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義妹に婚約者を奪われて国外追放された聖女は、国を守護する神獣様に溺愛されて幸せになる

作者: アトハ

「偽聖女エリーゼ! 第一王子の名のもとに貴様との婚約を破棄して、貴様を国外追放処分とする!」


 それは突然のことだった。

 大切な話があると婚約者のイディル王子に呼び出され、王宮の広間に向かった矢先のこと。

 大勢の貴族が集まっている中、まるで晒し者にするように私の婚約者ことイディル王子が声を張り上げた。



「偽聖女とはどういうことですか?」

「しらばっくれるな! 貴様は不正で聖女になったのだろう? 本物の聖女は、貴様の妹のスールだ!」


 私とイディル王子は、いわゆる政略結婚であった。

 聖女の権力を手にして、第一王子の権力を盤石にするための婚姻関係だ。


 イディル王子の背中に隠れて、義妹のスールがおろおろとこちらを窺っている。

 しかし目が合うなり、一瞬だけニヤっと意地の悪い笑みを浮かべた。


 私とスールは、辺境の農村で生まれ育った義理の姉妹だ。

 今から数年前、教会の「どちらかが聖女である」というお告げにより王宮に連れて来られたのだ。



「私の祈りで【紫紺の枝】は白い花を咲かせました。不正などしておりません!」


 聖女の役割は、国に加護を与えてくださる神獣様に祈りを捧げることだ。

 この国は、聖女の祈りと神獣の加護により栄えて来たのだ。


 教会から与えられる「紫紺の枝」に真っ白な花を咲かせることが、聖女として認められる条件である。

 そこには神獣の意思が大いに反映されており、神獣に祈りが届いたとき何人たりとも不正は不可能だ。


 私の育てた紫紺の枝は美しい真っ白な花を咲かせた。

 一方、スールは花を咲かせることすら出来ず、私が聖女に選ばれた。

 そこに不正の余地など無いことは、イディル王子が一番分かっているはずなのに。



「お姉さまは、私が咲かせた純白の花をへし折りました。それだけでなく、どす黒い花を、魔力で白く染め上げたのです。そのようなこと……私、怖くて、怖くて──!」

「よくぞ勇気を持って告発してくれた。エリーゼ、申し開きはあるか?」


「申し開きも何も、まったくもって事実無根です!」

「黙れ! ならば私の愛するスールが、嘘を吐いているというのか!? 国を守るべき聖女が不正などとは許しがたい。恥を知れ!」


 婚約者のあまりの言い草に、私は思わず言葉を失った。


 私の義妹は、とにかく愛想が良い。

 ニコニコ笑みを絶やさず、庇護欲をそそる愛らしい顔をしている。

 女らしさが足りない、可愛げがない、などと面と向かって言われる私とは正反対だ。


 でも大切なのは実直さだ。

 義妹がふわふわとダンスに興じる間、私は必死に聖女としての修行に臨んだ。

 聖女として相応しいあり方を、行動で示してきたつもりだった。

 どんな些細な儀式でも、決して手を抜いたことなど無い。それなのに──



「さらに貴様は変な宗教を、国内で広めたらしいな? この国を破滅に導く魔女め!!」

「……まさか、そのような戯言を信じるのですか?」


 スールが、私をおとしめる噂を広めていたのは知っていた。

 私が邪教に手を染めている、などという否定するまでもない馬鹿らしい噂だ。

 少しでも調べれば、事実無根であることは分かるだろうに。



 しかし王子は、スールの言葉を鵜呑みした。

 愛らしい容姿だけで、スールは王子の心を鷲掴みにしたのだ。

 さらには口先1つで思うままに王子を動かしてみせたのだ。


 スールは涙ながらに訴える。


「お姉さまは、邪教に手を染めています。このままお姉さまが聖女で居ては、国が滅んでしまいます」

「大丈夫だ。こいつの企みも、ここまでだ! ここで引導を渡して、俺は新たな婚約者としてスールを迎え入れる!」


「まあ……イディル王子! 素敵なお話ですわ」


 スールを安心させるように微笑む王子。

 熱く見つめ合うスールとイディル王子。


 ああ、そういうことですか。

 とっくの昔に、2人は心を通わせていたのでしょう。

 私が聖女として国のために働く傍ら、イディル王子は私を裏切って義妹と愛情を深めていたのでしょう。



「分かりました、国外追放を受け入れましょう。……ですが私が神獣に祈ることをやめれば、この国の結界は薄まります。農作物の実りも悪くなるはずです」

「ふん。我が国には、真の聖女たるスールが居る。無用な心配だな」


