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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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招かれざる客③

「ツキノ君、目が真っ赤だよ、どうしたの?」


 玄関を開けて俺が2人の顔を見ると、おもむろにアジェさんに顔をがっと掴まれ、そう言われた。


「別に、なんでもないです」


 俺は瞳を伏せて言うのだが「何でもないって顔じゃないだろ」と彼に顔を覗きこまれた。

 けれど俺はそれが全く嬉しくない。だって俺がこんな顔になっている原因の一端は彼にあるのだ、俺は邪険にその腕を振り解いた。


「何の用ですか? 俺、今日もあまり体調は良くないんで、お付き合いはできないですよ」


 ぶっきら棒にそう言うと、アジェさんは少し困ったような笑みを零して「それは分かっているよ」とそう言った。

 昨日散々着せ替え人形にされた恨みもまだ残っている、正直今日は伯父さん達に付き合う気にまるでなれなかった俺は不機嫌丸出しの顔で、おじさん達を睨み付ける。


「そんな顔しないで、今日はカイト君いないの?」

「カイトは仕事」


 「そっか」とおじさんは頷くのだが帰る気はないようで、俺は溜息を吐く。俺は仕方なく2人をリビングへ招き入れたのだが、正直本当に体もだるくて、お茶を入れる気にもならず俺はだらりとソファーに座り込んだ。

 そんな俺を気にする風でもなく、2人はリビングでそれぞれに座り込み、こちらを見ている。


「なに?」

「ううん、調子悪いのは分かってるからそのままでいいよ。だけど少しだけツキノ君にも聞いておいて欲しい話があってね、あのね……」


 アジェおじさんが話し出そうとした所で、何故かまた玄関のベルがけたたましく鳴った。いつもはなんとも思わないそのベルの音が今日はなんだか耳障りで仕方がない。

 またしても不機嫌全開の顔で俺が立ち上がろうとすると「お前は休んでいろ」と俺を制してエドワード伯父さんが腰を上げたので、俺は言われるがままにもう一度ソファーに身を沈めた。


「ツキノ君、あのね」


 アジェさんが再び口を開こうとしたその時、玄関先で人の争うような声が聞こえた。一軒家とはいえさして大きくもない家だ、その会話は筒抜けでリビングにまで響いてくる。


「なに……?」


 俺が眉を顰めると、アジェさんも不安そうに玄関へと続く扉を見やる。声は複数聞こえてくる、伯父の声と来訪者は複数人?


『私達は王子に用がある。王子は在宅なのだろう? 王子に会わせてください』

『不躾に何を? いや、まずはお前達何者だ?』


 伯父が不機嫌そうな声を上げて来訪者を止めている声が聞こえる。

 今、王子に会わせろとかいう台詞が聞こえたが、それは一体誰の事を言っている?


「もしかしてランティスの人達かな? カイト君の居場所ばれちゃったし、でもエリィがこんな事をするのは考えにくい気もするんだけど……」


 アジェさんが不安気な顔で俺に寄って来た。

 ランティスの? カイトを連れて行こうって輩か? そう思ったら俺の怒りのボルテージは一気に上がる、どいつもこいつも俺とカイトを引き離そうとする奴等ばかりで腹が立って仕方がない。


『こんな所では話せません、我等を中へ入れてください』

『あぁ?』

『私達は王子に害を成す者ではない、王子に会わせてください』

『王子、王子とお前達は何を言っている? まずは誰の事を言っているのかはっきりしろ!』


 伯父の言う事はもっともだ。ここには現在、ランティスの王子であるカイト、メリアの王子である俺がいる。ついでに言うならアジェおじさんだってランティスの王子には違いないし、更に付け加えるならばファルス国王陛下に育てられたという伯父自身だとて大きな括りで王子と称されても不思議ではない立場なのだ。


