始まり事
ラヴクラフトと『遊星からの物体X』と、ライダー怪人とを愛する者たちに捧ぐ。
あと、ドラマのスケバン刑事シリーズに影響を受けた人々にも。
その晩は、随分と暴力的な雨が降っていた。部室の硝子窓を、大粒の水滴が激しく叩きつけている。暗闇の景色を窓越しに眺めながら、毒島零華は溜め息をつく。女にとっては今年夏の高総体が最後となる。熱を入れすぎてしまったようだ。部長である零華自身にもともと引率力があるのであろう、部員の皆は特別な用事のない限りはいつも最終まで付き合ってくれている。これには零華も感謝していた。
今日は余計に張り切りすぎたようで、皆を帰した時には既に十時近くを回っており、零華は椅子に腰を下ろした直後そのまま眠りに入っていたらしく、雨音に気づいて目を覚ました時にはもう十一時を過ぎていた。ロッカーを開けて、帯を解いて下を脱いだ時のこと、不審な気配と物音を感じて手を止める。下は腰骨ラインのインナーに、上は道着をはだけているといった姿のまま、零華は足を進めてゆく。
すると、開いた窓とその隙間から入ってくる雨水が床を濡らす光景を目にして、静かに閉めた。水たまりから出て付いていく足跡を確認すると、女は息を殺して意識を集中し神経を尖らせる。
私が不審者をここで始末しておかなければ、学校は大変なことに成りかねない。だから見つけ次第に私の拳を奴に叩き込む。そして、ロッカーの列ぶところで背後に気配を感じて振り返ったとき。
不審者を発見。
男だった。
暗闇により顔が判別できず。
奴は既に構えている。
狙いは零華だった。
零華も怯まずに構える。
男が跳躍する。
零華は足を振り上げた。
男の腹に踵が当たる。
頭から落ちた。
零華が床を蹴った瞬間に、男の背中から幾つもの触手が飛び出してきて、腹を殴ってロッカーに叩きつけた上に手首と足首を縛って、更に二度三度と女を叩きつけたのだ。後頭部で炸裂するプラズマに堪えながら、零華は男を睨みつけた。すると、触手が口に挿入されて塞がれる。
男は近づいてくると、道着の襟を掴んで前を開けるなりに、女の臍へとしゃぶりついた。その途端に躰じゅうに稲妻が毛細血管のごとく放射状に広がってゆき、零華はこれまでに味わったことのない激痛を感じ、目を剥き出して躰を弓なりに仰け反らせる。視界は白くなり、脳味噌を得体の知れない何物かに鋭い鈎爪で鷲掴みにされた。
そして、男が暗闇の部室から姿を消した頃には、濡れた床に倒れ込んだ白い肢体の零華がいた。




