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入寮

 屋敷に帰ってきたアルマは合格発表の日まで落ちつかなかった。

 彼女の頭の中にあるのはやはり実技試験だ。かろうじて試験官に魔法を当てることはできたものの、それだけ。

 あんなことで合格できるほど甘い学園じゃないなどと、前世を含めてこれほどあれこれと考えたことがない。

 そんなアルマに両親は励ましの言葉をかけて、使用人達も元気づけた。

 合格発表の通知が届いたのは試験からわずか半月後だった。屋敷に投函されていた封筒を最初に手に取ったのは使用人だ。


「お、お嬢様。これ、もしかして……」

「うひぃっ!」

「お嬢様! お気を確かに!」

「かっ、ひっ、はっ……はっ……」


 過呼吸に陥るほどアルマは動揺していた。否、興奮していた。

 もしここで不合格であれば今までの努力が実らなかったことになる。それはそれで明確な挫折であり、また一からの出直しだ。

 そうなったらどうすればいいか。どちらに転んだとしてもアルマは現実をしっかりと受け入れるつもりだった。

 封筒から一通の手紙を取り出すと――。


「ごぉーかく……」

「アルマ様! やりましたね!」

「ごっかくだぁっ!」

「ごっかくですよぉ!」


 合格と言いたかったアルマだが使用人も釣られる。

 大急ぎで母親のリーザに報告すると小躍りで喜ぶ。やがて仕事から帰ってきた父親のダルカンに報告すると――。


「今夜は宴だぁぁッ!」


 涙を流しながらダルカンはアルマを抱きしめた。

 ただちに使用人達によって彩られた食事の席と料理が用意される。

 母親は歌を歌い、父親は踊った。エルティリア学園は爵位が高い貴族すらすんなりとは入学できない。

 ましてや男爵家の子となれば、あまり例がなかった。資金がなければエルティリア学園の試験に合格できるほどの教育体制を整えられないのが原因の一つだ。

 しかしアルマの両親は可能な限りバックアップした。アルマには魔力感知やコントロールを徹底して叩き込んだ。

 結果、アルマの素質は魔力以外にまったく問題がない。それは記憶が戻る前から判明していたのだが、アルマ自身が自暴自棄となっていただけだ。

 アルマは試験での出来事を存分に語った。試験問題を挙げればその難易度に驚き、実技ではその意地悪さに唸る。

 語り合ったところでなぜアルマが合格基準に達したのかは結論が出なかった。


「アルマ。合格、本当におめでとう」

「お父さん、ありがとう。でもまだここがゴールじゃないから……」

「そうだな。学園に入学して三年間、しっかりと学んでほしい。決して楽ではないと思うが、お前ならやり遂げられると信じている」

「うんっ……!」


 実の両親から明確に励まされたことがアルマにとって嬉しかった。

 こういう両親だからこそ、アルマにとっても活力となっている。愛する家族のため、皆のため。なんとしてでも魔道士になって恩返しをしたいと決意した。

 この日、宴は夜遅くまで続いてアルマは気がつけば私室のベッドで目が覚める。

 誰かが運んでくれたのかと考えて、アルマは迫る入学日を心待ちにした。


                * * *


 入学日前日、アルマは再びエルティリア学園の前に立った。

 エルティリア学園は全寮制であり、当然アルマも例外ではない。どのみち屋敷から通うには遠かったので、彼女としてはありがたかった。

 入寮日ということでアルマはさっそく学園の敷地内にある寮へ向かう。

 いよいよ正式に学園の生徒となることが許される。アルマは期待に胸を膨らませた。

 どんな生徒がいるのか。どんな学園生活が待っているのか。

 指定された寮の建物の中へ入ると、二人の人物が立ち話をしていた。


「おや、来たね。名前は?」

「アルマです」

「アルマか。私は寮長のグランバ、色々と規約みたいなのはあるけど気になることがあればこっちのリリーシャに聞いておくれ」

「リリーシャ?」


 寮長のグランバともう一人、そこにいたのはポニーテールの少女ことリリーシャだ。

 会ったのは試験以来だが、アルマは相変わらず冷たそうな印象を受ける。そして当然ながらなぜ彼女から、という疑問があった。


「リリーシャは入学試験の成績がトップだったおかげでね。一年生の学年代表として、色々と任されたのさ」

「へぇ、それはかっこいいですね!」

「ちょうどよかった。リリーシャ、この子に寮内の説明をしてやってくれ」


