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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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ツイてない一日④

 よく分からない男達に襲われた。カイトに庇われ、男に捕まり、俺は何の役にも立てないまま、現われた母さんに助けられた。


「ツキノ、大丈夫だったか!?」


 しばらくすると母さんはこちらを見やってぱたぱたと駆けてきた。男達は黒の騎士団員達が拘束していて、本当にこの人達どこから現われるか分からない。

 けれど、今の俺はそれ所ではない。だって母さんがこっちに向かって駆けてくるのだ。分かってる、彼の言っている『ツキノ』は俺じゃない。だから俺は思わずカイトの後ろに逃げ込んでしまった。


「ちょっと、何やってるの?」

「だって……」


 俺は本来ならまだ母さんと顔を合わせるべきではないのだ、緊急事態とは言え彼に甘えるのは間違っている。

 アジェさんや黒の騎士団の人達はこの格好なら大丈夫と太鼓判を押してくれたが、それでもまた俺の顔を見て、母さんに悲鳴を上げられたらと思うと、俺は怖くて仕方がないんだ。


「ツキノ、怪我は? アジェもなんだよ、真っ黒じゃないか」

「あはは、転ばされちゃった」


 アジェさんが笑ってそう言うのに呆れたように、母さんはその顔に付く土を拭う。


「ん? ツキノ、その子は?」


 カイトの後ろに隠れた俺に気付いた母さんは不思議そうな声音でそうカイトに訊ねるのだが、俺は怖くて顔が上げられない。


「えっと、彼女……?」


 え……?

 カイトはなんと言ったものかという感じにぽそりと呟いた。


「彼女!? マジで!? お前、彼女いたのか!」

「うん、人見知りな子で、恥ずかしいみたい」


 ちょっと待て! 彼女!?

 慌てたように顔を上げると、母さんとばっちり目が合った。


「綺麗な子だな。黒髪黒目なんだ、こんな子、ムソンにいたっけ?」

「その子、ムソンの子じゃないですよ」


 黒の騎士団員からかかる声に「そうなんだ?」と首を傾げつつも顔を覗き込まれ、俺はどうしていいか分からずに視線を彷徨わせてカイトの服の裾をぎゅっと掴む。


「怖かったな、大丈夫だったか?」


 ふいに頭の上に優しい掌が乗り、俺の黒髪を撫でた。


「ツキノ、彼女はちゃんと守ってやらなきゃ駄目だぞ」

「そんなの分かってるよ!」


 変わらない……いつもと変わらない母さんがそこにいる。

 悲鳴を上げる事もない、泣き叫ぶ事もない、いつもの母さんの笑顔に泣きたくなった。


「グノー、黒の騎士団の人達が呼んでるよ」

「え? おぉ、今行く!」


 顔を上げた母さんは「またな」と笑顔を見せて手を振った。それは本当に今までと何も変わらない彼の姿で「良かったね」とかけられたアジェさんの言葉に俺は無言で何度も頷く事しかできなかった。



「まさかこんな事になっているとは……」


 俺を前にして、大人達が顔を突き合わせ難しい顔をしている。俺の横にはカイトもいて、俺の手を握っていた。

 あの後、無事にデルクマン家に辿り着いた俺達は、養父であるナダールの帰宅を待って、現在今後の話し合いをしている所だ。その場にいるメンバーは俺とカイト、養父のナダールとアジェおじさんにエドワード伯父さん。

 養母のグノーは話し合いには参加せず、姉のルイと共に晩御飯の準備中だ。そもそも彼は今回の件をあまり理解もしていない、何となく誤魔化すようにして彼を台所に追いやって、俺達の話し合いは始まった。


「僕、やっぱりツキノを1人にするのは心配だよ。あの人達の仲間がどれだけいるか分からないけど、またいつこんな事が起こるか分からないだろ」

「確かにツキノの居場所が相手方にバレてしまった以上、またいつ何時同じような事が起こるか分かりません。ですが、それは貴方と一緒にいたとしても変わりはしませんよ」


 カイトの言葉に養父ナダールはそう言って小さく息を吐いた。


「むしろ、一緒にいる事で危険が増す可能性もあります。それは貴方に、です。今日捕まえた男達を取り調べている上で分かった事ですが、相手はツキノのはっきりとした容姿を知らなかったようです。彼等は何故かカイト、君をツキノだと思っている。もし他にもツキノを狙っているような輩がいた場合、狙われるのは貴方なんですよ、カイト」


 困惑した様子で告げた父さんの言葉にカイトは「別に僕は構わない!」と言い切るのだが、構うよ! 構えよ! 自分から危険に首を突っ込むなって俺は何度も言ってるのに!


