保健室の二人
1
同日の中休み。
八千代は机に突っ伏していた。治療の為とはいえ、麻実から貰って飲んだあの薬の副作用により、意図的でなかったにせよ、今までなかったくらいに自ら求めて処理した快楽に驚愕していたのだ。あれから更に、自宅の部屋でその指で弄っていったこと、二回。そして今日に至るまでに、強烈な余韻を味わいっぱなしの状態が続いており、午前中の授業などは上の空であった。
そんな姿の八千代を見かねたのか、ボブおかっぱ頭の拝打花が心配そうな顔と声で、肩に手を添える。
「八千代、貴女やっぱり保健室で寝てなよ。先生には私たちが云っておくからさ」
「んんーー」
組んだ腕枕から瞼を半分開けた顔を花へと向けて、力無い声を出していく。
「うん……。ありがとーー」
「よし、そうしよ」
クラスメートの見守るなかで、八千代は椅子からゆっくりと腰を上げていき、眠たそうに目をこすっていった。
「ひとりで歩ける?」
「……うん、大丈夫ーー」
そう云いながら教室を出ていく八千代の背中を、花はやり切れない顔で見つめていた。片手を入れていたそのプリーツのポケットで、折り畳み式ナイフを握り締めていたのだ。
二階踊場を下って折り返しにきた時に、八千代は足と目を止める。そこには、三階の教室を目指さんと向かう龍の姿があったから。女は既に制服に着替えていたところを見ると、体育の授業が終わったばかりのようだ。お互いに目を合わせて、僅かな沈黙を生む。緊張気味の八千代に対して、龍は薄笑いを浮かべた。この女のツンとした感じの顔立ちは、ある種の妖艶さを印象づける。そして、薄い唇を開いて八千代に話しかけていく。
「その様子だと、保健室だな」
「う、うん」
龍の表情とその語り口から、八千代は何か嫌な胸騒ぎを感じた。それは、真也に対するもの。
「なにか、あったのね」
「あったもなにも、その感じじゃ、真也がどうなったかまでは分かってねぇーみたいだな」
「やっぱり、真也に!」
眉間に皺を寄せた顔になった八千代を見るなりに、龍が軽く鼻で笑ったのちに、手摺りを撫でながら階段を上がっていった。そして、三階の踊場に辿り着いた時に足を止めて呆れたように呟く。
「相思相愛だねぇー、全く」
2
保健室にたどり着いて、八千代は扉の前で顔を赤らめた。それは、昨日のことが頭の中で鮮明に蘇ったからである。恥ずかしい気持ちを抱えながらも、扉を引いて中へと入っていく。今は、何よりも眠たくて仕方がなかったから。机を通過して踵を九十度回したところで、カーテンが目に入ってきた。そして、手をかけた時に、布一枚を隔てた向こう側で寝る者がいる事も、それが誰であるのかも理解したのだ。
いざ、カーテンを引いて、ベッドに横たわる背中を見る。嗚呼、やっぱりそうだ。この見慣れた髪の色と、躰つき。そして、匂い。
「真也……」
しかし、今日のその友は、なんだか様子がおかしかった。八千代の声に気づいたのか、躰を回して向き合う。すると、それを見た八千代は直感的に察した。いや、見た目でも解る部分があったのだ。
「泣いていたの?」
「え、いや、その……」
答えを濁しつつ、目をこすったのちに、シーツを握り締めていく。すると突然、手をベッドから走らせて八千代の手首を掴んだ。これには少し驚いた。
「真也、なにするの……」
「……八千代」
「駄目、放して……」
「八千代……」
真也が、すがるような声を喉から絞り出して、八千代の名を繰り返していく。その八千代は意図も簡単に膝を抜かれて、真也からグイと寝床の中へと招かれた上に、覆い被さられてしまう。その時、八千代の奥から恐怖が湧き出してきた。腰を左右に動かして、なんとか逃れようと抵抗をしてゆくも、真也から肩を抱き込まれてしまった上に脚の間に膝を入れられて、完全に押さえつけられた状態となっていたのだ。八千代が悲鳴混じりの声を出す。
「嫌……! やめて」
指で顎を持たれて正面を向かされた瞬間に、唇が重なり合い、そして強引にその舌が歯をこじ開けて内部で絡めることを求める。
「んんっ……!」
執拗な舌に、八千代は心ならずとも応じていた。これは、あの特殊な治療薬の余韻のせいだと思いたかった。口を塞がれながら上着を上にずらされて、インナーの前ホックを指で外されてその小振りな膨らみが露わとなる。ようやく舌と唇が離れたと思ったら、今度は胸を若干強めに揉まれていく。
「真也、ダメ! やめて」
攻められた部分から、たちまち電撃が走ってきて、八千代はそれに躰を反応させる。次に真也が、脚の間に手を滑らせてきた。そして、プリーツを捲り上げてゆく。
「イヤ! 真也、イヤだよ! お願いだから、やめて」
拒絶をしていた八千代本人も、その芯から嫌いでない友の指に、躰の軸の部分では素直に反応を示していたことの自身に腹を立てていた。受ける度にあげてゆくこの己の喘ぎが、憎らしくてたまらない。
「ゃあっ、イヤ! 真也ぁ……、アタシ、こんなの、こんなのイヤだよぉ……!」
涙声で訴えてゆく。
恐怖と快楽のせめぎ合いの中で、八千代は泣いていた。
「お前ら、なにしてやがる!!」
扉を強く開けられたと共に、女保健医と一緒に飛び込んできたゐるか教諭の声が投げられた。これに反応するかのように、真也の力が弛んだ隙を突いて、八千代は押しのけて離れる。上着で前を隠して、プリーツで下を押さえて座り込む。そうした八千代の目には、今にもこぼれ落ちそうな程に涙を溜めていた。唇を噛みしめていた上に、瞳を釣り上げて、真也を睨んでいる。同じく目の前で座り込んでいる真也の顔は、己のしでかした過ちを察したのか、蒼白になっていた。二人の空間は、たちどころに凍りついてゆく。怒りか悲しみに小さく震えている八千代へと、真也は必至に声を絞り出していった。
「や、八千代……」
「近寄らないで!!」
その怒号と一緒に、鞭を打ち出したような打撃音が保健室に響いた。それは、八千代が力いっぱいに真也の頬を平手打ちしたからである。今の八千代はもう、誰ひとりからも己の躰に指の一本さえ触れられたくはなかった。