1999日本橋ヤマギワソフト★青春ノストラダムス
何度も夢に見たあの頃
あれから5年…10年…いや、20年以上経ってしまった
僕はぼんやりとした感覚の中
大阪日本橋通りの上に架かる歩道橋の上に立っている
一方通行の車道とは関係なくリュックサックを背負った人達が
屋根の付いた通りを行き交っているのを見下ろしている
左手には「ヤマギワソフト」と書かれた4階建ての建物
右手には大きなガンダムの看板が飾られている
「…ここは…日本橋なのか?
僕が働いていた街…というより働いていた時の日本橋?」
昔、頭を強く打って数時間記憶が無くなった事があった
その時は夢の中で人と会話しており
段々と目の前が現実とブレンドしていく感覚を味わったことがある
その時と同じ様に夢の中で眺めていた日本橋の景色が
街のざわめきと共に視界をはっきりと戻してくる
もうとっくの昔に無くなったはずなのに当時見慣れたテナントや看板
聞こえてくる音楽が1999年の日本橋だと言うことを教えてくれる
「ちょっと待ってくれ
僕は2024年にいたはずだ…でもこれは夢ではない?」
確かにこの時代、この場所にいつか戻りたいと思っていた
もしかして僕は死んでしまったのか?
歩道橋に立つ前の記憶を思いだそうとする
「たしか…2023年大晦日…年越し花火を見に行って
カウントダウンと共に打ち上げられた花火を見上げていたら
目の前が花火でいっぱいになって…
大きな音と光で包まれた後…
フェードインするように歩道橋の景色が目の前にひろがった…?」
ああそうか、おそらく花火の光か音で気絶でもしたのだろう
ということはこれは夢だ。
現実感が少々強い夢だが、そう考えれば納得がいく
「うーん、、、これはもしかしたら…楽しむしかないかもしれない」
どうせ夢というものは良いところで覚めるものだ
「目覚めたら病院のベットか自宅の布団の上か」
そんな事を考えながらさて、どうしようか考えていると
背中にリュックサックを背負っていることに気付く
肩から見える趣味の悪い紫色のベルト
当時使っていた安物のリュックだ
確かプランタンで買ったペラペラのリュックにはスマホではなく
電卓かとツッコミたくなるような小さい液晶が取り付けられた携帯電話がコロンと入っていた
中から携帯電話を取り出しカチっとボタンを押すと
7月15日 10時35分と表示された
いつもアルバイトに出勤する時間だ
夢の中でも働くのはどうかと思ったが
会いたい人たちはこの建物の中にいる
僕は少しドキドキしながら左手に見えるヤマギワソフトに入っていった
4階建てのこのビルには音楽、映像、PC、ゲーム、アニメ、
が各フロアに分かれており僕は1階の音楽担当だった
所詮はバイトなので本社から送られてくる商品を店頭に出したり
支店間の商品をピッキングしたりと大した作業はなく
同じフロアの仲の良い人達と話すのが日課で
どうやったらお互い彼女ができるか真剣に話し合ったりしていた。
4階でおこなわれる朝礼が終わった後、誰かが肩をたたく
「よっ!おはよう」
振り返ると映像担当の中川さんがいた
中川さんは僕より5歳ほど年上でまじめな雰囲気の人だ
ここに来る前は日本橋にある他のお店で映像担当していたらしい
「昨日仮面ライダーチップス買ったらええカード出たでえ!」
満面の笑みでごそごそとポケットを探る
その瞬間、僕は思い出した
(そうだ、この時は僕もカードホルダーがもらえるカードが出たんだった!)
