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正義と力

「クッソォ! あのブスども! この俺をコケにしやがって!」


 放課後、ヘリオは荒れていた。学園の外、廃墟の裏手で壁を蹴っている。

 彼に媚びている二人の同級生は、この状況でも何とかヘリオに気に入られようとしていた。

 伯爵家の息子であるヘリオに気に入られたら、学園卒業後も目をかけてもらえる可能性がある。

 卒業後の進路は様々であるが、ヘリオの父親が魔道士団とも繋がりがあるのだから二人は必死だ。


「ヘリオ様。俺もあのガキどもにはムカつきましたよ」

「痛い目にあわせてやりましょうよ」


 二人の手下の言葉にヘリオは突き動かされた。

 二人もまた二年生ということで、一年であるアルマ達に軽んじられたことが気に入らない。ましてやヘリオという強い味方がいるのだ。

 これまでヘリオは自分達に逆らう者を術戦で打ち負かしてきた。

 負けたら二度と逆らうなと実力を見せつけてきただけあって、同学年から恐れられる存在となっているのがヘリオだ。

 卒業後は魔道士団入りが確実だと言われており、実力主義になりがちな術戦科においてヘリオに口出しできる者はほとんどいない。

 

「パパが言ってた。大人の世界で舐められたら終わりだってな。だからそうならないようにしなきゃいけない」

「さすがはヘリオ様のお父上です! さっそくあいつらを術戦で……」

「いや、そんなもんじゃ足りねぇ。お前ら、あのブスどもをここに連れてこい」

「え……?」


 ヘリオの目に凶暴な光が宿っており、手下の二人は身を震わせる。

 これまで下級生にプライドを傷つけられたことなどヘリオは一度もなかった。教師ですらどこかヘリオに甘く、それをわかっていてやりたい放題だ。

 ところが今回の相手は下級生、ヘリオは決意する。


「強引な手段を使ってもいい。俺があいつらをわからせてやる」

「ヘ、ヘリオ様。それはさすがに……」

「俺の言うことが聞けないってのか?」

「でもあいつら、どこのクラスなのかわかりませんし……」

「一年だけで三クラスしかないだろ。バカなのか、お前はよ。早くしねぇとぶっ飛ばすぞ」


 手下の二人は大急ぎで学園の校舎に走っていく。

 授業が終わったばかりなので、まだ教室にいるかもしれないという一縷の望みに賭けた。


                * * *


「アルマは今日がバイトの面接だっけ?」

「そうですね。私達は先に寮に戻りましょう」


 シェムナとクラリスは校舎を出て、寮へと向かう。

 直前に別れたアルマは将来のためにバイトを始めるとシェムナとクラリスに話していた。

 希望のバイトは魔道具の生産や修理を行っている魔道具工房だ。バイトというには難易度が高くないかと二人は思う。

 簡単な仕事ばかりで誰にでもできるとアルマは言っていたが、シェムナはかすかに疑っていた。


「ねぇ、クラリス。アルマをどう思う? 昼間のアレってさ、絶対アルマがやったじゃん?」

「確証はありませんが、その可能性はあります。しかし、あのヘリオさん達の目を欺く魔法となると……」

「他には誰も気づかなかったかな?」

「アルマさん……。入学試験の時を思い出しました」


 入学試験でのアルマの絶妙な魔力コントロール、試験官にかろうじて魔法を当てたこと。

 その光景はクラリスの記憶にもしっかりと残っている。


「入学試験……あー、思い出した! 確かめちゃくちゃ魔力のコントロールがうまかったし!」

「あの時点ではAクラス入り確実だと思いました。しかし次の術戦では……」

「いや、まぁ術戦に関してはアタシも人のこと言えないし……」

「ご、ごめんなさい」

「いやいや、気にしないでって!」


 シェムナと同様、クラリスも術戦の試験で苦戦していた。

 当然、魔法障壁の穴になど気づけずに彼女は得意ではない風魔法によって竜巻を起こした。小規模であるが、試験官を揺るがせることに成功する。

 魔力はクラリスから見ても、お世辞にも高いとは言えない。しかし授業で教師に当てられても、答えに窮したところを見たことがなかった。

 Cクラスの中では成績上位のクラリスでさえ、頭を悩ませる難問であっても同様だ。

 黒板に魔術式をサラサラと書く後ろ姿を見るたびに、アルマという少女の底の深さを感じ取る。

 そして中間試験での成績はクラスでもトップ、そして教師も驚いた答案の書き込み量だ。

 表面の解答欄では足らずに裏面まで使って、魔術式を書いている。

 さすがにここまで書かなくていいと魔術式学担当の教師が笑っていたが、口元が引きつっているのをクラリスは見逃さなかった。


「魔術学担当の先生は魔術式学会でも一定の評価を得ている人物……。そしてアルマさんが解答した魔術式……」

「アルマってさー。実はものすごい奴なんじゃ?」

「あの魔力で入学を果たしている時点で尊敬すべきです」

「それってちょっと失礼じゃん?」

「あ、そ、そうでしたね。失言でした……」


 クラリスが自分の発言を恥じた時、正面に二人の男子生徒が立っていた。昼間、ヘリオと一緒にいた二人だと気づく。


「先輩、何か用でしょうか?」

「ヘリオ様がお前らに話があるってよ。来てもらおうか」

「話? 昼間の件であれば、こちらからの主張はあれで終わりです」

「そう興奮するなよ。それとも何か? ヘリオ様に言い負かされるのが怖いか?」


 クラリスがぴくりと眉を動かす。

