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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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ツイてない一日①

 僕は戸惑っていた。僕がランティスに行くと告げた直後、ツキノは声を荒げ、泣き出しそうな顔をして僕の前から逃げ出したのだ。

 ツキノは元々とてもドライな性格をしていて、僕に対する執着もそれほど見えはしない。

 ツキノはどちらかといえば僕がツキノの事を「好き好き」言っているのに仕方なく付き合っているという感じの態度を取っている事が多く、まさかあんな風に傷付いた顔をされるとは想像もしていなかった。

 確かにあの事件からこっち、ツキノは以前と比べて僕に好意を示してくれるようになった、けれど、それでもツキノはツキノで何も変わっていないと思っていた僕はそれにとても驚いてしまったのだ。

 だけど、ツキノのそんな姿を見て『悪い気はしないな』と思っている僕は、やっぱり叔父さん達の言うようにどこかおかしくなっているのだろうか? 僕も僕で基本的なスタンスは何も変わっていないのだけど、あの事件をきっかけにやはり僕達の関係はどこか変わってしまったのだろうか? 僕にはよく分からない……


「カイ兄、おはよ! 今日は仕事? ツキ兄は?」


 いつもの如く元気な声で僕に飛び付いてきたのは第三騎士団長の1人息子、ウィル・レイトナーだ。


「ウィル、おはよう。ウィルは今日も元気だな」

「元気だよ! だから遊んで!」

「生憎だけど僕は今から仕事、ツキノも今日は体調不良だからウィルとは遊んでくれないよ」

「え? ツキ兄どうしたの? 最近全然姿も見せないし、どっか悪いの?」

「そういう訳じゃないんだけどね……」


 ウィルはツキノが襲われたあの事件の事を何も知らないはずだ。あの事件は人が1人死んでいるにも関わらず、まるでなんの事件もなかったかのように綺麗にもみ消された。

 元々、死んだ騎士団員アイクは天涯孤独の身の上だった、そんな彼の存在を隠蔽するのにそれほどの労力はかからなかったらしい。

 孤児院で生まれ育ったオメガの彼が騎士団にいたのは、騎士団の稼ぎならば若くして1人で生きていく事もできる程度の給金が支払われるからだ。けれど護りのいないオメガは身を守る術が少ない、だから彼は自分を守ってもらう為に隠れて仲間に身を売るような事もしていたらしい。

 貧しい暮らし、先の見えない未来、そこに現われた裕福な家庭のアルファに彼は身勝手な要求を付きつけた。

 追い詰められたオメガはそうやってアルファをたらしこむ事がままある、それは場末の娼婦に多い手口だったが、彼もまた生活に追い詰められていたのだろう。

 同情する気はさらさらない、しかし、同じ男性オメガ同士、話してみれば分かり合えた部分もあるのではないかと思う気持ちがなくはないのだ。それでもツキノにした事を僕は許す事ができないのだけど……


「カイ兄、どうしたの? なんか難しい顔してるね?」

「え? あぁ、別に何でもない。それよりウィル坊、学校は? お前は遊んでばっかりで大丈夫なのか?」

「えぇ? 別に勉強なんか義務じゃないし、どうせオレも15になったら騎士団員になるんだから、勉強なんてどうでもよくない?」

「お前騎士団長の息子だろ? 上に立つのは馬鹿じゃ務まらないって知ってるだろ?」

「うちの父ちゃん勉強なんて程々でいいっていつも言ってるぞ?」


 きょとん顔のウィルはけろっとそんな事を言う。それが親の教育方針ならば仕方がないかと思いはするが、それでも将来を嘱望されている子供がこれでいいのかと思わずにはいられない僕は苦笑した。


「ホント馬鹿でも間抜けでも、親が偉けりゃ出世できるもんなぁ、いいご身分の奴等が朝から目障りだな」


 ふいに聞こえた声に僕達は声の主を振り返る。そこにいたのはまだ歳若い騎士団員だ。たぶん僕が入団した頃か、それより少し前に入った奴等だと思うのだが、数人の少年がにやにやと嫌な笑みでこちらを見ていた。