 心の底からの忠告だが、イディル王子はバカバカしいと笑うのみ。



「おい、衛兵! 罪人に堕ちた元聖女のエリーゼを辺境の開拓村に連れて行け!」

「は? ですが……」


「貴様ら! 俺の命令が聞けないというのか!」


 衛兵たちは、信じられないと王子を見返した。

 しかし王子の視界には、もはやスールしか入っていないようだ。

 そうして私は、あっさりと国外に追放されることとなった。



「さようなら、お姉さま。これに懲りたら、少しは女としての魅力を磨くことね」


 私が最後に目にしたのは、王子にしだれかかり勝ち誇った笑みを浮かべるスールの姿。

 ──そうして私は、辺境の開拓地に追放されることになった。




◆◇◆◇◆


 私が送り込まれたのは、辺境にある開拓村。

 罪人が流れつく流刑地だった。


「これは……。ひどい有り様ですね」


 まさしく荒れ果てた不毛の地。

 人々は暗い顔で、畑を耕していました。

 土地が死んでおり、作物の実りもなく苦しんでいる様子。

 おまけに結界も薄く、現れたモンスターに自力で対処する必要がありそうだ。


 今まで王宮でぬくぬくと育ってきた貴族令嬢には、あまりにも過酷な地。

 大方、イディル王子とスールは、私がここで野垂れ死ぬと思ったのだろうが……



***


「狩りの時間じゃああああ!」


 開拓村で暮らしはじめて1週間後。

 私は、すっかり辺境での暮らしに馴染みきっていた。

 ちなみに王宮に慣れるまでは、丸一年かかった。

 やっぱり私はこちらの方が性に合っているらしい。


 そう。私もスールも、元はと言えばただの田舎娘。

 おまけに私は、故郷では山にこもってサバイバル生活を楽しんでいた田舎娘だ。

 王宮で慣れぬダンスに興じるより、野山を駆け回っている方が100倍楽しい。


「エリーゼ! そっちに行ったぞ!」


 私の目の前には、まっとうな貴族令嬢なら悲鳴を上げそうな牛型モンスター。

 凶悪そうな角を構えてまっすぐこちらに突っ込んでくるが、私の目には美味しそうなお肉にしか見えない。



「おまかせを……! セイントプリズン!」


 私とて一応は聖女だ。

 この程度のモンスターは、相手にもならない。

 私の魔法を受けて、牛型モンスターはバタリと倒れた。


「何度見てもエリーゼちゃんの魔法は凄まじいな!」

「さぞ名のある術者なんだろうな! それなのに、こんなところに送り込まれるなんて……。いったい何をしでかしたんだい?」


「だから聖女だったって、何度も言ってるじゃないですか!」

「はっはっはっ。聖女様といえば、吹けば飛ぶような華奢な少女だって話じゃないか。『晩飯じゃああああ!』ってモンスターに飛びかかるエリーゼが名乗るには、ちょ~っとばかし無理があるんじゃないか?」


 別段隠すことでも無い。

 正直に「私が聖女なんですよう!」と主張したが、まるで受け入れられる様子がない。……解せぬ。



「今までならビーストボアが相手なら、犠牲者を覚悟するほどだった。それを、こんなにアッサリと倒せるようなるとはなあ──」

「みなさんがうまくこちらに誘導して下さったおかげですよ!」


「可憐な嬢ちゃんにモンスターを押し付けるなんて、普通だったら許されない行為だとは思うんだが……」

「まあエリーゼちゃんは例外だろ。可憐な女の子は、モンスターを一撃で仕留めたりはしねからな」

「ははっ。違いねえ」


 随分と失礼な会話だ。

 まあ下手に距離を取られるより、この距離感が心地よいのだけど。



「こう見えて私、元・聖女ですからね! その程度の相手なら、じゃんじゃん任せてください!」

「はっはっは、まだ言うか。こんな辺境に流されて目を輝かせるようなたくましい女が、可憐な聖女様である訳あるか!」


 聖女というイメージが独り歩きして、すっかり色々な人を騙しているみたいですね。

 ……残念ながら中身、私なんですけどね。


「それでは畑の方で、豊作の祈りを捧げてきますね。ああ、新鮮でみずみずしい果物の美味しさたるや! 来年の収穫が、今から待ち遠しいです!」

「ま~たそんなに無茶をして。魔力はもうすっからかんだろう?」


「薬を飲めばへっちゃらです!」


「それは大丈夫って言わないんだ。いいから今日はもう休め!」

「まったく、油断もすきもあったもんじゃない。エリーゼは気を抜くと、ぶっ倒れるまで魔法を使っちまうんだからな」


 王宮で聖女として働いていた日々を思えば、まだまだ楽勝なんですけどね?

