それなら振り向かせる
後悔はしてる。さっきとは別の。
でも村を飛び出したことは後悔してない。
あの人──私の番だとかいう竜人が村を去る前に魔女に会わねば。会って願いを叶えてもらう!
……そう思ってたんだけど、無理かも。
日が暮れて、ランタンに火をつけてわびしい夕食を食べていたら、狼の群れに囲まれてしまった。
こんな状況なのに、これで死んだら次は人じゃないものに生まれ変われるかな、なんて思った。
「……ハハ……」
怖くて身体が震える。膝がガクガクする。
ナイフとか持ってきたけど役に立つとも思えない。
昔から、考えが足りないんだから勝手なことをするな、相談しろって家族に散々言われてきた。
分かってるっていつも言ってたけど、全然分かってなかった。
怖い、怖い、死ぬ。死んじゃうよ。
父さん、母さん、兄ちゃんごめん。ごめんなさい。
今にも壊れそうなぐらい心臓がバクバクいってるのに身体は冷えて震える。
狼の輪がじわりと狭まって距離が縮む。
恐怖で叫んだ私に反応したのか、狼が次々に吠えた。
もうダメだ! そう思ったのに、狼たちは一斉に去って行った。
ほっとしたのも一瞬で、暗がりに大きな影が見えた。それで分かった。狼はこの黒い影から逃げたんだ。
逃げなくちゃと思うのに、腰が抜けて立ち上がれない。カバンの中の物を投げてやろうと引き寄せる。
低い木と木の間を音をさせながら現れたのはあの人だった。
肩で息を弾ませて、私の前まで走って来た。
「……へ……」
間抜けな声を出してしまった。それぐらい、予想もつかなかった。
どうしてここにこの人が。
もしかして、助けに来てくれたの? どうして?
私の前にやってきたその人は、怒っていた。
「こんな所でなにをしてるんだ!!
君の姿が見えなくなったって村中大騒ぎなんだぞ?! ハンナさんが教えてくれなかったらどうなったと思ってるんだ! 死にたいのか!!」
「そんなわけない!」
思わず言い返してしまったけど、ほっとした。ほっとしたら涙が出てきた。
私が泣き出したからか、オロオロしだして謝り始めた。
「す、すまない。怖がらせてしまって」
助けに来てくれなかったらあのまま私は死んでたんだし、私が考えなしなのは事実だし、怒られて当然だから謝る必要ないのに、私が泣き止むまでずっと謝ってた。
過去の自分に言いたいんだけど、この人のどこが気に入らないの? すごく良い人なのに。
「俺が背負うから、村に戻ろう」
「嫌!」
傷ついた顔をする。
これ絶対勘違いしてると思った私は、すぐに嫌がった理由を言った。
「魔女の元に行きたいの。だから村に戻りたくない」
「なんで魔女の元に……」
「理由は言えない。けど、必要なの」
その後も帰ろうと説得する相手と、絶対に帰らないと言い張る私で問答してる間に夜も更けてしまって、とりあえず動くのは明るくなってからということになった。
夜が明けて、わがままだって分かってるけど、魔女のところに行きたいから連れて行って欲しいとお願いした。お願いを聞いてくれるならどんなことでもするからと。
彼はしばらく悩んだ後、分かったと言って私を連れて魔女のいる山の頂上を目指してくれた。
道すがら、って山だから道なんてものはないんだけど、前を歩く彼が私が通りやすい場所を選んでくれたり、危険なものを排除してくれた。
本当に、過去の私には文句言いたい。なんでこんな良い人を拒絶したのかと。過去の私が拒絶しなかったら私、山を登る必要なかったし、あの人が早く死にたいなんて思う必要もなかった。
いや、死にたいとはもう思わせたくないから頂上目指してるんだけど。
「ほら、これ」
差し出されたのは真っ赤に熟した実。美味しそう。
おなかが空いていた私は実を手に取るとがぶりと齧り付く。
「あ!」
齧ったあと、あまりの酸っぱさに悶絶した。その私を見て笑うのが許せず、強引に口に放り込んだらあっちも悶絶した。
「この実はこのままでも食べられるけど、食べかたを変えると美味しくなるんだと言おうとしたのに食べるから」
「私が苦しんでるのを見て笑った」
「ごめん。その……」
「はっきり言う!」
「可愛くて」
「苦しんでる姿が可愛いわけないでしょ!」
イラッとしたので腕を軽く叩く。
食い意地をはって最後まで話を聞かずに齧ってしまったことが恥ずかしかったのもある。
「本当に可愛いかったんだ。でも、ごめん。酸っぱかったよな」
「同じ思いをしたから許す」
決して可愛いと褒められたからではない。
同じ思いをさせたから今回は許す。偉そうだけど。いや、可愛いって言われたの嬉しいけど。
「美味しく食べる方法ってなに?」
「焼くんだ」
「焼く?!」
驚いてる私の前で、こうやるんだ、と言って丸くて真っ赤な実を魔法で焼いた。
人と違って竜人は魔法も使えるし、身体の能力もすぐれてる。羨ましい。
真っ赤だった皮は茶色く変色してしまっている。その皮を剥くと、さっき食べた時に見たよりも実が透き通っていた。
上半分の皮を剥いた実を、どうぞと言ってくれた。
「ありがとう」
おそるおそる齧る。酸っぱさは少しあるけど、それよりも甘さに驚いた。
熱で温められた果汁が口の中に広がる。
「甘い!」
喜ぶ私を見て彼は笑顔になる。
「良かった」
笑顔を見て、私は決意を新たにする。
絶対に魔女に願いを叶えてもらうんだ。
あまりにも美味しかったのでその赤い実を取っておいた。取りすぎは駄目だと言われたから五個で我慢。
途中から背負ってもらった。
履き慣れた靴だったけど、ずっと山を登っていたら靴擦れしてしまったのを、隠してたのにバレてしまって。
自分で歩くより早いっていうのが悔しい。
悔しいんだけど、嬉しかったりもする。
彼の背中は広くて、がっしりしてて安心感もあって、なによりあったかい。子供の頃に父さんに背負ってもらったことがある。あの時だって安心したし、あったかかったけど、なんていうか比じゃない。
人よりも竜人でがっしりしてるから、っていうのはもちろんあると思うけど、それだけじゃなくって。
なんか絶対大丈夫っていう絶大な安心感がある。
申し訳ないという気持ちが吹き飛びそうなくらい。
「……ずっとこうしてたい」
「帰りもこうしようか」
そうだった、帰り!
帰りの私は今の私と違ってるはず!
「……うん」
違うはずだから、村から出ていくなんて、言わないで欲しい。