筆記試験
試験官が教室に入ってきて注意事項を説明してから問題用紙を配り始めた。
カンニングなどの行為はすべて特殊な魔法によって暴かれるという主旨の説明を聞いて、アルマはさすがと唸る。
心臓の高鳴りを抑えつつ、問題に取り掛かった。問題内容は魔法に関する知識を要するものや、魔道士の規定など。
アルマが面白いと思ったのは、魔法を使う際に用いられる術式だ。
当然、この術式に関する問題も容赦なく出題されている。炎の初級魔法ファイアボールの術式とその応用。いわゆる魔法の方程式だ。
魔法が一切使えないアルマだが、数字と文字を使って答えろというのなら造作もない。
サラサラと書き連ねて、引っかかる箇所などほとんどなかった。この様子を眺めて訝しんでいたのが試験官だ。
(あの受験生、筆が止まらんな……)
他の受験生はしばしば筆が止まり、頭をかいたり苦い顔をしている。
難関と呼ばれるだけあって、この日のために専属の教師から徹底して対策授業を受けていた貴族の子どもすら悩んでいた。
そんな様子を密かに楽しむのがこの試験官だ。
かなりの対策を講じたのだろうが、この学園はそう甘くない。たとえ爵位が高い貴族の子どもだろうと、至らなければ落とす。
一切の忖度はないと、試験官はニヤけそうになる顔を正すのが毎年のことだった。
ところがアルマはまるで答えが最初からわかっているかのように解答している。試験官は見回りついでにアルマの答案用紙を見た。
(なっ……! こ、これは……)
ほぼすべての問題の解答を終えている上に全問正解だ。まだ試験時間の半分を経過したばかりだというのに。
しかしアルマはすべての問題の見直しをしては、術式の修正を行っている。
より精度が高い術式へと書き換わり、試験官はその場で棒立ちをしてしまった。
筆記試験で全問正解など、過去二十年にさかのぼっても一人いるかどうか。試験官はすべての解答を終えても術式を修正し続けるアルマに見とれた。
他の受験生の解答用紙には空白や誤答が目立つ。中にはすべてを諦めたかのように頭を抱えている受験生もいた。
やがて終了の時間となり、試験官が解答用紙を集める。その際に少しだけ見たアルマの解答用紙には、解答欄ギリギリまで使った術式が羅列されていた。
「ふぅー……終わった……色んな意味で……」
「さっぱりわからなかった……」
試験が終わって気を抜いた受験生達が口々にぼやいている。これが例年の光景だ。
力なく教室を出ていく受験生達を後目に、アルマはまだ解答用紙のことが気になっていた。あの程度の解答でいいのかなど、悩む要素は多い。
* * *
午前の筆記試験を終えて、各々の受験生は昼食を取っていた。
受験生の中には知り合い同士で食事を取る者が多いが、アルマに知り合いなどいない。一人、ぽつんと座って食事を取るしかなかった。
エルティリア学園の学食はおいしいと評判であり、アルマも舌鼓を打つ。
(入学したらこれを毎日、食べられるのかぁ)
男爵家で食に不自由がなかったアルマだが、低価格かつボリュームがある学食にテンションが上がる。
一人で食事を取っていると向かい側の席に少女が座った。筆記試験前に中庭で会ったポニーテールの少女だ。
そして目の前には三人前の定食がある。
(食べすぎィ!)