とっさにポケットを探ると光るカードが1枚入っていた
どうせ夢だから間違ってもいい。なんとでもなるだろ
そんな気持ちでそのカードを出す準備をする
「ちょっと待ってください、実は僕もいいカード出たんですよ!」
「ほんまに?そしたらいっせーのでで出そうか!」
「いいですよ…いっせーので!」
二人の手には同じ光るカードが握られていた
「おーっ!」
「すごいですやん!二人とも当たりでましたね!」
「いやー、正直これやったら驚いてもらえると思ってんけどなー
まさか要君もこれ当ててたとはなー!やるやん!」
「僕も中川さんがええカードって言ってたから多分これじゃないかと思いましたよ」
「あーそっかー、普通に見せたらよかったかもしれんなー」
大抵夢ならここで訳のわからないカードが出るか
急に場面転換して違う話になったりするのだが
記憶のままの内容だ
いや、記憶だから当たり前と言えばそうかもしれない
「どうしたん?二人ともめっちゃ嬉しそうやん」
僕と中川さんの間に入ってくる人物がいた
首から携帯電話をぶら下げ
エヴァンゲリオンの赤いTシャツを着ている
僕と同じ音楽担当の前塚さんだった。
前塚さんは僕の3歳年上でモーニング娘。の大ファン
「あ、前塚さん。実は中川さんと僕、おんなじカードが出たんですよー」
「マジで?(笑)」
この「マジで?(笑)」は前塚さんの口癖で驚き、怒り、笑い
ほぼこの言葉で対応する便利な単語の持ち主である
「そういえば中村君、昨日休みやったから知らんと思うけど
明日の休館日に皆で通天閣行こうって話しててん」
「え、本当ですか?行きましょ!行きましょ!」
覚えている。通天閣へ登った事。
確か男5人で行ったはずだ。
夢ならそろそろ覚めるはずなのに一向に覚める気配がない
というよりも時間もしっかり体感している。
こんなに時間を体感できる夢なんて初めてだなと思いつつ
しっかり働き家路についた。
「あれ?夢のはず…やんな?」
当時住んでいたのは地下鉄千日前線の新深江駅の近くにあるマンション
路線図ではピンクなのでお色気線とよくいじられたのを思い出す
ドアを開けると積み上げられたCDとレコード以外何もない部屋が広がる
少し埃っぽい6畳一間の部屋
本当に何もない。
この時は免許も車はもちろん無く
テレビはブラウン管の大きな形、パソコンはまだ普及しておらず
フリーターの僕にはとても買える品物では無かった
家ではテレビを見るか、音楽を聴くしか時間を潰す手段がなかった
「明日は11時にヤマギワソフト横の歩道橋に集合か」
このまま寝たら2024年に戻るのだろうか?
これが夢ならまだやり直したいことや会いたい人が沢山いる
当時の僕は何者にでもなれると信じていた
そう、未来には希望しかなかった
この年にフリーターを卒業して2000年に就職したのだが
いつしか仕事や現実に追われ、この頃の世間知らずな僕は死んでしまった
というか、自分を殺さずには現実でうまく生きていけないと悟った
殺してしまった何者にでもなれる無邪気さこそが、本当に自分が求めていた事だと知るには時が経ちすぎてしまったのかもしれない
夢か現実かわからない一日で頭が疲れていたのだろう
テレビをつけたまま寝てしまっていた
目が覚めるとほこりっぽい、6畳一間のベットの上だった
「夢…じゃないのか?本当に1999年にいる?
だとしたらすごいことやん!なんだってできるし、未来のことも知ってるし!
え、マジでほんまにやばいって!」
何よりもうれしかったのは
1999年に置き忘れてきた「無邪気で何者にでもなれる自分」
そして楽しかったヤマギワソフトでの日々、
もう会えないと思っていた仲間との想い出を取り戻せる
夢か現実かそんな事はもうどうでもよかった
胸の中で大きく熱く脈打つ忘れていた感覚が蘇る
「そうだった。僕は何者にでもなれるんだ」
10時45分に千日前線日本橋駅から地上に出ると
通天閣の方向にある待ち合わせ場所へと向かった
「第2章 通天閣ラプソディ」
歩道橋に到着するともう皆集まっていた
いつもの3人にパソコンフロアから大塚さん
最近映像に入った山岡さんを含めた5人だ
中川さんが
「ほな、全員集まったし通天閣登ろうか」
通天閣へ向かいながら僕は前塚さんに話しかける
「前塚さん…見てくださいよ男5人、男だけですよ!
