世界一緊張する授業参観
アルマは大きくあくびをしていた。昨夜、キラーファングとの戦闘と証拠集めで久しぶりに疲れている。
寮の食堂で朝食を取るために起きてみれば、すでにクラリスとシェムナが席についていた。
しかし見渡しても相変わらずリリーシャの姿がなく、アルマは少しだけ落胆する。
「アルマァ!」
「わひゃい!?」
「なーに、変な声出してんの! ね、聞いた? あのキラーファングに術戦隊の捜査が入ったんだって!」
「へぇ……」
「あれ? 反応薄いね?」
アルマはしまったとばかりにシェムナを見た。
まさかたった一晩で情報が出回っているとは思わず、ましてやあのキラーファングだ。
よく見れば食堂内はその話題で持ち切りで、様々な憶測が飛び交う。とある生徒達では――
「さすがに信じられないよな」
「キラーファングを妬んだどこかのギルドの仕業だろ」
「いや、でもあそこに依頼した知り合いの話だとギルド職員の態度があまりよくなかったとか聞くし……」
「あの銀星の姿を見た人もいるって話だ」
「また銀星か?」
やばい、見られていたとアルマは素知らぬ顔を通すのに必死だった。
目の前に座っている二人にバレるはずもないが、当事者のアルマは内心穏やかではない。
(もしこの二人が、銀星の正体を知ったらどんな反応をするかな?)
正体がアルマだったことに驚いてくれるか。免許を持たない身で活動していたことを責められるか。自分達を騙していたのかと罵られるか。
一瞬だけそんなネガティブな想像をしてしまう。
食堂に集まる生徒達の中にはキラーファングに憧れていた者も少なくない。中には本気で落ち込んでいる生徒さえいた。
だからといってアルマは自分がやったことを後悔していない。
正義の味方としてなどと高尚な意識はなく、リリーシャのためを思ってやったことだ。
「あれ? リリーシャじゃない?」
「え?」
シェムナが食堂の入口を指すとリリーシャが入ってきた。
あ、とアルマが思ったのも束の間だ。その後ろから数人がゾロゾロと入ってきた。
身なりが整った高貴な雰囲気を漂わせる中年の女性と男性、魔道士達。そしてアルマが助けたリリーシャの妹だ。
何がどうなっているとばかりに、アルマはフォークを持ったまま静止した。
「おい、あれってリリーシャだよな?」
「な、なんで?」
周囲の反応など、どこ吹く風といった様子でリリーシャ達は食堂の席に着席した。
それを魔道士達が取り囲んで、近くに座っていた生徒達が席を移動させられてしまう。
リリーシャは俯いていて、顔を上げない。アルマはなんとなく察した。
(家族、だよね)
(家族じゃん?)
(ご家族?)
アルマ、シェムナとクラリスの心の声が一致した。父親らしき人物が周囲を見てから、魔道士に指示を出す。
「おい、食事を持ってこい」
「はっ!」
「周囲への警戒を怠るなよ。どこに刺客が潜んでるかわからん」
「了解であります!」
魔道士達が人数分の食事を持ってくるというシュールな光景に、誰も何も突っ込めなかった。
もっとも、この場で一番やりきれないのはリリーシャだと誰もがわかっている。食事がテーブルに置かれても、口をつけようとしない。
そんな雰囲気の中、父親が立ち上がった。
「皆様、突然のことで驚いたでしょう。私はクリストフォン、こちらのリリーシャの父でありエイブラム家の現当主です」
「私はアリーゼ、リリーシャの母です」
「リリナっ!」
堂々たる自己紹介に反応できるものはいない。小さく会釈をするのが関の山だ。
公爵家の貴族が学園の食堂にやってくる機会に遭遇するなど、普通であれば一生のうち一度としてない。
アルマも同様の反応だったが、リリーシャの妹であるリリナと目が合った。いや、合わせてきていた。
「じーーーー……」
(なんか見られてる? じーーーとか、口で言ってるけど……)
子ども特有の興味本位だろうとアルマはやり過ごすごとにした。
食堂内からは会話が消えて、上品な貴族達だけが優雅に食事を取っている。
リリーシャはちょくちょく食事に手をつけているが、顔は上がらない。
「突然のことで驚かせてしまっただろう。知っての通り先日、こちらのリリナが何者かによって拉致されかけた。エイブラム家としては由々しき事態であり、看過することはできない。
