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連載候補短編

この治癒術師には秘密がある ~400年隠していた正体がロクデナシ王子にバレて万事休す……え、王宮に来ないか? ぜひ行きます! さようならブラック冒険者ギルド!~

作者: 日之影ソラ

「おいアンリティア! いつまで休憩してやがんだ!」

「ボ、ボス! で、でも今さっき休憩に入った所で……」

「つべこべ言ってねーで働けノロマが! 治療待ちの奴らが溜まってんだよ! それともなんだ? 追い出されてーのか?」

「すみません! 今すぐ行きます!」


 椅子から立ち上がった私に向って、ボスは大きく聞こえるように舌打ちをした。

 その隣を通り抜けていく。

 私はたった三十秒の休憩を終えて、負傷者が集まる一室に駆け込んだ。


「すみません遅れました」

「ちっ、やっと来たのかよ。さっさと治療しろや」

「はい。すみませんでした」


 私は謝罪しながらしゃがみ込んで、怪我をしている箇所に治癒魔法をかける。

 表情は心配そうに、でも内心では呆れてため息をこぼしながら。


 戦闘を生業にする冒険者ギルド『アウトレンジャー』。

 ここはギルドホームの治療室。

 今日も戦闘で負傷したギルドメンバーが大勢集まっている。

 そして私は、このギルドに所属している治癒術師だ。

 

「おいおせーぞ! 次早くしろ!」

「……そんなに元気なら大丈夫でしょ」

「んあ? なんか言ったか?」

「いえ何でもありません! 今すぐ行きます!」


 おっといけない。

 つい本音が漏れてしまうことがある。

 気を付けないともっと待遇が悪くなるかも……いやさすがに今より悪くなるなんてないか。

 そう思えてしまうほど、このギルドでの仕事はブラックだ。

 朝から正午までポーションの作成、午後からはお金をもらって街の人を治療、夕方からは仕事から戻ったギルドメンバーの治療。

 これらすべてが終わってから明日の準備もして、寝るのはいつも日付が変わる頃だ。


 治療をしながらチラッと時計を見る。

 午後八時半……まだ大勢の負傷者が残っている。

 この調子だと終わるのは十一時頃かな?

 せめて治癒術師が私以外にもいれば早く終わるのに……。

 常識のないブラックな環境に耐えられる人なんて普通にいないけど。


 この待遇の悪さは、別に私だからというわけじゃない。

 戦闘系のギルドでは、前線で戦える力を持った者が優遇される。

 簡単に言えば強さこそが全てなのだ。

 どこの野生の社会だって思うけど、事実そうなのだから仕方がない。

 そんな中、戦うことは出来ず安全地帯で治療しか出来ない治癒術師は、臆病者とか温室育ちとか言われて馬鹿にされる。

 実際、とても重要な役割をしているのに、彼らにはその有難みがわかっていないんだ。


「はぁ……」


 そんなだから、仕事中も無意識に本音やため息が出る。

 長いことやっていて、他に聞こえないギリギリの声量で出せるようになった。

 我ながら無駄な才能だ。


「ったくトロイ奴だぜ。そんなんじゃクビになんぞぉ~」

「……すみません」


 クビにするなら早くすれば良いのに。

 なんてことを言えないのが辛い立場だ。

 このギルドの規模は大きくて、実績もあるから他のギルドにも影響力を持っている。

 仮にここをクビになれば、その噂は早々に広まり、嫌がらせという名の根回しをされて、どの職場も拾ってくれない。

 拾ってくれても精々雑用係だろう。

 実際にそうなった同業者を何人も知っているから、軽々に辞められない。


 それに……私には誰にも明かせない秘密がある。

 秘密を守るためにも溶け込まないといけない。

 人間の暮らしの中に。


  ◇◇◇


 結局、仕事が終わったのは日付が変わって一時間後だった。

 そこから明日、というか今日の準備を済ませてギルドホームを出る。

 外は当然真っ暗で、街の人たちも寝てしまっているから部屋の明かりもない。

 街灯の明かりを頼りに夜道を歩く。


「はぁ……疲れたぁ。もうホントに最悪」


 この時間なら誰も聞いていない。

 叫んだりしなければ、悪態をついてもバレないから安心だ。

 

