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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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招かれざる客④

『本性が現われたか? 王子と姫を攫って一体どうする? それともこの場で処分するつもりでやってきたか? 老いぼれ王と姫の名を語ってそれをやる、それをして得をする奴は誰だろうな? 反王国の革命派か? いや、革命派は王子達を殺すなんて事はしないはずだな、あいつ等は王子達がこうして市井に混じって暮らしている限り何も言わないはずだ。だとしたら、ここまでやって来た機動力を鑑みるに、最近力を付けてきてると噂になってた反王国派そして反革命派でもある第三勢力、お前達、豪族や貴族で構成された体制派だろ?』


 メリアという国は身内の中にたくさんの敵を囲い込んでいる、一見利害の一致を見せている相手でも、状況が変わればいつでも牙をむく、メリアという国はそういう国なのだ。

 男達は完全に言葉に詰まっている。エドワード伯父さんの言ったことは恐らく間違っていなかったのだろう。


『で? お前達は一体何がしたい? 子供達はお前等の邪魔などしやしない、無闇な悪意をぶつけるのは止めてくれないか』

『いらない遺恨は残したくない、何をどうする事がなくても邪魔者は消す』

『勝手な言い分だな。そうやってお前達は争いの種を撒いていく、それすら誰かの手の内だとも知らずにな』


 もう、隠す気もなくなったのであろう、金属の擦れ合うような音が微かに耳に届いた。たぶん相手は剣を抜いたのだ。そして恐らく伯父さんも。


『ツキノもヒナノも渡さない。子供達をお前達の好きに利用されるのは許せない』

『ふん、そこまで分かっているのなら、お前を生かしておくわけにはいかなくなった。俺達も顔が割れると困る立場なんでな、悪いが死んでもらおう』


 そんな会話が聞こえた直後、どこかでぱんっ!と何かが爆ぜる音に俺はビクッと身を震わせた。アジェおじさんがはちらりと窓の外を見やる。

 この破裂音を俺は知っている、この音は俺があのオメガの騎士団員に襲われている時にも聞こえていた音だ。そして先の武闘会の時も。


『何だ? これは何の音だ?』

『生憎とな、メリア王の子息を護衛も付けずに暮らさせるほど俺達だって馬鹿じゃない。これは合図だ、そのうちこの合図を聞きつけて駆けつけてくる者が何人もいるはずだ。その僅かな時間で俺を殺し、ツキノとヒナノを殺せるものならやってみるがいい、言っておくが俺は雑魚ではないぞ』


 合図? これはやはり信号弾なのか。誰かがこの状況を誰かに伝えている……? 

 慌てたようなバタバタとした足音が聞こえた。恐らく相手の何人かが逃げ出したのだろう「早く逃げなくていいのか?」と残っている者へ伯父の煽るような声が聞こえた。


『私は、私の任務をこんな所で終わらせる訳にはいかんのだ、悪い事は言わない、私を見逃せ』

『は? 意味が分からんな? 命乞いをするにしてももう少し言い方というものがあるだろう?』

『私は……!』


 伯父と言い争っていた男が言いかけた所で、先に逃げ出したと思われる男達の悲鳴が聞こえた。玄関を出た先で誰かに捕まった?


『大将! こっち2人確保だよ』

『おう、こっちももう終わる。さて、言いたい事があるのなら、話しは檻の中で聞いてやる。大人しく言う事を聞くことだ』


 どうやら制圧は成功したようで、俺はホッと肩の力を抜いた。


「どうやら、終わったみたい……?」


 俺と同じように聞き耳を立てていたアジェおじさんはそう言って息を吐いた。


「おじさん、あの人達って結局誰なの? 体制派って何?」

「うん、そういう諸々の話もしたくて今日は来たんだけど、なんだか色々先を越されちゃった感じだね。行こう、もうきっと大丈夫」


 寝室を出て、リビングに顔を覗かせるとエドワード伯父さんは壁に1人の男を押し付けていた。別段これといった特徴もない男だ。メリア人の特徴である赤髪ですらない。


「ヒナ、どこかに縄はないか?」

「え……? あぁ……」


 そういえば、今の俺はヒナノだったか? 何故そう呼ばれるのかも分からないまま、俺は梱包用の縄を探し出し伯父に手渡すと、伯父は手早くその男を縛り上げた。

 家の中には他にも何人かの人間がいた、あと2人縛り上げられ転がされる男、そして黒髪の黒装束の何人かの男達。

 俺はその黒装束達には見覚えがある、養父であるナダールの友人カズイの息子達だ。特に一番下の弟シキは義姉であるルイにご執心で度々デルクマン家に顔を出しているので、完全なる顔見知りである。