『我等が探しているのはツキノ・ファースト・メリア王子です、ご在宅のはずですよね?』


 来訪者の言葉にアジェさんの顔が強張った。


「ツキノ君よく聞いて、今からツキノ君はヒナノちゃんだよ、ツキノと呼ばれても絶対に返事をしないで!」

「……? ヒナノ?」


 その名は養父母の三番目の子、俺の義理の妹に当たる娘の名前だ。何故そんな事を言われるのか分からない俺は首を傾げるのだが、アジェさんはリビングに放置されていた昨日も被せられた黒い長髪のカツラをおもむろに俺に被せて、その髪を撫で整えた。


「理由はちゃんと説明する、だけど今は黙って言う事聞いて、いいね」


 真剣なその顔に俺は頷く事しかできず、圧倒されるように俺はこくこくと首を縦に振る。

 玄関の声はまだ言い争いを続けているのだが、そのうち伯父が『ツキノ、ヒナノ、奥の部屋に引っ込んでろ!』という声が聞こえ、その言葉を聞いたアジェさんは「分かった」と返事を返し、俺の腕を引いて家の奥へと俺を連れ込んだ。

 エドワード伯父さんまで何故か『ヒナノ』という名前を使っているのだけど、何か既に打ち合わせでも済ませているかのようなそのやり取りに、俺は首を傾げるばかりだ。


「ヒナちゃん、何処か鍵のかかる部屋はある?」

「え? えっと、寝室……?」

「だったら、そこ。僕はこういう時本当に役には立たないからヒナちゃんと一緒にいるよ、大丈夫、全部エディが何とかしてくれる」


 そんな事を言いながらも俺の腕を掴むアジェさんの手には力が入っていて痛かったのだけど、今はたぶんそんな事を言っている時ではないのだろう。


「ねぇ、あいつ等誰? 何が起こってんの?」


 寝室に飛び込み鍵をかけ、俺はアジェさんにそう問いかけるのだが、彼もまた「詳しい状況は分からない」と首を振った。


「だけどひとつだけ分かっている事は、ツキノ君をあの名前で呼ぶ人間は、僕達の仲間じゃないって事だけ」


 先程呼ばれた名前『ツキノ・ファースト・メリア』それは、俺の正式名称ではないのだろうか?

 俺の名前は『ツキノ・デルクマン』けれど、それは養父母から借りている仮の名前で、王子としての正式名称はたぶんそれで合っていると思うのだ。それでもおじさんはその名で俺を呼ぶ彼等を仲間ではないとそう言った。


「あのね、君の両親が君の名前を呼ぶなら君の正式名称は『ツキノ・スフラウト』になるはずなんだよ。君の両親は君を王家に関わらせようとはしていない、だから彼等が本当に二人の使者だって言うなら絶対に『ファースト・メリア』の名は使わないはずなんだ」

「スフラウトって……?」

「うん、君のお父さんの本当の姓、それがスフラウト。だから君の姓も正しくはツキノ・スフラウトなんだよ」


 『スフラウト』その姓には少しだけ聞き覚えがあった。たくさんのメリアの歴史書を読み耽っている時、その中に確かに何度かその姓が出てきていたと思う。

 特別目立つ存在ではないが要所要所で武勲や功績を立てて長く王家に仕えていた一族、それが『スフラウト』だ。そういえば俺の父親は先々代の王妃の不倫の末に生まれた子だと聞いた気がする。