「大体なんで私だけ家が別なわけ? 誰よりも朝早く仕事をしなきゃいけないのに! だからってあんな危ない男の人たちと一緒のホームは嫌だけどさぁ~」


 ギルドに所属する者の多くは、ギルドホームに部屋を貰って寝泊まりしている。

 一部そうでない人は、自分で家を持っている場合がほとんどだ。

 加入時に宿泊先の有無は選べるはずなんだけど……私の時は何もなかった。

 問答無用で、自分で探して来いだったよ。

 その時点から差別が酷い。

 わかっていたことだけど、お金が良いことだけが救いだ。


「それもなかったらとっくに辞めてる! ホームごと爆発させてるって――ん?」


 歩いていると、どこからか声が聞こえた。

 人の声ではなくて子猫の声だ。

 弱々しく、助けを求めているように鳴いている。

 声のする方を見てみると、路地で一匹の子猫が倒れていた。

 私はすぐさま駆け寄る。


「怪我してる」


 後ろ足と腹部から出血がある。

 縄張り争いでもしたのかな?

 それにしては傷口が不自然で、何か棒状の物で殴られたような……。

 と、路地の先に目を向けたら血の付いた木材が転がっていた。

 間違いない。

 誰か街の人にやられたんだ。


「酷いな……」


 腹いせか、酔っ払いか。

 どちらにしろ酷い。

 子猫になんの罪もないというのに。

 子猫は弱々しく鳴く。


「大丈夫だよ。すぐに私が治してあげるからね」


 私は治癒魔法を使おうとした。

 ここで違和感に気付く。

 魔法を行使しようとした右腕の軽さに。


「あ、魔導器……ホームに置いてきちゃった」


 魔術を行使する際に使用する道具、それが魔導器。

 魔晶石(ましょうせき)という大自然で生成される特別な鉱石をはめ込まれた道具で、これがないと人間は魔術が使えない。

 通常、体内や自然にはマナというエネルギーが存在する。

 それらを魔力に変換し、術式を介して魔術を行使する。

 普通の人間にはマナはあっても、自身で魔力に変換したり、体外に放出する機能が備わっていない。

 それを可能にするのが、この魔晶石であり魔導器だ。


 ただしこれは、普通の人間ならば……の話。

 私には関係ない。

 だって私は普通の人間じゃなくて、【魔女】だから。


「じっとしててね」


 魔女には魔力を変換する機能も、自由自在に操る力も持っている。

 故に、私たち魔女に魔導器は必要ない。

 なんの制約もなく魔力を操り、力を行使できる。

 その威力、性能は人間の基準に当てはまらない。

 人間が扱うものを『魔術』、魔女が扱うものを『魔法』と区別されるほど別格なのだ。

 大昔はその力を巡って争いが起こるほど……。


 だけど、強大過ぎる力は恐怖の対象になる。

 最初は利用していた人間たちも、私たちの力を恐れるようになった。

 その力が自分たちに向くことを危惧して、魔女を世界の敵と定めたのだ。

 魔女は危険な存在。

 排除しなければならない……と。


 これが私の抱えている秘密。

 誰にも話せない。

 バレてしまえば最後、私は世界中のお尋ね者になってしまう。

 だから極力、普段は魔法を使わないようにしている。

 普通にしていればバレることもないだろう。

 今だって夜中だし、こんな路地裏に人がいるわけな――


「へぇー凄いな。あっという間に治癒しちゃうなんて」

「……へ?」


 後ろから誰かの声が聞こえた。

 慌てて立ち上がる。

 それに驚いて子猫が飛び出し去って行った。

 残ったのは私と、声をかけてきた誰か。


 私は振り返る。


「やぁ、こんばんは。今日は月が綺麗だな」


 そう言って彼は微笑む。

 路地に差し込む月明かりに照らされた銀髪と、ルビーのように赤い瞳。

 街で見かけるには珍しい貴族っぽい服装をした青年だ。

 腰には剣を携えている。

 

「な、なんでこんな所に人が……」

「ん? それはお互い様だろ。こんな夜中に女が一人で出歩くなんて普通じゃないぞ」

「そ、それは……言われてみればそうだった」


 深夜帰りが当たり前になっている弊害だ。

 この時間に出歩いている人なんて私くらいだろう。

 と思っていたからこそ、他に人がいたことに驚いた。

 いや問題はそこじゃない。

 

「えっと……どこから見てたの?」

「子猫を見つけて駆け寄るあたりからかな?」

「さ、最初からなんだね……」

「まぁな。優しい奴もいるんだなって感心してたら、治癒術師だったとはな。良い腕だったよ」

「……どうもありがとうございます」


 最初から見られてて気づけなかったんだ……。

 でも良かった。

 この様子だと、私が魔女だってことには気付いていないみたい。

 手元が見えていなかったのか、それとも魔導器が服に隠れていると思ったのか。

 よく考えたら、現代で魔女はおとぎ話になってるし、いるなんて思うわけも……。


「ところでお前、どうやって魔導器もなしに治癒術を使ったんだ?」

「え……」


 ば、バレてたー!

