招かれざる客②
翌朝目覚めて目の前に見えたのは、相変わらずの金色の髪だった。
俺が寝た後にまたベッドに潜り込んできたのであろうカイトは俺の腰に腕を回してまだすやすやと眠っている。
一度はその腕から抜け出ようともがいてみたのだが、カイトがあんまりにも平和な寝顔で寝ているので、まぁ、いいか……とされるがままにカイトの腕の中に収まった。
俺の腰に腕を回したまま寝ているカイトの頭は俺の胸元にあって、俺はその頭を撫でる。俺より大きくなってしまったカイトの頭をこんな風に上から見下げるなんて、ここしばらくしていなかったように思う。
昇り始めたばかりの朝日に煌くその金色が眩しくて、やっぱり羨ましいとそう思った。
事件のあと、しばらく染められた俺の髪はカイトと同じ金色だったが、それでもやはり違うのだ。元々黒い髪色には、どう頑張ってもこんな透明感は出やしない。髪は痛むばかりで俺はカイトと同じにはなれなかった。
カイトが寝惚けて俺の腹にぐりぐりと頭を押し付けてくる。なんの夢を見ているのか分からないが、その幸せそうな顔に少し腹が立つ。
『ツキノを僕のお嫁さんにするのもアリかなって思って』
カイトの言葉は衝撃的だった、まさかカイトの口からそんな言葉を聞くだなんて今まで考えた事もなかったから。
カイトに抱かれる、それは全くありえない話なのに昨日一緒に入った風呂でカイトの欲望を目にしてしまった。カイトは俺を抱きたいのか? アルファである俺を? アルファとオメガという関係ならば、それは無いと断言できるのに、男と女の関係ならばそこに可能性も出てきてしまう。
オメガのカイトを愛している、だけど初めてカイトを怖いと思った。どんどん大人の男に育っていくカイトが俺は怖いんだ。
どんぐりの背比べでここまで一緒に育ってきた、なのにカイトはどんどん俺を置いていく。
「置いてくなって、言ってるのに……」
カイトはまだまだ夢の中、幸せそうに微笑んだ。やっぱりそれが少し憎らしい俺は、カイトの顔をぐいっと押しやったのだが、やはりカイトの腕は離れない。
だったらいっそ、ずっと抱きあったままいられたらいいのに。2人だけのこの閉じた世界で一生暮らせたら……
カイトのこの手を離したい、けれどその手を離す事に躊躇いのある俺はそれを無理矢理に引き剥がす事もできずにいる。
「カイトのばか……」
俺はまた瞳を閉じてその頭を撫でた。
「僕ね、ちょっとランティスに行ってこようと思ってる」
朝食を囲んで2人、他愛もない会話をしていたら、ちょっとその辺に散歩に行ってくるというような気軽な調子でカイトにそう告げられて、俺は持っていたスプーンを取り落とした。
「あれ? 何? そんなに驚いた?」
俺が驚いた事に逆に驚いた様子のカイトが「なんで?」と不思議そうな顔をこちらに向けてくるが、それを言いたいのは俺の方だ!