どう思います?山岡さんもせっかく新しいバイトに来たと思ったら
まさかの男だけで通天閣登るなんてね!あはは。」
大塚さんが話を遮るように笑いながら入ってくる
「俺はあれやで。ホンマは来たくなかったで!なあ前塚君!」
そういいながら肩を組んだ。傍からみれば絡まれてるようにもみえる
ちょっと困りながら前塚さんは返答する
「マジで?(笑)」
でた!この返し!
「えーそんなこと来たくなかったとか言わんといてくださいよー、ねえ山岡さん」
早くなじんでほしいと思い僕は山岡さんに話を振る
「自分は…楽しいと思いますよ」
中川さんがフォローに入る
「ええ子やろー山岡君はー。ヤマギワソフトに染まらんといてほしいね」
「中川君、どういう意味なん?それー」
大塚さんが俺は違うアピールをしているときに電話が鳴った
着信を見ると「森広さん」と表示されてる
心臓がバクバク高鳴った。
僕はこの森広さんが好きだったんだ
でも彼女には彼氏がいて実業団の水泳の選手だった
バイトを始めて数か月経ったころ
彼女が僕に少し興味を抱いているのは知っていた
今思えば彼氏が実業団で忙しくなかなか会えないから
暇つぶしに話したり相談する相手が欲しかったんだと思う
僕もここでバイト始めてからすぐに当時付き合っていた
彼女と別れていたということもあり
森広さんと音楽のことや恋愛のことなどで話すうちに彼女の魅力に惹かれていった
もちろん自分の気持ちは伝えた
彼女は少し迷ったようだったが
ただのフリーターである僕ごときが実業団の選手に勝てるわけもなく
当時はあっさりとフラれてしまったのだった。
「もしもし」
僕は胸の高鳴りが受話器越しに聞こえてるんじゃないかと
通話口を上のほうに向けて電話に出た
「あ、要さん?こんにちわー。今日皆で通天閣いってるんやろ?」
人懐っこい気さくな声は、記憶の森広さんと全く同じだった
「そうやで。よく知ってるやん(笑)」
思っていたよりも自然に会話がすすむ
「昨日、前塚さんがレジにきて明日皆で通天閣行くって言うてたから。
私、要さんも行くのって聞いたら、行くでって」
「今まさに登ろうとしてるところやで」
「そうなん?ほんでな、今日夜ご飯いかへん?夜はみんなと行く感じなん?」
「たぶん行くけど…あ、でも皆お酒あんまり吞まへんから19時ぐらいには帰ると思う」
「そっかーそしたらその後でいいし、一緒にご飯いこう」
この森広さんが言う「ご飯」というのはお酒を飲んで音楽や恋愛について話し合う二人の会合だった
「わかった。後で連絡するわー」
僕が電話を終えると
「…電話誰から?」
前塚さんが話かけてきた
「あ、友達っす、友達が夜ご飯行こうっていう電話っす!
大丈夫です、20時ぐらいからなんで!」
当時僕と森広さんがご飯に行くのは二人だけの秘密…というか
森広さんには彼氏がいるのに他の男と出かける尻の軽い女性だと周りに思われたくないので周りの皆には内緒にしていた
森広さんも二人でご飯に行ってる事は周りには話してないと言っていた
別にやましいことはない、なのに二人だけの秘密にしてるのが皆に申し訳ないと思っていたのも事実だった
大塚さんが残念そうに
「そっかー要君は20時までやなー仕方ないあー。なあ中川君」
「まあええんちゃう?どうせ16時ぐらいから吞むやろうし」
山岡さんがポツリとつぶやく
「要さん…その友達は女の…人ですか?」
「えっ!?」ドキッと身震いしてしまった
「な、なんでそんな事言うんですか山岡さん!」
「いや…そんな感じがしたから」
「いやいや、違いますって、ねえ前塚さん?」
話をそらすために前塚さんに同意を求める
「マジで?(疑)」
ものすごく敵対心を感じる言い方だ
裏切り者を許さないという気持ちが視線にこもっている
「もし、、そうだとしたら、、、」
拳を握りながら威嚇の体制を取っている
いや、この雰囲気はどうやら本気だ。
一緒に仕事しているので前塚さんの扱いには慣れているが
たまにこういった本気が見え隠れする
「なんなん前塚君、それなんかの拳法のマネしてんの?」
「俺こないだ映画で見たわその構え。ユン・ピョウやったけ?」
大塚さんと中川さんが前塚さんの妙な威嚇をいじってくれたので助かった
この二人は前塚さんよりも年上なのでこういう時に頼りになる存在だ
通天閣の近くにあるお店の大きなフグのはりぼてを大塚さんのお父さんが作った話を聞きながら新世界でスイカを食べ
ツッパリグッズが入ったガチャガチャを皆で回したが
煙の出るタバコ以外出なかったり
入る勇気も(お金も)ないのに飛田新地をうろついたりと
また皆と楽しい充実した一日が過ごせた
僕は人生が終わる走馬灯の1ページに残せるように
場面の瞬間、瞬間を何度も目に焼き付けていた
もし、今日と同じ事を2024年の年老いた僕がしても楽しいと思えるだろうか?