 

「な、なんのことでしょう?」

「惚けても無駄だぞ? 言っただろ? ちゃんと最初から見ていたんだよ。お前が治癒を発動させたとき、魔導器の光はなかった。魔術を使えば魔導器が光る。その光がなかったのに、子猫の傷はちゃんと治癒してた」

「うっ……」


 こ、この人ちゃんと見てる。

 魔術行使に放たれる魔導器の光のことも。

 普段は魔法で魔導器が光っているように見せて誤魔化してるけど、今は物もないし誰も見てないと思って油断していた。


 で、でもまだ大丈夫! 

 相手もまだ疑ってるだろうし、言い逃れする方法はいくらでもある……はず!


「き、気のせいじゃないかな? ほ、ほら暗くて見間違えたとか」

「暗いほうが光は見えるぞ?」

「うっ……じゃ、じゃあ角度が悪くて見えなかったとか?」

「割と全身見えてたぞ? そもそも、どこか光ってたらわかるだろ? 暗いんだからな」


 ニコリと微笑む彼の表情がなんだか怖い。

 言い訳は全て論破されてしまった。

 全部ごもっともなので言い返すことも出来ない。

 魔女の私相手に口で勝つなんてこの人なかなかに……とか言ってる場合じゃないよね。

 言い訳は通じないし、私への視線は疑いから確信に変わりつつある。

 もうこうなったら、あの手を使うしかない。


「……わ、」

「わ?」

「忘れてください!」


 全力で逃げる!

 有無を言わさずこの場から立ち去ろうとする。

 だけど、そんな私よりも早く彼は動き、逃げる私の両手を掴んで壁に詰め寄る。


「おっと!」

「なっ……」


 速すぎる。

 人間に出せる速度じゃなかった。

 彼も魔術を使っているの?

 そんな様子はなかったけど、明らかに異常なスピードだ。

 加えて……。


「は、放して!」

「暴れても無駄だぜ」

「っ……」


 なんて力なの?

 まったく振りほどけない。

 男女の身体的力の差があるとはいえ、普通じゃない力だ。

 体型も細身で筋肉質には見えないのに、どこからこんな力が湧いて出るの?

 さっきから全力で振りほどこうとしてるのに微動だにしないなんて……。


「残念だが逃がさないぞ。せっかく見つけたんだ」


 魔女は存在自体が悪であり、罪である。

 だから見つかれば殺されるか、捕らえられて実験の材料にされるか。

 どう転んでも最悪の未来しかない。


 こうなったらもう……魔法を使って逃げるしかないか。

 目立つから使いたくなかったけど、もうバレちゃったしこの街にはいられないよね。

 

 私は小さくため息をこぼす。

 辞めたいとは思っていたけど、まさかこんな形で終わりが来るなんて……。

 まぁ良いか。


「風よ――」

「待った待った! 逃げるな話を聞け! お前に危害を加えるつもりはないんだよ!」

「え……え?」

「俺はただ話をしたいだけだ。だから魔法を使って逃げようとするな」


 唐突に意外なことを言われてキョトンとする。

 不意に力が抜けてしまった。

 呪文も途中でやめたから、私に集まっていた風が散る。


「し、信じられるわけないでしょ!」

「だったら何で俺は剣を抜いてないんだ? 俺にはお前が魔女だって確信があった。逃げようとした時点で斬りかかるだろ普通」

「それは……」

「第一、お前に危害を加えるつもりだったなら、声をもかけずに襲い掛かるだろ? お前は俺のことに気付いてもいなかったんだ。いきなり殺すのはやりすぎても、捕らえるだけなら簡単だった。どうして話しかけたと思うんだ?」

「た、確かに……」


 彼の言う通りだ。

 私を捕まえるタイミングは十分にあった。

 今だって逃げようとする私に攻撃してこない。

 彼ほどの速さ、力があれば私を殺すことなんて簡単だったはずなのに。


「……本当に?」

「ああ。だから逃げるな。逃げずに話を聞いてくれるなら、お前の正体も黙っておいてやる」

「え、ほ、本当!? 黙っててくれるの!?」

「ああ、約束しよう。だがもし逃げるなら、お前は明日から指名手配犯だな」


 彼は意地悪そうな顔でニヤっと笑う。

 なんだか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?