「うちの騎士団そういうのないの知らないの? 父ちゃんが騎士団長だからって出世できるなら、武闘会なんて必要ないじゃん」

「あんなの出来レースに決まってんだろ、所詮金持ちやお前みたいな奴等が出世するように最初から仕組まれてんだよ。俺等みたいな一般人は参加してるだけで、どうせ出世なんてできやしない。年功序列で出世してく方がまだ平等だっての。俺達みたいなのは一生平の兵卒で飼い殺されるんだ」

「だったら騎士団なんて辞めたらよくない? そういう風に思ってるなら兄ちゃん達騎士団には向いてないよ」


 ウィルはやはりけろりと言ってのける、僕は彼等に喧嘩を売られているのを理解しているのだけど、ウィルは果たしてそれを理解して受け答えしているのかよく分からない。


「ウィル坊、もう止めときな。貴方達も行かないとそろそろ遅刻ですよ」


 僕はウィルと彼等の間に割って入ってそう言うのだが、彼等は、今度は僕を見やりにやにやと嫌な笑みを見せた。


「オメガ騎士団員とか、ホント止めて欲しいよな。番相手を探すならよそでやれっての。どのみちオメガなんてベータにも劣る人間の癖に偉そうな顔してんな」


 これ見よがしな中傷に僕は傷付くより先に驚いた。今僕達に絡んできている少年達はたぶん間違いなくベータだと思う、ベータの人間はほとんどの場合バース性そのものを知らない、ましてやアルファやオメガの区別が付く訳もない。


「君はなんでそんな事を言うんだろう? バース性を知っているって事は君には親族にバース性の人間がいるって事だよね? だったらオメガがベータより劣っているだなんて思わないはずだろ? オメガはアルファの子供を唯一宿せる存在っていうだけで、人として劣っているわけじゃない」

「は? オメガには動物みたいな発情期があるじゃないか、それが人として劣ってないなんてよく言えたもんだな。オメガは家畜と同じだ、アルファの子を生むだけの家畜だよ」


 なんという下卑た物言いなのだろう、嘲笑を浮かべて言った彼の言葉に僕は不快感を隠せない。


「君の身近にいるオメガの人は可哀相だね、ううん、君はオメガという存在が本当はどんな人間なのか知らないんじゃないの? オメガって言うのは選ぶ側の人間なんだよ? 強いアルファを選んで子作りする、唯一絶対の存在。アルファに顧みられる事もないベータの妄言は聞き飽きてるんだ、アルファに選ばれる事も対等に扱われる事もないベータなんて家畜以下じゃないか」

「な……」

「それに僕、オメガだからって特別扱いで育てられたりしてないから、たぶん君達より劣ってる所なんてひとつもないよ。なんならやってみる? 体力勝負の試合でも知恵比べでも何でもいいよ?」


 にっこり笑って言ってやる。確かに僕はウィルやツキノに比べて多少力は劣っている、けれど彼等は選ばれた存在『アルファ』だ、そんな彼等の中で揉まれて育った僕がベータの彼等に負けるなど考えられない。見くびられては困る。

 徒党を組んでしか弱い相手だと思っている人間に絡めもしないような輩に負ける気など全くしない。


「オメガの癖に偉そうにっ!」

「その言葉そのまま兄ちゃん達に返すよ、ベータの癖に偉そうに! オレはアルファだしね、カイ兄をバース性で貶すなら同じように返すだけだから! オメガがベータより格下だって言うんならベータはアルファより格下だって認めてるんだろ? だったら兄ちゃん達オレより全然格下じゃん、バ~カ、バ~カ」


 彼等はウィルの言葉にぐっと言葉を詰まらせた。


「ガキが偉そうにっ! 俺は……!」

「次は年齢でそういうこと言うんだ? なんならオレも相手になろうか? 年下のオレなんかにぼこぼこにされて恥じかきたいならいくらでも相手になってやるよ。格下扱いのオメガと年下のガキ相手に負けるとかホント格好悪いし、絡むのもその辺にしといた方が兄ちゃん達の為だと思うけど?」


 ウィルは煽っているのか諌めているのか、それとも怒らせようとしているのかな?

