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第26話 状態異常

「はい、じゃあ最後ユイ」


「あぅ、えーっと」


 伊佐凪も流れからして自分に回ってくることは予想していただろう。なんかモジモジしながら言葉を探しているようだ。淡いピンク色のエネルギーが部屋を侵食していく。全身がかゆくなってきた。佐々木とは違う意味でやりづらい。


「その、芯がある人というか、他人に流されない人みたいな。あとは私にだけ見せてくれる顔とかがあると嬉しいかも。その、優しかったり、可愛かったり?」


「ふーーーん。へーーーー。いいじゃん」


 恥ずかしそうに回答する伊佐凪に対して、佐々木は何を言うわけでもなく口元を釣り上げるだけだ。これで一周した。もう恋バナはお腹いっぱいだ。


「んじゃ、次トランプでもしようぜー。負けたヤツはこれコップ一気な」


 秀一が上手く恋バナからトランプへと切り替える。テーブルに置かれたのはトランプとチューハイ缶とプラコップだ。


「っておい、飲酒は──」


「はい、真司注目」


 ノンアルコール。チューハイ缶にはデカデカとそう書かれていた。


「……ならよし」


「よーし、じゃあ大富豪やろうぜー」


 こうして俺たちはトランプに興じた。そして飲み会ゴッコ遊びと言わんばかりに、ノンアルチューハイを飲みまくった。結果──。


「アハハハハハッ、あれぇ? 私の家になんでサキちゃんたちがいるのぉ?」


「おい、秀一? ノンアルだよな?」


「……多分?」


 秀一を睨む。ノンアルコールの飲み物を初めて飲んだからこんなもんだろうと思っていたが、俺も少しだけ体が熱く、頭がぽーっとする。


「おい、神谷。空けた缶の中に──」


「佐々木、それ以上は言うな。今日はお開きだ」


 何やら佐々木が見つけてはいけないものを見つけたようなので、それは潰して見えないように缶ゴミの袋にシュートしておく。


「「ほーい」」


「アハハハハハ、霧山くんが三人っ。おでこペシペシペシ~」


 伊佐凪は誰がどう見ても明らかに状態異常(デバフ)が掛かっている。俺のデコをペシペシ叩いたことは見逃してやろう。


「じゃ、真司またなー」


「うむ、キミの良心に全てを任せた。さらばだ」


「えっ、ちょ、お前らっ!?」


 信じられん。あいつら光の速さで片付けを終えて出ていきやがった。しかも状態異常の伊佐凪を残していくことに一切躊躇しないとか、人としてどうなんだ。幸いお隣さんだから良かったものの。


「ふぁ~、寝る~」


 どうやらおねむさんのようだ。良かった、あとは家に入るところまで見届けてて──。


「って、ちょ、おまっ、そっちは俺の部屋──」


 リビングからフラフラと去っていった伊佐凪が向かったのは俺の部屋だ。そして、何の迷いもなく掛け布団をバサッとめくると、ベッドへダイブした。


「おまっ、ふざけんな。おい、伊佐凪起きろ。起きて帰れ。そこは俺のベッドだ」


「はいぃ? あれー? 霧山くんがなんでウチにぃ? さみしくなっちゃったのー?」


「ここは俺の家で、お前が寝てるのは俺のベッドで、俺は微塵もこれっぽっちも寂しくなっていない。だから起き──」


 両肩を持って起き上がらせようとしたところで寝た。こいつマジで寝やがった。明らかに体から力が抜けたのが分かってしまった。


「くぅー、すぅー」


 小さな寝息を立てて、幸せそうにニヤケ顔で寝てる伊佐凪。


「ハァ……もういい。疲れた。風呂入ってこよ」


 色々なキャパシティがオーバーしてしまい、全てがどうでもよくなってしまった俺は風呂に入り、リビングの床で速攻眠りに落ちる。


 翌朝──。


「うぇぇぇええええッ!!」


 隣の部屋から伊佐凪のモーニング絶叫が上がった。薄目を開けてカーテンの隙間を確認する。外から漏れて入ってくる光はまだ薄暗い。次いでスマホ──朝五時。絶叫するには随分早い時間だ。


 ギィ。リビングの扉がゆっくりと薄く開く。


「おはよう」


 俺は上半身を起こしながら扉の方を振り返った。


「……霧山くん、おはようございます」


 申し訳なさそうに薄く開けた扉からスルリと入ってきた伊佐凪の顔色は元々肌が白い上に、今はさらに青ざめているようだ。


「体調は?」


「……少し、頭痛と気持ち悪さがあります」


 状態異常が一ターンでは切れず二ターン目まで継続してしまったようだ。


「そうか、記憶はあるか?」


「……うっすら。あの、本当に、本当にごめんなさい」


 伊佐凪が深々と頭を下げて謝ってくる。頭の位置を大きく動かしたからか、すぐにうぅと唸りながらコメカミを両手で押さえる。


「まぁ、別に問題ない。昨日は俺も佐々木に振り回されっぱなしだったから怒る気にもならん」


 体をグゥっと伸ばす。リビングで寝たから体も固いし、昨日は佐々木にメンタルを随分揺さぶられたため、心身ともに疲れが抜けきらなかった。


「あぅ。霧山くん、体痛いよね。あの、マ……」


「マ?」


「マッサージしましょうか……」


 いや、変な意味じゃないですよ、とわたわたしながら上目遣いで聞いてくる。頬に赤みが差して少し顔色が良くなったようだ。


「結構だ。それより、俺も少しでもちゃんと休みたいからベッドで寝かせてくれ」


「分かりました……。って、っえ、ベッドッ!? その、さっきまで私がお借りしてたベッドに寝るってことでしょうか?」


「? そうだが?」


「あぅ」


 いよいよ、顔全体に赤みが差した。信号機みたいに顔色がコロコロ変わるヤツだ。むしろ熱でもあるんじゃないかと心配になる。


「すぐにですかっ!?」


「……すぐにだ」


 なぜ、こんなにも伊佐凪は俺を休ませようとしない。鬼か?


「あぅ……。では、せめて私が帰ってからにして下さい」


「? あぁ、もちろんだ」


 そのくらいは待てる。


「…………では、帰ります。ご迷惑おかけしました」


 伊佐凪を玄関まで送っていく。


「じゃあまた学校で。おやすみ」


「はい、おやすみなさい……。霧山くんのえっち……」


「ん? なんか言ったか?」


 玄関から出る直前、最後に伊佐凪がボソッと何か言う。聞き間違えじゃなければ、なんか不当な謂れを受けたような。


「なんでもないですっ。失礼しますっ」


「あぁ」


 カチャンと静かに扉が閉まり、しばらくして隣の部屋の扉が開いた音がする。それを聞き届けてすぐに俺は自室に戻り、ベッドにボスンとダイブする。


「……あー、なるほど、これか」


 自分以外の人を寝かせることはおろか、上げたこともなかったため、想像もつかなかったが、伊佐凪が寝てた後は明らかに昨日までのベッドとは違った。


「…………クンクン。…………アホらし。寝よ」


 少しだけ迷ってから少しだけ悪いことをして、少しだけ後悔と反省をしてから二度寝をした。

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