零華と八千代
「零華……!?」
喉から声を絞り出してゆく茜へと、冷たい表情をした零華が語りかけていく。
「もう、充分でしょ」
「ま、まだコイツは息をしてる!」
「そう」
それでも零華の制止を振り切って、八千代をめがけて茜は拳を撃ち込もうとした途端に、手首を捻られて強制的に起立させられてしまった。零華から利き手を背中に回された上に、身動きが取れない。そして零華は茜の耳元に唇を近寄せると、優しくかつ強めに囁いた。
「八千代を殺していいのは私だけよ。―――私が冷静な内に、この子から離れなさい。茜」
「……!!」
その言葉と共に、たちまち茜の躰じゅうに脂汗が噴き出してきて、制服を肌に張り付けてゆく。そして、変化を解いたのちに、零華の後ろへと下がった。
八千代を抱き起こした零華は、悲痛な顔をしていたのだ。旧い知り合いの腕の中で、微笑んだ八千代が声をかける。
「や、やあ……」
「……やあ」
「じゅっ……順調、だね」
「まあね」
すると、八千代に微笑みを向けていた。二人の会話は、静かに続いてゆく。
「アタシ……、今なら貴女に倒されたっていいよ」
「嘘ばっかり。―――私を一番倒したいのは八千代でしょ?」
「あははは。その通り……」
すると今度は、零華の袖の肩あたりを掴んで相手の胸に顔を埋めると、込み上げてくる感情を必死に抑えつけながら、掠れた声で語りかけてゆく。
「ねえ……、零華」
「なに? 八千代」
「あ……アタシって、どうしてこんなに弱いのかな……」
「……」
「もっと……、もっと強くなりたい……。貴女と、対等に渡り合いたい……」
「八千代……」
「お願い、零華……。アタシにも、その“力”をちょうだい……。お願い……」
「解ったわ」
そう答えた零華が、赤く濡れた八千代の唇を親指でていねいに拭ってやってキレイにしたのちに、顔を近寄せていく。その光景を後ろで見ていた茜は、堪えきれなくなって両手で顔を覆うと「やめて……零華ぁ……」と震える声を漏らした。
二人の唇が、まさに触れ合う寸前のところで止まったのだ。
何かを感じ取った零華が、口を強く結んで顔を上げてゆくと、腕の中にいる女へと話していく。
「八千代。貴女、初めてじゃないのね……」
口付けの事らしい。
「……うん。真也に、あげちゃった……」
その答えを聞いて目を瞑った零華の奥底に、黒い炎が燃え盛り始めた。
「あの女ぁ……」
唇を噛み締めて漏らしたのちに、再び八千代を見つめたその顔は、微笑みではなく嘲笑であった。そして、零華は八千代に向けてこう吐き捨ててゆく。
「八千代、悪いけれど、今の貴女にはこの“力”はあげられないわね。―――どうしても欲しいのならば、今よりももっと無様な姿になって私の前に現れることね。そうしたら、くれてあげてもいいわ」