そこで当面の間、娘共々私達が護衛することにした。こちらの魔道士達はエイブラム家が選抜した専属の護衛魔道士達だ。ここの卒業生でもあるから、なつかしさを感じているかな? ハハハ!」
ハハハじゃねえよ、誰かが心の中で突っ込んだ。要するに一家総出で娘の護衛だ。
それがリリーシャの本意ではないことは、彼女の様子を見れば誰もがわかる。
リリーシャ以外の家族が談笑して、優雅な朝食の時間が始まっていた。
* * *
「え、えーと、今日はクラス合同で術戦の基礎実習です……」
メレヤが気まずそうにしている理由は一つ、術戦場の後ろでリリーシャの保護者が観戦しているからだ。
しかも護衛の魔道士は現役のプロで、生徒達は値踏みされている感覚に陥る。
アルマはアルマで、やはりゾクゾクしていた。プロの目が光る中で、実力をアピールできれば何かしらのスカウトがあるかもしれない。
特に公爵家の目に留まることは将来にとって絶大のアドバンテージだ。
「あー、マジ意味わかんないんだけど……。あの家族、終わりまでいるん?」
「シェムナさん、聞こえますよ。そうなると不敬に問われる可能性がありますね」
「ウッソでしょ?」
「さぁ?」
いつもシュムナのペースに乗せられがちなクラリスもたまには反撃する。とはいえ、緊張しているのは彼女も同じだ。
始まった術戦の授業では基本的な立ち回りの説明を交えて、メレヤともう一人の術戦担当の教師が実演して見せた。
メレヤは地属性、相手は水属性。攻めと守りの攻守交替で実演して、アルマはふんふんと鼻を鳴らしている。実演が終わると今度は生徒同士の実習だ。
メレヤはあえてリリーシャを避けようとしたものの――
「娘のリリーシャの出番はないのか?」
「そうみたいね……」
「じゃ、じゃあリリーシャさんで……」
当然の流れでリリーシャに決定した。なるほど、とアルマは納得する。二クラスの中で一番優秀なリリーシャが模範となるのは正しい。
リリーシャならば同じく優秀なクラスメイトを選択するとアルマは思った。
成績順でいえばクラリス辺りが妥当か、アルマはそう思っていたが――
「ではリリーシャさん、希望の相手はいますか?」
「そうですね……。ではアルマさんでお願いします」
「ふぁい!?」
アルマの変な声が術戦場に響いた。どういう人選だと周囲が囁いているが、それを一番聞きたいのはアルマだ。
リリーシャの瞳は極めて真剣で、アルマをロックオンしている。
冗談ではないことがわかったアルマが困惑しながら術戦場に上がった。これを心配しているのはメレヤだが、これはあくまで実習。
本気で戦うわけではないので、ひとまず受け入れることにした。
「で、では。魔法障壁について学びましょう。アルマさん、魔法を放ってください」
「はい……ファイアショット!」
小さな火の球がリリーシャに向かっていく。パシッという音と共に、火の球がリリーシャの手前で消滅した。
魔法の威力について誰もが突っ込みたかった。メレヤはあえてスルーしてコホンと咳払いした後、解説を始めた。
「……このように魔法障壁は魔道士の生命線です。小さい火の球でも生身に直撃すれば大怪我ですからね」
(小さくてすみません)
「今日は魔法障壁の練度を高めていただきたいのですが……。えっと……」
(わかってます、メレヤ先生。今度はリリーシャのターンだけど、私なんかが防ぎきれるわけないと。そうおっしゃりたいんですね?)
アルマの予想が的中している。メレヤがちらちらとアルマの様子をうかがっていた。
しかしアルマは意を決して、リリーシャに挑むことにする。
貴族に見守られているこのような状況は滅多にない。ちらりとリリーシャの両親を見ると、相変わらず厳しい目が光っていた。
「……アルマ、いくわよ」
リリーシャの片手に特大の火球が浮く。燃え盛る火球と熱量に、アルマは学年代表の力を垣間見た。
この火球の前ではアルマの魔法障壁などないも同然だ。リリーシャがどういうつもりかわからないが、アルマはこのまま引き立て役で終わるつもりはなかった。
(皆、私が圧倒されると思ってるんだろうなぁ。ふふ、へへへ……)
こんな状況ですら、アルマはピンチに酔いしれている。
仮に失敗すればあぁやっぱりな、と周囲は予定調和の流れに疑問を持たないだろう。
アルマはリリーシャの特大火球に向けて構えた。これにぴくりと眉を動かしたのはリリーシャだ。
(……どういうつもり?)