 過保護な村の住人たちは「いいからもう休め!」と私を食事処に連れていく。


 むう。まだまだ信頼には程遠いということか。

 開拓村の人に認められるまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。

 もっと頑張らないと……私は内心で、えいえいおー! と気合を入れるのだった。




◆◇◆◇◆


 辺境の開拓村に追いやられて、1ヶ月ほど経った。

 いつもと違うただならぬ雰囲気に、私は目を覚ます。

 開拓村の見張りの兵士が、ひどく慌てた様子で報告を上げていた。


「いままでに見たこともないモンスターだ! 巨大な犬型のタイプだな」

「魔界地方からじゃねえ。王宮からだぞ!?」


 事実だとしたら、とんでもないことだ。

 狩猟グループのリーダーが、てきぱきと村人に指示を出した。


「精鋭を集めろ、もちろん俺も出る! 最大限の警戒を以てことに当たれ」

「わ、私も──!」


「馬鹿なことを言うな! いくらエリーゼでも、危険すぎる!」

「覚悟の上です。こんなときだけ私を外すなんて、許しませんからね!」


「そこまで言うなら……分かった。しかし守れる保証はないぞ?」

「何を今さら? 自分の身ぐらい自分で守れますよ!」


 そんなやり取りの末、私は未知のモンスターを迎え撃つための討伐部隊に加わり、村の南部の砦に向かうのだった。


※※※


 恐れられているモンスター。

 どんな凶悪なモンスターかと戦々恐々としていたが、


「え……神獣様!?」


 その正体はモンスターですら無かった。

 そこに居たのは、私が国で祈りを捧げていた神獣様ことフェンリルである。

 モンスターと間違うなんて、あまりにも不敬すぎだ。


「みなさん、武器をおさめて下さい。こちらに居るのは神獣様です! 国を守護する聖なる存在です。決して傷を付けてはなりません」


 私は危険だという制止の声を振り切り、神獣様に歩み寄った。


 そうして相手に、害意が無いことを示す。

 滅多に姿を見せることはないが、私が神獣様の姿を目にするのは初めてではない。

 それにしても、今になって姿を現したのは何故だろう?



「な……! 神獣だと? 実在したのか!?」

「たしかにモンスターでは無さそうだな。でも何だってこんな辺境の地に?」


 サイズこそ巨大な虎ぐらいだが、その存在感は超常の存在。

 相対してただならぬ空気を感じたのだろうか。


「神獣様、どうしてこのような辺境の地にいらっしゃったのですか?」

「どうしても何も無い。神獣は聖女と共にあるものだ。いにしえの盟約により、そう定められているからな」


 神獣の言葉は、直接、脳内に響き渡った。

 テレパスの一種だろうか。


「申し訳ございません。まさか国外追放されるとは思ってもおらず……。私が不甲斐ないばかりに、神獣様を道連れにしてしまうなんて……」


 盟約に従うために、神獣様はこんなところまで付いて来たようだ。

 たとえ国外追放されようとも、その契約は有効であるらしい。



「エリーゼよ。そろそろ国に戻らないのか?」

「だから私は国外追放された身です。もう国で祈りを捧げることは出来ないのです」


「なんだと……?」


 神獣の言葉に怒りがこもる。


 無理もない。

 国から追放される聖女なんて、前例にないだろう。

 神獣からすれば、盟約に縛られて国に居られなくなり良い迷惑だろう。



「エリーゼはそれで良いのか?」


 怒りをぶつけられてもおかしくない。

 しかし私の想像とは違い、神獣の問いかけは私を気遣うもの。


「エリーゼが何も悪事を働いていないことは、ずっと共に合った我が一番よく知っている。そなたは歴代の聖女の中でも、誰より勤勉であった。誰よりも清らかな心を持っていた。それなのに……」

