腹へと突き刺す。膝を引いて、お次は臑で顔面ド真ん中を蹴り上げた。鉄の臭いがする赤い飛沫を噴きあげて、龍は空を仰いだ。巻きつけていた触手数本の力が緩んだ隙を見て、八千代は抜け出した後に身を仰け反る女の襟を掴んでグイと引き寄せた。そして、肘を容赦なく横っ面に入れる。龍の視界と頭がブレを起こす。龍は、まるで首が一回転を起こしたかのような痛みを頸椎に覚えた。

 一旦離れた躰が再び引き寄せられて二撃目の八千代の肘を横っ面にまた喰らう。今度は襟も放されて地面に転倒。激痛の走り回る顔を押さえて悶えている龍に、八千代は歩いてきた。龍が触手の生えた左手をなぎ払った瞬間に、八千代の躰は吹き飛んで遠くに落下。犬歯を剥いた形相で走り出して、倒れた身を起こそうかとしていた女の元に着いたと同時に爪先で腹を蹴飛ばした。龍の爪先が八千代の腹を全力でしつこく蹴飛ばしてゆく。数回蹴って、今度は踵を腹と肋骨めがけて蹴り下ろした。何回も何回も蹴り下ろしていく。上腕に蹴り当たっても構わず続けた。

「ああーこら。このままお寝んねするかぁ!? 弱っちぃクセに粋がるんじゃねぇーぞ手前ぇよおぉぉおっ!!」

 その隙に足を掬われて膝を腹に入れられた。後ろに転倒しないように耐えて体勢を整える。八千代が大きく息を切らして起き上がると、折れた鼻柱を直した。龍も鼻柱を直す。二人ともに鼻孔から唇の端から血を流して大きく息を切らしていた。


 再びお互いに構えを取ったそのときのことだった。屋上の扉を開けて姿を現した生徒が、ひとり出てきて八千代の方を見て静かに云う。

「八千代……。コイツのケリはアタシに着けさせてくれ」

 八尋鰐真也(やひろわにまや)だった。



 2


 真也(まや)を見た途端に八千代の躰から闘志が立ち消えて、拳の力が弛まった。その姿を目にした“りょう”は、不意に湧き上がってきたどす黒い感情を覚えて唇を噛み締める。そして、伸ばしていた触手を縮めてゆき元の左手へと戻した。

「なんだ、アンタかい。今更なにをしに来たんだ?―――八千代に謝りにでも来たのか」

 真也へとそう問いかけた。

「いや、違う」

「違うなら、なんだよ?」

「手前ェを倒すのは、このアタシだと云ってんだよ!!」

「そうかい、そうかい。なら、お次は手前ェのダチ公から出し抜かれねぇように気ィつけろや」

 八千代へと力強く指を差して真也に怒鳴る。そして、この上なく瞳を鋭く尖らかせて拳を強く握った。

「アタシと一対一(サシ)でやるときゃぁ、“八千代は抜き”だぜ。アタシ“だけ”を頭の中に入れておけよ」

「ああ、お望み通りそうしてやるぜ。幼なじみだからな。―――しかしな。手前ェをど突くのは、最後の楽しみにとっといてやる」

「先客がいやがるのか?」

「まずは波沙美の野郎からだ」

「体育館でのお返しかい? あの女がバスケだけをやっているとは、思っちゃいないよな」

「ああ、分かってんぞ」

 その答えを聞いた“りょう”は笑顔に変わり。

「なら次からは、アタシの前ではみっともねー姿を晒すんじゃねえぞ」

 そう述べて踵を返して行った。




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