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自己紹介

 入寮日の翌日に入学式が行われた。上級生代表からの挨拶、学年代表や新任教師の挨拶。そして学園長の長話。

 これはどこの世界にいっても共通なのかとアルマは辟易した。

 アルマにとって学園長のジェライナは上品な婦人といったイメージだが、これだけは好きになれそうもない。

 なぜ要点から逸れた話を延々としたがるのか。何の合理性もないと心の中で悪態をついた。

 こうして特に目新しい点もない入学式を終えて、自分のクラスへ向かう。

 術戦科は三クラス、一クラス20程度とそれほど多くない。一学年で合計60人程度しかいないのが術戦科だった。

 術戦科志望だけで何人いたのかまではアルマも把握していないが、例年通りなら千人以上は受験している。


(よく私が合格できたなぁ)


 アルマのクラスはCクラス。成績順で決まっているなどという話があるが、アルマとしては納得だった。

 アルマの実技試験は自己評価でも、魔道士足り得ない。魔力の絶対量が低いということは魔道士にとって致命的だと知っている。

 身長が足りてないのにヘビー級チャンピオンを目指すようなもので、そもそもリングに立つ資格すらない。少なくともアルマはそういった認識だった。

 仮にそうだと仮定した上で、アルマはCクラスにおいても背筋をゾクゾクさせていた。


(あぁ……私はここから這い上がるんだ。うふふふふ……)


 一人、ニヤけているアルマをクラスメイトが訝しがる。

 変なのと一緒のクラスになったなと思う生徒もいるが、アルマを入学試験で知っている者もいた。

 アルマは苦難の連続に見舞われる自分を妄想しているので気づいてなかった。

 そんなアルマも教室のドアが開いて担任の教師が登場すると姿勢を正す。


「おはようございます。皆さん、お元気そうですね……。私が担任のメレヤです」


 メガネをかけた女性の担任教師にアルマは見覚えがあった。

 実技試験でアルマが魔力枯渇マナロストした時に保健室まで連れていった人物だ。

 すぐにベッドで気絶するように眠ったからメレヤと話したことはない。アルマは礼を言いそびれていたことを思い出した。

 メレヤは自己紹介をした。教師として二年目であり、担任となるのは初めてであること。

 様々なギルドでの経験があるので皆の相談に乗ってあげられること。

 弱々しい印象ながらも一生懸命なメレヤにアルマは好感を持った。

 この後は自己紹介パートだ。生徒が一人ずつ自己紹介をしていく。


「クラリスです。術戦魔道士として王国の秩序を守るべくエルティリア学園に入学しました。好きなものは甘いもの、嫌いなものは規律を乱す人です。よろしくお願いします」


 艶がかった黒髪のロングヘアーの少女は機械的に自己紹介をしてから着席した。

 いかにも委員長キャラといった感じだとアルマは観察する。更に早口でまくし立てるような口調に堅い印象を持った。

 こういうタイプはリーダーシップを取るか、かなり嫌われるかのどちらかに転ぶ。アルマとしては注目の人物だ。

 

「俺はラデル! 国を支える柱となるべくエルティリア学園に入学した!」


 ラデルと自己紹介した少年は金色の短髪で声が大きい。国の柱とまではさすがに意識していないが、大きな目標を持つのはいいことだと思った。


「私はシェムナ。入学した動機はー? まぁなんていうかー……術戦魔道士ってこの先、安泰みたいな? そんな感じでぇす」


 シェムナと名乗った少女はピンク髪でスカートの丈が短い。

 こんなギャルみたいな子が生き残れるほど甘い場所じゃない、とアルマは思ったものの。


(いや、入学試験に合格してるんだよねぇ……)


 アルマとしてはこの手の人物にあまりいい印象がない。

 こういうタイプは権利の主張ばかりが激しく、肝心な時に輪を乱す。前世で、仕事を放棄して男性社員とお喋りばかりしていた女性社員と同じだと思った。

 着席したシェムナは早々に机に肘をついて目を閉じている。

 寝ている、とアルマが思った矢先にクラリスが立ち上がった。


「シェムナさん! 今は睡眠を取る時間ではありません!」


 クラリスの堂々とした物言いに場が凍り付いた。

 初日となれば、クラスメイト同士も懐の探り合いだ。せめて空気を読んでほしいとアルマは願った。

 間違っていることには黙っていられない性分は厄介だと、時が過ぎるのを待つ。


「……はぁ?」


 シェムナはいかにもだるそうといった仕草でクラリスのほうを向く。

 メレヤがキョロキョロとクラリスとシェムナを交互に見て――


「ま、まぁまぁ……。シェムナさん、寝るのは遠慮してくださいね。クラリスさんも席について?」


 シェムナが姿勢を正して、クラリスが着席する。この後に自己紹介するのかとアルマは憂鬱だった。

 とっとと済ませようとばかりにアルマが立つ。


「アルマです。術戦魔道士に憧れがあって入学しました。至らない点があるかと思いますがご指導のほど、よろしくお願いします」


 アルマがメレヤに深々と頭を下げた。クラスメイトはぽかんとしている。

 一体何が、と思ったところでアルマは気づく。


(いや、ここでメレヤ先生に挨拶してどうする。全員に自己紹介しろ、アルマ)


 上司への挨拶じゃないと後悔したところで遅い。しかしメレヤは丁寧にお辞儀して応える。


「はい、よろしくお願いします」


 メレヤと目が合って、アルマはアハハと笑うしかなかった。


                * * *


 初日の活動内容は授業の概要と学園案内だ。各科の授業内容や実技を見学して、学園の空気を知る。

 アルマとしては上級生の術戦に目を奪われた。術戦場で上級生同士が魔法を撃ち合う戦いは、音と光だけで圧倒される。

 結界によって安全が確保されているとはいえ、上位魔法同士の衝突は新入生達を震え上がらせた。


(すっごい! すごっ! あれが生の魔道士の戦い!)