リリーシャはアルマのかかってこいと言わんばかりのポーズに困惑した。
しかしこれはあくまで実習、彼女は本気で当てるつもりなどない。
入学試験の時から気になっていたアルマを試したかっただけだ。この状況からもっとも目を離せない人物がもう一人、ラデルがいた。
(フン、今回ばかりはあの時のような小細工は通用しないぞ)
ラデルはアルマが負けることを願っている。あの一件で彼は初めて父親に殴られた。
尊敬する父からの鉄拳の痛みが今もラデルの頬に残っている。
父の言い分はどうあれ、あれだけラデルに意見をしたアルマに対する悔しさは今も変わっていない。
そしてリリーシャがついに魔法を放った。
「ファイアショット」
特大火球が放たれたと同時にアルマは斜め左前の方向に飛んで、リリーシャに向かっていく。
魔力強化込みの瞬発力だが、アルマの魔力ではリリーシャの魔法から逃れられる速度は得られない。
ラデルは一瞬だけ失望した。また同じ手か、と。が、しかし――
「うぅっ! あっつぅぅっ!」
アルマの半身に特大火球が直撃した。衝撃でアルマが吹っ飛ばされて術戦場に倒れ込む。
メレヤ他、誰もが息をのんでいた。
「そ、そこまでです! アルマさん! 大丈夫ですか!?」
「は、はい……なんとか。あっつぅ……」
「火傷もないです。ちょっとヒリヒリしますけど……」
「直撃を避けたとはいえ、それだけで済むなんて……」
驚いたのはメレヤだけではない。リリーシャは事前の思惑通り、アルマに直撃する寸前で火球を消した。
アルマが飛び込んでこなければ無傷で済んだ。しかしアルマは飛び込んできた。
そして直撃ではなかったとはいえ、アルマはリリーシャの魔法を受けてしまう。
メレヤ、そしてリリーシャはアルマの魔法障壁でこの程度のダメージで済むとは思ってなかった。
「い、一体どうやって?」
「足を一瞬だけ魔力強化して、あとは半身に魔法障壁を集中させたんです。ダメージを最小限に抑えつつ、当てられる部分だけ防御しました」
「一部だけ魔法障壁って……。確かに理屈では可能ですね」
「向かってくる方向がわかっていれば、ですね。実戦だとまだまだ改良の余地ありです。えへへ……」
魔法障壁を分散したり集中することは上位の魔道士であれば可能だ。
しかしそれには緻密な魔力コントロールが必要になり、わかっていても実戦で成功させるには相応のセンスと経験が必要になる。
学生でしかないアルマに前者はともかく、なぜ後者が備わっているのか。メレヤはアルマの底知れなさを感じた。
一方、リリーシャは魔法の威力そのものを加減した上に途中で威力を弱めている。
それを考慮しても、アルマの魔力量であれだけ自分の魔法の威力を軽減されたことに驚く。ラデルもまたアルマの行動が信じられなかった。
(アルマの奴……なんて度胸だ。あの魔力量に臆せずになぜ向かっていった?)
ラデルは考えた。回避するだけならば左右のどちらかでいい。なぜ向かっていったのか。
そこでラデルはアルマとの術戦を思い出す。あの時もアルマはいきなり向かってきた。
(……まさかリリーシャを倒そうとしたのか? もしくはそれを想定して動いた?)
(アルマ……。確実に私を倒そうとした。これは実習だというのに……)
ラデルとリリーシャ、二人はここにいる誰よりもアルマの行動とセンスを思い知った。
この様子を見てみたリリーシャの父親であるクリストフォンが顎髭を撫でて感心している。
「面白い生徒がいるものだな。あのリリーシャの魔法を恐れずに向かっていった同年代など初めて見たかもしれん」
「えぇ、あの魔力量でよくやってるわ」
エイブラム夫妻が感心している横でただ一人、リリナだけがアルマに強い視線を送り続けていた。
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