「あの……。神獣様?」


 国での日々を見られていた思うと恥ずかしい。

 それでも神獣様に認められたことは、聖女として素直に誇らしかった。



「良いんです。私はこの地での暮らしを楽しんでいますから。妹が聖女としての役割を果たしているかは、今でも気がかりですが……」

「自称ほんものの聖女は、何もしてないぞ? ただ権力を振りかざして、贅の限りを尽くしておる。我としても、あのような者に力を貸す気はない」


「そ、そうですか……」


 やはりスールは聖女だと認められなかった。それがすべての答えなのだ。

 だいたい王子もスールも、聖女の役割を軽んじていた。

 想像はしていたが、実際に話を聞くと想像以上の惨事に心が痛い。



「今日から我も、ここに住まわせてもらっても構わぬか?」

「え?」


 さらに神獣は、驚くべきことを言った。


「ダメか?」

「いいえ。神獣様に口出しをすることなど、出来ようはずもありませんが……」


 思ってもみない提案だった。

 開拓村の面々も、目をパチクリと瞬くのみ。



「しゃべった? 神獣とエリーゼがしゃべった!?」

「え、聖女? エリーゼって、本当に聖女だったの!?」


 そして何故か、私が聖女であることも驚かれていた!


「だから最初から、そう言ってるじゃないですか!」


 開拓村の面々を、思わずじとーっと見てしまう私。

 そんな開拓村の面々を余所に、神獣様はどこまでもマイペース。



「ふむ。それから神獣様という他人行儀な呼び方もやめるが良い。我のことは気軽にフェンと呼ぶが良い」

「め、滅相もないです!」


「何故だ? 我がこの姿だから、必要以上に距離を取っているのか?」

「神獣様は人間とは立場が違いすぎます! そういう問題では、ございません!」


 神獣が人間にとって、どういう存在なのか少しは気にしてほしい。

 馴れ馴れしく口を利ける存在ではないのだ。


 そう思う私をよそに、フェンは何やら呪文を唱える。

 ぶわんと白い霧に包まれ──霧が晴れたとき、目の前に犬耳のイケメンが現れた。



「な、な、な、な──!?」

「ううむ。人化の術を使うのは、久々だな……。む? どうした、エリーゼよ?」


「神獣様、人化なんて出来たんですか?」

「うむ。このとおりだ」


 神獣様の人化した姿を見るのは、今回が初めてだった。

 私は口をパクパクさせることしか出来ない。


「この姿ならどうだ? 遠慮は要らない。我を普通の人間だと思って、フェンと愛称で呼ぶが良い」

「はい……。すべては神獣様の望むとおりに……。フェン?」


「うむ。それで良い」


 ものすごく満足そうな神獣様──あらためフェン。

 国を守護してきた神獣を、愛称で呼ぶ人間など私ぐらいだろう。

 罰が当たらないかヒヤヒヤものだ。


「フェン?」

「なんだ? 我が契約主のエリーゼよ」


 親愛のこもった口調のように感じられた。

 熱のこもった真っ直ぐな視線を受け、何故か顔が熱くなる。


 長年、祈りを捧げ続けた相手だ。

 婚約者のイディル王子に冷たくされて落ち込んだ日も、神獣様はずっと傍で見守ってくれていた。

 そんな存在が、私の隣でやわらかな笑みを浮かべている。

 どこまでも包み込んでくれそうな包容力のある人間のように。


 ──勘違いしてはいけない。

 私とフェンを結びつけるのは、聖女と神獣という古の時代からの盟約だ。

 そこに特別な情は無いだろう。所詮は契約関係に過ぎないのだから。



「どうしたのだ?」

「なんでもございません」


「そうか。気になったことがあれが、なんでも言うが良い。なんせ我らはパートナーなのだからな」


 フェンは上機嫌にそんなことを言う。

 そうして私に、見惚れるような笑みを見せるのだった。


 神獣は国を見限り、聖女の元を訪れた。

 そうして開拓村には神獣様──もといフェンが住み着くことになった。




◆◇◆◇◆


 フェンが村に来て、数年が経った。



 開拓地は順調に発展していた。

 まず変化したのは、積極的に移民を受け入れるようになったことだ。


 なんでも中央の方では、モンスターが頻繁に出没するようになったそうだ。

 聖女の祈りと神獣の加護を失い結界が薄れているのだろう。


 さらには不作が続き、大規模な飢餓が訪れているという話もある。