未来に希望があるから楽しいと思ってるのか
何も考えてないから楽しめるのか
いや、皆と一緒なら2024年の僕も同じように楽しめるはずだ
どうして2024年には皆一緒に居れなかったのだろう
どこかで歯車がかみ合わなくなったのか?
今ならその歯車をかみ合わせることができるかも
いや、そうする為に僕はこの時にやってきたんだ
そうじゃなきゃ戻ってきた意味が無いじゃないか
そう思うだろう?1999年の僕。
「第3章 トワイライト・なんば」
中川さんの言った通り僕たちは16時前から呑んでいたので
20時前には解散することになった
「おつかれさまでしたーまた明日ー」
僕はそういいながら携帯電話で森広さんに電話をする
「もしもーし、私ちょうどなんばに着いたところー
要さん今どこら辺にいるのー?」
「今、ヤマギワソフトの近くやから、なんばまですぐやで」
「じゃあカプセルホテルのビルにある居酒屋でいい?
そこの入り口でまってるわー」
この頃のなんば付近には居酒屋チェーンが沢山あり
呑む場所には困らなかった
20年以上会ってなかった彼女に会うのに緊張しないわけがない
とはいうものの、この世界では昨日もお店で会っているのだが…
待ち合わせ場所でたたずむ彼女を見つけた。
向こうもこちらに気づいたらしく手を振りながら向かってくる
「どうやった?通天閣。おもしろかった(笑)?」
あきらかにネタにしようという雰囲気が伝わってくる
突然森広さんが顔を近づけてきた
「あ、みてみて!目の周り!なんか違うとおもわへん?」
僕はこういうのが苦手だ。女性がたまにする変化当てゲーム
わからなければ、なぜわからないのかと詰められ
わかったと思えば、そこは以前からそうだったと詰められ
全く誰得なのか意味が分からない
しかし今回は明らかに目の周りに違和感を覚えた
「…目の周りがキラキラしてる?」
「ぴんぽーん!要君にしてはよくわかったやん」
さすがにわかるぐらい色々くっついてる
バイトの時はこんなにキラキラしてないから誰でもわかると笑ってしまった
「変…かな?」ちょっと不安そうな言い方だったので
「あ、ううん全然似合ってるよ!ほらバイトではそんなに目の周りキラキラしてないやんか?」
「そやろー似合うやろー。ちなみにメガネも新しくしたけど…
見て!サイズまちがえてまつ毛に当たんねん!ほら!」
言われてみればメガネの色が違う。そこには全く気付かなかったが
まつ毛にメガネが当たるのが二人とも面白くて気づかなかったことはバレなかった
エレベーターでカプセルホテルの上にある居酒屋に入ると
下に千日前通りが見下ろせる窓際に案内された
「わー見て見て!めっちゃ下見えるでー」
店員さんがカップルだと思って景色の良い席に案内してくれたのだろうか
残念ながら好意を持っているのは僕だけなんですけどね
はじめはバイト先のことなどを話していたが
この日の森広さんはお酒を呑むペースが速かった
彼女は色々な話をしてくれた
朝、起きたら欠かさずピアノを弾いていて
彼女の母親は朝のピアノの音で調子の良し悪しが解る事や
ローカル番組のピアノのお姉さんに応募した事
彼氏とうまくいっておらず浮気された事
すると森広さんが質問してきた
「要さんは好きな人おるん?」
「えっ?」
突然の質問にぎこちなく答える
「好きというか…気になってる人ならおるけど…」
「えー!ほんまにー!気になるー!誰なん?誰なん?私知ってる人?」
「あ…うん知ってるかな?」
「もしかしてバイト先の人?」
「いや、というか二人の共通の知り合いってそこしかないやんか…」
「ということはヤマギワやんか!え?え?〇〇さん?それとも○○さん?」
「ううん違うで」
「あ、じゃあこないだ辞めた〇〇ちゃんちゃう?要さん好きそうやもん」
「いや、あのこは○○君が気に入ってたで。帰り出口で待ってたもん」
「えーそうなんや!知らんかったー!んで要さんも狙ってたの?」
「ううん。僕はそんなに…というか、かわいい子だけど付き合いたいとは思ってないかなー」
「いやー!かわいいと思ってたんやー!