 その表情にはちょっとムカつくけど、黙っていてくれるなら有難い。

 一度バレてしまうと、ほとぼりが冷めるまで隠居しなくちゃいけないから。


「わ、わかった。わかったから手を放して」

「……逃げないな?」

「に、逃げないよ!」

「本当だな? もし逃げようとしたら足の一本や三本折るぞ」

「逃げないってば! 大体私の足は三本もないよ!」

「……そうか。じゃあとりあえず信じてやる」


 そう言ってようやく、彼は掴んでいた手を放してくれた。

 少々強く掴まれたから手首が赤くなっている。

 

 何なのこの人?

 乱暴だし意味不明だし、こんな人本当に信用していいのかな……。

 まぁ手は放してもらえたし、最悪逃げれば良いよね。

 よく考えたら明日に指名手配とか不可能だし。

 いくら魔女が危険だからって、ただの一般人の証言だけじゃ弱い。

 国が動き出すにも時間がかかるだろうし、その間に名前を変えて新天地を見つければなんとかなる。


「お前、今逃げれば良いとか思ったりしただろ?」

「うっ……」

「図星だな。どうせお前、すぐに噂が広まることはないから、そのうちに何とかしようって思ってるんだろ?」

「ううっ……」


 なんでこうも正確にわかるの?

 この人もしかして、他人の心が読めるとか?

 私より魔女なんですけど。


「で、でも事実でしょ? 君一人が騒いだって、本当かどうか信じてもらえないよ」

「それはないな。俺が言えば確実に国が動く。断言してやろう」

「な、なんでそんな自信満々に……」


 そういえば、この人の服装ってどこかで見たような……。

 なんだか見覚えのある紋章がついてるし。

 剣にも装飾があって、あれは確か王家の紋章?


「ま、まさか……」

「ふっ、自己紹介がまだだったな? 俺の名はユーリ・ユーステッド。この国の第三王子だ」

「お、お、王子!?」

「おう。よろしくな? 生意気な魔女さん」

 

 可能性あるとして貴族か何かだと思ったら王族!

 斜め上どころか突き抜けたよ!

 しかも第三王子って確か、あのロクデナシって噂の?

 国事に全く関心がなくて国王の命令も聞かず、昼間はお城から一歩も出ない。

 夜に遊び回ってるっていう第三王子?

 さ、最悪だ……よりにもよって、一番バレたくない相手にバレた。


「いやー今日は運が良かったな~。なんとなく王都を出て隣街まで来て正解だったぜ」

「お、終わった……」

「おいおい落ち込むなよ。むしろ見つかったのが俺で良かったぞ? 他の奴らなら間違いなく大事になってただろうしな」

「もう十分大事なんだよ。私の中では大惨事なんだよ」


 最悪だ最悪だサイアクだ。

 王族なんていっちばんバレちゃいけない相手なのに。

 しかもその中でもロクデナシって噂の王子でしょ?

 色々終わった。

 きっと話っていうのもロクでもないことなんだ。

 私を脅して言うことを聞かせるつもりなんだ。


「あーもう! せっかく最悪な職場も我慢してたのにぃ! 今より酷い環境とかないと思ってたのに!」

「お、おいあんま大声出すなって。というか何だ? そんな酷い職場なのか?」

「酷いなんてものじゃないよ。あの人たちは私を奴隷か何かと勘違いしてる。絶対そう!」

「ふぅーん……ちょっと気になるな。話してみてくれない?」

「え……まぁ良いけど」


 どうせもう終わりだし、話したところで怒られないだろう。

 私は諦めてギルドでの仕事っぷりを彼に教えた。


「なんだそのクソ環境。ほぼ虐めじゃないか」

「そうだよ虐めだよ! 私ばっかりこき使ってさ? 労いの言葉もないんだよ?」

「随分溜まってるな。酒もないのにそんだけ愚痴が出てくるなんて」

「まったくだよ。本当は飲んで全部ぶちまけたい気分なのにさ」


 結局、最後の隅々まで彼に話してしまった。

 今まで押し殺していた感情も一緒に解き放って、どこかスッキリした気分だ。

 バレてしまったことは災難だけど、こうして愚痴を言える機会を貰えたのはラッキーだったかもしれない。

 そんなことを考えていると、彼はクスリと笑って言う。


「ふっ、そっか。なら丁度良いかもな」

「え、何が?」

「俺が今からする話だよ。きっとお前にとっていい話だぜ」

「いい……話?」


 今この状況で良い話なんてあるの?

