五年の集大成
「はやぁぁーーーーーい!」
夜空でアルマは銀の翼を広げて飛んでいる。魔道具の試運転も兼ねて、夜に活動していた。
夜なら失敗しても誰も巻き込まないと考えたからだ。自室で煙や異臭を出せば両親や使用人達に迷惑がかかる。
つい先日も翼の調子が悪くて滑空中に危うく落下するところだった。
しかし最近は良好で、移動に関しては屋敷から大きく離れた地域に行けるようになる。
空から見下ろす異世界は前世と違って緑が大半だ。村や集落の明かりが点々と見えるくらいで、アルマは解放感で胸がいっぱいだった。
空の遊泳もそこそこに、アルマは次の実験を試みる。
「お、魔力反応あり!」
地上で感知した魔力反応は三つ。滑空するとそこには小さい恐竜のような魔物がいた。
アルマは魔物に詳しくないため、その名称はわからない。細い足に小さい手、トカゲのようで地上を疾駆するタイプの魔物だと思った。
前世でゲームはプレイしたのでファンタジーの類に理解がないわけではないのだが。
RPGならばコマンド操作一つで片づけられるが今は現実。そこにいるのは本物の怪物だ。
アルマを確認した魔物が涎を垂らしながら走ってくる。初戦にしては相手が強すぎたかと思わなくもない。
しかしアルマは銀のガントレットを魔物に向けた。細い三本のレーザーが放たれて、それぞれ魔物を貫通する。
風穴が空いた魔物は間もなく走りを止めて倒れた。倒れた魔物の死体をアルマが恐る恐る近づいて確認してから、力が抜けてその場に座り込む。
「よっしっ!」
アルマは腹の底から声を出して自分の成功を喜ぶ。
今、彼女は満たされている。ゼロから始めて五年、その成果がここに表れた。
何かを成すのに五年もの歳月をかけたことがあったかと、アルマは大の字になって地面に寝ころぶ。
そして夜空を見上げながら大声で叫んだ。
「やったぁぁーーーーーーーーーーーーーー!」
アルマの声が夜空に吸い込まれる。
これほど気持ちいいことがあるだろうかと、アルマはしばらく快楽に酔いしれていた。
それから彼女は調整を繰り返して、更に魔道具の改良を重ねる。
脳波の伝達からのレーザーの発射速度、誤差修正。魔法障壁の展開の実装。
魔法の大元が魔力であれば、それを中和することも可能だとアルマは最近になって気づいた。
マントに施されている魔法耐性の応用を利かせて、ついにアルマは核心的な発明を成功させた。
ある日の夜、アルマはまた屋敷を抜け出して夜空へ飛び立つ。
いつものように魔力反応を探っていると、一際大きな魔力反応を見つけた。
バチバチと音が聞こえてきそうなほど巨大で、その周辺に魔力反応が複数。
大小の魔物の群れかとアルマは思ったが、近づけばそうではないと気づく。
アルマは着地した後で木陰に隠れて、彼らを観察する。
ローブを羽織った魔道士達が馬車を守るようにして、一匹の魔物と対峙している。
魔物は四足歩行でずんぐりむっくりのドラゴンで、申し訳程度の翼が生えていた。
「サンダーブリッツッ!」
「フレイムバーストッ!」
「トルネードエッジッ!」
竜巻が魔物を呑み込んで切り刻み、爆炎が包む。電の槍が魔物を閃光に包んだ後、弾けるようにして雷が消えた。
アルマの位置からでも伝わる光と衝撃だ。初めて近くで見る魔法にアルマは目を奪われていた。
父親であるドルカンは娘であるアルマの前で魔法を使ったことはない。
この威力ならさすがに魔物も、とアルマが思った。しかし魔物はケロリとして魔道士達を見下ろしてる。
「こ、こいつ……効いてないだと!」
「おい! アンナ様とリリーシャ様だけは逃がすんだ!」
アルマが馬車を見ると、自分と同じ歳と思える少女がいた。
少女を抱くようにしている女性が怯えるような表情ながらも、歯を食いしばっている。
指示された魔道士の一人がリリーシャを乗せた馬車を反転させて動かす。
そこへ魔物の瞳がぎょろりと動く。捉えているのは馬車だ。
「まずい! お守りしろぉ!」
魔道士が叫んで魔物が跳躍した。巨体が馬車ごと押しつぶさんと降ってくる。
アンナとリリーシャが目をつぶって観念した。直後、巨体が弾かれて吹っ飛ぶ。アルマが拳をぶつけていた。
魔力強化による身体能力向上。優秀な魔道士ほど優れており、大昔における魔道士は貧弱というイメージが払拭されつつある。
アルマも見習って再現してみた。魔道具に魔力を浸透させた上での疑似魔力強化によって、今のアルマの身体能力は飛躍的に向上している。
魔道士達は呆気に取られつつ、馬車の周囲に集まった。
「……なんだ?」
「あ、あれを見ろ! 誰かいるぞ!」
魔道士達の前にはアルマだ。魔物に手の平を向けて無数のレーザーを放つ。
魔物の硬さなど無視するかのごとくレーザーが突き刺さった。
魔物はかろうじて立ち上がろうとするが、やがて力なく崩れるようにして地に伏す。
(し、死んだよね?)
