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実技試験

 ポニーテールの少女はアルマから目を離せなかった。

 ストラップの人形をさすりながら、ひたすらアルマの魔力コントロールの成果を思い浮かべる。

 試験官達もアルマのコントロールには驚いて、視線が彼女の背中に注がれていた。


「ふむ、今年は豊作かもしれませんな」

「筆記試験の結果はまだですが、今の実技だけでも合格候補がちらほらと……」


 試験官達のヒソヒソとした会話が少女の耳に入る。自分がその中にいるかどうかなど彼女には関係ない。

 やがて次の実技試験が行われようとしていた。場所を変えて、今度は術戦場への移動だ。

 学園の生徒達も使っているこの場所はその名の通り、魔法の打ち合いでの戦いを行う場所だった。

 術戦は術戦魔道士になるのであれば避けて通れない。

 魔物や犯罪に手を染めたはぐれ魔道士との戦いに備えて学生達は日々、ここで研磨を行っている。


「魔法の実技試験を行う! 相手になるのはこの私、試験官だ! といってもこちらからは君達に一切、手を出さない! 君達は好きな魔法を私に放て!」


 術戦とはいっても、さすがに受験生相手に試験官は本気で戦わない。そう聞いて受験生達はホッと胸を撫でおろす。

 アルマは術戦場に立つ試験官に怖気づいていた。先ほどのコントロールとは訳が違う。

 直接、魔法を放たなければいけないのだ。魔力の総量が低いアルマにはあまりに険しい試練だった。

 そして呼ばれた受験生が試験官に魔法を放つ。


「ファイアウェーブッ!」


 炎属性の初級魔法だ。炎の波が試験官に迫るが、直前でかき消える。

 これには他の受験生も呆気に取られた。中には何が起こったのかさえ理解できない者もいる。


「ど、どうなったんだ?」

「試験官が何かの魔法を使ったとしか思えん……」


 違う。アルマは心の中で受験生達に反論した。

 受験生の魔法は魔法障壁に阻まれただけだ。圧倒的な魔力量と精度の魔法障壁であれば、受験生の魔法程度なら音もなく消滅する。燃え盛る炎にジョウロの水をかけるようなものだ。

 試験官が手を出さないという縛りが何の救済にもなっていないと、受験生達は気づいた。

 合否の判定すらわからない上に圧倒的な力量の差がある。これではどうしたらいいのか迷うのも当然だった。


「終わりか?」

「え、は、はい」


 魔法を放った受験生がすごすごと下がる。

 それから次々と受験生が呼ばれては魔法を放ち、かき消された。この繰り返しを見せつけられた後続の受験生は戦意を失いつつある。

 これが国内屈指の難関、エルティリア学園。筆記試験の時点で躓いた者であれば尚更だった。

 そんな中、ポニーテールの少女が術戦場に立つ。


「では……フレアショット」


 少女を中心に突風が放たれた。その勢いから放たれた高速の豪火球が試験官に激突する。

 魔法障壁がバチバチと音を立てて、豪火球が試験官に迫った。そして消える。試験官はわずかに焦がした衣服を見て頷く。

 同時にアルマが見ても他の受験生と比べて一目瞭然の威力だ。


「……終わりか?」

「はい。これで十分かと」


 余裕をもって颯爽と去る少女に受験生はどよめく。

 合格は当然といったような態度に見えたアルマは、かつての自分を思い出す。

 周囲の人達も今の自分と同じ気持ちなのかと思った。圧倒的、格が違う。素質や魔力の差。

 怖気づいたものの、アルマは体の震えが止まらなかった。


(ふ、ふふふっ! これが敗北感……! あぁ、いいっ!)


