屋上
1
週明けの二日後。
昼休み。
弁当を終えた八千代は、屋上の金網の下で腰を下ろしてくつろいでいた。ここは春の日差しがよく当たり、温かい場所だ。陽気にうっつらうっつらと船を漕ぎ始めたその矢先に、真也が歩いてきて、八千代の隣りに腰を下ろして胡座をかいた。「よ」と、手刀を上げて微笑む。「やあ」と、八千代も挨拶を返す。
真也はニコニコとしながら切り出してきた。
「ここでおとなしくしてたのかよ」
「うん。無駄な体力使いたくないし」
ちょっと恥ずかしそうに笑って、頬を指先で掻く。八千代の言葉を受けて、真也が首を回して金網越に運動場を眺めてひと言。
「確かに……。お嬢様学校にしちゃ活発だな」
その目線の先には、グラウンドでサッカーやバレーボールにバスケをして励んでいる生徒たちの姿。首を八千代に戻して再び話しかけてゆく。
「それよりよ」
「なあに?」
「お前こんな所でうたた寝なんかしてたら、犯されちゃうぞーー」
「きゃはは。いきなり何よー」
わざとらしく手をあげて歯を剥き出してにやけながら迫る真也に、八千代は照れ笑いをしつつ肩に手をやって押しのける。ふと、ここで八千代が思い出して、友に尋ねた。
「ああそうだ、真也」
「どした?」
「珠江の方から龍にアタックしたって、本当?」
「お前ー、それ聞いてきたの何度目だ?―――まあな、珠江から告白したってのは本当だ」
「いや、その……。ほら、女の子どうしの友情での『好き』ならまだ解るけれども。そこから先の『好き』はアタシは考えられないなぁー、と」
後ろ頭を掻きながら、八千代はそう呟いた。真也が腕を組んで同意する。
「んまぁー、確かにそれは解るわな。アタシもそこから先は考えたことねーな。―――てか経験したこともないか……」
「でしょ! でしょ!」
それに八千代は食らいつく。すると、真也が気まずそうに頭を掻きながら切り出していく。
「実はなぁー、八千代」
「なんねー?」
「云った側から悪いけどよ。アタシゃ寝るぶんには、女や男のどちらでも構わないんだ」
「え……っ!?」
次の瞬間、八千代の脳内には、友である真也のあらぬ姿がフラッシュバックして、たちまち頭に熱を持ってしまった。
「そそそそ、それってあれ、ばばばバイセクシャルってヤツ!?」
「なに赤くしてんだよ」
ニヤニヤとする真也。
戸惑いながらも、八千代はなんとか言葉を出してゆく。
「いや、ほら、その……。ソレっていったらそういう映像しか浮かんでこないわけだ、し……」
「八千代のそういうところって、可愛いなー」
穏やかな笑みで呟いた。
それに対して、八千代が更に頬を赤くしていく。
「そ、そんな……」
「なんなら、今から試してみるか?」
「え? 今から?」
そして、後ろ頭に手を添えられたかと思ったら、目を閉じた真也の顔が近づいてきた。
「ち、ちょっと、冗談……?」
瞼を開けてみたら、そこには真也の笑顔が。何だか知らんが、ホッとした八千代。女の頭を撫でながら、真也が云う。
「なーに怖がってんだよ。ンなことする訳がねーだろ」
「そ、そうだよね」
すると、頭を撫でられているだけなのに、八千代の躰じゅうを心地良い電撃が駆け巡っていった。オマケにそれが顔に出ていたようで、その変化を真也は見逃さずに歯を見せて囁きかける。
「なんだ、ならオーケーだよな」
「え? あ? 何が……?」
あっという間に、真也から優しく押し倒されてしまった。これからの展開を察した途端に、八千代の鼓動は大きく響いていったのだ。構うことなく真也が顔を近寄せてくる。これはたまらんと、八千代は女の肩を手で押しやろうかとしたが、何故か力が入らない。
「怖がることはないぜ、八千代。アタシが最高の気分で逝かせてやるからよ」
すると真也が八千代の下唇を親指で優しくなぞりながら、そう穏やかに語りかけたのだ。そのひと言で、八千代は全てを許したくなった。
そして、二人の唇が重なる。
