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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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大人の事情⑩

 ふと目を覚ますと、部屋にはいい匂いが漂っていて、俺は腹が減っている事に気が付いた。

 そういえば、今日は朝から何も食べていない。今は一体何時なんだろう? 窓の外は既に夕方辺りの空模様で、俺はむくりと起き出した。

 下肢からはまたどろりとした物が流れ出す感覚に俺は眉を顰めるのだが、原因が分かってしまえば腹痛にもなんとか耐えられた。

 そんな事よりも腹が減って仕方がない。

 部屋を出て、途中トイレに寄り、やはり眉を顰めながら生理の処理をして溜息を吐きつつ、俺はリビングへと向かう。

 まだ誰かいるのだろうか? 料理の匂いはするのだから、きっとカイトはいるのだろう。

 ふらふらとリビングへと続く扉を開けると、そこには予想通りのカイトと、彼の母親のカイルが何やら楽しげに話していた。

 この2人がこんな風に過しているのは珍しく、俺はぼんやりその光景を眺める。


「あれ? ツキノ、目が覚めた?」

「腹減った」


 俺がそう言ってふらふらと歩いて行くと、慌てたようにカイトは俺の元へと寄って来る。


「体調は? お腹空いたんなら、ご飯食べられるかな? お粥の方がいい?」

「なんでもいい」


 俺が言うとカイトは俺をソファーに座らせて「すぐに準備するから待ってて」と台所へと戻って行った。

 そこには所在なさげにカイトの母親カイルもいたのだけど、この家は彼の家なのだからそんなに居心地悪そうにしていなくてもいいのに。


「あの、伯父さん達は?」

「あぁ、一度出掛けてくると出て行ったよ。また戻ってくるとは言っていたけど、どうかな?」


 俺が寝かされた後も何か話し合いはされていたのだろうか? そういえばアジェさんにルーンに来ないかと誘われたんだった。まだ決めた訳ではないけれど、どうしよう……

 そんな事をぼんやり考えていると、料理はすぐに運ばれてきて、俺はそれに箸をつける。

 今日は野菜いっぱいの煮込み料理だ。なんだかよく分からないが、カイトとカイルさんが揃ってこちらをじっと見ていて、食べにくい。


「何? 何かあるの?」

「ううん、とりあえず食べてみて」


 俺がその料理を口に運ぶと、やはり2人はそれをじっと見ている。カイトの料理はいつも食べているのだが、それはいつもとは少し違い不思議な味がして、俺は首を傾げた。体調を崩していて変に味覚が変わっているのだろうか?


「不味い? 大丈夫?」

「別に不味くはない、けど、何?」

「それ、父さんが作ったんだよ。味付け変だったから直したんだけど、どうも上手くいかなくて」


 言い難そうにカイトは言う。カイル先生って料理できたんだ、意外。この家に転がり込んでからのこの半年で、彼が料理をしている姿というのは一度も見た事はなかったので、少し驚く。


「不味くはないんだよ、だけどいつもとちょっと違うんだ。センス……料理のセンスって何なんだろうね……」


 カイトが腕を組んで考え込んでいるのだけど、一体何があったのか俺には分からない。けれど、朝から何も食べていなかった俺にはそれは別段不味くも感じられず、俺はそれをきちんと完食した。

 食事をして体が温まり、ぼんやりしていた俺の頭もだんだんとはっきりしてきた頃、家に再び伯父さん達が戻ってきた。


「ただいま~買い物してたら遅くなっちゃった」


 そう言って戻ってきたアジェさんとエドワード伯父さんは両手いっぱいに袋を抱えていて、俺達は揃って首を傾げた。


「これ、何ですか?」


 また大量に惣菜でも買ってきたのかと袋の中を覗き込むと、その中に入っていたのは惣菜ではなく色とりどりの布で、その中のひとつを袋から取り出したアジェさんはそれを俺の前に広げて見せ「ツキノ君、お着替えしてみようか?」とにっこり微笑んだ。

 彼の持っていたその綺麗な色をしたその服は、シャツにしては少し丈が長く、いわゆる女物のチュニックというやつだ。俺は言葉を失う。


「え? これ? 俺が着るの……?」


 元々服など動きやすさが一番だと思っている俺にとって、そんな丈が無駄に長い服なんて最初から着る気にもならない代物だったのだが、アジェさんはいつもの笑顔でにっこり微笑み頷いた。


「僕、思ったんだよねぇ。ツキノ君のイメージチェンジ、男の子だと思ったら変えるにしてもバリエーションは少ないけど、こういう路線もいけるんじゃないかな? ってね」


 そう言って、彼はまた別の袋を漁り何かを取り出す。それは長い毛の束だ、俺はもう悪い予感しかしないのだが、いつの間にか俺の背後にはエドワード伯父さんが立っていて、完全に退路が塞がれている。


「ちょっと、待って、それって……」

「ふふ、黒いの探すの手間取っちゃったけど、ふふ、いけるんじゃない?」


 アジェさんは楽しそうに俺の頭にそれを被せて、にっこり笑ってそう言った。それは背中の中ほどまである黒い長髪のカツラだ。

 俺の背後で袋の中身を取り出していたカイトの広げた服が目に飛び込んでくる、それはもう先程のチュニックでは誤魔化されない程に完全なワンピースで、俺は目眩を覚える。


「ツキノこれ! ツキノに凄く似合いそう!」


 カイトはそのワンピースを抱えてそう言うのだが、待て! それ完全に女物だろう!


「俺は着ないぞっ!」


 俺は叫んだのだが、カイトは目をキラキラさせて服を物色しているし、アジェおじさんは楽しそうにこちらににじり寄ってくる。そしてエドワード伯父さんは『何も言うまい』という無表情で俺の退路を塞いでいた。

 あと残るはカイトの母カイルなのだが、彼は困惑したような表情で「ツキノって、やっぱりグノーに似てるよね」と助けてくれる気配はない。

 養母は男性オメガだが、ぱっと見には女と見紛う容姿をしていて女性に間違われる事も多かった、けれどそれに似ていると言われても俺は全く嬉しくない。


「俺は! 絶対! 着ないからっ!!」


 その叫びを聞いてくれる者はこの場にはいないようで、俺はその後、強制着せ替え人形にされたのだが、この件に関してはあまり多くを語りたくはない。



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