1-5 お出かけ
三年が経ち、体も自由に使えるようになった。だからこそ、身の回りのことをやろうとした。
「お嬢様、掃除は私目におまかせください」
「お嬢様、危ないので料理は私目がやります」
「お嬢様──」
前の世界と違い、ここでは家の事をしようとすると逆に困らせてしまう。
子どもは家の事をしないと家にいられないのに……。
追い出したいのだろうか? なら、外の世界を知っておきたい。
「お嬢様、買い物に出かけて参ります」
チャンスはここしか無い。
あたしはステノーの服を掴んだ。
「いっ、一緒に、行きたい」
手が震えているのが分かる。
ステノーは腰を屈めて、あたしと目線を合わせた。
「ご主人様とうまくいっていませんか?」
予想外の返答に少々驚いたが、すぐに首を横に振った。
「外に出るのが怖いですか?」
もしこの答えを肯定してしまえば、許可が下りないかもしれない。
あたしは首を横に振る。
「分かりました。では、お召し替えを致しましょう。それと、ご主人様にお嬢様も一緒に行く事をお伝えしなければ」
出かける準備を済ませ、ベールに許可をもらいに行く。
「イナンナも連れて行くのですか?」
「本人の希望もありますので」
ベールは手を口元らへんに当てて、しばらく考え込んでいた。
「イナンナは戦えますか?」
「基本的なナイフを使っての戦闘、魔法を使った戦闘を少々」
「分かりました。ここ最近、子どもが行方不明になる事件が多発しています。複数の組織が、臓器売買や奴隷商に売り飛ばしているのでしょう。私もついていけるのが一番なのですが、仕方ありません。
イナンナが巻き込まれないよう、気をつけて連れて行ってください」
「かしこまりました」
「イナンナ」
ベールが起き上がって手招きしたので、あたしは側に寄る。
「これをつけておいてください。それと、これも腰に。何かありましたら、これで応戦してください」
ベールにもらったのは、中央に透明な石が埋め込まれたペンダントと、ナイフがついたベルトだ。
そしてその上から、どこから持ってきたのか、いつの間にか手に持っていたローブを羽織らせた。
「イナンナ、ステノーから離れないでください」
「分かった」
「では、気をつけて行ってらっしゃい」
「あ、い、行ってきます」
◇◆◇◆◇
あたし達はステノーの空間移動で町へと移動した。
「お嬢様、離れないように気をつけてください」
「ん」
手を伸ばしてステノーの指を掴む。
町の作りは、道はレンガが敷き詰められ、建物の造りは岩……というより、コンクリートみたいだ。
高い建物は無く、見た感じ大体が二階、高くて五階だ。
街灯も一定間隔であり、なんというか、車や自転車がなく、少し洋風なだけで、前世とあまり変わらない。
見た目だけなら。
まず、車の代わりなのか、馬車がある。大きなトカゲが引いている馬車が。
……いや、馬ではないからトカゲ車の方が正しい気がする。
さらに、二足歩行のトカゲや馬などの本来四足歩行の動物や、変な肌の色の人。いや、肌色が変なら、ステノーもベールも、それぞれ緑っぽかったり、紫っぽかったりするけど、今目に入る人はもっと濃く、目立つ色だ。
「外の世界はどうですか?」
「……変」
「そうですね。お嬢様にとっては見るもののほとんど全てが初めてですからね」
「ん」
外に対してもう少し億劫になると思ったが、それ以上の変な景色のおかげか、そんな感情は湧いてこない。
「お嬢様、ここからは生者が多くなります。決して、手を離さないでください」
「分かった」
入れる力を少し強める。
商店街……だろうか? 店の前で呼び込みをしており、さまざまな者でごった返している。小さな体では流されてしまいそうだ。
あたしは少々早歩きでステノーについて行く。上を向いて歩いてた為、あたしはちょっとした段差に躓いてしまった。
その拍子に、手がステノーから離れた。
すぐに立ち上がって掴もうとしたが、あたしの体は勝手に持ち上がった。離れたあたしを探しているステノーが段々遠くに見える。
顔を少し上げると、黒のローブで顔を覆っている者が、あたしを抱えて逆方向に走っている。
──ああ、これ、誘拐だ。
こんな時、なんて言えばいいのだろうか? 助けて? こんなあたしを助ける者はいるのだろうか? この者のスキルが原因かは分からないが、周りは抱えられているあたしを気にもせず、まるで障害物を避けるかのように動いている。
「ボス、上物だ」
「随分と人間に似ているな。これならいい金になりそうだ」
上からそんな会話が聞こえる。やっぱり誘拐されたんだ。
「早く積め。拠点に戻るぞ」
「ああ。──ちょっと寝ておけよ、嬢ちゃん」
変なものを吹きかけられ、あたしの意識は無くなってしまった。
魔界では、人=者、人間=生者となります。
なので、あの人、この人は、この者、あの者になります。