「カイト、君はオメガだ。ただでさえ体調管理にも気を付けなければならない体で、そんな無理をするのは……」

「でも、ツキノを守るのは番である僕の役目でしょう? 違う?」

「オメガはどちらかと言うとアルファに守られる側だと思わなくもないのですが、それを言うとグノーに『馬鹿にするな!』と叱られるので、否定もしにくい所ですね」


 養父は困ったように頭を振った。しばらくぶりに会った養父は記憶の中の彼より幾分か面やつれているように見える。


「ツキノ、お前はどう思っているんだい?」

「俺は……」


 本当はカイトと一緒にいたい、だけど俺のせいでカイトが危険な目に合うと言うのなら、俺はカイトの傍にはいられない。

 俺を狙ってきた奴等はカイトを『ツキノ王子』、俺を『ヒナノ姫』だと思っているらしい。今日捕まえた奴等だけで全員ならば良いのだが、もし違っていたとしたら次に狙われるのはカイトだ。カイトがカイトでいればあんな奴らに狙われる事はない、だったら俺の選択はひとつしかない。


「俺は……伯父さんと一緒にルーンに行くよ」

「危ないよ! まだイリヤなら国王陛下だって守ってくれる、だけどルーンなんて、一体誰がツキノを守ってくれるって言うのさ!」

「そこは大丈夫、ルーンの町には強力な自警団がいるからね。都会と違って余所者が入り込んでくればすぐに分かるし、むしろツキノ君を守るにはルーンは絶好の場所だと思うよ」

「だったら僕も!」


 言いかけたカイトの言葉を遮って「カイト、お前はランティスに行くんだろ?」と俺がそう告げると、彼は「でも……」と食い下がる。


「カイト、お前には悪いがお前のランティス行きはもう決定事項です。話しはもうそのように進み始めてしまった、この決定は覆せない」

「そんな……」


 俺の手を握ったカイトの指に力が入る、その力はとても強くて少し痛いくらいだ。


「だったら、ツキノも一緒に……」

「ソレも駄目です。ランティスは貴方にとってはこの上もなく安全な場所ですが、ツキノにとってはそうではない。ツキノには目の届く場所にいてもらわなければ、守る事もままなりません。その点ルーンならば安心して預けられる、現在ツキノがヒナノと間違われているのも好都合、しばらくイリヤを離れるのは正解だと思います。我が家も近日中にうちのヒナノを連れてザガへ戻ります、目くらましにはちょうどいい」

「え……おじさん、ザガに帰るの?」


 突然の言葉にナダールは静かに頷いた。


「ザガの治安は悪化する一方です、中途半端にこちらへ戻って来てしまったので、放置してきた案件もたくさんあります。このまま、あの住みなれた街を私は放棄する訳にはいかないのです。グノーの体調も今はそう悪くはない。記憶はその内に戻るでしょう、いつまでもここイリヤに留まる必要はありません」


 沈黙が支配する部屋、俺は何の言葉も発することはできない。今までの俺だったら『自分の身くらい自分で守れる!』と啖呵を切っていそうな所だが、何故だかそんな気力も湧かなかった。

 俺の置かれた立場は、ただこの国の転換期に大人達の邪魔にならないよう身を潜ませる事しかできないのだと、そう言われている気がした。


「ツキノ、お前には申し訳ない事をしたと思っています。もっと早くに私達がお前の置かれた状況を説明していればこんな事にはならなかった。私達は、お前はまだ子供で自分達がお前を守っていれば問題ないと思い込んでいたのです。お前に中途半端な情報だけを渡し、何の判断材料も与えなかったのは本当に申し訳なかったと思っています」