 自分も将来は、と考えただけでアルマは頬が緩んだ。

 どう考えても絶対に無理だ。普通であればそう考える状況だが、アルマはやり甲斐と快感しか感じていない。いわば縛りプレイを楽しむかのような感覚だ。

 そんな初日を終えた放課後、リリーシャがアルマの教室にやってくる。


「ちょっといいかしら?」

「え、うん……」


 学年代表からの誘いとあって、アルマはクラスメイトから何事かと注目を浴びる。

 教室から出ていく際にクラスメイトがヒソヒソと話をしていた。


「ビックリした……。学年代表のリリーシャがなんでアルマを?」

「知ってるか? リリーシャってすでに複数のギルドから卒業後にこないかって勧誘されてるらしいぜ」

「それに引き換えアルマって確か入学試験でひどい魔法を使ってたよな……」


 好き勝手なクラスメイトの言い分などアルマにとってはどうでもいい。

 教室を出て屋上に連れ出されると、リリーシャがアルマに顔を近づけた。


「わっ! な、なに?」

「あなたに質問があるの。入学試験の時は手加減していたの?」

「は? そんなわけないでしょ」


 リリーシャはアルマを観察する。やや怒りの感情を見せたアルマがウソをついているようには見えず、リリーシャは話題を変えるこことにした。


「あなたの入学試験での魔力コントロール……。あれだけは間違いなく私以上だった」

「どうだろうね……」

「私は公爵家の生まれでね。幼いころから術戦魔道士になるべくして育てられた。そんな家柄なものだから、ご先祖様の代には魔力に恵まれない子どもはひどい仕打ちを受けたほど……」

「そ、そうだったんだ」


 アルマとしては無難な反応しかできない。

 突然、呼び出されたと思ったら質問されて自分語りをされる。一体これはどういう状況だと焦るばかりだ。


「物心ついた時から徹底した魔法教育を受けて、七歳から十歳までお母さんと修道院にいた。治癒魔法の修行のためにね……。そして帰り道、銀星が現れた」


 やっぱりあの時、馬車の中にいたのはリリーシャだったとアルマは納得した。

 今のリリーシャからは、その時の怯えた表情をまったく想像できない。


「それだけの環境があったのに、私はあなたに敗北感すら覚えた」

「そんなことないでしょ。あまり悲観しないほうがいいよ」


 アルマはなんとかフォローした。事実、アルマこそ敗北感を覚えたのだから。

 自分では手に入れようがない膨大な魔力、上位魔法。

 魔道士としてそれほど持っているのにリリーシャは悲観している。

 負けていると思うのなら磨くしかない。少なくともアルマにはそうとしか結論が出せなかった。


「でも負けたと思った時ほど楽しいよ。試行錯誤がたまらなく楽しいじゃない」

「楽しい……?」

「リリーシャは楽しくない? リリーシャくらいの素質と魔力があれば、どうとでも逆転できると思うけどな。つまり考えすぎ」

「……そう、かしら」


 リリーシャが黙ってしまった。

 アルマはもし自分にリリーシャほどの素質と魔力があったら、きっとつまらない人生を送っていたと思っている。

 何事も苦労せずにこなしてきて、周囲からはそれが当たり前だと期待される。

 テンプレのような褒め言葉をもらってまた次の結果を出す。いつかの人生のようだと、アルマは考えるだけでも寒気がした。


「あなたはその魔力でどうして術戦魔道士になろうとしてるの?」

「うーん……。挑戦、かな?」

「挑戦?」

「あなたが知ってる通り、私の魔力はかなり低い。でもそんな状況で術戦魔道士になろうとするって面白そうでしょ?」

「お、面白いって……」


 リリーシャはアルマの発言に困惑した。

 自分と違って課せられた義務ではなく、自ら不利な状況に身を投じて楽しむ。彼女には全くない感覚だ。

 しかしそれが虚勢ではないことはすでにわかっている。魔力コントロールは一長一短でどうにかなるものではない。

 研磨を怠らず身に着けたのだと解釈した。そしてリリーシャがもっとも気になっている部分、それは。


「術戦でのあの胆力と魔力感知……。とても初めての実戦とは思えない。あなた何者?」

「えっと、男爵家の娘だけど……」

「実戦経験は?」

「え、あ、まぁ、訓練とかで一応……」


 銀星の魔道士として活動していたことは伏せた。


「訓練……。あの日、銀星に助けられた日から私は誓ったはず。絶対に強くなる、と。あの光に私は心を現れたのだから。あれこそが魔道士として、あるべき姿……はぁっ……銀星……」

「ぎ、銀星が好きなんだね」

「えぇ、あの日の光景は今でも目に焼き付いてる。できることならもう一度、会いたい……」

「あ、あはは……」


 本人がここにいるとはさすがにアルマも言い出せなかった。

 リリーシャの恍惚とした表情を見た時、銀星が誰かに大きな影響を与えたと理解した。

 それはもしかしたら彼女だけではないかもしれないとアルマは予感する。

 とはいえ、自分が誰かにいい意味で影響を与えたというのは悪い心地ではないとアルマは自己満足した。

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