 どかどかと部屋の中に複数人の入り込む足音が聞こえた。


『外で王子、王子と叫ばれてはこちらも迷惑だから家に上げたが、勝手はしないでもらおうか』


 伯父の声は静かだが、その声には怒気を孕んで静かに響いた。

 俺は壁に耳を当ててリビングの会話に聞き耳を立てる。


『我等は王子に害を成す者ではないと言ったはずです。王子に会わせてください』


 部屋の中に上がりこんだ男達は口々にそう伯父に喚きたてている。


『それは話を聞いてからだ。俺が話しに納得すれば会わせてやらない事もないが、今現在の情報だけではお前達を王子達に会わせる訳にはいかない』

『な……そもそも貴方王子の何なのですか! 私達はレオン国王陛下からの正式な使いなのですよ!』

『ほう? 俺はツキノとヒナノの伯父にあたる人間だが、俺は妹のルネからそんな連絡は受けていないぞ?』


 使者は強気に出てくるが、それに伯父も負けてはいない。「そんな話は妹から聞いていない」と伯父が使者を突っぱねると、使者が少し動揺した感じに静かになった。


『ルネーシャ王妃に兄などいない!』

『ああ、聞かされていないのか。だったらやはりお前達は俺たちにとっては招かれざる客ということだ、お引き取り願おう』


 エドワード伯父さんは俺の母とは血が繋がっていないと聞いている。それでも兄妹は兄妹だからと言っていたのだが、使者を名乗る彼等はその事実すら知らない様子で狼狽えている。


『俺はお前達が信用できない。もしお前達がそれでも正式なレオン国王陛下の使者だと言うのならば、何か証明をするような物を見せろ』

『証明……』

『何かないのか? 書状でもなんでもいい、ここを訪ねて来たからにはツキノ達に何かしらの用件があって来たはずだ、だったらその用件も話せ。彼等に会わせるのは俺がその話に納得できてからだ』


 またしても沈黙が落ちる。恐らく彼等はそんなモノは持ち合わせていないのだろう。伯父が「証明もできない、用件を話す事もできないというならそれらを準備して出直して来い」と淡々と告げると、使者は声を荒げた。


『そういう訳にはいきません、私共もそんなにすごすごとメリアに帰る訳にはいかないのです!』

『だったら簡潔に用件を言え。もしツキノの命を狙っていると言うのなら、そのお前達の命、今この場で俺が叩き斬る!』


 一瞬即発の気配が漂う。俺が固唾を飲んで聞き耳を立てていると使者の一人が静かに声をあげた。


『申し訳ございません、確かに私共はレオン国王陛下の正式な使者ではございません。ですが、決してツキノ王子に害を成す者ではないと重ねて申し上げたいのです。私共はツキノ王子の祖父であられる先々代の王、引いてはツキノ王子の従姉妹であられるレイシア姫からの使いなのです』


 そんな使者の言葉に伯父さんはますます不信感を露わに『レオンと敵対している老いぼれ王と姫からの使い? ますますもってツキノには会わせられないな、一体ツキノに何の用がある?』と静かに、それでも怒気を孕んだ声音で返事を返した。


 『元国王陛下もレイシア姫も王子達のこのような生活には心を痛めているのです。両親は子を顧みもせず、こんな市井の生活を送らせて、レオン王は子にすらその権力を渡す事もしない強欲な王であると、王子達に手を差し伸べられた。王子はこのような場所で、このような庶民の生活をしていていいような立場ではない。王子は王の子として立派な……』

『御託はいい、あいつ等の両親は子供にそんな事は望んでいない。豪奢な生活も帝王学もあいつ等には必要ない。あいつ等はメリアの一般市民として生活する事を望んでいる、お前達の価値観をあいつ等に押し付けるのは止めろ』

『それは王子と姫が望んでいる事なのですか? こんな狭い家で、慎ましやかに暮らす生活、彼等がそれを望んでいると?』

『少なくともあいつ等はそんな大人達にちやほやされるような生活は望んでいない。それにアレだな、お前、老いぼれ王と姫の使いって言うのも嘘だな? 老いぼれ王と子供達の間に血縁など存在しない、王は血縁もないような子供達を哀れむような、そんな男ではなかったはずだ』


 男達の間にまた動揺が走ったのだろう、瞬間会話が途切れた。


『貴方は一体どこまでの事を知って……』

『大概の事は知っている。俺はルネーシャの兄だと言っているだろう? 老いぼれ王にはもう既に人を雇う金すらない、レイシア姫も持ち上げられてはいるが、それもいつまで続くか分からない状態だ。こんな時にその名を語ってやってくる輩がツキノ達の味方である訳がない』


 ざわっと空気が揺れた気がした。アジェ叔父さんが俺の傍らで同じように聞き耳を立て、俺の服の袖をぎゅっと握った。


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