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これが生き甲斐

「アルマ! 大丈夫か!」


 美里の視界から光が消えた時、シャンデリアがぶら下がった天井が映った。

 彼女を見下ろしていたのは見知らぬ中年の男女だ。自分をアルマと呼ぶその二人は明らかに現代の服装ではないと美里は考える。

 女性に立たせてもらっても美里はぼんやりとした気分だった。そして改めて二人の顔を見た時、すべてを思い出す。

 自分は男爵家に生まれた一人娘のアルマで年齢は五歳。魔道士の両親から生まれたものの、大した魔力には恵まれなかった。

 この世界ではほとんどの人間が魔力を持って生まれるのが普通で、魔力を前提とした仕事が主だ。

 つまり魔力が少なければそれだけ職の選択肢がない。両親のような魔道士などもっての他だった。


「階段から落ちたのか。どこか怪我はないか? 念のため、回復魔法をかけておこう。母さん、頼む」

「えぇ、わかったわ」


 父親に促されて、母親のリーザがアルマに手の平を向けて淡い光を放った。心地よい感触がアルマの全身を包むと痛みが消える。

 終わった後、リーザはアルマの頭を撫でた。


「これで大丈夫よ」

「ふふ……やっぱり母さんは最高の治癒師だな。おっと……」


 父親のドルカンが一瞬だけ気まずそうに口を噤んだ。

 アルマとなった美里は五歳までの記憶を思い出す。魔道士の家に生まれた自分は物心ついた時から魔道士になると意気込んでいた。

 ところが備わっている魔力の絶対量があまりに低いせいで、その道は閉ざされている。

 夜中にふと起きた時に、両親がそのような会話をしているのを聞いてしまったのだ。

 アルマはめげずに勉学などに励んだ。ありとあらゆるできることを試した。

 しかし、まったく活路が見いだせなかったのだ。魔法の練習をしようが知識を蓄えようが、初級の魔法すらおぼつかない。

 練習や勉強をしている時に彼女は泣いていた。朧気ながら、前世の自分との違いを美里は感じていたのだ。

 やがてすべてに対して自暴自棄になってあきらめてしまう。


(そうか。記憶がなくても私は魔道士になろうとしていたんだ)


 階段から足を踏み外したおかげで記憶が戻ったのは美里としては幸運だった。

 自分を心配そうに見つめる両親は、我が子の魔力が低いと知っても大切に育ててくれている。

 これも幸運でしかない。さすがに家庭環境でハンデがつくのは美里としても本意ではなかったからだ。記憶が戻った美里は決意する。


「お父さん、お母さん。生んでくれてありがとう」

「え……」


 美里が丁寧にお辞儀をすると二人は面食らう。

 今日までの自分はろくに口も利かずに心を閉ざしていたのだ。その償いの意味も込めて美里は礼を言った。


「アルマ……お前……」

「喋った……喋ったのね」


 それからリーザは涙で頬を濡らして美里を抱きしめた。ドルカンもようやく我が子が帰ってきたとばかりに泣いた。

 今まで心配をかけていた分、美里は恩返しの意味も込めて改めて前へ進むと決心する。今日から自分はアルマだ、と。


                * * *


 アルマは記憶が戻る前に勉強をしたおかげで、あらゆる基礎知識は身についている。

 この世界では電気や石油に代わって、魔力がエネルギーとなっていた。

 この屋敷を暖めている暖房も魔道具と呼ばれるもので、魔石と呼ばれるエネルギー源が内蔵されている。

 自然発掘されたものや人工的なもの、すべてに魔力が宿っているとアルマは思い返す。

 人工魔石も人が魔力を込めて作り出すので、何をするにも魔力が必要だ。

 建造物もこの世界では人力のみで建築しない。何らかの魔法で効率よく建ててしまう。

 料理も魔道具や素材は必要だが、腕がいい調理師ならば魔法で味付けを整えてしまうほどだ。

 仮にアルマが死に物狂いで前世の感覚で知識と技術を身に着けても、鼻で笑う者が大半だろう。なぜ魔法を使わないのかなんて嫌味を言われる可能性すらある。

 アルマは屋敷内を見渡した。


(生活水準は現代と対して変わらないか)


 季節は冬。広い屋敷のどこにいても寒いと一切感じないのは、魔道具のおかげだ。

 それもたった一つの魔道具によって賄われているのだから、アルマは感心した。

 高度な魔法で作られた魔道具、魔石が生み出す魔力というエネルギー。アルマはこれだと直感した。

 その日、アルマは両親に頭を下げてあらゆる資料を買ってもらうことに成功する。

 魔道具に関する本を山ほど頼んだ時にはさすがの両親も、階段から落ちた影響を考えていた。

 しかし実の娘が心を開いて、やりたいことを見つけたのだとすぐに気を良くする。

 大量の資料が屋敷に運び込まれて、使用人達の間でいよいよアルマがおかしくなったとまことしやかに囁かれる。

 後に噂好きのメイド長の口はアルマの父であるドルカンに塞がれるのだが。


(勉強かぁ)