 そうした状況でも、中央に住む貴族たちは何ら対策を取らなかった。

 平民などいくらでも替えがきくと事態を放置し、ついには難民が大量発生する事態に繋がったのだ。


「自分たちに影響がないからって、ずっと放置してるんだよ」

「へっ。今でも金を湯水のごとく使って、パーティを楽しんでるんだろうさ」


 王宮に住む貴族たちを、難民たちは吐き捨てるようにそう評した。


「我々を受け入れて下さり、本当に感謝の言葉もありません」

「さすがは聖女様のいらっしゃる村です。何もしてくれなかった王宮の連中とは大違いです。この恩は必ず何倍にもして返します!」


「いいえ。元はといえば、私が居なくなったせいですし……」


 聖女としての役割を果たせなかった私。

 不甲斐なさに表情を曇らせたが、


「何をおっしゃるんですか。聖女様は何も悪くありません!」

「一方的に聖女様を国外追放した国が100%悪いに決まっています!」


 開拓村の住人は、そう熱弁して私を励ます。

 私にかけられる声は、とても暖かなものだった。



「みなさん良い人ですね。……フェン? どうしたのですか?」

「いや……。イディル王子の所業を思い出すと、はらわたが煮えくり返りそうでな。今からでも八つ裂きにしてくれようか」

「冗談でもやめて下さいね!?」


 真顔でつぶやくフェンが、ちょっぴり怖い。



 思えば私は、この村で楽しく生きていただけだ。

 ここは今や第2の故郷と言っても差し支えない。

 この場所を守るため。これからも微力ながら尽力しよう。

 ──私は新たに決意を固めるのだった。


***


 それから私は、聖女の力をフル活用して村の発展に尽力した。

 その1つが祈祷術を持つ者の育成である。


「この村にはエリーゼが居るから良いのではないか?」

「ダメですよ、フェン。万が一、私に何かあったときに、それを乗り越えられる体制を作っておかなければならないんです」


「エリーゼがそう言うのなら。……だがエリーゼに万が一などは起こさせない。エリーゼは我の大切な契約主だ。指一本でも触れさせるつもりはない」

「ありがとうございます。心強いです、フェン」


 至近距離で見つめられながら、そんなことを言わないで欲しい。

 フェンの人化形態は、王子も顔負けのイケメンなのだ。

 思わず赤くなる顔を隠すように、私はパンパンと手で叩き気合を入れ直す。



 そうして開かれる祈祷術講座。

 集めたのは難民を中心とした少年少女だ。

 不思議そうな顔で私を見る彼らに、私は胸を張って宣言した。


「あなたたちには祈祷術を使えるようになってもらいます!」

「ええ……祈祷術を!? 私たちに、そんな才能があるはずが……!」


「可能性を決めるのは、いつだって自分です。神獣様もそこで見守って下さっています。まずはやってみましょう?」


 誰でも最初から上手くやれるはずがない。

 実際、祈祷術は神の力を借りる代物だなどと言われ、扱うのはとても難しい。

 しかし貴重な力は、今後を生きていくには武器にもなる。


 集まった人々は、最初こそ半信半疑だったものの、祈祷術が使えるようになっていくと誰もが歓喜の表情を浮かべていた。


 祈祷術を使える者が増えるにつれ、村の作物の実りはますます良くなっていく。

 結果、新たな作物も育つようになり、開拓村はますます発展していく。

 新たな特産品を口にする日が、今から待ち遠しい限りだ。


***


「エリーゼ、モンスターを狩るため今日から魔境に向かう。さすがに聖女様を、そんな危険な場所に連れて行く訳には行かないよな……」

「聖女様なんて、そんな余所余所しいこと言わないでください。あれだけ狩りの楽しさを教えておいて、今さらお留守番なんて許しませんからね!」


 辺境にある村にも関わらず、気がつけば村には強固な結界が張られていた。

 フェンの力は凄まじいの一言だった。

 ありがたい反面、モンスターと戦う機会はめっきり減っていた。



 せっかくの狩りのチャンス。

 是が非でも同行したいところだ。


「もちろん我も付いていこう」

「ありがとうございます、フェン」


 獣形態のフェンは、小さくなってちょこんと私の肩に乗る。

 こうすることで、私のことを守ってくれているのだ。

 ……こう見えても私は、昔からサバイバルには慣れてる。守って貰う必要はないんだけどな?