 少年達の手が腰に差した剣へと伸びた。剣は騎士団員の基本アイテムだけど、私闘は堅く禁じられている。それを使って喧嘩をすれば処罰は免れないのに、本気でこいつ等馬鹿なのだろうか? しかも騎士団員同士の私闘はもちろんご法度だけど、何もしていない一般市民の子供に剣を向けるなんて言語道断だよ。


「おい、そこ! 何をやっている!」


 睨み合いを続けていた僕達の間に割って入ってきたのは、通りすがりの第一騎士団副団長キース・グレンジャーだった。


「お前達何をやっている! 騎士団員の私闘が禁じられているのは知っているだろう! 喧嘩なら勤務時間外でやれ。その制服を着ているという事は、お前達は騎士団という看板を背負って歩いているのと同じだ、見苦しいマネはするな!」


 叱責を受けたウィルが「オレ達は絡まれただけで何もしてない!」と反論すると、副団長は「なんだウィル坊か」と苦笑する。


「しかもカイトまで、ツキノと一緒にいる時ならともかく、お前が単独でこんな事になっているのは珍しいな」

「だから、絡まれたんですよ。僕達は何もしていない」


 「分かった、分かった」とそう言って、キース副団長は少年達を仕事に行けと手で追い払った。僕も出勤時間は迫っている、もう行こうと足を向けたら「お前は待て」と止められた。


「何ですか? 僕、仕事あるんですけど」


 幼い頃から遊んでもらったり、面倒を見てもらっているキース副団長と僕は気安い仲だが、こういう気安さがああいう輩を呼び寄せるというのを僕は分かっていた。何故ならこんな風に僕が絡まれる事は初めてではないからだ。

 特に騎士団に入ってからそれは顕著で、第一騎士団に配属された僕を構い倒すナダールおじさんの配下の人達はこぞって目上の人達で、無条件に上司に可愛がられている僕を気に入らないと思っている人間はどうやらたくさんいるようなのだ。


