体育館
1
翌日。
今日は真也と麻実と龍のいるF組と、波沙美と涼子と志麻子のいるD組との合同体育だった。
赤毛の女が小気味良く足を運んでゆくとともに、赤褐色のボールも打ちつけながら相手側のカゴを目指していく。エリア内の守備をすり抜けて、一歩、二歩、三歩、跳躍して投球。両手から放たれたボールが縁に当たってその内側を一周したのちに、カゴを通過して落下。そして床で跳ね上がる。同時に、D組のギャラリーからは黄色い歓声が上がった。
「波沙美ぃーー、グッジョブ!」
「いよっ、この点取り虫!」
「波沙美さーーん!」
志麻子から飛んできた声援に、笑顔を向けて手を振る波沙美。
D組から大きく点差をつけられていたF組では、汗ばんだ顔で真也が舌打ちをしたのちに、ツンとした顔の女へと首を回してひと声かけた。その真也の顔は、背に腹は代えられないと云っている。
「りょう、あずさと変わってくれ」
「わかったよ」
そう云って歩いてくると、ショートシャギーの生徒の肩に手を乗せて声を掛けた。
「よく頑張ったな。あずさ」
「ありがとう」
嬉しさを噛みしめた顔で、あずさは龍の手にそっと手を重ねてクラスの陣地へと戻って行った。選手交代、高島あずさから口縄龍へと。そして、D組では小振りな縦ロールの馨と入れ替わった志麻子。
真ん中に波沙美と龍が立つ。次に、審判の生徒がボールを投げ上げてスタート。そして、飛び上がった二人の手が伸びてボールを叩いた。波沙美に力負けした龍をすり抜けたボールは、鱶涼子にキャッチされる。ガードを振り切ってドリブル。そして、回り込んできた波沙美へと向けて投げる。赤褐色の球は、鋭い直線を描いたかと思った瞬間にはもう、赤毛の女の手に収まっていた。このまま逃がしてはなるものかと、駆けてきた真也が波沙美に追いついて前を塞いだ。腕を広げて、ガードを強化。
ドリブルを足止めされて、両手でボールを掴んだ波沙美が、両肘を突き出して真也の腕を崩しにかかった。突然、メチッといった音が鳴ったと同時に真也の体勢が崩れたのだ。鼻から赤い筋を垂らして、あっという間に顎の先まで達して床に滴を落とす。強引に真也の躰を背中で押しのけた波沙美は、力強く踏み出して投球。
「志麻子」
その呼び声とともに、隻眼の女が龍の背後を抜け出して素早くキャッチしたのちに、ゴール下へと潜り込んだ。垂直に飛び上がり、球を籠めがけて放る。縁の内側を二周ほどして、網を突き抜けた。そして、ゴールが決まってD組に点が入った。
再び沸き起こる黄色い歓声。
そんなギャラリーを余所に、鼻を押さえている真也は目を釣り上げて、波沙美に向かって言葉を投げつけた。
「あとで恥かかせてやる」
「そのまま返してやらぁ」
ニヤリとした、赤毛の女。
第二セット開始。
涼子と真也が中央に向かい合う。ボールが審判の手から真上に放たれた時に、二人は競い合うように飛び跳ねて、腕を鞭のように振るった。
2
真也と涼子の手が、宙で打ち合った瞬間に、ボールは龍の手元へと捕らえられた。
「ナイスキャッチ、口縄」
それを確認した真也は、幼馴染みに向けて声を投げる。これを受けた龍が、一瞬だけ目線を合わせてすぐさまドリブルで駆け出した。D組のゴール下まできた時に、波沙美から背後をとられてしまう。しかも、密着。逃れようにもその相手の長い腕が回り込んできて、なかなか道が開けない。龍がガードの隙間から我がクラスメートの姿を見た時に、そこへとめがけて投げつけた。そして、キャッチ。
「いいぞ、芳子!」
龍の声援とともに、芳子はドリブルして走り出してゆく。しかし、それも束の間に、真正面から突進してきた涼子から叩き落とされて、あっさりとボールを奪われてしまった。