 非があるのは明らかにヘリオであり、そのヘリオに言い負かされる道理などない。クラリスは受けて立つ。


「わかりました。まだ言いたいことがあるのであれば応じましょう」

「ちょ! クラリス! 関わるなって! 絶対やべーこと企んでるし!」

「あちらは私が間違っていると主張しているのです。だったらどう間違っているか、聞いてあげます。シェムナさんは先に帰ってください」

「いや、逃がしてくれそうにないし……」


 手下の二人とはいえ、相手は二年生だ。一年の差ではあるが、それなりに術戦などの経験も積んでいる。

 強引な手段に出られたらどうしようもないとシェムナは危惧していた。


「そういえばあと一人が見当たらないな。どこに行った?」

「あと一人とは?」

「お前らと一緒にいたオレンジ髪の一年だよ」

「さぁ……。いつも一緒にいるわけではありませんので」


 クラリスはわざと知らない振りをした。

 こうしてアルマを巻き込まずに二人は学園の外を出て、廃墟に案内される。

 そこにいたのは廃墟のガラクタの上に座るヘリオだ。シェムナとクラリスを見るなり、ニィと笑う。

 寂れた廃墟で笑うヘリオを見て、さすがのクラリスも来たことを少し後悔した。


「よう、昼間は世話になったな」

「……それで何か言いたいことがあるようですが?」

「いや、なに。大したことじゃないんだ。昼間も言ったが、快適な学園生活の送り方ってやつを教えたくてね」

「遠慮します」


 ヘリオが言い終えると同時に、手下の二人が逃げ道を塞ぐようにして立つ。

 クラリスは動揺を押し殺して、ヘリオから目を離さない。

 目の前にいる人間に非があるのは明らかであり、不当な手段に出るようであれば悪だ。

 間違った人間に屈するようなことだけはしたくなかった。


「昼間の件な、実は水に流してやらんでもない。ただし条件がある。それは毎月、俺にカンパすることだ」

「カンパ?」

「そうだ。一人、五万ジル。耳を揃えて月初に持ってこい」

「はい? そんな大金をあなた達に支払う義務などありません。話はそれだけですか?」


 即答したクラリスにヘリオは口元を歪めた。

 ヘリオは片手から鞭状の炎を放って、手の平の上で躍らせる。

 文句のつけようがない魔力コントロールと迸る炎の熱。これだけで二人はヘリオとの実力差を理解した。

 これがエルティリア学園における一年の差かと思ったが、クラリスは引かない。


「こんなところで魔法を使って脅すつもりですか? 正気ですか?」

「昼間に言ったはずだ。俺の父親は伯爵、そして教師連中からも気に入られている。意味はわかるな?」

「あなたの父がそんな蛮行を許すと?」

「俺の言うことなら何でも信じる」


 ヘリオは勝ち誇ったように炎の鞭を体の周囲にまとわせた。

 続いて手下の一人は岩の手甲を装着して、もう一人は風の刃で周辺の雑草を刈る。

 クラリスが後ずさりをして、シェムナは足が震えた。


「ク、クラリス……。まずいって……」

「……シェムナは逃げてください」

「で、できるわけないし! それにクラリスは!」

「私は……」


 クラリスとて勝ち目がないのはわかっている。しかし魔道士の免許を持たない者による悪事が許せなかった。

 間違ったことは許せないが、正す力がない。クラリスは頭の芯が冷えていくようだった。


「この蛮行は必ず暴かれます……。いつまでも続くと思わないほうがいいですよ」

「気が強いなぁ。カンパが嫌ならお前らが俺の女になれよ。選ばせてやる」

「汚らわしいッ!」


 クラリスが嫌悪感を露にした時、足元の雑草が焼き焦げた。

 炎の鞭が迫ったとわかって、クラリスはついにふらふらと下がってしまう。

 その様子を面白おかしく笑うヘリオ達。


「ハハハハッ! びびってんのか! おい、お前ら! 散々大口を叩いてびびってんぞ! 笑ってやれよ!」

「ギャハハハハ! マジで傑作ですね!」

「アハハハハ! ハハハッ!」


 クラリスはついに目元を涙でにじませた。

 術戦魔道士を目指しておきながら、今の自分には何もできない。一年、先に生まれた相手に絶大な力を見せつけている。

 間違っていたのは自分のほうだろうか? 結局、正義は力がある者にあるのか?

 クラリスは目の前の絶望に対して、自分の人生観すら疑った。せっかく友達ができたというのに、すべてを壊そうとする者達がいる。

 栄えあるエルティリア学園に悪がすくっている。悪が野放しになっている。

 学園も悪に加担しているのだとすれば何を信じればいいかなどと、クラリスはすべてに対して悲観的になりつつあった。

 そんなクラリスにヘリオが近づいて顎を掴む。


「ようやく状況を理解したか? 一年にして、いい勉強になったな」

「は、離し……て……」

「授業料を支払ってもらう。もちろんカンパとは別のな」

「うぅ……」


 へたり込むシェムナが立ち上がろうとする。

 しかしどうしても体が動かなかった。恐怖で身動きできず、歯を食いしばっている。


「じゃあ、まずは……ん?」


 ヘリオはクラリス達の奥にいる人物に気づいた。

 いつからそこにいたのか。まったく気づけず、その人物がゆっくりと歩いてきた。


「おい、ここは立ち入り禁止だぞ」


 ヘリオに臆することなく、銀の翼を下ろした人物が登場した。銀の兜を被ってローブを風でなびかせる魔道士。

 クラリスやシェムナ、ヘリオ達の視線が魔道士に集中した。

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