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術戦は奥が深いんだよ

 ラデルは子爵家の息子であり、その家庭環境はクラリスと少し似ていた。

 厳格な父親は術戦魔道士であり、妻はそんな父親を支える。父親が仕事に出れば、母親が見送る。

 疲れた父親が帰ってくれば、母親が出迎えて上着などを片付ける。

 父親が何も言わなくても、ティーカップが置かれている。父親がラデルに怒れば、母親も同調する。

 愛国心が人一倍強い父親は日頃からラデルに、魔道士とは国を支える戦士だと説いた。

 国を支えることが国民の喜びであり、散ることも国民の義務。そんな父親を見て育ったラデルは反発することもなく育った。

 成長するにつれて父の背中を追うことが生き甲斐となり、術戦魔道士こそが男の仕事と意識する。

 ラデルは何の疑問もなく術戦魔道士の道を選んだ。


「ラデル。エルティリア学園にはこれからの国を支える柱となる者達が多く入学する。『灼腕』『冷禍』……名立たる魔道士達も皆、卒業しているのだ」

「父上、そんな彼らに追いつくにはどうしたらいいでしょうか?」

「研磨を怠るな。弱い人間は皆、言い訳をする。どうせ努力など実らない、魔力が低いからなどとな。そうした甘えが人を強さから遠ざけるのだ」

「研磨……。父上、俺も死ぬ気で努力します。そのような軟弱者になど、なりたくありません」

「うむ、それでこそ私の息子だ。期待しているぞ」


 期待しているぞ。父のその言葉がラデルの力になっている。

 エルティリア学園での入学試験、ラデルは試験官の魔法障壁の一ヶ所を徹底して攻撃した。

 アルマのように穴を見つけられなかったが、一点集中することで魔法障壁に穴を空けることに成功する。

 試験官は後に語った。魔道士の神髄を見た、と。

 それからラデルは勉学に励んだ。クラスメイトを見渡せば、やはり気概にばらつきがある。

 授業となれば当てられて正答できず、休み時間は無駄話をして時間を浪費。

 父の言葉でエルティリア学園という場所をより神格化していたラデルにとっては歯がゆい。

 そんなことで国を支えられるものか。こんな連中は卒業できずに脱落してしまえばいい。そのほうが国にとってもいいだろう。

 そう思ってラデルはクラスメイトと関わることをやめた。

 そんな中、クラスメイトが銀星ファンクラブを立ち上げたという話が耳に入る。


(何がファンクラブだ。学園をなんだと思っている)


 立ち上げたクラリスはクラスメイトの中では優秀であり、ラデルはマシな部類だと思っていた。

 一緒になって騒いでいるシェムナには軽薄なイメージがあって、ラデルは嫌悪している。

 休み時間となればどこかに姿を消して、最近では女子三人でつるんでいるのを見たがそれでも印象は変わらなかった。

 今はその中の一人、アルマと術戦を始めようとしている。


(アルマか。こんな魔力でよく入学できたものだ。その努力は認めてやろう。だが……)