八千代、初めてのキスを体験。
真也からくる甘い香り。
それから八千代は舌を受け入れて絡ませる。更にお互い顔を傾けて、唇をより密着させていく。真也の唇は、とても柔らかく、そして甘かった。長い口付けを終えて瞳を開けると、そこには真也の優しい微笑みが。八千代も笑みを浮かべる。しかもその笑みは、恥ずかしそうなものであった。その余韻が全身を駆け巡り、初めて味わう痺れに八千代は浸っていたのだ。それから真也がその首筋に唇を這わせてゆくと、八千代は受けてゆく刺激に思わず反応を示す。
「っ……あ……」
制服のジッパーを下ろして、下着の上から小さな胸の膨らみを揉んでいきながら、鎖骨を舌で舐めてゆく。あらゆる箇所から弾けていく電気に、八千代は必死に堪えていた声を漏らしてしまう。
「んっ……、んぁ……」
次に、真也は八千代の胸の膨らみに口付けをしていって、軽く吸い始めいった。
「……うぁ……」
そして、後ろのブラのホックを外して、今からそれを上へとずらそうかとした時に、ふと二人の視界に第三者の足元が目に入ってきた。
誰!? と、思ってその足元をよく確認したら、学生靴だったので間違いなく紫陽花高校の生徒だ。そして、二人は寝たままの姿勢で、真也は顔を八千代は視線をそれぞれ上げてゆくと、しゃがみ込んでいるコロッとした幼い顔立ちの女。
二人が驚きと共に声をハモらせた。
「紅葉!!」
大きな瞳を好奇心に輝かせながら、吹風紅葉は見入っていたのだ。すると、紅葉が二人に手を差し出してひと言。
「どうぞ、続けて」
「止めるでしょ、普通」
と、すかさず八千代から突っ込まれてしまった。
2
「あーあ。あとは教室で寝るかぁーー」
八千代の貞操を奪うことを諦めた真也は、伸びをしながら呟いた。起き上がった八千代も、後ろに手を回してホックをかけ直している最中。
そんな時に、紅葉を含めて三人が屋上にある水槽タンクの後ろから二つの影が出てくるのを見て、ちょっと驚いた。それは、口縄龍と水野槌珠江だったからだ。この二人も八千代たちに気づいて、目を合わせる。
数秒の沈黙。
龍が真也と顔を合わせるなりに、八千代のはだけた姿に目を流して口元を歪めた。
「なんだ。お前も八千代と“よろしくやっていた”のかよ」
「いいや。やり損ねた」
真也の言葉に、八千代はギョッとする。慌ててジッパーを上げて、カラーを整えた。
突然、紅葉の頭が軽く叩かれたので、びっくりして真也を見上げる。
「バカ。露骨に威嚇するヤツがいるか」
「つい……。―――でも、貴女たちならあの二人に勝てるでしょ?」
真也から吐き捨てられた割には、無邪気に返した紅葉。すると、鼻で笑われた声を聞いてその方に目をやったら、珠江が龍の腕に腕を絡ませながら微笑して言葉を吐き出してきた。
「面白いことを仰るのね。まあ、いいわ。―――ひとつ云っておくとね。私たちはいつでも貴女たちに攻撃を仕掛けることが出来てよ。よろしいかしら?」
「あら、それは嬉しいわ。実は私たちも貴女たちからの攻撃に常に備えていてよ」
真也の返しに、途端に屋上の空気が凍結していったのだ。誰かが、いや、誰でも何かひとつの動きを見せた瞬間にそれがゴングとなり、たちまち屋上は戦闘の場と化すのは明らかだった。
まさに、一触即発状態。
数秒の睨み合いの直後。そんな空気を破壊するかのように、出入り口の扉が蹴り開けられて、スレンダーな影を吐き出した。
「紅葉、貴女どこまでほっつき歩いてんの! 勝負の途中で逃げ出さないでよね!!」
「あ!!!!」
思い出して、掌を口に当てる。どうやら将棋を指している途中で、御手洗いに行くと告げて抜け出したらしい。そして、八千代と真也に申し訳なさそうに手を合わせたのちに、紅葉は足早とその場から去って行った。
そんな紅葉の後ろ姿を眺めながら、顔を緩ませた真也がひと言呟く。
「一度でいいから、紅葉の頭を撫で撫でしてみてぇーな」