 次は自分の番であるが、アルマはすでに負けを認めていた。

 少女の魔道士としての力は本物であり、試験官も確実に認めている。

 ここからどう這い上がろうか。どうすれば勝てるのか。前世で味わえなかった敗北感も、アルマにとっては快感だ。

 自分より結果を出した人間がいるということは、試行錯誤で勝つ楽しみがある。アルマは興奮を抑えるのに苦労した。

 アルマが試験官と対峙すると、試験官の魔力の圧がかすかに伝わってくる。


「……どうした?」

「いえ、では、始めますね」


 片言のように不自然なアルマの返答だが、興奮を抑えているせいだ。

 アルマは両手を突き出して魔力を集中させる。


「ファイアボール!」


 放たれたのはボールとは程遠い小さな玉だ。大した速度もなく、当然のようにかき消される。

 あまりにお粗末な魔法に周囲が動揺していた。


「なんだぁ?」

「あの子、コントロールはすごかったよな」

「意外と大したことないな」


 受験生達が口々にアルマへの評価を述べている。これに一番驚いているのはポニーテールの少女だ。

 どれほどの魔法を放つのかと思えば、魔法とすら呼べない何か。その後もアルマは火の玉を何度も放つ。


「ファイアボールッ!」


 何度やったところで、と誰もが呆れ始めた。それは試験官も同様だ。


「132番。そろそろ終わりでいいか?」

「はぁ……はぁ……あ、あと、一回……」


 アルマの魔力では小さい初級以下の魔法が限界な上に殺傷力がほとんどない。その惨状に次第に同情し始める者達が出始めた。

 あんな魔法しか使えないようではとても合格などありえない。少なくとも一人、ここで不合格が決定した。笑う者。

 入学どころか、働き口を探すにも苦労するだろう。自分も合格は絶望だが世の中、下には下がいる。優越感に浸る者。


――あれじゃ無理だ。

――あれで術戦科志望?

――魔道士を舐めるなよ。


「はぁ……はぁ……」


 そんな嘲笑さえ聞こえてきたアルマだが、まだ諦めない。

 試験官としてもこれ以上、続けて魔力枯渇マナロストされて倒れられては責任問題だ。

 本人の意思で諦めない限りは続けさせる方針だったが、さすがに待ったをかけようと決意した。


「132番。申し訳ないが」

「あと、一発……」

「なに?」

「あと一発だけでいいんです……やらせてください」


 アルマは諦めたくなかった。同時に今の状況がたまらなく気持ちいい。

 これほどまでの試練を与えられて、現状で試行錯誤するのが楽しい。

 追い詰められてもアルマは笑っていた。その笑みに試験官は背筋をぞくりとさせる。


(何がおかしい……?)


 試験官はつい先ほどの決意を覆した。一人の教師として、試験官としてではなく魔道士としてアルマを試したくなったのだ。

 一体何をしでかそうとしているのか。それともただの強がりか。

 例を見ないほどの小さい魔力で笑える理由が知りたかった。


「……わかった。来い」

「ありがとうございます……」


 アルマは最後の一発を放つため、少ない魔力を込めた。

 より小さく。より細く。アルマはただ一点を捉えている。

 合格の基準がまったくわからないものの、今のアルマにはたった一つの活路しか見えていない。


「ファイア……ボール……」


 放たれたそれは殺傷力どころか、視認することさえ難しくなるほど小さく細い。

 受験生達は呆れた。やはりヤケクソか、と。

 しかし受験生の中でただ一人、ハッとなった者がいた。


(まさか……!)


 少女はここで気づいた。アルマが何を狙っているのか。どうして自分の時には気づかなかったのか。どうしてそれをやらなかったのか。

 もっとも、そうすれば合格がもらえるとは限らない。

 この状況でそれに賭けたアルマに対して、少女は賞賛した。

 アルマの魔力量の少なさは予想外だったが、この状況で出来ることを選んだのだ。


「む……!」


 試験官もアルマの意図に気づいた。が、あえて防ぐようなことはしない。

 なぜならそれこそが試験官が受験生に用意した一つの突破口だったのだ。

 試験官の魔法障壁の穴をアルマのファイアボールがするりと通り抜ける。

 針の穴に通された糸のように、ファイアボールは魔法障壁を越えて試験管のローブに接触した。

 ぽん、と情けない音を立ててファイアボールは消える。試験官のローブに小さな焦げ目がついた。


「え? なに?」

「今のって当たった、のか?」

「いやいや、俺達の魔法さえ通さなかったあの魔法障壁だぞ?」


 アルマはやりきった。試験官に言われるまでもなく、ふらふらと術戦場から離れる。

 そこへ二人の教師が駆け寄ってアルマを支えた。


「少し医務室で休むといい。メレヤ、頼んだぞ」

「はい!」


 老齢の教師がメレヤと呼んだ女性教師に指示を出す。

 メレヤはアルマを支えながら、医務室へと連れて行く。万が一のため、ここには学園専属の治癒師がいる。

 彼らにとって魔力枯渇マナロストは想定外だった。魔道士にとってすべての魔力を失うことは、下手をすれば死に直結する。

 メレヤはアルマを抱えながら、その顔を覗き込む。


(幼いですね……。あの魔法障壁の穴を見抜くとは……。魔力量が少ないものの、その魔力感知は並外れています……)


 魔力量に不釣り合いなコントロール、そして魔力感知にメレヤは不思議に思う。

 ここでなぜかメレヤは思い出す。圧倒的魔力をもって魔物を討伐した銀色の魔道士のことを。

 その山中での出来事は今でも彼女の脳裏に焼き付いている。アルマとは対極に位置する魔道士の存在であり、世の中の広さを改めて思い知った。

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