 みんな少しばかり過保護すぎるのだ。



「人間。何がなんでもエリーゼのことは守れよ?」

「当たり前だ。聖女様に傷1つでも付けたらエリーゼ村の名が泣く」


「あのう……。エリーゼ村は止めませんか?」

「聖女様のおかげで、ここまで立派な村になったのです。せめてもの感謝の気持ちです!!」

「野垂れ死ぬのを待つばかりだった我々に、手を差し伸べて下さった聖女様への恩。決して忘れません!」


「あうう……」


 なんだか好意が重たい。

 私は説得を諦め、テキパキと狩りの準備を進めることにした。

 狩りは至って順調に進み、その日の夕食はちょっとだけ豪華になった。


***


 やがて開拓村は、元が荒れ地だったのが嘘のような立派な村に成長していった。

 噂を聞きつけ、次々と人が集まってきたのだ。


 もちろん頑張ったのは私だけではない。

 村人たちの頑張りと、難民たちの協力も大きい。

 さらには神獣様の加護の影響もあるだろう。


 ──やがてエリーゼ村は、国内でも有数の村に成長していくのだった。




◆◇◆◇◆


 ある日の昼下り。


「エリーゼよ、そなた無理し過ぎではないか?」

「大丈夫ですよ、フェン。私、村での暮らしが楽しくて仕方がないんですよ。堅苦しい王宮での生活より、今が100倍楽しいんです!」


 ああ、なんと恐れ多い。

 今、私はフェンのお腹にもたれかかって目を閉じていた。

 私とフェンの間には、どこか穏やかな空気が流れていた。


 もふもふに包まれ、うとうとしてしまいそうだ。

 獣形態のフェンは、それはもう立派な毛並みの持ち主なのだ。


「そうか……。エリーゼには、本当にここでの暮らしが合っていたのだな」


 しみじみと呟くフェン。



「聖女らしくないと怒りますか?」

「怒るはずが無いだろう。自分らしく居られる場所に居るのが一番だ」


 私が私らしく居られる場所。

 それは王宮でないことは、間違いない。



 ──改めて疑問に思う。

 どうしてフェンは、ここまで私に優しくしてくれるのだろう?


 フェンがここに居るのは、いにしえの盟約によるものだ。

 聖女の任を瑕疵(かし)もなく解任出来ず、いわば義務感でここに留まっているのだろう。


 契約だけで、ここまで親身になれるのだろうか?

 国外追放された私に対する慈悲?

 それとも人間には計り知れない気まぐれ?

 ──私たち人間の基準で、神獣様の考えを想像すること自体が不敬というものか。


 私は答えの出ない疑問を、頭から振り払った。



「何か悩みがあるなら遠慮なく言うが良い。なんせ我らは大切なパートナーなのだからな」

「いいえ大丈夫です。ありがとうございます」


 聞いてしまえば、今の心地よい関係が終わってしまう気がした。


 フェンの傍は、とても居心地が良い。

 たとえ聖女としての役目を終えたとしても、願わくばこの日々がもう少しだけ続きますように。

 ──そんなことを願う私は、聖女としては失格なのでしょうか?




◆◇◆◇◆


 すっかり開拓村が栄えてきたある日の事。


「王宮からの使いが来たぞ!」

「聖女様に用があるそうだ」


「分かりました。すぐに向かいます」


 不穏な知らせを受け取り、私はぱちりと目を覚ます。

 正直なところ、王宮という場所に良い思い出はあまりない。


 今さら何の用だろう?