少しの間、見守っていると魔道士達がアルマに寄ってくる。ハッと気づいたアルマが振り向く。
彼らの正体などアルマに知る由もないが、ここで人と接触していいものか悩んだ。
顔が割れて騒ぎが大きくなることのメリットがない。そうなればアルマの行動はただ一つ。
「た、助かった。俺達は」
「あっ! 飛んだ!」
アルマは翼を展開して飛び去った。あの魔道士達は馬車の護衛であり、あの親子らしき二人は身分が高い人物と推測する。
まともな人物であればよいが、そうでなければ厄介ごとに巻き込まれる可能性がある。
アルマとしては今はあくまで魔道具の試運転だ。極力、イレギュラーな事態は避けたい。
ただし目の前で襲われている人物を見捨てることができないのも人情だ。
(たまにはこういうのもいいか)
幼い頃、テレビで見ていた変身ヒロインもののアニメを思い出す。
特別な憧れがあったわけではないが悪くはないとアルマは一人ほほ笑んだ。
いわゆるハイという状態になり、この日から人助けも視野に入れてしまう。とはいえ、深夜に早々人助けが起こるという都合のいい事態はない。
基本的には魔道具の調整がてら魔物討伐をするのが主だった。
ある時は森の中をかいくぐり、熊一頭すら丸のみにしそうな大蛇を仕留める。ある時は同じように空中遊泳する飛竜の群れを片付けた。
命中精度や威力を何度も調整しつつ、時にはガントレットとブーツの性能テストで素手のみで巨大虎のような魔物と格闘する。
さすがの速さな上にアルマに格闘の心得がないので、これには手間取った。
しかしこれはテスト、これで勝てなければまた調整すればいいだけ。そう思ったからこそ、アルマは常に笑っていた。
この戦いでは巨大虎を捉えきれず、レーザーで射殺すことで決着。ふぅと一息ついた時、近くで木にもたれかかっている人物に気づく。
その人物はやがてへたり込むようにして座った。
「な、何者です……?」
アルマは戦いに夢中でその人物に気づけなかった。到着した時に魔力反応はなかったので、途中からこの場にきたのだと推測する。
魔道士風の女性はメガネをかけており、驚愕の表情でアルマから目を離さない。
あぁまた人助けをしてしまった、と満足できる状況ではない。たまたま居合わせただけの人物に見られてしまったのだから、アルマに恥ずかしさがこみ上げてくる。
例えるなら人に聞かせるつもりがない歌を聞かれてしまった状況だ。
アルマはたまらず飛び立ってしまった。魔道士の女性が何か叫んでいるが聞こえていない。
(あの人はあんなところで何をしていたんだろう? できれば魔道士から今の私の評価を聞きたいんだけど……)
アルマはこれまで自己評価しか行ってこなかった。
それだけでは高みにいけないと思ったのだが、ここで引き返して聞きに行くのも憚られる。
そろそろこの辺りで一度は他人、まずは両親に見せて評価をしてもらおうと考えている。
なんと評価されるだろうか。ここまできたらむしろ徹底的にダメ出しをしてほしいとすら願っているアルマがいた。
(もぉーめっちゃくちゃに酷評してほしい! そしたらまた挑戦ができる! 楽しみだなぁ!)
期待に胸を膨らませて屋敷に帰る。しかし結局、研究に夢中で両親に見せることなどすっかり忘れていた。
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