 リリーシャは意外そうな顔をしてなんで自分が、といった様子を見せる。アルマとしても少し気まずい。

 そんなリリーシャの背中を寮長がバンッと叩く。


「あんたはこれから学年代表として一年生を引っ張っていかなきゃいけないんだよ。今からでも練習しておくべきじゃないのかい?」

「理にかなってますね。わかりました」


 もっともらしいなぁとアルマは思う。

 リーダーや代表ともなれば相応の資質が求められる。リリーシャはまんざらでもないといった様子でアルマに握手を求めた。


「改めて私はリリーシャ。一応、学年代表ということになってるわ。細かい決まりが色々あるから今から説明してあげる」

「私はアルマです。よろしくお願いします」


 それからリリーシャは淡々と寮内の説明を受ける。門限や禁止事項など、アルマにとってはさほど珍しい内容でもなかった。

 特に異性の連れ込みに関しては硬く禁じられているものの、アルマにその予定などない。

 説明がひと段落してアルマは自室となる部屋に案内された。

 リリーシャが歩くたびに彼女のカバンについている謎のストラップが揺れて気になっている。

 何かのキャラクターだと思うアルマだが、この世界にアニメのような娯楽はない。

 小説か何かの人物かとあれこれ予想していた。もしそうであれば、話す糸口になるかもしれない。

 前世では友達と呼べる相手がまったくいなかった。だから友達を作るのもアルマの学園生活における目標の一つだ。


「ここがあなたの部屋で完全個室よ。魔法で防音対策が施されているわ。トイレはこの部屋にあるけど、お風呂は大浴場を利用してね」

「はい、わかりました。色々とありがとうございます」


 淡々と説明される中、アルマは思い切って切り出すことにした。余計なことだったらどうしようと内心ドキドキしている。


「そのストラッ……人形、何ですか?」

「……知らないの?」

「へ?」

「今、世間を騒がせている銀星の魔道士よ」

「ぎんせー?」


 アルマがクエスチョンマークを頭に浮かべていると、リリーシャが人形を手にとって愛おしく撫でる。

 この時、アルマはかすかに嫌な予感がした。言い知れぬ胸騒ぎを感じたのだ。


「銀の装備に身を包んだ神出鬼没の魔道士……。一級相当の魔物を造作もなく討伐しては去っていく……。巷では王国最強の魔道士の一人にカウントされている」

「おーこく、さいきょー?」

「世間ではどの魔道士が一番強いかなんて盛り上がってるけど下らないわ。誰が強いかなんてどうでもいい。銀星は私の目標……あの日からずっと……」

「う、うーん?」


 アルマは初めて勉学以外で混乱した。

 まさか自分が魔道具に身を包んだ姿のことではないかと考え始めている。

 しかもリリーシャという名前を聞いて今、思い出した。三年前、馬車の中で母親と身を寄せ合っていた少女だ。アルマは血の気が引く思いをした。


(ひえぇぇ~~~! まさかあの子が!? ていうか銀星の魔道士って!)


 狼狽するアルマをリリーシャが訝しんでいる。気を取り直してアルマは平常心を保つよう心掛けた。


「どうしたのかしら?」

「いや、その銀星ってそんなに有名なんですかぁ! 知らなかったなぁ!」

「あちこちで目撃情報があるからね。というか敬語は止めてくれない? 私達、同級生でしょ?」

「そうでした……そうだったね」


 アルマの敬語は社会人スキルの名残だ。

 リリーシャが大人びており、成績優秀の学年代表だからつい敬った態度を取ってしまった。

 入学試験の時、彼女が特大威力の魔法を放っていたのはアルマの脳裏に強く焼き付いている。

 彼女は自分が助けた相手が実はそこまで強いなどと思いもしなかった。


(いや……。きっと強くなったんだよね)


 アルマはすぐに考えを改める。自分がそうだったように、リリーシャも努力した。

 怯えて何もできない自分の無力さが悔しくて死に物狂いで頑張ったに違いない。そう思うとアルマはリリーシャに親近感を抱いた。

 抱きすぎてアルマはリリーシャの両手を取って握る。


「リリーシャさん。わかりますっ!」

「は?」

「お互いがんばろう!」

「そ、そうね」


 手をぶんぶんと降って、アルマは親交を深めた。つもりだった。

 当のリリーシャとしては入学試験におけるアルマの特異性が気になってしょうがない。

 頃合いを見て質問するつもりだったが、今回はアルマのペースに乗せられてしまった。

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