***


 広場で私を待っていたのは、見知った2人の顔──イディル王子とスールであった。

 以前とは違い、随分と質素な格好をしている。

 彼らは私の姿を認めると、


「このままでは我が国はおしまいだ! 頼むエリーゼ、どうか戻ってきてくれ!」

「おねえさま、すべて私が悪かったです。今なら国は、おねえさまを聖女として迎えてくださる。再び王宮で暮らせるのよ? 悪い話じゃないでしょう?」


 身を乗り出し、口々にそんなことを言い出した。



 生憎、ちっとも心が揺れない提案だ。

 王宮よりここでの暮らしの方が性に合っているというのは、強がりでも何でもなく本音。

 もうこのまま放っておいて欲しい。


「イディル王子、スール。国でいったい何が起きたのですか?」

「それは……」


 口を濁した彼らだったが、やがてイディル王子がぽつりぽつりと話し始めた。


 なんでもスールが、聖女の権力にもの言わせて豪遊。

 贅の限りを尽くし、王国の財政は破綻寸前。

 そのくせスールは聖女の力を使えず、神獣は国を見限り出ていってしまう。

 作物の実りは悪くなり、国を守護していた結界にも綻びが見つかった。

 最終的にはモンスターがなだれ込んできて、飢餓に見舞われた国民は暴動の一歩手前。


 想像以上の惨状だった。

 ──難民を受け入れるため、ますます環境を整える必要がありそうだ。



「このままでは暴動が起こる! そうなったら我々は破滅だ!」

「ねえ、私たち家族でしょう? 家族なら困ったときには助け合うのが当たり前よね?」


 当たり前のように喚き散らす2人。

 国内の混乱を前にしても、未だに自己保身しか考えていないのだ。

 ひどく醜い光景に、開拓村の住人は(ごみ)でも見るような視線を2人に向けた。


 権力を持つ者は、それに見合う果たすべき義務がある。

 イディル王子のそれは、とても国のトップに立つ者の振る舞いではなかった。


「申し訳ないですが、私はここを離れる訳には行きません」


 私はそう断ろうとしたが、2人はしつこく食い下がる。


「側室として迎えてやろうというのだ。何が不満だと言うのだ? 感謝して、さっさと王宮に戻ってこい」

「おねえさまのせいで、私の人生は狂ったの! 私は何も悪くない。良いから責任を取りなさいよ!」




「黙って聞いていれば、あまりに都合の良いことを……。恥を知れ!」


 ついにはフェンが怒りを露わにした。

 ぴょんと私の肩から飛び降りると、一気に巨大化。

 2人を脅すように咆哮を上げた。



「ひっ、神獣様!? お許しを──!」

「どうしておねえさまのところに神獣が居るのよ! それは私のよ、返して!」


「黙れ、心の底まで腐りきった人間が! 二度と下らぬことが言えぬよう、その喉から食いちぎってくれるわ」


 スールは懲りずにそんなことを口走ったが、それがフェンの逆鱗に触れた。

 毛を逆立てて怒りを威嚇するフェンに、スールは腰を抜かして座り込み、怯えたように後ずさった。


「フェン、もう良いんです。私なら大丈夫ですから」

「しかしこの者たちは……!」


 私は彼を宥めるように、そっと彼の背中に手を当てる。

 いまだ怒り覚めやらぬ様子のフェンだが、


「エリーゼの優しさに感謝するが良い。これに懲りたら、二度とその顔を見せないことだな」


 そう吐き捨て、それ以上の危害を加えようとはしなかった。

 怒っているのは、フェンだけではない。



「聖女様に濡れ衣を着せて、国外追放しておいて今更ふざけるな!」

「国は俺たちに、何もしてくれなかった。聖女様とは大違いだ! それなのに今更──ぜんぶ自業自得じゃねえか!」

「帰れ帰れ!!」


「み、みなさん。落ち着いて下さい!」


 この村には、国に恨みを持つ者も多く居る。


 王子の言い分に、頭が血が上ったのだろう。

 私の制止も間に合わず、モンスターの肥料や生ゴミが王子たちに投げつけられた。


「くそっ! 後悔するぞ!」


 それが直撃した王子は、全身から腐臭を漂わせる羽目になる。

 イディル王子とスールは、そう吐き捨てて開拓村を立ち去ったのだった。





◆◇◆◇◆


 その後、イディル王子たちの姿を目にしたことは無かった。

 立ち寄った旅人から聞いた話では、優秀な第2王子が王位を継いだと言う。

 イディル王子とスールは、今では罪人塔に幽閉されていると噂されているが──真実を知る術は私には無い。


 正直なところ、もう興味も無かった。

 薄情かもしれないが既に過去の事でしかなく、これからの生活の方が大切だからだ。

 願わくば第2王子が善政を敷くことを祈るばかりだ。



「フェンは、いつまでここにいらっしゃるのですか?」

「我か? 急にどうしたのだ?」


 今のフェンは、珍しく人化形態。

 いつ見ても息を呑むような犬耳の神獣を前に、私は向き合わねばならない疑問をぶつけることにした。


「神獣の役割は国を守ることでしょう? いつまでも国外追放された聖女と一緒に居ては、役割を果たせません。そろそろ国で、新たな聖女を探すべきなのではありませんか?」