 弱い人間が努力をして結果を出したことをラデルは評価している。

 しかし、しょせん世の中は結果がすべてだ。自分にも他人にも厳しいラデルは、アルマだろうと容赦しない。

 特にラデルは異性に反発された経験など初めてだ。生意気な、それがラデルの率直な感想だった。

 奇しくもアルマの分析結果が当たってしまっている。

 メレヤが二人の間に立って、いよいよ術戦開始となった。


「フン……。すぐに終わらせて」


 ラデルの目の前にアルマが迫っていた。


「え……」


 アルマがラデルの頬を拳で打つ。頭が揺れた衝撃で、ラデルは一瞬だけ意識が飛んだ。

 気がついた時には自分の体が場外に迫っていると気づく。


「ま、まずい……」


 アルマは追撃した。立ち上がろうとしたラデルを蹴り飛ばして、今度こそ場外に落とす。

 術戦は泥沼試合防止のため、いくつかルールがある。

 術戦場には特殊な結界が張られていて、魔力が枯渇するか致死量に相当するダメージを受けた時点で強制的に場外に出される。

 立会人が勝敗の判定をした時点で終了。どちらかが気絶した場合も終了。長時間に及ぶなど、立会人の裁量で決められることもある。

 最後に、どちらかが先に場外に出た場合も終了だ。


「あ……」


 クラリスが声を上げる。ラデルがアルマに蹴り飛ばされて、場外へ落とされていた。

 ラデルは天井を見上げた形になっていて、まだ負けたことを認識していない。


「しょ、勝者……。アルマさん……」


 メレヤの一言で、ファンクラブ側から声援が上がった。クラリスとシェムナがアルマに抱きつく。


「アルマーー! ウソでしょ! あのラデルに勝ったじゃん!」

「もぎゅっ!」

「あなたという人は! どういう手段ですか!?」

「もぎゅぎゅ!」


 二人に加えてファンクラブの女子達も加わったのだから、アルマに喋る余裕などない。

 メレヤも思わず駆け寄りたい衝動にかられたが、中立の立場として堪えた。

 そしてメレヤにはアルマがとった手段がわかっている。しかしアルマの口から説明してもらって、答え合わせをしたかった。


「ま、まぁ単純だよ。ラデルは私を舐めてかかっていたからね。魔力強化で走って接近してぶん殴っただけ」

「それだけ?」


 シェムナはアルマにからかわれているのかとすら思った。アルマは至って真剣で、はにかみながら話す。


「うん。単純だけど魔力強化は基本だからね。ラデルもまさかあんな手でくるとは思ってなかったと思うよ」

「で、でもさ。言いにくいんだけど……アルマの魔力でそんなに……」

「足を使う瞬間だけ強化して最小限に抑えたからね。殴る蹴るでも結局、筋肉を使う瞬間なんて一瞬だよ。その瞬間だけ強化すれば私の魔力でも同級生の男の子くらいなら倒せるよ」

「へ、へぇ……」


 さも簡単なように語るアルマだが、これがどれほど難しいかは傍から聞いているメレヤがよくわかっている。

 優れた魔道士の証は魔力の大きさではなく消費魔力とはよく言う。いかに消費を抑えられるかがプロという見解が広まっていた。

 ただし口で言うほど簡単ではない。アルマが行った魔力強化は少しでもタイミングがずれたら、体に大きな負担がかかる。

 蹴りの瞬間に間違えば、足の筋肉の靭帯や骨を損傷する。学生のレベルではないと、メレヤは畏怖した。


「認めん……」


 ラデルが呟いた後、起き上がった。


「こんなもの認めるわけがない! 子供だましで俺に勝ったつもりか! アルマ! もう一度、勝負だ!」

「いやぁ、さすがに同じ手は通用しないかなーって思うよ」

「ならばしょせん、お前はその程度ということだろう!」

「でもさ、あなた私に負けたよね。これが実戦でも同じ言い訳をするの?」


 アルマの指摘にラデルは固まった。これが実戦なら、アルマはラデルに近づいて息の根を止める。

 呼吸器に水を流し込めば人間である以上、死ぬ。いかに魔法が優れていようと扱うのが人間であれば、そこに勝機があるとアルマはわかっていた。

 そんなアルマにラデルは言い返せず、歯ぎしりをしていた。


「じ、実戦は、実戦だ……」

「実戦を意識できないなら、この学園にいる意味なくない? 失敗したけど実戦できちんとやるからーってさ。真剣にやってることに対して真摯じゃないなって思うよ」

「そ、それは……!」

「約束通り、あっちの男子達に謝って。それとファンクラブの皆にもね」


 ラデルは観念して、男子達に頭を下げた。


「わ、悪かった……」


 続けてファンクラブの女子達にも頭を下げる。


「すまなかった……」


 男子達はまだラデルを許してないといった様子だが、さすがに彼に追い打ちをかけるようなことはしなかった。

 女子であるアルマに助けられてようやく保てた対面なのは理解している。現に最後に負けた二年の男子生徒はまだショックが消えずに俯いたままだ。

 ファンクラブの女子達もファンクラブ活動に難癖をつけられたことは不快だが、謝ったことで言葉を呑み込んだ。

 謝った後、ラデルは肩を落として術戦場を出ていった。


「アルマさん。この度は本当にありがとうございました」

「うん、まぁクラリス達もがんばってね」

「あの……そこで相談なのですが。アルマさんの戦いを見て、その……尊敬したというか。それで、ファンクラブに入っていただきたいなって……」

「うーん……バイトもあるし、ちょっと難しいかも」

「無理にとは言いません! 暇がある時でいいので!」


 アルマとしてはクラリスの申し出を断りたくない。しかし自分で自分のファンクラブに入るという歪さが気になっている。

 しかし、アルマはふと思う。銀星の正体が絶対にバレないという保証はなく、カモフラージュが必要だ。

 木を隠すなら森の中、アルマはクラリスの申し出を受けることにした。


「わかった。時間がある時になら、ね」

「あ、ありがとうございます! 皆さん! 今、勇姿を見せたアルマさんにファンクラブに入会してただきました!」

「やったー! ちょーうれしー!」


 シェムナがアルマの手を握って感謝の意思を示す。それから会員達が集まってきて、アルマを取り囲んだ。 


「アルマさん! よろしくね!」

「かっこよかった!」

「魔力が低いのにあのラデルに勝つなんて!」

「惚れちゃったぁ……」


 一気に人気者になってしまったアルマは複雑な心境だった。

 目的は術戦魔道士になることなので、あまり変なことに深入りしたくない。

 しかし学園生活を満喫するという意味では悪くないと思った。

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