 養父が頭を下げるのを俺はぼんやりと眺めている、何故この人は俺に頭を下げるのだろう? 話し合いを放棄して、彼等の話を聞こうともしなかったのは俺の方なのに。


「体調は悪くないですか?」


 俺は無言で頷いた。「それなら良かった」と彼は笑みを見せるのだが、その笑顔はカイトも含めて家族で仲良く暮らしていた頃と変わらない。

 何故こうなってしまったのだろう……カイトが家を出て行って、反抗期に突入した俺は彼等の顔もまともに見ようとはしなかった。


「父さん、ごめん。たくさん、迷惑かけた」

「謝る事なんて何もない、それよりも私は少し困っていますよ。私はお前を娘と思えばいいのか、息子と思えばいいのか、実はまだよく分からないのです」

「…………」


 「ん?」と首を傾げる彼に俺はなんと言葉を返していいのか分からない。自分は男だと思っている。自認は完全に男なのだが、今のこの現状がそれを許すのか、俺にはそれがよく分からないのだ。


「俺は、男だ……」

「そうですか、でしたら息子のままですね」


 こんな女のような格好をして言った俺の言葉にそのまま頷き、彼は笑みを見せたのだが、彼的にはそれで納得できるのだろうか?

 ここには養母グノーがいて、まだ自分は男の格好には戻れない、それでも彼は俺を息子だと思ってくれるのだろうか?


「その格好もとても似合っていますけど、ツキノはツキノで変わりはしない。お前はお前の好きなように生きたらいい」


 俺の心の内を見透かすように養父は言ってやはり笑みを零す。そうこうしているうちに「飯ができたぞ」と声がかかって皆が腰を上げる。それでも、俺の傍らにいたカイトだけは微動だにせず、俺の手をぎゅっと握って俯いていた。


※ ※ ※


「カイト?」


 名前を呼ばれて僕ははっと顔を上げた、目の前には僕を心配そうに覗き込んでいるツキノの顔。


「カイト、飯だって。それにそろそろこれ、離してくれないと手が痛い」


 繋げられた手を翳すように持ち上げられて、僕は自分がずいぶんキツくツキノの手を握りこんでいたのだと気付き、慌てて「ごめん!」とその手を離した。


「カイト、大丈夫か?」

「僕は今、自分の軽率さを猛烈に反省している所だよ。今朝ツキノに言われた『好奇心は猫を殺す』って言葉をしみじみ思い出してた。こんな事になるならもっとちゃんと考えて決めたら良かった。僕、ツキノと離れるのやっぱり嫌だ」

「カイト……」

「もうこのまま逃げよう、2人で僕達のこと誰も知らない場所に逃げちゃおうよ! ねぇ、きっとそれが一番いいと思うんだ!」


 僕の言葉にツキノは困惑の表情で「それは駄目だよ」とそう言った。


「俺はもうこれ以上皆に迷惑をかけられないし、かけたくない。ルーンで大人しくしていろって言われるなら、俺はそうするのが一番いいんだと思う」

「ツキノらしくもない」

「俺らしいってなんだよ? 我を通して周りに迷惑をかけ倒して、それが俺らしいって言うなら、俺はそんな自分は変えなきゃ駄目だってそう思う」


 ツキノの言う事はもっともで、僕は少し悔しくなる。


「1人で大人ぶらないでよね」

「先に俺を置いて行ったのはお前だよ」

「僕を置いて行こうとしてたのはツキノの方が先だった!」


 幼子の喧嘩のような反撃をして僕がむうっとむくれていると、ツキノは困ったように僕の頬を撫でた。


「カイト、聞き分けのない事言うな。俺だってお前と離れるのは嫌だ、だけど今は時期が悪いって言うんだから仕方がない。俺はルーンで待ってる、だから用事を片付けて迎えに来い」

「ツキノはちゃんと僕を待っててくれる?」

「待ってるよ、だからちゃんと無事に帰ってこい」


 僕はもう一度ツキノの手を両手で握りこみ「絶対だよ」とその手に唇を当てると、ツキノは「うん」と言葉少なに頷いた。



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