「なんで皆ここに居るの?」

「仕事」


 問いかける俺の言葉への返答は短い。元々そんなに話す相手でもなかったが、いつも以上に素っ気ない気がするのは気のせいか?


「ご苦労様、怪我とかない?」


 アジェおじさんがそう尋ねると「問題ない」と彼等は頷いた。

 その傍らで捕まっていた男の1人がアジェおじさんの顔を認識して「王子……?」と思わずと言った風に声を上げた。だがすぐに、しまったという顔で瞳を伏せたのだが、その言葉を俺もおじさんも聞き逃しはしなかった。


「生憎とツキノ王子は外出中でね、最初からここにはいなかったんだよ。ここにいるのはヒナノ姫、だけど貴方は今、王子と呼んだね。どういう事かな? もしかして貴方は僕のこの顔を知っているの?」


 けれど男は黙したまま何も語らない。


「ふむ、こいつは何かを知っていそうな気配だな」


 エドワード伯父さんはそう言ってその男を睨み付けたのだが、やはり男は顔を背けたままうんともすんとも言わず、そんな事をしている間に合図を聞きつけてやって来たのであろう騎士団員が数人、その男達を引き立てるようにして連れて行ってしまった。

 エドワード伯父さんは腕を組んだまま何事か考え込み「俺も同行して取り調べに付き合ってくる。少し気になる事を確認してくるから、お前達はどこか安全な場所に身を隠せ。おい、お前等護衛任せたぞ」そう言ってエドワード伯父さんは騎士団員を追いかけて行ってしまった。

 黒の騎士団と共に取り残された俺とアジェさんはどうしようか? と途方に暮れる。


「安全な場所ってどこかな? ここにはもういない方がいいよね? もし、あいつ等に仲間がいたら大変だし、いっそお城にでも行く?」


 アジェさんの言葉に俺はどう返していいか分からない。誰に狙われているのかもよく分かっていない俺に安全な場所を求められても俺には答える事もできなかったからだ。


「ここからならナダール騎士団長の家が一番近い、あそこには最近騎士団員も詰めている、そこが一番安全だと思う」

「え、でも……」


 シキさんの言葉に俺は躊躇う、養母グノーは俺の顔を見ると錯乱してしまうのだ。自分の身の安全の為に彼に負担をかけるのは嫌だった。


「大丈夫、今のお前の姿ならグノーさんもお前をツキノだとは思わない」

「え?」

「俺達も最初誰か分からなかったくらいだから問題ない」


 黒装束の三兄弟が口々にそう言うのだが、俺はどうにも複雑な気持ちだ。


「念の為、着替えもしていこうか。完全にヒナちゃんって体でいけば、たぶん大丈夫な気がする」


 アジェおじさんはそんな事を言うのだけど、そういえば俺はまだ聞いていない、なんで俺が養母の娘「ヒナノ」の名前で呼ばれなければならないのか。

 俺がそれを問うと、アジェさんは「ちょっと色々事情があってね」と言葉を濁しつつ「歩きながら話そうか」とそう言った。

 ついでのように着替えをさせられ、俺は嫌だと言ったのだが昨日おじさんが持ち込んだ服を着せられてしまう。それは昨夜カイトが示したそのままの服装だ、俺には寝巻きにしか見えなかったそれは一応外着でもいいらしい。傍目に完全に女にしか見えなくなった俺は、鏡の前で溜息を吐く。

 もう、なんなんだよ、これ……

 「うん、似合う」とアジェさんはご満悦顔だけど、今日みたいな事情がなければこんな服、絶対着ないからな! と俺は心の中で悪態を吐いた。


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