「……そう……だな」


 肯定するようなフェンの返事。

 それが当たり前だと思ったのに、何故かずきりと胸が痛む。


 ──ああ、私は否定して欲しかったのだ。

 目を背けていた自分の本心に気がついてしまう。

 この日々が、いつまでも続くと。そう言って欲しかったのだ。



 フェンは長年共に生きた大切な相棒だ。

 慣れない王宮暮らしに、開拓村での暮らし。

 ずっと私のことを見守って下さった大切な存在なのだ。

 傍にいるのはもはや当たり前で、それこそ家族以上に大切な──


 脳によぎった考えは、あまりにも不敬。

 私は恥じるように首を振る。



「なあエリーゼ、我が隣に居ては迷惑か?」


 しかし続く神獣の言葉は、予想外のものだった。


「そんなこと、あろうはずがございません。迷惑などと……考えるのも、おこがましいです」

「そうではなくてな……」


 返ってきたのは呆れたようなため息。

 それだけでなく微かな不満。


「我は我の意思で、望んでエリーゼの隣に居るのだ。エリーゼの替わりなど、今さら想像も付かない。……それでは駄目なのか?」

「えっと……。え?」


 巨大な蒼の瞳が、私の覗き込みました。

 私は真意が掴めず、慌てふためくばかり。



「フェンは望んで、私の隣に居るのですか?」

「ああ」


「いにしえの盟約に従って、聖女を解任することも出来ず、義務感で傍に居る訳ではなく?」

「どうしてそんな誤解が生じたのか、小一時間ほど問い詰めたいところだが……。何度でも言おう。我の居場所はエリーゼの隣だけだ」


 私が聖女だから、神獣様は盟約に従い傍に居るだけだと思っていた。

 そうではなく、フェンが自ら望んでここに居るとしたら──



「エリーゼほど心がまっすぐな者は、そうは居ない。人間界では、一生を共にする相手のことをパートナーと呼ぶのだろう? 我は最初から、そう言っているつもりだったのだがな……」


 困ったような顔でフェンは笑った。 


 あくまで契約上のパートナーという意味だと思っていた。

 まさか神獣がそのような意味で「パートナー」と口にしていたとは。



「フェ、フェン? 本気なのですか?」

「冗談でこんなことは口にしない。エリーゼ、我にとってそなたは特別なのだ。……許されるなら、これからもずっとエリーゼと共に生きていきたいのだ」


 まっすぐに告げられた言葉。



「ま、まるでプロポーズのような言葉ですね!?」

「王国を抜け出して来たときより、心は決まっている。そのつもりだが?」


 冗談めかして返した言葉に、そう真顔で返されてしまえば認めるしかない。

 いきなりの事態に、軽くパニックになりそうだ。


 見ればフェンの瞳が、不安そうにゆらゆらと揺れている。

 神獣──それは超常的で、神聖な存在だと疑ったことも無かった。

 しかし現実には、フェンは遥かに人間らしい感情を見せてくれた。



「わ、私とフェンでは、寿命も全然違いますよ!? きっと、あなたを悲しませることになってしまいますよ?」

「構わんさ。少しでもエリーゼと生きられるのなら本望だ」


 今日のフェンは、随分と真っ直ぐな言葉をぶつけてくる。 


 いまだに現実感がなく、夢の中ようにふわふわしている。

 それでも真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれたフェンに、向き合わねば失礼というものだろう。



 私はフェンをどう思っている?

 そんなことは決まっている。


 いつまでも一緒に居たい。

 それは神獣という特別な存在だからではなく、フェンだから。

 悲しいときも、楽しいときも見守ってくれたフェンという存在だからだ。

 ──心などとうの昔に決まっていた。


「……私の居場所もフェンの隣だけです。はい、私で良ければ喜んで──」


 差し出されたを手を、おずおずと掴む。

 それは大きく暖かな手。

 まるで壊れものを扱うように、慎重に優しくフェンは私の手を握り返すのだった。




◆◇◆◇◆


 エリーゼ村。

 それは歴代最高峰だと名高い伝説の聖女エリーゼが、一生を過ごしたとされる小さな村の名前だ。

 元は荒れ果てた地にあるちっぽけな開拓村だったが、聖女の奇跡でやがては実り多き雄大な大地に生まれ変わったとされる。


 聖女エリーゼの隣には、いつでも神獣が寄り添っていたと言う。

 神獣と聖女が仲睦まじく寄り添う光景。

 人間と神獣が互いを尊重し、共に生きる奇跡のような光景。

 その逸話はやがて、世界各地を旅する旅芸人によって広く語り継がれていったという。



 ──めでたしめでたし。

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妹に婚約者を奪われて婚約破棄された上に、竜の生贄として捧げられることになりました。でも何故か守護竜に大切にされているようです
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