表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/290

大人の事情⑨

 黙って聞いていたルイ姉さんが突然そんな事を言い出して、皆の視線が彼女に集まる。


「それぞれ皆事情があるっていうのはよく分かった。アジェおじさんは弟さんを助けたいけど、カイル先生はカイトを危険に晒したくはない。だったらどっちの願いも叶えましょうってこと。私達がこの国の中でも指折りの剣の使い手だって事、皆知ってるでしょ?」


 ルイ姉さんは騎士団には入っていない、けれど彼女の剣の腕前がその辺の騎士団員より遥かに上だという事は誰もが知っている事実だった。武闘会の一般部門で毎度優勝を攫っていく彼女は既に「殿堂入り」といえば聞こえはいいが、実質の出禁である。

 『お前が出ると他の奴等がビビッて出てこない』と言っていたのは彼女の母親グノーである。彼女はそんな言葉に不服顔をしながら『私より強い人が出てくればいいだけじゃない!』とむくれていた。

 そんな彼女の理想の人は「私より強くて、私を守ってくれそうな人」な為、今の所彼女に恋人ができる気配はない。非常にモテる人間なだけに勿体ないと言わざるを得ない。


「お嬢、その気持ちは有り難いけど、僕はカイトをランティスに送る気は……」

「カイトは? カイトはどう思ってるの?」

「え? 僕? 僕は、なんかよく分からないんだけど、僕が行く事で助かる人がいるって事、なのかな?」

「うん、事態は一刻を争う。僕は弟を助けたい。無理を言っているのは重々理解しているけど、できればカイト君にはランティスに行って欲しいと思ってる」

「カイト、よく考えるんだ。これはお前を人質にマリオ王子をこの国に呼び寄せようって話なんだよ。もし万が一この国でマリオ王子に何かあったらお前は人質としてランティス側に処罰される可能性もあるんだ」

「え? そうなの?」

「そういう側面も確かにあるのは否定できない。だからこその君なんだ。君はエリィの子、ランティス王家の血を引く子、だからいざという時に向こうが手を出せない相手、それが君なんだよ」


 母が先程から頑なに叔父さんの言う事に反対する意味がここにきて分かった。王子と引き換えにランティスに行く人間はいわば「人質」、ファルスに滞在する王子の身にファルス側の過失で何かがあった場合、それ相応の処罰を受ける人間、それが僕という事だ。

 確かに僕はエリオット王子の子、それを前面に出してしまえば相手は僕に手出しはできないのだろう。けれど、それは同時に僕が完全にランティス王国の王子であると認められるという事でもある。


「僕、行くのはいいですけど、あの人の息子を公言するのは嫌です」

「それを公言するのはいざという時だけでいいよ。別に大手を振って言う必要はない。マリオに何もなければこれは本当にただの交換留学で終わる話だ、僕は勿論それを望んでいるし、君を危険な目に遭わせたい訳じゃない。ただ僕が君を押すのは僕にとっては『保険』なんだよ」

「保険……」

「そう、保険。何かあった場合、大きな諍いにならないように掛ける保険」


 そのくらいアジェ叔父さんの弟、マリオ王子の容態は悪いという事なのだろうか? そんな状態で果たしてその彼はファルスに来る事はできるのだろうか?

 僕がツキノと居る事を、2人の世界で生きる事を周りが良しとしないというのなら、今僕ができる事などたかが知れている。だったら僕は外の世界を見てみるのも悪くはないとそう思った。

 僕が世界への視野を広げてツキノに何かしてあげる事が増えるのなら、僕はそれもアリかな? とそう思ったのだ。


「カイトはオメガだ、まだツキノと番にもなっていない! 都会にはアルファがいくらもいる、そんな危険な事……」

「そこも私達が守るわよ。私もユリウスもアルファ、特定のアルファの護り付きのオメガに手を出そうとする馬鹿なアルファの数はそう多くはないわ」

「君達にだって番はいない。番のいないアルファはオメガのフェロモンに惑わされる、カイトが危険な事には変わりない」

「カイトのフェロモンなんて元々大して量も多くないじゃない。ちゃんと番になってるうちの両親の方がよっぽどよ、私達が惑わされる事はないわ。長年兄弟みたいに暮らしてきて、今までカイトの匂いに惑わされた事も一度も無い。発情期ヒートの時は別かもしれないけど、最近は抑制剤も良い物が増えたものね。これは先生のおかげでしょ?」


 ぐっ、と母が言葉に詰まった。

 「私、先生の薬は信用しているのよ?」と続けられたルイ姉さんの言葉に、母は完全に黙り込んでしまう。


「今まで僕の事なんかずっと放りっぱなしだったんだから、今になってそんなに心配する事ないのに」


 僕が放った言葉に母は更に情けない表情をこちらに向けたのだが、僕、間違った事言ってないよね?