そうやんなー○○ちゃん男ウケよさそうやもんなー私には無い物があるわー」
なんだろうめっちゃ嬉しそう
やはり世間は不景気でも恋はインフレーションという噂は本当だったようだ
「で、誰なん?」
身を乗り出して周りをキラキラさせた目で凝視してくる
僕は彼女の顔が近いので顔を両手で隠してその場をやり過ごそうとした
「まさかとは思うけど…私ちゃうやんな?」
森広さんは冗談交じりのボケたつもりで言ったのだろうが
まさに正解である
なんで1999年に戻って来てまで同じ質問をされないといけないのか
僕は顔を隠したままフリーズしてしまった
「え?ちょっとまって!ほんまに?ほんまに私なん?冗談やんな?」
僕は小刻みに顔を横に振る
「ちょっとまってー!え?え?私のどういうとこがええの?
なんで?なんで?」
(いや、気になってるだけっていったやんか
だからそんなに深く聞かれても困んねんけど
もっと深く知りたいからお付き合いするのであって
今ここで森広さんが「わかってるやん!」なんて納得できる
答えを即答出来たらこんなに困ってませんけどね!)
心の中ではとっさに言い返せたのだが
口から出た言葉は
「なんか…雰囲気というか僕と合うかなって…」
なんだこの答えは。どうやら精神も1999年に戻ってしまったのか
ニコニコしながら彼女は答える
「ふーん。そっかー。雰囲気が合いそうかー」
「私も要さんと、合うと思うで。そう思ってた。」
その言葉を聞いた瞬間胸の奥から記憶が蘇る
出た!
覚えている!
この一言で僕はその気になったんだ!
その後、結局はフラれてしまった。
でももうわかっている。僕には彼女がこの先一緒に居たいと信頼できるほどの器が無かったんだ
もちろんフリーターということも、免許も車もなければ
住んでいるのは6畳一間の埃っぽいマンション
CDやレコードばかり買って全然お金が無いこともそうだ。
中途半端にしてるバンド活動もそうだし
僕が女性だったら自分を選ばないだろう。こんなに生活力のない自分が情けないと心の中では解っていた
でも僕には何の確証もない自信だけがあった
他の人には無い物を持っていて、それがいつか開花すると思っていた
それと比例するように何かが開花するだけの行動はしていない事もわかっていた
僕は何者かになりたかった。どんな形だろうと成し遂げたかった
このまま時間と共にさなぎにもなれずに年老いて腐っていくなら
目を背けていた普通と言われる生活を手に入れれば
彼女にも認めてもらえるんじゃないだろうか
結果がわかっていてもこのとき覚えた「変わろう」という気持ちは同じだった
お酒が沢山はいって顔を赤らめた彼女が口をひらく
「ねえ、要さんの家にいこうか?」
僕はそのあとの結果を知っている
もちろん彼女の事は好きだ
でもやり直すために夢か現実かわからない1999年にいるんだ
「あ、ごめん。今日は先に父親が泊まりに来てるから僕の家は来れへんよ」
「そうなん?なんや残念ー。要さんと色々合うと思うねんけどなー」
「ごめん。でも彼氏がいるのに他の男の家に行ったらあかんで。今なら終電も間に合うやろし、行こ!行こ!」
僕は支払いを済ませると手を引っ張って近鉄電車の乗り場まで彼女を送った
酔っ払いながら彼女はしぶしぶ帰っていった
