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職員会議

「さて、と。今年の合格者を決めましょうかねぇ」


 エルティリア学園の職員会議が始まった。試験官となった教師達を束ねるのは学園長ジェライナだ。

 齢七十を超える老齢の女性だが、その眼力すら未だ衰えていない。

 現役時代は教師だったが、王国魔道士団から度々スカウトがくるほどの逸材は後にも先にも彼女しかないないと評判の人物だ。

 そんな学園長のジェライナはいかにも老後の生活を楽しんでいそうな温厚な雰囲気があった。

 ただしこの場にいる者達は誰もがそんな老人とは思っていない。


「私も陰ながら見守っておりましたが、あなた達の目にはどう映ったのかしら?」


 ジェライナは教師達の顔を品定めするように眺める。

 教師の一人が生徒の願書と試験の成績を一枚ずつ確認していた。手を上げたのは若手の教師オーリンだ。


「受験番号131番、リリーシャ。筆記試験の点数は97点。実技、集中90点、魔力100点、技能30点……。総合点は受験生の中でも単独トップです」

「あらまぁ、それじゃその子は合格ね。でもね、そんなわかりやすい子の話はしてないの」

「は、はい……。他には……」

「頼むわね」


 ジェライナが若手の教師にニッコリとほほ笑んだ。

 教師達にとって、この時間は拷問にも等しい。彼らは受験生に点数をつけて合否を決める立場だが、教師達も同じだ。

 学園長によって、見る目を見られている。教師達が魔道士の卵達をきちんと見極められるかどうか。

 ジェライナはその目を養ってもらうことによって、教師達にも成長してもらいたいと考えていた。

 口調こそ穏やかだが、内面はそうではない。教師として不適合と判断されたらどうなるか。

 ここは教師達が教師生命をかけた場でもあった。


「……受験番号255番、クラリス。筆記試験70点、実技は集中が55点、魔力40点、技能65点。合格ラインにはわずかに届いていませんが、この子は問題ないかと」

「あら、ペパートンさん。どうしてそう思うのかしら?」

「実技では私の周囲を竜巻で囲みました。魔法障壁を破る術がないなら、魔法以外の影響……つまり風で体勢を崩そうと狙ってきたのです」

「それは面白いところに目をつけたわねぇ。そうそう、魔法障壁が防げるのはあくまで魔力が干渉した魔法に限るからねぇ。いいわ、合格よ」


 ペパートンに生きた心地が戻ってきた。

 教師としての内申の評価にも響くので、この場は彼らにとって苦痛であるが重要だ。

 実技試験の合否の基準は決して魔法障壁を破って教師を倒せるかどうかではない。

 絶大な力を前にしていかに創意工夫で切り抜けるか。それこそが実技試験の狙いだった。

 しかし多くの受験生は単に魔法をぶつけるだけに留まってしまう。

 最初に推されたリリーシャもその一人だ。技能30点、これが創意工夫の有無を物語っていた。

 単純に魔法をぶつけただけでは、そのまま魔力量と魔法のみで合否が判断されてしまう。

 そんな中、実技試験の穴を見つけられた者達がいた。


「受験番号146番、シェムナ。筆記試験の点数55点。実技、集中50点、魔力70点、技能50点。私に向かって突撃してきた時は驚きましたね……」

「受験番号179番、ラデル。筆記試験の点数65点。実技、集中60点、魔力85点、技能45点。地属性の魔法で巨大な槍を作って、魔法障壁めがけて攻撃してきました」


 次々と試験官達が合格者候補をの名を挙げる。ジェライナはうんうんと頷いて聞いているだけだ。

 試験の答えは一つではない。点数だけではなく、ありとあらゆる手段を用いた者も評価対象だ。

 あの受験生もこの受験生も、と名が挙げられては次第にその候補も少なくなる。


「今年は小粒揃いかしらねぇ。ちらほら優秀な子はいるのだけどねぇ……。でもねぇ、あなた達。私がもっとも面白いと思った子の名前が挙がってないわ」


 ジェライナがそう口にすると、教師達はいそいそとまた受験生達の資料を繰り返し確認する。

 残ったのはほとんどが合格ラインに届いていない受験生ばかりだ。大多数が筆記試験の点数で壊滅しており、創意工夫以前の問題だった。

