どれだけ優秀でも死んだら終わり
「古川さん! いつもながら君の企画は素晴らしい!」
古川美里は大手家電メーカーの商品企画部にて、上司から絶賛されていた。
現在二十五歳、入社三年目。新人の彼女だが、企画した商品はどれも大ヒットを飛ばす。
美里が初めて企画した商品は会社の目玉商品となり、いくつものテレビ番組で取り上げられている。その影響で、どの店舗でも売り切れが続出するほどだ。
それでいて仕事ぶりと言えばすべて卒なくこなして、必ず定時で帰宅。与えられた仕事にプラスアルファの成果を出す。
入社時、この会社では実力こそがすべてだと豪語していたパワハラ気質の先輩社員は今や舌打ちをするしかなかった。
「あの、褒めていただけるのは嬉しいんですけど……。まだ企画段階なので……」
「なぁに言ってる! 君なら間違いないんだよ! プレゼン頼むぞ! ハッハッハッ!」
「は、はい……」
褒められて悪い気はしない。しかし美里に特別な感情はなかった。彼女は上司が嫌いではなく、むしろ好感が持てる人物だ。
プレゼンの資料を作成して提出してみれば、上司はさらりと目を通しただけでまた褒めちぎった。
上司だけではない。相手は美里よりも一年先輩の女性社員だ。
「古川さん、どうやったらあんなにすごい商品を思いつくの?」
「べ、別に……。ただ需要を満たすことを考えただけです」
「その需要をどうやって見極めてるの?」
「それは……」
美里にとって、それはすごいことでも何でもなかった。
市場を見ていればわかること。そう言いたかったが、さすがに彼女も棘のある言い方は避ける。
ただでさえ社内では男女ともにあまり寄り付かないのだ。社内の人間が彼女と話す内容は仕事のことのみ。
容姿は美人と評判だが、今の会社の男性社員は誰も美里を誘わなかった。
「古川さんって綺麗だけど素っ気ないよな」
「そう、それ。いかにも完璧超人って感じで、俺みたいな凡人なんか相手にしなさそうだわ」
「心の底では見下してそうだよな。確か卒業した大学も一流だった気がするし……」
「それがなんでこんな会社に来ちまったんだかなぁ」
そんな会話が美里の耳に入ったことがある。
見下してるなど、一度として考えたこともない。会社とは組織であり、誰かが欠けていては成り立たたない。
美里はそれがわかっているから、自分と他人の優劣など気にしたことがなかった。
この会話をしている男性社員も決して無能ではない。
美里は誤解を解こうと思って一度、二人に話しかけたことがある。
二人はなるほどと納得したようだったが明らかに愛想笑いだった。むしろ溝が深まったのではないかとさえ美里は思う。
この時、美里は悟った。自分が何をどう言おうがすでにそういうイメージとして定着してしまっている。
近づけば近づくほど相手が離れてしまう。自分はそういう人間なんだと諦めた。
飲み会でも美里に話しかける者はほとんどいない。気を使った同僚が何か話題を振ってくるが、楽しませられなかった。
それどころか、一部ではどこか鼻につく女とさえ思われている。
見下しているつもりはないのに、会話の節々から滲み出てしまう。
そんな経験があったせいで、美里は人と関わりを持つのをやめた。今や美里に笑顔で接するのは上司のみだ。
「古川さん! 昨日のプレゼンは大成功だな! 上役をあそこまで唸らせたのだからなぁ!」
「……ありがとうございます」
「もっと喜んだらどうかね! 君は我が社のエースなのだからな! ハッハッハッハッ!」
「期待に応えます」
対人関係だけではなく、美里は仕事にもやりがいを感じていない。
何をやってもうまくいって褒められてしまうせいだ。
彼女はこれまでの人生を振り返っても、挫折というものを味わったことがなかった。
学生時代の成績は常にトップ、受験勉強などやったことがない。
試験など授業を聞いているだけで満点を取れるのに、なぜ勉強する必要があるのかと考えたこともあった。
両親はそんな美里に何でも買い与えるほど可愛がった。
国内最高の難関と言われている高校や大学への入学など当然として、美里はその期待に応えた。
期待にさえ応えていれば、周囲の人間は喜ぶ。美里があらゆる物事に対して遣り甲斐を感じなくなったのは一流大学へ入学した時だった。
(何も楽しくないなぁ)
そう思い続けて美里は今日も出勤する。いつものように信号待ちをしていた時だ。
衝撃の後、激痛が美里を襲った。仰向けになって倒れていて、意識が少しずつ薄れていく。
「まずい! 救急車を呼ぼう!」
美里が最期に聞いた声だった。
* * *
「古川美里さん。あなたは信号無視して歩道に突っ込んできた車に追突されて死にました」
美里を見下ろしていたのは見知らぬ女性だった。大空の空間で、その人物と美里が浮いている。
夢か、と美里は考えるがすぐに事故の記憶が蘇った。
自分は死んだ。死後の世界など考えたこともない美里だったが、すんなりとその事実を受け入れる。
「そうですか」
「物分かりが早くていいですね。私は異世界の神ヘティア。突然ですがあなたには私が管理する世界で生きていただきます」
「はぁ……」
「いわゆるスカウトですね。今、私の世界では少しだけ優秀な人間が不足しているんですよ。このままではすこーしだけバランスが崩れて世界がよくない方向へいきそうなんです」
美里はヘティアと名乗った女性を見つめた。
女神像をそのまま実体化させたような美麗な容姿が、美里により説得力を感じさせる。
こんな人間がいるわけない。そう思わせるほど綺麗だったからだ。
「あなたが生きていた世界で死んだ人間の中から私がスカウトするのです。そこで見事、あなたが選ばれました」
「なぜ……?」
「それはもうあなたが優秀だからですよ。いわゆる完璧超人ですから、きっと私の世界でも利益をもたらしてくれるでしょう」
「スカウトということは、私があなたの世界に転生するの?」
「本当に話が早くて助かります。そうなんですよ。というわけであなた……? あれ?」
ヘティアが首を傾げる。その人間らしい仕草に美里はなぜか呆れた。
「あなた、魔力があまりないですね。私の世界では魔力が高いほど優秀な人間なのですが……」
「魔力? 魔法使いでもいるんですか?」
「あなた達の世界では科学が発達していましたが、私の世界では魔法文明が主流です。しかしあなたの魔力、これは……えぇ?」
「魔力が低いと苦労するんですか?」
「えぇ、それなりに……。これではわざわざスカウトした意味が……」
美里は自分がその世界に適していない状態で生まれることに絶望していない。むしろその辺りで十分だとさえ思っている。
魔力や魔法という現代の知識ではまったく応用が利かないものがある世界だ。
そんな世界に転生させてくれるというのだから、美里としては願ったり叶ったりだった。
「いいんですよ。私はその世界で魔法使いになります」
「はい? ですからあなたの魔力では……」
「あなたにも完璧超人と言わせる私ですよ。絶対に魔法使いになります」
「……まぁいいでしょう。元々減るものでもありません。あなたを転生させます」
減ってたまるかと美里は心の中で毒づく。
生きている時にここまで感情を動かしたことがあったかと、ふと思った。
「お願いします」
「転生時、あなたは記憶を失っているかもしれません。何かの弾みで思い出すと思いますが、それまでは辛抱してくださいね」
「えっ?」
「では転生させます」
「それって、ちょっと!」
ヘティアの返答などなく、美里の目の前が光で満たされる。
同時にまた意識が薄れていき、まるで深い眠りにつくようだと美里は最後の一瞬だけ思った。
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