1-2 名前
女性の家だろうか?
見た感じかなり広く、全体的にあまり明るい感じではない。
実際に見た事はないが、雰囲気で言えば世界史の教科書とかに載っている宮殿内だ。
「──ベール。────。……イナンナ──」
おそらく名をつけられたのだろう。そのせいか、頭の中で無機質な女性の声が響いた。
『個体名が明記された為、ステータス表示を可能とします。必要な場合はステータスと唱えてください』
その言葉に正直困惑している。また意味の分からない事が起こったから。
──ステータス? ステータスって何? よくアニメ? を見ていたみたいだから私なら知ってるのかな?
聞きたいが、お互いの考えは伝わらない。言葉にしないといけないが、あいにくあたしは赤ん坊だ。まともな言葉なんて話せない。
仕方ないので、とりあえず唱えるだけ唱えてみた。
「うえーあうー」
ちゃんとした言葉になっていないのに、唱えた瞬間、ステータスと思わしき画面が目の前に表示された。
────
個体名 種族
イナンナ 魔人
魔族階級
第十位
属性
スキル
【忍耐】【空気化】【盗み聞き】【盗み見】【察知】【特定】【心声】
────
これで以上みたいだ。結局何がなんだか分からなかった。
新たな謎があたしに追加されると、あたしのお腹は大きく鳴った。
当たり前だ、産まれてから水以外口にしていないのだから。
女性はあたしに向かって話しかけた後、台所と思わしき場所にやってきた。
女性はあたしに食材を見せる。確認するような口調から、きっとあたしの食事を用意しようとしているのだろう。
だが、あたしはまだ生まれて一月も経っていない赤ん坊。変なものを食べてお腹を下すのだけは勘弁だ。
トイレに篭れるわけでもないから、下手したら長い時間汚いオムツで過ごすことになってしまう。
だけど、そういうのを伝える手段はないので、あたしはひたすらその光景を見ることしか出来ない。そもそも、何があっても子どもは大人に逆らってはいけないのだから。
あたしが一向に無反応であったが為に、女性は愛想を尽かせたのか、手の持っている食材を元に戻した。
「ステノー」
女性が名前? を口にすると、薄桃色の長髪に、目隠しをした女性が現れた。
二人はあたしについて何か相談しているのか、たまにこちらを見ながら話していた。
二人が話し終わると、ステノー? は深くお辞儀をして、目の前から消えてしまった。
頭では理解していたが、信じられていない状況であった。
だが、この不思議な現象を見ると、本当に別世界に来たのだと思う。
そもそもあたし、どうやら人間じゃないみたいだし。
目隠しの女性は、しばらく経つと、袋を持って帰宅した。そのまま台所にいって何かを作っている。
作り終わったのか、あたしの前に哺乳瓶を持ってきた。どうやらミルクを作っていたらしい。
あたしには味覚がない。そのため、大抵味のある物は変な舌触りや食感がする為、あまり口には何も入れたくないのだが、空腹をどうにかするためと、気の進まないまま口をつける。
だが、一口飲んで驚いた。
──味がする。なんだろう、舌が優しく包まれる感じ。これが甘いというのかな? 美味しい。
ずっと味覚を失って、実質初めて味わった味。前世では不快でしか無かった食べ物が、こんなにも心満たすものだとは思わなかった。
やはり、この世界にはあたしの知らないものが沢山あるようだ。