「なんではこっちの台詞だろ!? 何がどうしてそうなった!?」
「だって皆がこのままじゃ駄目だって言うんだ。僕はツキノをこのままこの家に閉じ込めておきたいと思ってるけど、やっぱりそれは駄目なんだって。だから、僕は少し外の世界を見てこようと思ってね、叔父さんもそうした方が良いって言ったし」
「だからって何でランティス!? わざわざ隣の国まで行くのなんでだよ!」
「ん~? ちょっと色々事情があってね、ルイ姉さんかユリウス兄さんも一緒に来てくれるって」
「そんな話聞いてない!」
俺は机をどん! と拳で叩いた。
一体何がどうしてそんな事になっているのか俺にはさっぱり分からない。俺が昨日臥せっている間に一体どんな話し合いがされていたのか、カイトのこの発言だけではさっぱり意味が分からない。
「ツキノは何をそんなに怒ってるの? ちょっと落ち着いて」
「怒ってるわけじゃない、俺は説明を求めてるんだ!」
俺の言葉にカイトは昨日の話し合いの結果を一通り説明してくれたが、説明を受けても俺には納得がいかない事ばかりだ。
「なんでそれでカイトがランティスに行かなきゃいけないんだ! それって要はカイトを人質に弟を助けたいっていうおじさんの身勝手な言い分だろ!」
「でも、僕が行く事で助かる人がいるなら助けたいじゃん? 助かれば別に何が起こる訳でもないし、僕、ちょっとランティスに興味も湧いてるんだよね。だってあの父さんがあそこは魔窟だって言うんだよ? 魔窟って何だよって話だろ? その魔窟ぶりを見に行くの楽しそうだと思わない?」
「思わない! お前はいつもそうやってどんどん突っ込まなくていい所に首を突っ込む! 好奇心は猫を殺すって言うだろ! お前は危険に無闇に首を突っ込もうとしている猫だ、そんな事ばかりしてると命を縮める、俺は反対だ! いや、お前が行くって言うなら俺も一緒に行く!」
カイトは少し困ったような顔をして「それじゃあ駄目なんだよ」とそう言った。
「これは僕がツキノと離れる練習でもあるんだから、ツキノが一緒に来たら意味がないだろ?」
「離れる? 何で!? 俺とお前はいつでも一緒に……」
「だからだよ。ツキノも昨日言ってただろ、こんな状態で人の上には立てないって。僕もその通りだと思うよ。僕はツキノが好きでずっと一緒にいたいけど、僕達2人が2人共1人になった時に何もできない大人になるようじゃ駄目だと思うんだ、だからね、ツキノは叔父さん達と留守番してて、大丈夫だよ、僕はすぐに帰ってくる」
「ね?」と、カイトはにっこり笑顔を見せるが、俺はそれに納得がいかない。
「お前は……お前はまた、俺を置いていくのか!」
また泣いてしまいそうだった、最近はこんな事ばかりだ。情けない自分を何度も何度も目の前に突き付けられる。分かっている、自分達の関係が傍目に危うく見えているのも何となくだが分かっている、だけど俺は叫ばずにはいられない。
「勝手にどんどん大きくなって! 逞しくなって! 俺はずっと置いてきぼりで! なのに、またお前は俺を置いて行く!」
「ツキノ……?」
「行けばいいじゃないか! 勝手にしろよ! 俺は……俺は……」
込み上げそうな涙をぐっと堪えて踵を返した。カイトの顔を見ていたら、俺はきっとまた泣いてしまう。
「ツキノ!?」
逃げ込める先は寝室しかなくて、俺はそこに逃げ込み鍵をかけた。
情けない、情けなさ過ぎる、だけど零れる涙を止められない。カイトは俺を置いて行く、俺はもうカイトと一緒にはいられない。
2人で肩を並べて歩いてきたのに、カイトの背中は大きくて俺にはもう追い付けない。
部屋に逃げ込んだ俺に扉の外から何度も声がかかるが、俺が無視し続けていると「ツキノ、ごめん、今日僕仕事だからもう出なきゃいけないんだけど、ちゃんと帰ってきてからもう一度話そう?」と、カイトは家を出て行き、家の中には静寂が訪れる。
俺は部屋の隅で膝を抱えて、その静寂の中、埒もない事をずっと考え続けた。
カイトは何も間違った事はしていない、人助けがしたい、俺との関係を正常な物に戻したい、両親の生まれ故郷を見てみたい、どれもこれも理由は正当で間違った所はひとつもない、なのに俺は膝を抱えて「それは嫌だ」と泣き叫ぶ。
俺だけのカイト、俺だけのオメガ、この家にカイトは俺を閉じ込めたいと言っていたが、逆に彼をこの家に縛り続けていたのは俺自身だ。
カイトの執着、それは俺の執着より多いのか? 少ないのか? 俺達のこの関係は間違っている? 俺にはもう分からないよ……
悶々と考え続けていると、家のベルが鳴った。誰か来訪者が来たのだろうが、俺は居留守を決め込む事にする。所詮自分はこの家の家主ではないのだ、出て行くいわれもない。
だが、家のベルは俺が家の中にいるのを知っているかのように執拗に鳴らされ続け、俺は仕方がなく重い腰を上げ家の扉を開ける。そして、そこに立っていたのはなんとなく予想が付いていたアジェおじさんと、エドワード伯父さんだった。