―くううぅーー!!……。涼子の奴、あんなに上手いのならバスケ部入ればいいのに!!――
龍と芳子が同時に歯を食いしばって思ったことである。
「涼子、パス」
「はいよ、波沙美!」
ドリブルから滑らかにパスへと繋げると、受け取った波沙美はF組のゴールへと一気に向かっていった。すると、その傍に影がつく。真也が波沙美と併走をしていたのだ。その相手の顔を見るなりに、赤毛の女は口の端を釣り上げて踏み込んできた。波沙美の肩を喰らって、真也がその女と一緒に転倒する。痛みに呻きながら顔を上げてみたら、波沙美から馬乗りにされてしまった。この赤毛の女、退けるどころか跨ってきたのだ。その上、腕をその長い脚にとられて相手の鼻も殴れない。
「波沙美、手前ぇなんのつもりだ」
「ああーー? 見りゃ分かんでしょ。アンタをこれから公開で犯すのさ」
真也の吐きつけた声に対して、波沙美は至って冷静だった。それは、相手から優勢を勝ち取ったことから来る冷静さなのであろう。
体育館が、急速に静まり返ってゆく。
波沙美の声を受けて、涼子があまり乗り気でない顔をしながらも、真也の片脚を押さえつける。逆に志麻子は指示されなくとも、進んで波沙美の意向に従って残りの片方を押さえつけた。
波沙美は真也の腹を上へと撫でていき、胸の下のあたりで一旦その手を止めて呟く。
「いい躰してんじゃんよ」
「なに云ってやがる! 離れろ、ボケ!!」
その罵声もどこ吹く風な波沙美が、今度こそ真也の胸の膨らみに手を添えて、上着からであるが揉んでいった。
「やめやがれ、ど畜生! さっさとアタシから降りろ! 糞女!!」
すると、次は片手を後ろに回して、短パンの隙間へと指を滑り込ませていく。その指先が、真也の蕾の膨らみに当たって、なぞり始めたのだ。
「畜生! おめーら、いい加減にしやがれ! やめろ馬鹿野郎!!」
そういった様子を、龍は傍らに立ってボールを持ったまま、微笑みを浮かべながら黙って見ていただけ。
壁に背を預けていた麻実が、縁無し眼鏡を正してひと言。
「先生、口縄が裏切りましたね」
「ああ、そうらしい」
由良ゐるか教諭はそう返事したのちに、ボールを片手で鷲掴みにすると歩き出した。
「あの糞餓鬼どもが。ふざけた真似しやがって! 麻実、お前はそこにいろ」
「お任せしますよ、先生」
ゐるか教諭のあとに続いて、鳴滝セーラ教諭もボール片手についていく。
3
ゐるか教諭が全身の筋肉を捻るだけ捻って、大きな一歩を踏み出してボールを投擲した。それに続いて、セーラ教諭も力強く投球。ひとつが赤毛の女をめがて飛んできた時に、その目の前で突然とボールは二つに裂けて落下した。それは、波沙美が腕を横に打ち払ったためである。残りひとつのボールも、涼子の顔の前で弾かれて遠くの壁にぶち当たった。涼子の場合は、反射的に打ち返したようだ。すると、波沙美の目はたちまち冷めていったようで、軽い溜め息をついた。
「あんた達、とっととそこから降りろ」
歩きながらそう吐き捨てたゐるか教諭の声に従って、波沙美たち三人は真也の躰から離れて立ち上がる。そして、主に波沙美へと鋭い視線で射抜いて、ひと言投げつけた。
「そこで見学してろ」
次に、床へと座り込んでいる真也の肩に手を乗せて、今度は優しく声をかけていく。
「真也、立てるか?」
担当教諭の問いかけに無言で頷いた真也の真っ赤になった瞳には、今にも溢れんばかりに一杯いっぱいに涙を溜めていたのだ。セーラ教諭からは背中を撫でられていく。
「八尋鰐さん、歩ける? なら、今から私たちと一緒に保健室に行こ」
「よし、ゆっくりでいいから立て」
そして、真也は二人の教諭から介抱されながら保健室へと歩き出した。