 創意工夫が主題とはいえ、知識や魔力が足りてない者を合格させることはない。

 職員会議は長引いた。一度、区切りをつけて術戦科以外の合格者を議論する方向で固まる。

 しかし別の試験会場で行われていた他の科の試験に対する合格者はすんなりと決まった。

 今は術戦科の合格者だけが未だ決まっていない状況だ。


「ほほほ……。毎年のことながら難しいわねぇ」


 ジェライナが口元に手を当てて笑う。誰もが合格者候補の名を挙げ尽くした中、一人が挙手した。


「あの、いいですか?」

「はい、メレヤさん。何かしら?」

「一人……気になる生徒がいました」

「それは誰?」


 メレヤは新任教師だ。学園の卒業生で術戦科を卒業したものの、どこの職場にも馴染めずにいた。

 自分の不出来を呪って一度は山の中で死のうと考えたこともあったが、今は教師として学園に在籍している。

 そんなメレヤがメガネの位置を直しながら、たどたどしく話す。


「受験番号132番……名前は、えっと。アルマさん、です」


 メレヤがその名前を出した時、教師達がざわつく。

 メレヤはやってしまったかと後悔した。余計なことを言ったせいで職員会議が長引けば責任を感じてしまうからだ。


「アルマ? あぁ覚えているよ。確かひどい魔力の子だろう」

「一応、術戦科志望だったな。筆記試験100点、実技は集中が100点、魔力0点、技能は……90点」


 その極端な成績を口にした教師すら黙ってしまう。

 メレヤは空気に耐え切れず、自分の発言を撤回しようと考えた。

 アルマの魔力はメレヤから見ても同情してしまうほど低い。

 そんなアルマがなぜ術戦科を志望しているのか、メレヤ以外も疑問でしかない。中には冷やかし受験などと囁く者さえいた。

 しかしメレヤの目にアルマはそう映らない。冷やかしどころか、執念を感じた。

 悲観してばかりだった自分とは違い、アルマは絶望せずに試験官の強大な魔法障壁に挑む。結果、彼女は魔法障壁の穴を見つけた。

 メレヤはそんな彼女を支えて医務室に連れていって休ませた。話を聞きたかったがすぐに寝てしまったのでそれも叶わない。


「彼女は覚えているよ。確か私が相手をしたのだ」

「ペパートン先生。それではアルマさんは、ど、どうですか?」

「面白い子だが、あの魔力量ではな……」

「そ、そうですか……」


 ペパートンがそう思うのも無理はないとメレヤは落胆した。

 ただしメレヤが指摘したいのは魔法障壁の穴だけではない。もっと根本的なところだった。


「あの、あのアルマさんが、その。あの子が、最初に魔法障壁の穴を見つけてから、後の受験生が続いたんです、よ……」


 歯切れが悪いメレヤの発言に教師達がハッとなった。

 リリーシャ以外に名前が挙がった者達のほとんどがアルマの後に挑んだ。

 クラリス以外はほぼ全員が魔法障壁の穴をついている。


「アルマさんより前の子は……誰も気づきませんでしたから……」

「た、確かに……」

「だとすれば、あのアルマという子はどうやって気づいたのだ?」


 狼狽える教師達をジェライナがほほ笑みながら眺めている。そして頃合いだと決めた。


「そうですよねぇ。私もメレヤさんの意見に賛成です。あんなに低い魔力なのにすごい子ですよねぇ」

「が、学園長……」

「アルマさんの後に続いた合格者達のほとんどが、アルマさんの真似をしたのよねぇ。ま、不合格者の大半はそれにすら気づいてませんでしたけど……」

「それじゃ……?」

「えぇ、もちろんです」


 ジェライナがアルマの書類を職員達に見せつけた。ごくりと生唾を飲んで緊張する職員達。


「私が一番気になっていた子……132番、アルマさんの合格を認めます」


 メレヤ以外もアルマに注目していなかったわけではない。

 低魔力と魔法障壁の穴に気づく魔力感知、そして細い穴に通すかのようなコントロール力。

 そのアンバランスさに気づかず、低魔力すぎるという一点ばかりに目がいって多くの教師が候補から除外していた。

 更に魔法障壁の穴にピンポイントに、かつ綺麗に魔法を通した受験生はアルマただ一人だった。

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