アトリエにて
三題噺もどき―にひゃくよんじゅう。
外には星空が広がっている―はずだ。
何せ街灯の光が多い住宅街なものだから、空の星はたいして見えやしない。
昔に、家族で山に行って見たときの方が、断然きれいに見える。
「……」
そんな中でも、月は変わらずに、煌々と光っているのだから、すごいよなぁ。
実際は、自ら光を放っているわけではないと言うが。
それでも、灯りがあふれるこの世の中で、はっきりとその存在を主張できるのは、月だけだろう。星はどうしても、負けてしまうものもある。
―とはいえ、過去に生きた人から見れば。月の光は、ぼんやりとしているんだろう。
「……」
深夜。
時計の針は、長針も短信も、丁度真上をさしている。
外はもちろん真っ暗。まぁ、街灯があるから視界の確保は出来るけど。
それでも、時刻だけ見れば、真夜中もいいところだ。
しかしこの真夜中って言葉、面白いよなぁ。“真”の“夜中”ってねぇ……。偽物の夜中とかあるのかな……プラネタリウムとか?
「……」
とりあえずは、真夜中だ。
外は暗くて、月は明るい。
星は小さく輝いて、街灯は煌々と道を照らしている。
―そんな感じ。
「……」
とある、アトリエにいる。
アトリエ―というか、まぁ、この部屋の人間がそれっぽくしているだけの、1人部屋なのだが。本当のアトリエを見たことがないから、何とも言えないけれど。それっぽいのではないだろうか。
入り口に、アトリエって看板かかっているし。
「……」
目の前には、その部屋の主が居るのだが。
ここは、私の部屋じゃぁない。
この部屋をアトリエに大改造したのは、目の前にいるやつだ。
壁中に、書いたり、つくったりしたものを、置いたり、乾かしたりしてる。
「……」
今は、キャンバスの上に筆を走らせていた。
何を書いているのかは、わからないが。
私に見えるのは、筆を走らせている腕の動きと。真剣な視線と。キャンバスの背中だけだ。
「……」
たまに勢いづいて、キャンバスが動いたりしている。
そのたびになんだか、にこにこしてしまうけど。
きっと私の顔は見ていないし、気づいても居ない。
「……」
この人は。
所謂、芸術家の卵的な奴らしくて。界隈では、どうやら有名になりつつあるらしい。
詳しいことはあまり知らない。
なにせ、あまり芸術には興味がない。
というか、心得がないままなもので。
「……」
私はというと。
その辺にあった、椅子にこしかけて。
なんとなーく。
目の前を見つめてみたり。手持ち無沙汰にその辺の絵の具を触ってみたり。
なぜか床に折り紙が散らばっていたので(これで作品作りでもしたのだろうか)、それを拾って遊んだり。
「……」
なんだか久しぶりにさわったけど。
意外と覚えているものなんだな。
小さい頃は、全然折れなかったのに。こんなになってから、折り鶴を作ることになるとは。
思っても居なかった。
「……」
いつから、こんなことしてるんだろう。
もしや、今日一日中とかではないよな?
私は昼間はここに居られないから、分からないんだが。
しかし、それをやりかねないからなぁ。
「……」
あの日から、とくに。
「……」
引きこもりがちになっていたようだし。
まぁ、でも、そのストレスのはけ口として、こうして筆を走らせているのなら、いいのかもしれない。そのうえ、評価もされていて。
家にこもりきりなのは、いただけないが。
「……」
いつの間にか、作りすぎていた。
考え事……というか、色々しながら適当に手を動かしていただけなのだが。
いつの間にか、外も白み始めている。
「……」
もう、そろそろだろうか。
「……ぁ」
パチ―――。
と、一瞬目が合った。
気がした。
「―――……?」
あぁ、でも。
今日はほんとに、目が合ったのかもしれない。
気づいてくれたのかもしれない。
久しぶりに名前を呼んでくれた。
もう忘れられたのかと思ったよ。
お題:芸術家・真夜中・折り鶴