これで彼女はひとときの寂しさから気を許してしまい
何者にもなれない冴えない「僕」という間男に
時間を取られることも、言い寄られることも無くなった
何年か後に食事に行こうと電話してくれたのに
その時女性といた僕に「もう電話しないで欲しい」と言われる事もないだろう
そう僕たちは今まで通りバイト仲間だ
もう、二人で部屋で何回も過ごした夜も
一緒に出かけた暑い日々を思い出して胸が痛くなることはもう無いだろうけど
これでよかったんだ。
いつもの無邪気な言い方と笑顔で
これが正解だったと
そういってくれないか森広さん
「第4章 ミッドナイトマリンブルー岸和田」
次の日、
僕と前塚さんが1Fの奥にある作業所でCDに防犯タグを付けていると
映像コーナーから中川さんが歩いてきた
「なあなあ、今年1999年やで。何の年か知ってる?」
突然の質問に唖然としていると前塚さんが
「ノストラダムスの大予言?」
「そうやで!2000年に変わるときにコンピューターがおかしくなって
世界中に核爆弾が落ちるって説もあるらしい」
僕はそんなことはもちろん無いのは知っていたが
「そうなんですね!えらいことになりますやんか!ねえ前塚さん!
「マジで?(困惑)」
安定の前塚語録も出たところで中川さんが本題にはいる
「というわけで、次の休みの前の日から海に行かへん?」
「海いいですね!でもどうやっていくんですか?」
「俺、車借りるからそれに乗っていこうや
なんか女の子達も別の車で一緒にいくことになった」
たしか岸和田のほうに新しくビーチをつくっているみたいで
そこが結構キレイとの話だった
「あ、女の子が花火買ってきてくれるから一人500円づつちょうだい」
…僕は思い出した
この花火、そして海に行った記憶
場所は岸和田のほうにある「ぴちぴちビーチ」
まだ海岸は工事の途中で手すりのついた階段や休憩スペースなど
つくりかけの状態で誰もいなかったのを覚えている
その記憶をたどり終え、
気が付くと僕は「ぴちぴちビーチ」
と書かれた看板の下を皆で乗った車でくぐっていた
奥まで車が入れなかったので少し離れた場所に車を停め
そこから海岸まで歩いて行った
誰もいない海岸は僕たちの貸し切り状態だ
こうなると誰が初めに海に入るのか
高校生のような押し合いが始まる
なぜか僕が皆に押され海へ突き落される
落とした張本人、中川さんが僕を見て言う
「要君、落とされたのにめっちゃ嬉しそうやな
死ぬときも笑いながら死んで欲しいね(笑)」
「それ、どういう意味ですか?そんなに嬉しそうですか僕(笑)」
勢いよく落とされた時、手に虹色に光る綺麗な貝殻を握っており
記念に持って帰ることにした
皆で花火をもって走り回り、何も大した事していないのに
この楽しさはなんだろうか?
「要さんもこれする?」
森広さんが近寄って来て僕に線香花火を渡してくれた
皆と少し離れた場所で向かい合って線香花火に火をつける
ほとんど灯りのない海岸で線香花火に照らされる彼女は可愛いかった
「私、もう一度この場所に来たかってん」
「そうなんだ、前にも来たの?」
僕は音大の友達と来たのだろうと思いそう質問した
「ちゃうで、もうだいぶ昔に来た事あんねん」
????どういうことだろうか???