 前世で受験勉強など必要ないと考えていたアルマは複雑な心境だった。

 この私が、などという奢りがかすかにある。そう考えた時、やっぱり自分は無意識のうちに周囲を見下していたのだとやや落胆した。

 部屋の中には魔法に関する本が散らばっている。すべて両親から借りたものであり、記憶が戻る前のアルマが努力した証だ。勉強を終えたら返そうと思い、整理整頓した。

 この時も悔しくて仕方がなかったと思い出しながら、アルマはこの日から魔道具について学び始めた。

 いざ始めるとなかなかどうして、とアルマは思考が止まる。

 前世での知識がほとんど通用しない理論、構造、技術。濁流のように押し寄せてくる情報の波にアルマは眩暈がした。

 これが勉強をするということ。理解を深めるということ。そしてこれがやりがいだとアルマは笑う。


(なにこれ、全然わかんない。でも面白い)


 多少、怖気づいても絶望はしない。アルマはひたすら知識を深めた。

 頭の中で情報を整理して組み立てていく。来る日も来る日も資料を読み漁った。

 数学の基礎である算数の四則演算から始めるように、0から1へと知識を深める。

 アルマが部屋に籠る生活をおくっているせいで、使用人達がまたあらぬ噂を立て始めた。

 そんな使用人達も、たまに部屋から出たアルマの顔を見て口を閉ざす。以前のそれとは完全な別人であり、萎縮してしまった。

 苦戦する毎日だがアルマは生きている実感を得ている。


(なんとなくわかってきた。そう、これこれ。このわかってきた感覚がゾクゾクする)


 七歳の誕生日を迎える頃にはすでに簡単な魔道具を作れるようになっていた。

 両親の誕生日に首元を持続して温めるマフラーをプレゼントしてみると、また二人は泣いて喜ぶ。

 難関高校や大学に合格しなくても、こうして両親を喜ばせることができる。

 あくまで試作品だったので突っぱねられるかと卑屈に考えていたアルマだが、この時は胸が暖かくなった。

 知識が満たされる感覚、できないことができるようになる感覚。これがアルマにとって快楽となっていた。

 その一年後、アルマの魔道具は更なる進化を遂げる。魔石を利用せずとも、アルマの体内にある少量の魔力を増幅させる方法を思いついたのだ。

 これが成功したおかげで、理論上はアルマでも上位の魔法を使える。ただし一度、失敗して部屋から煙が出た時は大騒ぎになった。


(RPGでいうヘルム、かな?)


 開発したそれはアルマの脳波を感知して、体内の魔力を増幅させるものだ。

 要するに魔法を使いたい時に使える。そして専用の銀のガントレットは魔力を魔法に変換するものだ。

 ただしすべての魔法を自在に放てるわけではない。あくまで魔力を攻撃エネルギーに変換して魔法の体裁を整えたものだ。

 アルマの前世の世界でいうレーザーで、これを夜中に試して庭の木を撃ち抜いた時にはアルマも肝を冷やした。

 観念して正直に両親に謝ったところ――


「ア、アルマ。お前、どうやってそんなものを……」

「何でもいいじゃない! アルマ! あなた天才よ!」


 両親はアルマの特異性よりも成長を喜んでくれた。能天気な二人が少し心配になったアルマだが、喜んでくれたことが嬉しい。

 気をよくしたアルマは更に改良を重ねていく。銀のヘルムにはグラサンのようなものを取り付ける。

 これを通せば、生物が保有している魔力を感知できるのだ。反応が大きくなれば、そこに魔法を使おうとしている魔道士がいる。

 魔道士の位置がわかるので、屋敷内で両親がいる位置をこっそりと把握していた。

 深夜にこれを行うと当然ながら二人の反応は寝室で密着していて、アルマは勝手に赤面する。前世ではそういったことにまったく免疫がないアルマだった。

 それから何回かの誕生日を迎えつつ、アルマは研究と実験を繰り返す。

 最初こそ魔法が使えればいいと考えていたアルマだが、当初の目標から大きく飛躍していた。

 文字通り、空を飛べる。風魔法の仕組みを応用して、魔道具で背中に取り付けたバーニアを再現してしまった。


(よし、ここまで長かったなぁ)


 銀のへルム、ガントレットと手袋。そして全身を覆う魔法耐性があるローブ。

 少しイメージと離れたものの、アルマが魔法を使う為の魔道具が完成した。

 この時、十歳。五歳から始めて五年の間でアルマはこれらの魔道具を作り上げてしまう。

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