 パッと思いつくとしたら、全部忘れてくれることくらいだけど……。

 それも結局は元の生活に戻るだけなんだよね。


「いい話って、どうせそっちにとってでしょ?」

「いいや互いに利がある。少なくとも、今のお前の環境より何十倍も好待遇だぞ」

「……どういうこと?」

「スカウトだよ。なぁお前、王宮で働かないか?」


 数秒の静寂。

 私の答えは沈黙だった。

 あまりにも予想外過ぎて、驚き声も出せなかった。


「おーい、聞こえてるか?」

「え、うん。えっと……王宮で?」

「ああ。正確には俺の直属の部下になって働いてほしい。仕事内容はそうだなー、ギルドでも治癒術師だったんだし、王宮でも同じで良い。もちろん給与面は期待していいし、休みもちゃんと与える。具体的には……ちょっと待ってろ」


 ユーリ王子は腰の剣を鞘ごと抜き、鞘先で地面に文字を書く。

 書かれた内容は、王宮での雇用条件だった。


「こんな感じかな? まぁ最低条件だ」

「……こ、これが最低条件?」


 給料は今の三倍、休みも週に二日あるし、実働時間も普通だ。

 他にも職員専用の仕事部屋に、泊まる部屋まで提供してもらえるって?

 なにこれ?

 どこの天国の話?


「ん? なんだこれじゃ低いか?」

「いや全然! むしろ高いほうだしこんな好条件見たことないよ!」

「そうか? なら良かったな。今よりいい環境で生活できるぞ」

「そ、そうだね。これは嬉しい……って待って!」


 冷静になって考えろ私!

 こんな好条件が無償で提供されるはずがない。

 いや働く時点で無償じゃないけど、ここに書かれた内容が本当だという保証はない。

 美味しい話には必ず裏があるものだ。


「さっき、仕事はギルドと同じだって言ってたけど……本当にそれだけ?」

「ああ、仕事としてはそうだぞ」

「……つまり、他にもしてほしいことがあるってこと?」

「もちろんだ。というかそっちが本題だぜ」


 やっぱりそうだ。

 この人の目的は他にある。

 私の……魔女の力を使って何をしたいのか。

 魔女の力の強大さは私が一番よく知っている。

 やろうと思えば国一つくらい簡単に傾けられるほどだ。


「な、なにをしてほしいの?」


 私はごくりと息を飲む。

 そして、勿体ぶるように間を空けて彼は答える。


「……俺の望みは一つだ。お前の秘密を守る代わりに、俺の〝呪い″を解いてくれ!」

「――呪い!?」


 今夜は一体、どれだけ予想外に驚けばいいのだろうか。

 誰が想像できる?

 呪いなんて言葉が飛び出してくるなんて。


「呪い、魔女のお前なら知ってるよな?」

「そ、それは知ってるけど……え、呪い? 君って誰かに呪われてるの?」

「ああ……だと思う。詳しくないから確信はないけど、そうとしか思えないんだよ」

「ど、どういうこと?」


 呪いなんて簡単に口に出せる言葉じゃない。

 そもそも疑うような出来事があるのか。

 誰かの激しい恨みや怒り、負の感情を元にした魔力は、特定の対象に悪影響を与える。

 それが呪いだけど……普通の人間に呪いなんて発動させる力はない。

 出来るとしたら私と同じ魔女か、大昔にいた亜人種くらいだ。


「本当に呪い? 勘違いじゃなくて?」

「勘違いでそんな話するかよ。ま、見てもらったほうが早いな」

「見るって……」

「ちょっと離れて見てろ。近くにいると飛び散って汚れる」


 飛び散る?

 汚れる?

 一体何をするのか疑問に感じながらも、私は彼の呪いに興味があった。

 だから数歩下がって距離をとる。

 すると、彼は腰の剣を抜き、自らの左腕に刃を当てる。

 