あーそうか。幼い時に家族でここら辺の海に来たのだろう
「こうやって要さんと線香花火するのもこれで2回目
だからこの前カプセルホテルの上で一緒に呑んだのも実は2回目やねんで」
「まさか森広さんも…?」
「この前な年末に花火見てて、気が付いたらもうあらへんはずのヤマギワソフト横の歩道橋に立っててん。へんな夢見てるんやなと思いながら懐かしいなーと思っててんけど、そのまま家帰ってピアノひいたら当時の音やねん。びっくりしたわ。ほんでな私気づいてん。あ、これホンマに1999年に戻って来てるんちゃうかなって。」
「実は僕も…」
「うん。そうやと思ってたで」
遮るように彼女は話を続ける
「だって呑みに行ったあの日。ほんまはあのまま要さんの家に行くはずやったやん。
でも行かんかった。あれ?記憶とちゃうなーって。その時ピーンと気づいたね。要さんもこの時代に戻って来てるんちゃうかって。」
「そんで私との事無かった事にしたかったんやって」
「いや、違う!僕は森広さんがあの後、僕に好きだとか言われて迷惑だろうと思って…」
呆れた様に彼女は言い返した
「なんで私の事奪い取らへんかったん?あの時彼氏と別れてもいいと思ってた。
でもな、要さんの彼氏いる女の子に手を出してるっていう
悪いことしてる感が伝わってきて不安になってん」
「たぶん、要さんは私の事を軽い女やと思ってる
確かに軽い女やねんけど、それを相手に思わせながらは付き合えへんなって」
「別に軽いなんて思ってないよ…」
0パーセントかといわれればそうではない。言い方は違えど彼氏いるのに他の男の家に行くんだなとは思っていた。もちろん好きという事には変わりなかったのだが
「期待しててんで、通天閣の日に電話して呑みに行くとき。今回は要さんと上手くやっていけるかもって。でもアカンかったなー今回は私がフラれちゃった、あはは。」
「まって!そんな事ないよ、ほら今からだってやり直せるし、
森広さん全然悪くないよ!」
「ちゃうで。」
「え?」
「そういうとこやで要さん、優しすぎんねん。どう考えてもアカンやろ?
彼氏に内緒でそういう事する女。実はあの後彼氏と別れてん。で、要さんに電話したらもう電話せんでいいって言われたやんか?彼女できたんやろ?」
「う、うん…あの時は森広さんと上手くいかなかったから
それを忘れたくて彼女作ってんけど…」
「私と一緒やん。寂しくて誰かに隙間を埋めてもらうの。
一つ言っとくけどこの前言った、要さんと色々合いそうっていうのは本気やで
要さんとはうまくいかんかった。でも、楽しかった。もう一度この時代に来れて。ホンマにありがとう!
要さんにも会えたし呑みにも行けたし、ヤマギワソフトのみんなともう一度会えて
ほんまに、めっちゃうれしかった!」
彼女の眼には涙があふれている
僕もこの時代に来れた事、皆に会えた事、
そして何より森広さんともう一度会えた事
もう何から伝えたらいいか判らない
「僕も、森広さんとずっと会いたかった…」
すーっと線香花火が一気に暗くなっていく
同時に向こうではしゃいでいる皆の姿も薄暗くなって
夢の中に吸い込まれる感覚が身体を覆う
ここから離れたくない僕は大声で叫ぶ
「前塚さん!中川さん!ちょっと!大変なことになってます!ねえ!」
聞こえないのか誰もこちらを見ない
目の前でしゃがんでいる森広さんが段々と見えなくなってくる
「森広さん!ちょっとまって!まだ伝えきれてない事が沢山あるんやで!」
無邪気で人懐っこい笑顔を向けながら彼女は言う
「要さん。ほんまにこれでよかったんやで。この想い出のまま私の事覚えといてやー!」
「ちがう…僕は…想い出なんかにしたかったんじゃない…
もう一度何者にでもなれる自分になって、
想い出ではなく現実に森広さんと居たかったんだ!」
もう姿がほとんど見えない彼女の声だけが頭に響く
「ほんまに?ありがとうー!でも大丈夫、要さんは何にだってなれるで!