あまりの光景に言葉を失っていると、アルマと少女の目が合う。
「何かしら?」
「え? いえ、別に……」
「あなた、中庭でも会ったわね」
「そ、そうですね」
細身でクールな雰囲気に似合わず、少女はガツガツと食事をする。
あっという間に一通り食べ終えた少女が口元を拭いてから、アルマをキッと見つめた。
「あなた、術戦科志望ね。筆記試験の時に見たわ」
「あ、そうなんですか……」
「試験官がずっとあなたの席を見つめていたようだけど、何かあったのかしら」
「え? そうなんですか? 気づかなかったなぁ」
ウソではない。アルマは集中するあまり、張り付くようにして立っていた試験官に気づいていなかった。
少女は早々に解答を終えたので、その様子が視界に映っている。
少女にはアルマがとぼけているように見えて、より強く見つめた。
「何か驚いていたように見えたわ」
「へぇー、そうなんだぁ……」
そこで会話が途切れた。少女が何を言いたいのかわからず、アルマは気まずくなる。
なんとか会話をもたせたいと考えて、話題を振ることにした。
「あなたはなんで術戦科に?」
「それが当然だから」
「当然……?」
「力があるならそうするべき。そう教えられたから……」
少女がそう言い終えた時、チャイムが鳴る。午後から始まるのは実技試験だ。
少女が立ち上がって、我先にと歩く。
「お手並み拝見ね」
「は?」
そう言い捨てて、少女は足早に試験会場へと向かった。
お手並み拝見、そう言われたところでアルマには何も見せられるものがない。
何せ次の実技試験こそがアルマにとって鬼門だからだ。
* * *
午後からの実技試験は魔法を使用する。
普通であれば入学前の学生が満足に扱える魔法は限られているがここはエルティリア学園。
入学の時点で相応のレベルの生徒を求める。アルマにとって、これこそが最大の難関だった。
「これより実技試験を行う! 呼ばれた番号から順番に前へ出てもらおう!」
試験官が口頭で説明した実技試験は二つ。
魔力のコントロール力を見る試験。魔法の威力を図る試験。
魔法づくしの試験だけあって、アルマのように魔力に恵まれない者の多くはここで脱落する。
「受験番号001番! 前へ!」
「はい!」
呼ばれた受験生が水晶玉に手を当てる。水晶玉の中では黒い点がせわしなく動いており、これは魔力だ。
魔道具の一種で、本来は試験用に作られたものではない。その場にうずまく魔力の大きさが高いほど、点が激しく動く。
一昔前はこれを魔力感知の魔道具として使用していた。今、激しく点が動いている原因は試験官の魔力によるものだ。
彼らが込めた魔力の激しさが、黒い点の動きとして反映されている。つまり手加減しているが相手は試験官だ。
(フフフ……今年はどうかな?)
などとほくそ笑むことができるのも試験官の特権だ。
受験生はこの黒い点が動かないよう中心に維持して制御する必要がある。
呼ばれた受験生は必死に念じるように水晶玉から手を離さない。黒い点の動きが少し鈍ったものの、活動は活発だった。
「よし! 次! 0002番!」
合否の判定もなく、試験は淡々と進められていった。個人差はあるものの、黒い点が動きを止めることがない。
終えた後、受験生は汗を流して疲れていた。魔力の精密な制御はわずか13歳の少年少女が行うには難しい。
試験官もそれがわかっている。しかし、このエルティリア学園に凡才は必要ないという姿勢を徹底していた。
そしてアルマの順番が近づいて、その前にポニーテールの少女だ。彼女が水晶玉に手を当てると、黒い点が大人しくなる。プルプルと震えつつも動きを止めた。
「こ、これは……ほぼ動かん……」
「よろしいでしょうか?」
「よし! 次! 受験番号0132番!」
いよいよ自分の番だとアルマは緊張した。
他の受験生とは違い、少女は涼しい顔をしたまま去る。去り際、少女はアルマを一瞥した。
アルマは少女のそれに気づかず、水晶玉の前に立つ。
「ふぅ……」
息を吐いてからアルマは水晶玉に手をかざす。
アルマは魔力に恵まれていない。少ない水量で広大な畑にまく水を賄うことができないように、限界値が低ければできることの幅は狭くなる。
記憶が戻る前の自分は嫌と言うほど思い知っただろうとアルマは感慨深く思った。
五歳からのアルマは魔道具によって魔法を使おうと考えて、あらゆる試行錯誤を試みる。
その時に仕入れたのは魔道具の知識ばかりではない。魔法の知識や技術を含めて、すべてを網羅した。
「こ、これ、は……!」
試験官が顔を歪ませる。黒い点が微動だにせず、中心から一切動かなかった。
試験官がアルマを見ると、その表情はやや苦しそうだ。やがて受験生もざわつく。
「ウソだろ……?」
「俺だってあんなに綺麗に留まらなかったぞ?」
「あんなのできっこねぇよって思ったのに……」
やがて試験官が止めると、アルマも息を吐いて水晶玉から離れる。一礼して下がると、受験生達の注目を浴びた。
アルマはこの日のために何でもやったと自覚している。魔力が少ないならば、せめてその範囲で努力した。
少ない魔力でも、せめてコントロールできるようになりたい。両親の助言もあって、魔道具作りと並行して毎日のように訓練した。
魔道具を製作する過程で、これだけは必須だと考えたからこそだ。
少ないながらも魔力をコントロールして、足りない分は魔道具で増幅。飛翔や攻撃も魔道具の役目だ。
完成に至るまでひたすら自分用にカスタマイズして作ったため、あの魔道具はアルマ以外に使用できなかった。
「ふ、ふぅん……」
一部始終を見ていた少女は平常心を保つのが難しかった。
何せ自分以上のコントロールを見せつけられたのだから、内心は穏やかではない。
彼女は無意識のうちにカバンに取り付けていた人形のストラップを撫でた。
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