 そのまま左腕を斬り落とした。

 なんの躊躇もなく。


「なっ、な……何してるの!?」

「大丈夫だ。よく見てろ」

「どこが大丈夫なの! 今すぐ止血しないと大変なことに――え?」


 その変化は鮮やかに、唐突に起こった。

 切断面の肉が蠢き盛り上がり、瞬く間に伸びて腕の形に変化する。

 そうして気づけば、彼の腕は再生していた。


「え、え?」

「まだ終わってないぞ。そこの腕を見てみろ」


 彼が指を指したのは、切断して転がった自らの左腕。

 視線を向けたタイミングで、その腕は灰となって消えた。

 正直意味がわからなかった。

 私の魔法なら別だけど、ただの人間の魔術じゃ腕を再生させることなんて出来ない。

 しかも一瞬で、切断された腕が灰になったり……異常だ。


「今のが……呪い?」

「これだけじゃないぞ。日光に当たると身体が燃えるし、他人の血を見ると吸いたくなる。特に今みたいに力を使った後はな。我慢してるんだ」

「そ、それって……」


 彼の話を聞いて、思い当たる節がある。

 そういう力を持った種族が、大昔には存在した。

 不老不死の身体に、日の下を歩けない弱点、血を吸う……鬼。

 まるで――


「吸血鬼?」

「そういうことだ。俺は五歳の時、突然身体が吸血鬼化した。それまでは普通の人間だったのに……こんなの呪いっていう他ないだろ?」


 彼は悲し気に語り出した。

 変化は突然だったという。

 何か前触れがあったわけでも、心当たりもない。

 ある朝、彼は窓から差し込む光に恐怖を感じた。

 それは吸血鬼としての本能的な恐怖だった。

 恐る恐る窓に近づいた彼の身体は、瞬く間に炎に包まれた。

 咄嗟に影へ入り、花瓶の水を被って消火したそうだ。

 その時の傷もすぐに治り、幼い彼は戸惑い恐怖したという。


「本当に意味がわからなかった。けど幸い、俺は王子としていろんな教育を受けていたからな。歴史や知識にも詳しくて、すぐ思い当たったよ。吸血鬼みたいだなって……そっからはまぁ地獄だったさ。外も満足に出歩けないし、吸血衝動にも耐えなきゃいけない。まともな生活なんて無理だ」

「相談したりとかは?」

「出来るわけないだろ? 魔女と同じくらい人外っていうのは恐れられてる。そんなもんに王族の俺がなったってバレたらどうなる? 国中で大騒動だ。だから誰にも話してない。父上にも……兄上たちにもな」

「……」


 彼の表情からは寂しさが感じ取れる。

 今の話を聞いて、いろいろと合点がいった。

 彼が夜中にしか出歩かないのも、国事に参加しないのも、全てはその体質のせいだ。

 そうするしかなかったのだろう。

 立場もあって、誰にも相談することも出来ずに……一人で悩んで苦しんで。

 出会ってばかりの私が言えることじゃないけど、もしそんな体質じゃなければ、彼はロクデナシ王子なんて呼ばれていなかっただろう。


「大変……だったんだね」

「お互いにな」

「あはははっ、そうだね」


 誰にも言えない秘密を抱えて生きる。

 それがどれほど苦しくて、寂しいことなのか。

 私は良く知っている。

 そして彼も……。


「まぁそういうわけで、さっきの提案だ。俺にお前の力を貸してほしい。この呪いを解く方法を一緒に探してくれ。その代わり、俺がお前の居場所を提供する。秘密も守ると約束する。どうだ? 悪くない取引だと思わないか?」

「そうだね。悪くない取引だよ」


 互いの秘密を知った。

 上下をつけられないほど濃くて重い秘密を。

 私たちは互いに秘密を抱えている。

 だけど今、その秘密を共有して、一緒に歩ける人を見つけた。

 協力者?

 それとも共犯者かな?

 どっちでもいい。

 一人じゃない……たったそれだけのことで、私の心は軽くなった。


「その取引を受けてあげるよ。魔女として協力してあげる。吸血鬼の王子様」

「ふっ、なら決まりだな。期待してるぞ魔女さ……あーいや、お前の名前はなんだ?」

「ん? そういえば名乗ってなかったね? 私はアンリティア」

「アンリティア……長いな。()()()でいいか?」


 い、いきなり愛称?

 でもまぁ、悪くない呼び名だし。


「いいよ。特別に許してあげる」

「偉そうだな。一応俺は王子なんだぞ?」

「私だって魔女だからね」

「なんだその反論。まぁいいや」


 彼は右手を差し出す。

 

「よろしくな、アンリ。俺のこともユーリでいいぞ。特別にな」

「うん。よろしく、ユーリ」


 私は彼の手を握る。

 魔女として生まれて四百年。

 初めて秘密を共有できる存在を得た。

 これは直感だ。

 この出会いをきっかけに、私の人生は大きく変わると。


 それからもう一つ、今だからこそ言える一言がある。


 さようならブラック冒険者ギルド!

 二度とお世話にならないからね!

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