Episode1:思い浮かぶは諺
青天の霹靂、寝耳に水、藪から棒。
親父の言葉を耳にした時、何故かこの3つの言葉が頭に思い浮かんだ。驚いたのは確かなのだが、それを通り越して冷静になっている俺がいたのかもしれない。
それは春休みにも入りもう少しで高校2年を迎えようとしていた春の出来事だった。
「莉人喜べ。こんな不景気で就職難の時期にお前の就職先が決まったぞ」
「は?どうしたんだ親父。頭でもおかしくなったのか?」
「いや、俺はいたって健康だから心配するな。ついでに言っておくがお前の耳がおかしくなったわけでもない。今、俺が言った事は紛れもない事実だからな」
そこまで言うなら、親父が言った事を冷静に分析してみよう。簡単に要約するならば俺の就職先が喜ばしい事に決まったらしい。さて、ここでまず問題になるのが俺の年齢である。俺は高校2年を間近に控えた16歳。就職活動なんて行っているわけがない。故に俺の就職先が決まるのはおかしい。そして、仮に決まったとして嬉しい事なのか?否、断じて嬉しくない。俺はまだ高校生活を楽しみたいし、これから来るであろう大学生活だって楽しみたい。故に就職先が決まった事が嬉しいはずがない。
結果としては、親父の頭がおかしいことになる。
「やっぱり、親父の頭がいかれたんじゃないのか?」
「同じ事を言わせるな。俺の言った事は紛れもない事実なんだ。もっと素直に現実を受け止めろ。そして、喜べ」
「そんな事実簡単に受け止められるかよ。それに、仮に受け入れたとしても全くもって嬉しくない」
「天邪鬼な奴、俺は嫌いじゃないな」
「俺は親父の事嫌いだけどな」
「まぁ、そんな冗談はどうでもいいとして、お前の就職の事について色々話しとこうと思う」
「とりあえず色々突っ込みたいけど聞いてやる」
「それでいい。時間を食うのはあまり好きじゃないからな」
「同感。とっとと話せ」
「分かってるさ。とりあえず給料は月給150万で住み込みという事になっている。ついでに振込先は俺の通帳になっているがそこら辺は気にするな。毎月、この中から3万円はお前のお小遣いとして振り込んでやる。3万もお小遣いをもらえるんだから素直に喜んでおけ。あとはお前の仕事の内容なんだが、簡単に言えば執事だ」
「お前は俺に何て言ってほしいんだ?」
「別に何を言わなくていいさ。言い忘れていたが就職先はかの有名な竜崎家だ」
「竜崎家ってあの有名な竜崎財閥の一家ってことか?」
「そうだ。お前はそこの1人娘の世話係だ。ボディーガードも兼ねているから同じ高校に通ってもらう。つまり、お前は転校だ」
「・・・・・・」
「ついでに言っておくと、転校先は名門として名高い聖琳学園だ。良かったな」
「・・・・・・」
「どうした?あまりの嬉しさに言葉も出ないのか?」
「いや。余りの馬鹿馬鹿しさに言葉が出ないんだ」
「まだ信じてないとでもいうのか?」
「こんな話信じられる人間がこの世に居ると思っているのか?」
「そんな事はどうでもいいさ。現にお前はその信じられないような立場にいるんだから。まぁ、信じていなくてもその内分かる時が来るさ。そろそろ迎えの時間だしな」
「迎えの時間ってどういう意味だ?」
ピンポーン。
俺の質問に親父が答える前に家のインターホンが鳴り響く。俺は座っていたソファから立ち上がり玄関へと向かう。そして、何の確認もせずにドアを開けるとそこには明らかに怪しいスーツ姿の男2人が立っていた。
「貴方が常盤 莉人ですね?」
スーツ姿の男の1人がそう言った。特に威嚇しているわけでもなく、ただ単に確認しているだけに聞こえる。
「・・・そうだけど」
「貴方を迎えに来ました」
「迎えって・・・。もしかして、俺を竜崎家に連れていくのか?」
「話は聞いているようですね。それでは、車にお乗りください」
「いや、俺まだ行くって決めてないんですけど・・」
「しかし、既に契約は済んでいますので」
「・・・・」
雰囲気的に何を言っても無駄だという事はまず間違いない。ということは、俺に残された選択肢はおそらく2つだ。大人しくついていくか、逃げるか。おそらく逃げても簡単に捕まるだろうから、結局は1択みたいなものだが。
「・・・分かったよ」
「そう言ってもらえると助かります。それでは、車にお乗りください」
俺は男の案内でいかにも高級車という黒い車に乗り込んだ。乗り込む前に聞こえてきた親父の頑張れよという声はとりあえずしかとした。
これから、俺はどうなるのだろうか。