「親が子供の心配をして何が悪い」

「うん、それは分かるんだけど、それでも今まで僕ずっと放置されっぱなしだっただろ? 今更そこまで過保護にされるの、なんか変な気持ちだよ」

「この国にいればお前は安全だと思ってた。お前を守ってくれる人間はいくらもいたから。だけどランティスは別だ。あそこは魔窟だよ、誰も信用できない」

「父さんの故郷だろ?」

「だからこそだ。僕はあの国には何度も裏切られてきてる、だから余計に嫌なんだ」


 母は指を組んでその手の上に額を押し付けるようにしてうな垂れてしまった。

 なんだか凄く悪い事してる気分になるんだけど、こんな母の姿を初めて見た僕はちょっと驚いてもいる。一体ランティスという国はどういう国なのか、俄然興味が湧いてきた。

 それは不謹慎であるのかもしれないけど仕方がない、好奇心には勝てないのだから。


「僕、ランティス行ってくるよ。どれだけの魔窟かこの目で見てくる」

「カイト!」

「僕は大丈夫だよ、だから父さんは叔父さんの弟さん治してあげて。父さんは人の役に立つ薬を作るのが仕事なんだろう? だったら悪い薬で弱ってる人を助けるのも父さんの仕事だよ、ね?」

「カイト……」

「その人が回復したらすぐに戻ってくる。父さんの頑張り次第なんだよ? マッドサイエンティストの本領発揮じゃない?」


 母は困ったような複雑な表情でこちらを見やるのだが、うん、僕もう決めた。ランティスに行ってくる。行ってこの目でそこがどんな国なのか見極めてこようと思う。

 差別の多い国だと聞いてる。好きになれる可能性は限りなく低いけど、僕は何も見ずにそれを決めるのは間違っていると思うから。


「ありがとう、カイト君」


 叔父さんは叔父さんで少し泣きそうな笑みで僕を見やった。優しい叔父さん、そうやって自分の周りの人を少しでも助けようって頑張っているんだね。


「でも、ひとつだけ約束して。僕がいない間、絶対ツキノを守ってね。ツキノは偉そうな時も多いけど中身は意外と繊細で傷付きやすいんだ、人に誤解されることも多い。ツキノは1人でなんでも抱え込む、だから潰れないようにちゃんと見てて」

「分かった、約束する。ツキノ君の事は僕達がちゃんと守るよ」


 叔父のその言葉に頷いて、僕はランティス行きを決めたんだ。

 「そうと決まったら」と叔父さんは席を立ち、「僕、あちこち根回ししてくる。根回し終わったらまた来るから」と、我が家を後にしていった。勿論その後ろにはエドワードおじさんも続いて付いて行く。本当に仲が良い。


 「私も父に報告してくるわ」とルイ姉さんも席を立ち、残された僕と母は言葉もなく、沈黙だけが支配するリビングに二人、無言で座り込んでいた。


「カイト、本当に行くのかい?」


 沈黙を破ったのは母だった。


「うん、行く。僕がツキノにとって毒になるって言うなら、僕はここに居るべきじゃないし、ツキノの傍に居られないなら、僕は少しでもツキノの役に立てる自分になりたい。その為にもっと世界を知る必要があるって言うなら、僕は世界を見てみようと思う」


 母は諦めたようにひとつ溜息を吐いた。


「メルクードには僕の実家がある、何かあったらそこを頼ればいい。妹はナダールの弟と結婚している、ナダールの親族もお前を無碍には扱わないはずだよ」


 母の口から初めて母の親族の話が出てきて僕は驚きが隠せない。


「父さん、ちゃんと家族いたんだ……」

「僕をなんだと思っているんだ、いるに決まってるだろ。僕はもう随分長い事音信不通の親不孝者だけど、お前の祖父母だってちゃんと生きてる」

「今まで一度だってそんな話した事なかっただろ」

「会わせるつもりがなかったからね。誰に会わせても迷惑をかけるばかりだから」

「潔いんだか、身勝手なんだか分からないよ」

「そんな生き方しかできなかったんだ。だからこそお前には地に足の付いた生活をして欲しかった。そんな僕の想いを汲んで、グノーとナダールはお前をそうやって育ててくれた。感謝してもしきれないよ」


 母はそう言って微かに笑みを見せた。その笑みは今まで見た事のない母の笑みで、少しだけ胸が痛かった。


「父さんはどうして、僕を生んだの?」

「言わなかったかい? 子供が欲しかったんだよ」

「僕を生んだ事で自分の自由が制限されるのに?」

「それは……僕がお前を放ったらかしにした事を遠まわしに責められているのかな? はは、そう言われても仕方がない事を僕はしてるんだけど、それでも僕はお前を生んだ事を後悔はしていない。お前は誰にも譲れない僕の宝物なんだ」

「母親らしい事、何ひとつしてくれなかったのに」


 拗ねたように僕が言うと、母は困ったようにまた笑って「カイト、僕の手料理食べてみる?」とそう言った。母の手料理なんて一度として食べた事の無い僕は驚いて「作れるの!?」と思わず叫んでしまった。


「失敬だね、作れない訳じゃない、ただ致命的にセンスがないだけだよ」

「それって作れるって言う?」

「生き永らえる事はできるだろうけど、お前の味覚は確実に壊れてたと思うよ。グノーの作る料理は美味しいよね。その腕と舌をそのまま引き継いだ、お前の作る料理は本当に美味しい。僕が育てていたらこうはいかなかった。それは家事も生活能力も同じ。しなかったんじゃない、できなかったんだよ」


 そう言って母は苦笑した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