私はそう信じてるから!またねー!」
もう、気持ちと涙がこみあげてきて何も言い返せなかった。
意識が吸い込まれていく
まってくれ、まだ何も解決していない。
皆との想い出も何もかもがそのままで、やり残したことが多すぎて…
黒い闇に吞み込まれていくように僕は意識が遠くなっていった
「最終章 コーヒーミルク・クレイジー」
カッ…カタッ…
階段を踏みしめる感触が靴から耳へ音に変わって伝わってくる
段々と夢と現実がブレンドしていく中、僕はなぜか階段を登っている
さっきまで海岸に居たのに突然階段を登っているなんて夢ではよくある場面転換だ
階段の上にレトロ感あふれる喫茶店があり
中に皆がいる気がして足早にドアを開けた
「おひとりさまですか?」
「そうです」
「ではこちらへどうぞ」
窓際の席に案内され、目の前にはヤマギワソフトではなく
解体後、跡地に建てられたビジネスホテルが目に入った
「すいません、コーヒーください」
周りを見渡すが他に客は誰もいない。
もちろんさっきまで一緒に居た皆も見当たらない
眉間の間に手のひらを当て頭の中を整理する
1999年の日本橋に戻っていた事
そして今は一人でここにいる事
夢か現実かそれすらも定かで無い
「お待たせしました」
目の前に白いカップに入ったコーヒーが置かれていた
少し酸っぱいような香ばしいにおいが頭の中をスッキリさせ
記憶を無くした時のように実世界へと引き戻していく
これは…現実だ
夢を見ているときは目の前に広がる景色が現実だと感じている
しかし、目が覚めると夢は夢、現実との違いがハッキリと分かる
コーヒーを飲もうと身体を動かしたとき
後ろのポケットからゴトッと音を立て床に何かが落ちた
床を見るとひびの入った見慣れたスマートフォンが転がっており
1月1日 16時36分
と表示されている
やっぱりあれは夢だったのか
深いため息とともに後悔があふれ出てくる
結局、夢の中でもなにも変えられなかった。何物にもなれなかった
記憶と同じ1999年をもう一度やりなおしただけ
本当はみんなともっと想い出をつくって
この時代でも一緒にいるはずだった
一人で喫茶店にいる
あの頃よりも住んでいる家も随分と大きくなり金銭面も不自由はしていない
しかし充実感はあの頃よりも貧しいと感じている
当時、何もない自分が惨めだった。悔しかった。
そんな自分を変えたくてフリーターを辞め、一生懸命働いたはずなのに
それとは反比例して充実感や心のきらめきが無くなっていった
このまま老いぼれていくのが手に取るようにわかってしまった
様々な思考をかき消すように
海岸で森広さんが言ってくれた言葉が頭の中で響く
「…要さんは何者にでもなれるで…私信じてるから!」
そうだ…約束したんだった。
皆といつかまた会えた時には
あの頃よりもっと笑顔で充実した自分を見せたい
コーヒーを飲み終え喫茶店を出ると
夕日がビジネスホテルを照らしており
心に湧き上がる思いをライトアップしている様に感じた
夕方の日本橋は暗くなっていて肌寒かった。何気にポケットに手を入れると
砂が少し付いている虹色に光る貝殻が入っていた
「これは…海で拾った貝殻…?」
その時スマートフォンから通知音が鳴る
ポップアップされたメッセージには
(めっちゃひさしぶりー!そろそろ何者かになれた?(笑)
お腹すいたしご飯でもいかへん?)
僕はその無邪気なメッセージに返信すると
すっかり変わってしまった日本橋を
カプセルホテルがあるなんばに向かって歩き始めた
あの時の仲間達が頑張れと背中を押してくれている様に感じた
「ありがとう。ここからが本当の僕になれる時だ」
追伸
1999年日本橋ヤマギワソフトで働いていた皆さん、
あの頃と同じ様にこのまま無邪気な笑顔で死ねるかもしれません。
僕と出会ってくれて本当にありがとう。
なかむら かなめ(*'ω'*)
最後まで読んでいただきありがとうございます!
僕の初小説になります
実体験をもとに書いてみました
またいい構想が浮かんだら書いてみようと思います!
ありがとうございました!