「話聞いたぞ、お前メルクードに行くんだって?」

「え……なんで知ってんの?」

「昨日お嬢が団長に報告に来た時、俺もそこにいたから」


 どうやらルイ姉さんがナダールおじさんに、僕のランティス行きの報告をした時、彼はその場にいたらしい。ホント身内は情報回るの早いよね。


「ねぇ、カイ兄メルクードってどこ!? カイ兄どこかへ行っちゃうの!?」

「メルクードはランティスの首都、そのくらいは覚えとかないと駄目だぞ、ウィル坊」


 キースの言葉に「えぇ……」とウィルは一瞬不満顔を見せたのだが、すぐに気を取り直したように「でも何で!? 何でメルクード行っちゃうの!?」と僕を見やる。


「う~んと、一言で言うなら人助け?」

「何それ? 誰を助けるの?」

「これって言っていい話?」


 僕がキース副団長を見上げると、彼も少しだけ困ったような顔をしている。


「助ける相手はランティス王国の要人、騎士団員からも何人か選出する事になるんじゃないかな、対外的には交換留学の形を取るらしいから」

「交換留学?」


 ウィルは首を傾げる。


「ファルスから何人か人を送って、ランティスからは何人か送られてくる。それで他国について勉強するのが交換留学」

「そんな事、オレだって分かるよ! カイ兄はそれでメルクードに行くの? ツキ兄も?」

「ツキノは行かない。たぶんツキノはルーンに行く事になるんじゃないかな」

「なんでルーン? ルーンってノエルが住んでる所だよね?」

「ルーンにはツキノの伯父さんも暮らしてるからね」

「伯父さん? あぁ! この前の! エドワード・ラング!」


 エドワードおじさんをフルネームで呼び捨ててウィルは叫ぶ。


「こら、ウィル坊、年上の人間を呼び捨てにするもんじゃない。ちゃんとエドワードさんと呼びなさい」


 キース副団長の言葉に「そうだった!」とウィルは悪びれもせずに笑顔を見せる。父親にも怒られてたのに、懲りないな。


「そっかぁ~いいなぁ、ツキ兄はエドワードさんの所なんだ。ルーンはノエルもいるし、オレも行きたいなぁ」


 ウィルとノエルは何故か武闘会のあの短期間で意気投合してしばらくずっと一緒につるんでいた、ウィルもノエルに会いたいのだろう「いいな、いいな」を繰り返す。


「ウィル坊はそんな事より、まずは自分の勉強だろ? ランティスの首都の名前も知らないようじゃ騎士団員としてやっていけないぞ」

「えぇ~そんなの知らなくても良くね? 場所なんて任務の時に覚えれば平気だよ」

「細かい地名はそうでも、基本的な地理を何も知らないんじゃお話にならないだろ。因みにランティスの隣の国の名前ちゃんと覚えてるか?」

「え? ファルス?」

「もうひとつ」


 キースの言葉に、ウィルは「えへ」と笑顔を見せて誤魔化した。まさか、そんな基本的な地理も分かっていないのか? さすがにそれは勉強以前に一般常識としてアウトだろ。


「ランティスの隣国の名前はメリア、ランティスとメリアは仲が悪い、それくらいまでは本当に社会常識だから知らないで済ませられる問題じゃないぞ。剣術体術を磨くのも結構だが、頭の中まで筋肉付けたら目も当てられない、そのくらいは覚えておけ」


 「はぁい」と気のない返事をして「オレってば、どっちかと言うと体で覚える派だから、実際に行かないとそういうの覚えられないんだよなぁ」とぶつぶつと零している。


「ん? でも待てよ、カイ兄は今度ランティスに行くんだよね? 他にも行く人いるんだよね? だったらオレも付いて行ってもよくね?」

「な……お前は何を突然」

「机に向かって勉強するのは好きじゃないんだ、でもよその国に行くってちょっと楽しそう。カイ兄のそれって交換留学なんだろ? 留学って言うからには勉強もするんだろ? オレ、そういうのの方がいいなぁ。うん、そうだよ! カイ兄、オレも連れてけ!」

「ちょっとウィル坊、何言い出してんの? そんなの出来る訳ないじゃん」


 ウィルの突然の言葉に僕は呆れて言葉も出ない。


「ウィル、遊びに行くんじゃないんだぞ」

「だから勉強するならそういうのの方がいいってオレも言ってんじゃん。決めた、決めた、オレもカイ兄に付いてく!」


 そうとなったら、とウィルは満面の笑みで踵を返した。


「オレ、父ちゃんにこの話してくる!」


 そんな言葉を残してウィルは本能の赴くままに駆けて行ってしまい、僕とキース副団長はそんなウィルの背中を唖然と見送った。


「まさか本気で付いて来るって事ないですよね?」

「いや、さすがにこの話しには背後関係も色々あるし人選は慎重にすると思うぞ。だけどアイン団長親馬鹿だからな……普通の親なら止めるだろうけど、あそこも普通じゃないしなぁ」


 キースさんの言葉に僕は不安しかないのだけど大丈夫だろうか? そもそも魔窟と言われたランティスにあんな能天気な子供を連れて行っていいものか? いや、絶対駄目だろう?


「アイン団長がまともに親らしく止めてくれる事を祈るしかないな」


 そんな風にキース団長はどこか投げやりに溜息を吐くので、僕の不安はますます募るばかりだ。



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